夢の世界で手を伸ばした先にあった現実リボンは、怪しい通販で買ったらしいシロモノ
地味百合。
夢の中。
女子高生のあなたは、歩いていた。
周囲の景色は朝の通学路で、やけにぼんやりとしている。
あなたの前を、黒髪の女子高生が歩いていた。
後ろから見る制服姿の女子高生は、誰なのかは窺えない。
彼女は、紺色のハーフパンツを身に着けている。裾は、同じ色のスカートの丈よりも少々長いようだ。めくらなくても、見えてしまっている。
ハーフパンツの裾近くには、白い横線が入っていた。右側の裾には、横線が途絶えた部分に白いリボンのイラストが入っている。
『そのリボンに触ったら、夢が叶うよ』
そんな声を聞いた。
あなたは前を歩く女子に近寄って、右手を伸ばす――。
「きゃあッ!」
その悲鳴で、あなたは現実に引き戻された。
教室の机で突っ伏して寝ていた、あなた。
友人女子の控えめな胸部左側へと、右手を伸ばしていたのだった。
あなたも向こうもお互いに驚く。
即座にあなたは手を引っ込めて、寝ぼけて触ってしまったことを謝罪する。
「気をつけてよね、もうっ……」
彼女は恥ずかしそうな顔を浮かべていたものの、あまり怒っていないふうなのが救いだった。
どうやらあなたは、授業の途中から眠ってしまっていたようだ。
友人には悪かったと思うけれど、彼女に触れられて、頬を染めて恥ずかしがる様を見られて、あなたはつい喜んでしまう。
「次は移動教室だから、早く行こう?」
友人の声にあなたは頷く。
彼女は、肩ぐらいまでの黒髪を左右でまとめている、地味な見た目の友人だ。けれども彼女は、友人のあなたに優しい。机の前に来ていたのだって、眠っていたあなたを起こそうとしたからだろう。
あなたはこの友人を、友人以上に好きだった。
美術室に持って行くものをあなたが準備しようとしていると、近くで見ていた男子がふざけたことを言う。――そんなちっちぇのを触ったって嬉しくねーだろ、と。
あなたは内心怒り狂い、その男子を睨んだ。
友達の大きくない胸部を馬鹿にするのは自由だけど、友達が馬鹿にされて怒るのも自由だと、あなたが強い口調で言い返した。
そのまま睨み続けていたら、男子は悪かったよと謝罪し、去って行った。
「ありがとう」
あなたは友人から感謝された。好きな子に感謝されるのは、嬉しいものである。
「……でも、大きくないじゃなくて、素直にちっちゃいって言ってもいいんだよ?」
こんな素直な子が、あなたは好きだ。
□
下校中、リボンに触ったら夢が叶う……と、夢の中で誰かに言われたことを、あなたは友人女子に話した。
「良かった。これ……本物だったんだ」
彼女は自身の控えめな胸部を見ながら言う。
何のことを話しているのか、あなたには理解出来なかった。
「ちょっと寄り道をしてもいい?」
彼女の誘いに、あなたはいいよと答える。
二人で川が流れる橋の下に行った。その際、彼女はあなたの手を握っていた。これまで、彼女から手をつないできたりすることはない。嬉しく思いながらも、あなたは不思議な気分になってしまう。
橋の下は日陰になっており、暗い。
あなたと友人の他には誰もいない。
彼女は鞄を橋脚の横に置いた。
「ちょっと待っててね」
そう聞いた後、あなたは驚いた。
彼女が制服のブレザー、ブラウスを、その場で畳まずに脱ぎ捨てた。こんなことをする子だっけ? あなたは疑問を抱く。
彼女は、体操着のシャツをブラウスの下に着ていた。裾を両手でめくり上げ始める。
白いハーフトップ型のジュニアブラ。
これが現れた。
胸部をしっかりと覆った、地味なデザインだった。
あなたがすぐ気になったのは、彼女のブラジャーの左側、あなたから見て右側の肩紐部分との境目だ。
胸元についた小さな白いリボンとは別に、太めの肩紐の後ろ側を通してちょうちょ結びにした、細長い白のリボンを括りつけている。
「これを見てほしいの。これはね、怪しい通販で千五百円も出して買ったんだよ。こんな感じで結びつけると、願いを叶えてくれるんだって」
裾をたくし上げたまま、彼女は朗らかな声で説明する。
動揺するあなたは、怪しい通販だとマズくない? と、言った。
「代金引き換えで買ったから大丈夫」
大丈夫かどうかをあなたは決められなかったが、この状況があまり大丈夫でないことは察した。
下着を見せつけている友人が、目の前にいる。しかも、彼女は恥ずかしがってもいない。ちょっとのことで赤くなる彼女にしては、明らかに不自然だ。
微笑む友人は控えめな胸部を大胆に晒したまま、あなたのほうへと距離を詰めて来る。
