空気ではいられなかった私
思いつくまんまに書いていますので設定などあまり細かくしていませんし、実際の歴史背景等とは照らし合わせていませんので矛盾があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ幸いです。
誤字報告ありがとうございます。
デイリーランキング1位になってましたm(__)m
本当にありがとうございます。
この所ずっと体調が悪かった。
一日中体がだるく、咳も続き、頭も働かない。
だけど「具合が悪い」と言ってみた所で誰も私を気にかけない。
「我儘を言って気を引きたいのか?」
「あなたは姉なのだから少しくらい我慢が出来るでしょう?」
両親からの答えはそれだけ。
私は公爵家の長女『アイリス・ミラー』
私の上には兄がいて、下には妹がいる。
兄はヒューゴと言い、学問でも武術でもとても優秀で両親の誇りだ。
妹はリリアナと言い、儚げで可憐な容姿と生まれつき体が弱い事も相まって両親から溺愛されている。
真ん中の私はと言うと兄や妹ばかり優先される環境下で育ったせいなのか、両親から「我儘を言うな」と言われ続けたせいなのか親兄妹の顔色ばかり窺って生きるのが当たり前になっていた。
両親が私を愛していないと言う訳ではなかったのだと思う。
ただ、秀でた兄や病弱で可哀想な妹と比較して私は何もなく、平凡だったのだ。
兄の様な優秀さもなければ妹の様な庇護欲を駆り立てられる存在でもなく、何の取り柄もない娘。
そんな娘が全てにおいて優先される存在になどなり得るはずがなかったのだ。
ただそれだけの事。
そんな娘は手の掛からない、いてもいなくてもいい存在でなければならなかった。
手が掛からない限り叱られる事はない。
褒められる事もないけれど理不尽に叱られる事もない。
妹の様に欲しい物を欲しいと言えば「我儘だ」と叱られる。
兄の様になりたくて学問を頑張ってみても「この程度の事しか出来ないのか?」と冷めた目で見られる。
誕生日も忘れられ、体調が悪くて数日食事の席に顔を出さなくても心配もされない。
気に止めなくても良い存在。
それがこの家での私の立ち位置であり役回り。
私は空気でなければ許されない存在だった。
そんな私が空気ではいられなくなった。
一月以上続いた体調不良は最悪の形で露見した。
両親の目の前で血を吐いて倒れてしまったのだ。
その時の両親の顔が目に焼き付いて離れない。
厄介事が増えたと言う顔をしてこちらを見る父。
真っ青な顔をして別の生き物でも見るかの様な母。
私はすぐに自室に運ばれ医師の診断を受けた。
診断の結果は肺の病。
肺に何らかの瘤が出来ていて、気脈の乱れ等から察するに余命は半年から1年と言う見立てだった。
今後は咳と吐血を繰り返し、体中に痛みまで出て、そのうち呼吸も上手く出来なくなり死んでいくそうだ。
笑うしかなかった。
空気だった娘が最後にはその空気すら吸えなくなり死んでいくなんて笑い話にもならない。
医師からの話を聞いて笑う私を見て、両親は化け物でも見るかの様な視線を向けた。
だから最高の笑顔を見せて「大丈夫です。ご迷惑はお掛けしません。お手も煩わせません」と言ってあげた。
私なんかが両親の厄介者になってはいけないのだ。
だって私は空気なのだから。
空気は空気らしく、そこにあっても分からない存在でいなければならない。
私が倒れたと聞いて妹が部屋にやって来たが、母が「うつっては大変だから」と追い返していた。
この病気は人にうつるものではないのに。
私にはあまり関心のない兄も珍しく駆け付けて来たが同じ理由で部屋には入れて貰えなかった様だ。
こんな体になっても優先すべきは兄と妹だと言う現実にその時初めて「自分は愛されてはいないのだ」と思い知った。
肺の病を診断されて5日後に祖父が訪ねてきた。
両親にうつると言われた様だが私の部屋に無理やり入ってきた祖父は私を見るなり泣き崩れた。
