蝉語を話す猫ビリド
2021年も夏が来た。
『今年は来ないんじゃないか?』という下馬評を覆し来た。
ニャームズは相変わらず忙しそうにあちらこちらへ肉球を運び、私も気が向いたらそれに付き合ったりしていた。
フジンは以前のように大学に行くようになったが、ゲームはまだ続けている。
ゲーミングPCから聞こえてくる声は『ハドーケン』や『ソニッブー』から『ドスケベマシーンリチャージ』や『ヒウィゴーヘンタイ』に変わった。
ゲームにも季節による変化があるのだろう。
……
この日は珍しくニャームズは家にいた。
涼しい風の吹く気持ちの良い夕暮れ時。
蝉達もどことなく控えめに鳴いている。
(ああ夏だなぁ。平和だなぁ。……鳥のささみ食べたいな)などと考えながら私がしみじみしていると、動物用の玄関をノックする音が聞こえた。
なので私は「どうぞ」と言った。
「こんばんはニャトソンさん。先生はいますかね?」
動物警察……ドーサツのミニチュアシュナウザー『ケーブ』が申し訳なさそうに顔だけを出した。
彼も随分落ち着いたものである。
私が彼に初めて会った時、彼はダイナミックに興奮しながら入室してきた。
「いますいます。おーいニャームズ」
「うんうん。聞こえているよ。ここにいる。おや? ケーブ。驚いたような疲れたような……ずいぶんと複雑な顔をしているね? 『例の事件』についてかな?」
『例の事件』……最近鰹が丘に『生きた蝉を口に咥えた余所者猫』が現れたという事件だ。
これはかなり不気味な事件である。
蝉の羽を千切って遊ぶ事や食べることは理解できるが、蝉を捕まえて食べずに持ち歩くとは……不審者としか言いようがない。
ドーサツに通報を入れる猫がいるのも当然だ。
「ニャームズさん。全くその通りなんです。是非あなたの意見を聞きたい」
確かに変猫のことは変猫に聞いて見るのが一番だ。
ニャームズならば生きた蝉を咥えて歩くどころか、お客さんとしておいしいお水を振る舞って、世間話をしていても共にダンスを踊っていても「あー。やってるなぁ」ぐらいにしか思われないであろう。
……なんだかとても酷いことを言っている気がするが、事実だ。
「ねぇニャームズさん。『蝉の言葉を理解する猫』なんてこの世に存在しますかね?」
「むっ?」
ニャームズは目を細めた。
まさにニャームズが去年試みて挫折した事である。
「今はいない。きっと僕がそれが出来る最初の猫になることは間違いないでしょうね」
とんでもない傲慢な自惚れ猫だ……と言いたい所だが、私は「そうかもな」と言った。
私は彼より頭の良い猫を知らないし、今後、彼より頭の良い猫が現れるのも想像できない。
きっとケーブもそう思っているだろう……と思ったのだが、ケーブの口から発せられたのは私の想像もつかぬ物であった。
「いや、ニャームズさん。あなたは最高に頭の良い猫ですが、どうやら『昆虫言語』に関しては上がいるようです……入りたまえ」
「!?」
動物用玄関からやせ形のぶち猫が現れた。
その口には『ジジジジジ』と鳴く蝉が咥えられている。
彼が!? 噂の!?
「……」
ぶち猫がケーブに目を合わせると、ケーブは「ここにニャームズ先生の許可無く蝉を襲う猫はいない」と言い、それを聞いた猫はどこか安心したように蝉を猫クッションの上においたのだった。
「ふぅ。……どーも。俺はビリドだ。こちらは蝉川」
年の頃7~8才ほどに見える『ビリド』と名乗る猫はニャームズをジロリと見て「ははあ。お前がか」と呟いた。
あまり上品な言葉遣いをする猫ではないようだが、彼が本当にニャームズよりも頭の良い猫なのだろうか?
「どうせ疑っているんだろ?『蝉語なんて話せるわけない』ってな」
ニャームズは肉球をアゴに置いて喋らない。
ビリドと蝉川に交互に視線を移している。
彼らを観察しているのだと私には分かった。
「証明してやる。蝉川! 立て! ミミンミミップ!」
「ミ!」
「おお!」
蝉川は万歳をするように立ち上がった。
「蝉川! 回れ! 右に二回! 左に一回! ミミルーミミ! ミミルーミ!」
「ミミー!」
蝉川は言われた通りに動いて見せた。
これは『ビリドが蝉語を話せる』何よりの証拠であろう。
ニャームズはとうとう目を閉じてコクコク頭を上下に傾け始めた。
ショックでどうにかなってしまったのかと私は心配になってニャームズの肩に肉球を置いた。
「ニャームズ! どうした!?」
「ん? 中々答えが出なくてね」
「……答えってなんだ?」
「……それは」
ニャームズがビリドに視線を合わせると『睨まれている』とビリドは判断したのか、ニャームズをキャッと睨んだ。
「何故ビリドさんは『蝉語を話せる』なんて嘘をつくのかな……ってね」