上
「ウィムよ! 今この時より貴様を勇者の仲間に任命する! 神に与えられし名誉を有り難く受け、世界の為にその身を捧げるのだ!」
清貧を謳ってる割には豪華な神殿の中、どう見ても欲に溺れていやがりそうな豚……もとい偉いらしい神官が椅子にふんぞり返りながら俺を見下ろし命を懸けた旅に出ろって命令しやがる。
「お父さん!」
ちょいと何か言いたい気分の俺を冷静にさせてくれたのは妻に押さえられている娘の声、此処で逆らえばなんかの言い掛かりで二人が危ないか。
「……仕方無ぇよな」
溜め息を吐き出したいのを堪え、小さな声で呟くと娘と妻に笑顔を向ける。
妻の方は覚悟を決めた顔だが、おいおい、お転婆娘、少しは大人しくしてくれや。
「分かりました。世界の為、その役目を拝命致します」
ぶっちゃけ世界なんて大きなスケールの事は田舎猟師の俺には分からねぇ、神の決めた運命とかもな。
俺が守りたいのは両手で抱えられる人数と後は適当にダチとかだ。
だから、まあ……妻と娘を守る父親として何でもしてやろうじゃねぇの。
……あー、いきなり過ぎて何も分からない? 悪い悪い、こっちは田舎者の中年男なんだ。
今から話すから聞いてくれや。
俺の名前はウィム、狩人をやって俺には勿体無い世界一の美人の嫁さんと世界一可愛いお転婆娘
一度も顔を見た事が無いどころか名前すらうろ覚えな王様が暮らす王都からずっと離れた山奥の村、税金を徴収する為に辛うじて存在を覚えられてて、それでも偶に忘れられて、翌年には忘れていた事さえ忘れられているみたいなど田舎が俺が暮らす場所だ。
「……ふぅ」
静かに息を吐き出し、弓に矢をつがえる。
視線は金色に輝く角を持つ鹿……その目、その目だけしか見えはしない。
横から伸びた枝の先の葉も、太陽の光を受けて輝く角も、射るべき物以外の何一つ見えはしない。
気配を周囲と同化、もう二十年以上雨の日も風の日も繰り返してきた行為、俺にとっては喋るのと大して変わりゃしねぇ。
鹿が頭を動かした時、矢が放たれる。
至る所から伸びた枝と葉、場所の影響なのか強く不規則な風でズレる軌道すら予想通り。
途中で地面へと向かい、弧を描きながら再び上がった矢は吸い込まれる様に目玉に鏃が突き刺さり、数度よろめいて鹿は倒れ込んだ。
「中々立派だし、これで今年の冬は大丈夫かねぇ」
最近じゃモンスターとか呼ばれる面倒な獣が増えちゃいるらしいが、こんな山奥にゃ来たくもないのか子牛位の大きさの犬ッコロが蝙蝠みたいな翼で飛んでるのを一度見ただけだ。
「ありゃ行商人が結構な値段で買い取ってくれたんだけれどな……」
だが、偶々俺が居た時に現れたけれど、居ない時に何匹も出てきやがったら厄介だし姿を見せないにこした事は無いんだが……。
「来ない方が良いって思ったのによ……」
鹿の血抜きを行い、そのまま担いで帰ろうとした俺の頭の中じゃ娘に皮の剥ぎ方を教えつつ嫁さんに鹿肉のシチューを作って貰いつつ、余った肉を塩漬けだの薫製だのにするのも良いか、とかそんな感じだったんだが、木をへし折りながら背後から迫る巨体。
「グルルルル……」
頭が二つある上に脚も倍以上は有りそうな熊、流石にこんな奴が普通山に住んでたら俺が知ってるわな。
あの犬よりもずっと強そうなモンスター、それが俺に向かって前脚を振り下ろし、そのまま前脚が宙を舞う。
「ったく、出て来たら面倒だと思った途端にこれかよ」
脚一本切り飛ばされて動きが止まった熊の首を脚を切り飛ばすのに使った鉈で切り裂く。
臭い血を吹き出して倒れ込んでくる熊の首を更に斬り、腰の鞘にしまって熊を受け止めた。
「娘に何か買ってやれるか? 嫁さんにも新しい服を買ってやりたいしな……」
こんな田舎だ、行商人だって滅多に来ないし持ってくる商品だって限られちまう。
かと言って街は遠いし、移住する気にもならねぇが……娘がどう思ってんのか気になるな。
「彼奴、こんな村から出て行きたいとか思ってんじゃねぇのか……」
猟師以外の生き方を俺は知らない、だから街で暮らして行くにしても家族を養う自信が無いのは父親として情けない事だと、手に入れたばかりの熊と鹿、他の獲物やら薬草や木の実を纏めて担ぎ上げると俺は山を下りて行くが、もう直ぐ村が見えてくるって時に向こうの方から猪みたいな勢いで近寄って来る奴が居た。
「お父さーん! 猪捕まえたよー!」
「おっ! お手柄だな、イリア」
顔も頭も土やら何やらで汚れてるってのに満面の笑みで駆けて来るのは母親に似た金髪を伸ばして左右で括った少し小柄な俺の娘のイリアだ。
俺が赤茶色の髪を適当に切りそろえて無精髭を伸ばしたむさ苦しい見た目だってのに、此奴は金髪碧眼で人形みたいだよな、猪の親子を背中に担いでいなけりゃ。
手には柄の短い金槌、背中には木を削って作った手製の槍、見た目は人形でも中身は野生児で、蝶よ花よと育てて……いや、んな風には育ててねぇわ。