「こんなにも痩せ細って…どうしてこんなになるまで誰も気付かなかったのだ…」
祖父である『モンダン・マシュー』は自分の息子である私の父ハミルに爵位を譲ってからは南部の長閑な領地で隠居暮らしをしていた。
時折我が家にやって来ては私を可愛がってくれる人だった。
「アイリス、お前は物分りが良すぎる。もっと我儘を言ってもいいのだよ?子供は我儘な位で丁度良い」
そんな言葉をかけてくれる唯一の人だった。
その後、両親と祖父の怒号が屋敷に響き渡った。
何か言い合っているのは分かったが会話の内容自体は聞き取れず、薬を飲んだせいで眠気にも襲われていたので眠ってしまった。
目が覚めると心配そうにこちらを見つめる祖父の顔があった。
「アイリス、目が覚めたかい?」
「…はい、おじい様」
「どこか苦しい所はないかい?」
「大丈夫です…ごめんなさい…」
「何故謝る?お前は何も悪い事はしていないだろう?」
「私は空気でなければいけなかったのにこの様な事になってしまって…」
「何故そんな事を言う!何がお前をそうさせたのだ?」
祖父は私を抱き締めて声を殺して泣いていた。
私の為に涙を流してくれる人がいる。
その事だけで私は救われた気がした。
その後私は両親の反対を押し切って祖父の屋敷で暮らす事にした。
何故両親が反対したのかは分からなかったが、空気ではいられなくなった娘があの屋敷にいた所で両親の邪魔にしかならない。
ただでさえ病弱な妹がいるのだ。
両親に私の世話など焼ける訳がないのは目に見えていた。
例え私の余命が半年や1年だろうと優先すべきは兄と妹なのだから。
「行ってまいります、お父様、お母様」
出発する時に両親に挨拶をすると、両親は何故かとても悲しそうな顔をしていた。
「今まで育てていただきありがとうございました」
そう言うと私は両親に背を向けて馬車に乗り込んだ。
心がツキリと痛いのは、私が両親を愛していて愛されたいと思ったから。
余命宣告をされた日から、もしかしたら両親は私に目を向けて妹にする様に私を愛してくれるかもしれないと心のどこかで期待していた。
あの様には愛されなくても優しい言葉の1つでも掛けてくれるのではないかと期待した。
でもそんなものはなかった。
毎日の様に医師は訪れるものの両親は時折扉の近くからこちらの様子を窺うだけ。
声すらかけてもらえなかった。
祖父が来てからは何やら話し掛けたさそうな顔をする時はあったのだがそれでも何の言葉もかけてもらえなかった。
もう私はこの屋敷に生きては帰らないだろう。
私が戻るとしたら死んでから。
私が死ねば両親は安堵するだろうか?
厄介の種がいなくなったと喜ぶのだろうか?
それとも娘が死んで泣いてくれるだろうか?
私の死を悲しんでくれるのだろうか?
そんな事を考えて惨めになった。
祖父の屋敷では若い医師『レスター・オーバン』が私の主治医となった。
レスター医師はここから国を1つ挟んだガルダン帝国出身のとても優秀な医師だと紹介された。
そしてそのレスター医師に「ガルダン帝国でならあなたの病は治せるかもしれない」と言われた。
ガルダン帝国には手術と言う体を切り開き病の元を切り取る医術が存在し、この国では瘤と呼ばれる物も帝国では腫瘍と呼び名が変わり、それを取り除く事で命を長らえる者も大勢いるのだそうだ。
但し、帝国に行く道程は長く、半月も馬車に揺られる事になる上、切り開いてみない事には腫瘍の程度も病の進行具合も分からず、折角手術をしても手遅れな場合もあるし、手術中に容態が急変しそのまま死んでしまう事もあるのだと聞かされた。
祖父は私が助かる可能性があるのならば帝国に行くべきだと言った。
体に傷が残ってしまうが、命があるのならばそんな事は大した事ではないと。
私は迷っていた。
生きられたとして、またあの屋敷に戻ってあの空気の様な存在に戻って何になるのだろうか?