あなたのすぐ前で、友人が止まった。見たことがないような色っぽい顔で、あなたの右手首を取る。彼女の腕は細いのに、力が強い。
彼女は体操着を左手で押さえながら、あなたの右手を小さな胸部に押しつけた。
「あははははっ! どんどん触っちゃっていーのよ! ああスッゴク気持ちいい気持ちいいよぉおおおおぉっ! これをずっと待ってたのぉっ! すんごくイイッ! 潰れちゃいそうなのに潰れないところがたまらなぁいいいいぃッ!」
大声で高らかに叫ぶ彼女は、正気ではなかった。顔を不自然に上下させていて、恐怖さえ感じた。
あなたは絶対におかしいと思った。
友人をこんなふうにしているのは、括りつけてある白いリボンが原因に違いない。あなたは即座にそう判断する。
空いていた左手で白いリボンを端から引っ張り、勢い良く下着から外した。
その途端、友人は元に戻った。一瞬、無表情になったかと思うと、真っ赤になって、
「いやああああっ!」
あなたの手を退かし、急いで体操着を下げた。
あなたもびっくりした。しかし、彼女よりかはまだ冷静で、とりあえずは落ち着くように声を掛けた。
「う、うん……っ」
彼女はそう答えると、念入りにシャツの裾をハーフパンツに入れた。地面に投げ捨てていた制服を拾い始める。
あなたは細いリボンを持ったまま、着替える友人へと背を向けて待った。着替え姿を見たい気持ちもあったけれど、こういう時にするべきことではないと、理性を保った。
「……ごめんなさい。終わったよ」
あなたは振り向く。
あなたと同じブレザーの制服姿になった友人は、いつものまじめな彼女だ。不安げな顔は、まだかなり赤い。
「そのリボン……多分、私を操っていたんだよね?」
彼女の問いに、あなたは肯定した。そうとしか思えなかったからだ。
あなたはリボンを返そうとするものの、
「どうしよう、怖い……」
友人は脅えていた。
そこであなたは、近くにある神社にお参りすることを提案した。
「うん……そうだね」
彼女の同意を得てから十数分後、あなた達は神社の拝殿の前に着く。
あなたは両手を合わせて祈った。
隣の友人は、お賽銭として百円玉を入れる。白いリボンを持ちながら、彼女も横で両手を合わせた。
この時、急に白いリボンが発光する。
「きゃっ!」
すごく眩しくて、友人は悲鳴を上げた。
「みょえみょえみょみょみょみょはフぉえろ~んッ!」
リボンから、女性の奇妙な叫び声が出た。この声は、神社の境内で響き渡る。あなた達以外には誰もおらず、謎の叫び声がとにかく際立っていた。
その後、恐ろしいぐらい静かになった。
あなたはそっと、友人の顔を見る。彼女はとても高揚し切った表情になっていて、また脱ぐんじゃないかと思うぐらいだった。けれども、今の彼女は自制心が利いているらしい。
「なんだかすごく気持ち良かった……じゃなくて、気分が良くなったみたい。もう大丈夫だよ、ありがとう」
本当に? と、あなたは心配を続ける。それ、早く捨てたほうがいんじゃない? と、助言した。
「うーん……」
彼女は白いリボンへと目を落としてから、あなたのほうを向く。
「そこまで言うなら捨ててもいいけど……、購入した千五百円とお賽銭に使った百円がもったいないって思うんだよね。リボンに取り憑いていた何かはお祈りでお祓い出来たみたいだし、大丈夫じゃない?」
彼女の意見に一応あなたは納得し、それ以上処分は勧めなかった。
「今日は色々とありがとね。……それと、今日は、手を繋いで帰ってもいいかな?」
彼女からの積極的な申し出に、あなたはまだ彼女が操られているのかと不安になる。けれど、彼女の表情には、消極的ながらも頑張っている意志を感じられた。それは確かなものだ。
だから、あなたは彼女を歓迎し、手を伸ばした。
手から伝わる彼女の暖かい感触。あなたは心を弾ませる。帰る際、時折近くですれ違う通行人の視線に、鼓動が高まったりもした。あなた以上に恥ずかしさを顔に出していたのは、彼女だった。
彼女の愛らしい横顔に、あなたは癒される。
好きな子と手を繋いで帰るのも、たまにはいいものだとあなたは思う。
■
これは後日、彼女に聞いたことだが、あの白いリボンを販売していた怪しい通販サイトには、二度とたどり着けなかったらしい。
(終わり)
前半の、きちんと謝れる男子の行動は良かったです。
この作品は、短いと思って後半を継ぎ足しました。後半のほうが長くなってしまった……。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。良かったら、作者の他の作品もお楽しみ下さいませ。