猪よ山猿よ、だな、これじゃs。
「……無駄な心配だ、こりゃ」
立派に俺の娘やってるイリアの頭を帽子の上からクシャクシャと撫でてやる。
あーあ、全身土まみれの上に血抜きの時に返り血浴びたな、こりゃ。
妻が怒るだろうし、どうやって宥めてやるか、次の悩みが生まれた瞬間だった……。
「所で今日は納屋の掃除の手伝いを頼まれてるんじゃなかったのか?」
「……あっ! 忘れて狩りに行っちゃった!」
「まあ、頑張れや」
「え?」
こりゃ俺がどーこー言った所で妻のお説教は確実だな、と諦めるが、イリアは俺が何で頑張れって言ったのか分かっちゃいねぇ様子だ。
……夕飯、俺の肉を少しやろう。
「あら、二人共お帰りなさい」
村に戻り、家に近付けばパンが焼ける匂いが漂って来てイリアの腹が鳴る。
扉を開ければシチューの下拵えを大体終わらせて、後は捌いた鹿の肉を入れるだけにした状態で台所に立つ妻が笑顔を向けて来た。
娘同様に輝く金の髪に碧眼、そして少し小柄な体付き。
美人だが、それよりも目に付くのは先が尖った長い耳、エルフの血を引く特徴らしい。
俺よりも三歳上の三十五歳なのに二十代前半にしか見えない。
ハーフだからこれだが、純粋なエルフならもっと若いんだろうよ、他のエルフは見た事もねぇから予想だがよ。
「お風呂沸いてるわよ、入って来なさい」
「おぅ。悪いな、リアム。イリア、先に入って良いぞ。俺は獲物を捌く準備をしてるから、風呂から上がったら皮剥ぐの手伝え」
「うん! ……お母さん怒ってないみたいで良かったぁ」
風呂場に向かう最中、薄い胸をイリアはなで下ろしながら小声で呟くが、未だ甘いなあ、此奴。
「ちゃんと耳の裏も洗うのよ? それと汚れを洗い流してからお風呂に入る事。……それと、ご飯を食べたらお話ししましょう?」
「は、はい!」
リアムは笑顔だ、笑顔なんだが……威圧感が凄ぇ。
ビクッと身を竦ませながらぎこちない動きで風呂場に向かって行った。
「あの子ったら相変わらずなんだから。もぅ」
「まあ、そう言ってやるな。元気があって良いじゃねぇか」
「ウィムさんがそんな風に甘やかすからですよ。……その辺、ちゃんと反省して下さいね?」
「……おう」
やっべ。こっちにも矛先向いたわ。
俺の家の力関係はリアムが一番だ、多分父親が尻に敷かれるのが一番平和になるんだろう、俺はそう思う事にしている。
「え? 熊が高く売れたら街の方に行くの? じゃあ甘いもの! 甘いお菓子が食べたい! 果物とかお母さんが作れるの以外で!」
「ほらほら、食事中に立って身を乗り出さないの。それにしても街の方に行くなら新しい鍋が欲しいわ。鍛冶屋さん、包丁は上手だけれど鍋は作るの苦手なんだもの」
食事中、俺が街に行く話をした時の二人の反応だが、お菓子だの鍋だの欲がねぇなあ、この二人。
アクセサリーとか欲しいと思わないのか?
いや、欲しがるタイプじゃねぇか。
「それなんだけれど、明日か明後日位に行商人が来る頃だし、高く売れたら三人で街まで行こうぜ」
まあ、俺だけなら兎も角、リアムやイリアじゃ何処かで馬車が居るだろうし、余程高く売れない限りじゃ本当に俺だけ行って鍋と菓子を買って終わりなんだろうが……。
「そんな訳で前祝いとして酒をもう一杯……」
「駄ー目」
「凄ーい! 広ーい! 人が多ーい!」
「イリア、叫んだら他の人がビックリしちゃうわよ? それにしても随分と変わったわね」
何というか、あの犬と同じ位の値段で売れたら貧乏旅行程度は出来ると思ったんだが、その数倍の値段で売れたからそれなりに余裕のある生活が出来そうだ。
てな訳で街まで来てみれば村とは比べ物にならない人の波、イリアはキョロキョロしながら大はしゃぎだ。
だが、リアムの言葉が気になったのか首を傾げる。
「あれ? お母さん、街に来た事有るの?」
「……まあ、ちょっとね。今のイリア位の時にお父さん、イリアのお祖父ちゃんが嫌で家出しちゃって、山の中で狼に襲われた時にウィムさんに助けて貰って、"行く所が無いのか? だったら俺の所に来い”って言ってくれて……」
リアムはそのまま俺との思い出をウットリとした表情で語り出す。
いや、俺の記憶とだいぶ違うな、言わないけれど。
「親の惚気が始まった。キッツイなぁ……」
だろうな。
「おい、取り敢えず飯食いに……うん?」
何やら鎧を着た兵士みたいなのがこっちに向かって走って来るのが見え、俺達は横に移動したんだが、立ち止まったのは俺達の前だ。
「居たぞ! 預言者様の言った通りだ!」
「情報通りだな。よし! 貴様、我々に付いて来い!」
……あっ?
何だってんだよ、一体よ……。
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