自分の命を繋ぎ止めた所で、今度はまた生きているのに生きていない暮らしに戻るだけ。
愛されたいと渇望しながらも愛されていない事を思い知り、また手の掛からない娘として生きていく事に何の意味があるのだろうか?
それでも根気強く祖父は私に生きて欲しいと言い続けた。
「生きてさえいればきっと幸せはやって来る。あの家に戻りたくないならこの老耄と暮らせばいい。孫が自分よりも先に逝く等あってはならん」
涙ながらにそう何度も何度も言われた。
レスター医師からは「生きたいと強く願ってください。その思いが病の進行を食い止める力になり得るのです」と強く言われた。
「お前はもっと生きたいと思わないのか?」
そう祖父に聞かれ
「私が生きる意味はあるのでしょうか?」
と聞いてしまった。
「意味など無くていいのだ!己の生きる意味など誰が知っておろうか?!意味無く生きてもいいのだ!生きてさえいてくれればいいのだ!」
意味無く生きてもいい…
ストンとその言葉が胸に落ちた。
「お前は自分は空気でなければならなかったと言ったな?」
「はい…」
「人は空気がなくては生きてはいけない。人だけではない、全ての生物が空気なしでは生きられない。空気とは絶対になくてはならない物なのだ。アイリスも儂にとってはなくてはならない存在なのだよ」
「なくてはならない存在?私が?」
「アイリスは儂の命よりも大切で、どんな物よりも大切な愛する孫娘だ。もしも儂の命と引き換えにお前が助かるのなら喜んでこの命を捧げよう。生きて欲しいと願う事はそんなにお前を困らせてしまう願いだろうか?」
涙が溢れて止まらなくなった私を、祖父は大切な物を慈しむ様に抱き締めてくれた。
「それでは行ってまいります」
「儂も引き継ぎが済み次第そちらに向かう。道中くれぐれも無理はせず、苦しい時は苦しいと、辛い時は辛いと伝えるのだよ?」
「はい、おじい様」
「レスター、アイリスの事をくれぐれもよろしく頼む」
「分かっております。お任せ下さい。責任を持ってお守り致します」
私は祖父の屋敷を後にして帝国へと向かった。
私を心配した祖父によって10人もの護衛に囲まれての旅になった。
祖父は私の為に王族ですら手に入れるのが困難な隣国の最新の馬車を用意してくれた。
悪路の揺れすら吸収する装置の付いた馬車は広々としている上に座り心地も良く、感動すら覚える程の乗り心地の良さだった。
半月もの間レスター医師と2人きりだった馬車の旅で私はレスター医師に仄かに恋心を抱いていた。
とても博識でありながらどこか抜けている人で、ご飯を食べる事に夢中になりすぎて周りが全く見えなくなったり、白衣はビシッと着こなしているのに後頭部には沢山の寝癖があったりと中々可愛らしい一面があったのだ。
最新の医学に関する話をし始めると「よくそれ程までに口が回るものだわ」と驚きを覚える程に夢中になって話をする。
休憩中に薬草を見つけたと少年の様な笑顔であちこち傷だらけになりながら戻ってくる。
旅の途中で宿泊した宿で急患が出た時はテキパキと指示を出しキリリとした一面を垣間見た。
「アイリス様の元を離れてしまって申し訳ない」
私の元から離れて戻って来ると必ずそう言って私の容態を診てくれる。
医師としての当然の姿なのだろうが恋をするには十分だった。
帝国に到着し、レスター医師の師匠であり帝国一との呼び声も高い『ヴァニタス・ザッハリー』医師に診察をして頂き、私の手術は1週間後に決まった。
「全力を尽くすと約束しよう」
頭はすっかり白髪で祖父よりも年上に見えるヴァニタス医師はとても穏やかな瞳の中に力強さを秘めていて「この人に任せていればきっと大丈夫」と思わせてくれる人物だった。
手術を翌日に控えた日、祖父が帝国にやって来た。
そこには何故か私の家族の姿もあった。
病弱だったはずの妹までもが帝国に来たのだ。
「私達はお前に甘えていた。すまなかった」
開口一番に父は私に謝罪をした。
「お姉様、私、強くなります。だから、どうかお姉様もお心を強く持ってください。きっと、きっと大丈夫です」
妹が雪の様に真白く細い手で私の骨ばった手を握り、その後涙を流しながら抱きついてきた。
母は何も言わずに私を抱きしめて泣いた。
兄は「俺は信じている」とだけ言うと部屋を出て行った。
「おじい様、これはどう言う事でしょう?」
私は自分が置かれた状況が呑み込めずにいた。
もう生きているうちには会う事はないだろうと思っていた家族が、どうして空気になれなかった娘の元に駆け付けて来たのだろう?
祖父に無理やり連れて来られたのだろうか?
それとも本当に私を心配して駆け付けて来たとでも言うのだろうか?
空気ではいられなくなった、いてもいなくても良かったはずの娘なのに。
「お前達がアイリスに信用してもらえるようになるにはまだ時間が必要な様だな」
手術当日、私はレスター医師に手術前の最終診察を受けていた。
室内には私とレスター医師の2人きり。
「レスター様?」
「何でしょう、アイリス様?何か心配な事がございますか?」
「いえ。…あの、少し聞いて頂きたいことがございまして…よろしいでしょうか?」
「はい、何なりと仰って下さい」
「…レスター様…私、レスター様をお慕い申し上げております。死にゆくかもしれない私等に想いを寄せられてもお困りなのは十分に承知しておりますし、お返事が欲しいなど思っておりません。ただ手術を前に伝えておきたいと思ったのです」
私はレスター様を見ずにそう告げた。
心臓が爆発しそうな程に激しく脈打っている。
きっと顔は真っ赤だろう。
レスター様の動く気配がして『あぁ、部屋を出て行ってしまわれるのだわ』と思った。
私の様な女に想いを告げられても迷惑なだけだろう。
レスター様にも想いを寄せるお相手がいるかもしれない。
でも最初で最後の恋かもしれないのだから想いを告げる位の我儘は許されるだろう。
そう思っていると目の前に白衣が見え、抱き締められたのだと分かった。
「僕もお慕いしております、アイリス様…」
震える声でそう告げられて、私は夢でも見ているのかと思った。
「初めてお会いしたあの瞬間、天使が舞い降りてきたのかと思いました。あの瞬間から、医師としてアイリス様を見守りながらも恋心を募らせていました。あなたの心に触れる度僕が守ってあげたいと思っていました」
「レスター様…」
「あなたはきっと治ります。手術はきっと成功します。医師の僕がこんな事を言うのは間違っているのでしょう。だけど何故かそんな気がするのです。だから手術が終わったらもう一度、今度は僕からあなたへ告白する権利をいただけませんか?」
「…はい」
こうして私は手術に臨んだ。
麻酔で意識が朦朧とする中で強く強く生きたいと思った。
それから1ヶ月が過ぎた。
私は今でも生きている。
肺に出来た腫瘍は全て取り除かれたが、その為に肺の半分程がなくなってしまったので激しい運動などには制限がかけられる事になった。
だけど命は取り留めた。
この病気は再発する可能性も秘めている様で定期的な診察が必要だと言われたが、私の余命宣告はなくなった。
手術が成功したと告げられた後、レスター様から想いを告げられた。
祖父に許可を得ての告白だった様で告白はプロポーズへと姿を変えていた。
「アイリス様、あなたを愛しております。僕と結婚してください。あなたを一生傍で守る権利をこの僕にくださいませんか?」
騎士のように傅いてのプロポーズに私は即座に「はい」と答えた。
でも返事をした後に『両親に反対されるだろうか?』と不安が過ったのだが、両親は全く反対しなかった。
「お前が幸せならそれでいい」
「幸せになりなさい」
そう言われた時、何だか不思議な気持ちになった。
両親は手術の後2週間程帝国に滞在していたが、あまり家を空けることは出来ないので帰って行った。
妹も一緒に。
何故か兄だけは「帝国で学びたい」と残った。
おじい様も1ヶ月程帝国にいらしたがやはりお屋敷に戻られた。
「手紙を書いておくれ」
最後まで名残惜しそうにしながら。
兄は帝国で医学の勉強を始めた様だった。
そして毎日私の所へやって来てはポツリポツリとその日あった事を話して去って行く。
「兄上殿は口下手な様だね」
そんな姿を何度か見ていたレスター様がそう言って笑っていた。
「君が心配でたまらないんだよ。兄上殿なりの愛情なんだよ」
「そうなのでしょうか?私にはよく分かりません」
「では明日いらっしゃったら…」
翌日、いつもの様にやって来た兄に
「いつも来てくださってありがとうございます、お兄様」
と笑顔で告げた。
レスター様に言ってみろと言われたのだ。
こんな事を言って何になるんだろうと思ったのだが言われた通りにやってみた。
するといつも冷たい表情しか見せない兄の頬が赤く染まり、瞳が潤んでしまったのだ。
「え?ど、どうしたのですか、お兄様?」
「な、何でもない…いや、違う。そうじゃない。…アイリス、不甲斐ない兄ですまなかった…お前が置かれた状況を何となく理解していたのに手を差し伸べる事もしなかった愚かな兄を許して欲しい」
兄は深々と頭を下げた。
そして
「アイリスは大切な妹だ。アイリスが心配で、アイリスに会いたくて自分の意思でここにいる。感謝なんか口にしなくていいんだ」
と真っ赤な顔でそう言うとはにかんだ様に笑った。
そうか、この人は文武両道に優れた人だけど不器用な人でもあったのね、と思えた。
両親の前でもニコリともせずいつも鉄仮面を被った様に表情を崩さなかった兄。
私に無関心だったと思っていたけど病気の事を聞きつけて駆け付けてくれた、本当は優しい人。
手術をせずに祖父の屋敷に引きこもり死んでしまっていたら決して気付けなかった事だった。
私はもしかしたら色々な事が見えていなかったのかもしれない。
ふとそんな気がした。
術後2年が経ち私とレスター様は正式に夫婦となった。
今のところ再発もしていないし元気に過ごしている。
私は祖国には戻らず帝国の民となった。
祖父と兄とは手紙のやり取りをしたりたまに行き来したりしているが、両親と妹とはあの日以来会っていない。
手紙も来ないしこちらからも出していない。
また昔の様に関心のない視線を向けられるのは嫌だった。
怖かったのだ。
私を愛してくれる人がいる事を知ってしまったらもう昔の様に空気の様な存在には戻れない。
愛している分愛されたいと願ってしまう。
それを望めなかった時の絶望にはまだ耐えられそうになかった。
「きっと時間が解決してくれるよ」
レスター様はそう言って優しく微笑んでくれる。
時が解決してくれると本気で思ってはいない。
向き合ってみた所で何も変わらない事だってある。
だけど向き合わなければ分からない事だってきっとある。
もう少し私が痛みに耐えられる程に強くなったら、きちんと向き合いたいと思っている。
その時はそう遠くない未来に訪れるだろう。
今、私のお腹にはレスター様との間に芽生えた新しい命が育っている。
とても愛おしい我が子。
その存在が私に力をくれている。
私は初めて両親に手紙を書いた。
それはとても簡素な文章だったが、泣き言恨み言を省いた私の正直な気持ちだった。
『子供を授かりました。いつかこの子を連れてお会い出来る日が来る事を願っております』
空気である事を望まれ、愛されているのかさえ分からなかったあの日の私はもういない。
いつの日か最愛の夫と子供を連れて、胸を張って会いに行こう。
穏やかな日差しに包まれながらそんな幸せな未来を夢見つつ、微睡みに落ちていった。
「おや?眠っちゃった?」
うたた寝をしてしまった私をレスター様がそっと抱き抱えベッドに運んでくれる。
半分眠気から引き戻されながらも、私は温かい腕の中にまだいたくて眠った振りをした。