ミ・ミミニー・ミミーヌ(死ぬときには全て良い)
夏もそろそろ終わりを迎える8月のある日。
この日も私達はウッドランドに来ていた。
私は草花にも昆虫にも興味もないが、このハルキとナツキ。
二人の少年を見るのは好きだった。
いつも土をいじり、植物の話をしていた。
ハインもあの日以来私に唸ってくることもない。
「えっ!? いいの!?」
ハルキが『おナス』の鉢植えをナツキに渡した。
美しい……気もする。
葉は鋭くピンと張っており『俺を見ろ!』と言わんばかりだ。
盆栽も中々悪くはない。
「ああ。お別れだなぁ」
とニャームズが言った。
「そうだな」
ナツキは一人暮らしをするために明日、東京の雲丹伊倉に引っ越すそうだ。
そうか、あの鉢植えはお別れのプレゼントなのだな。
「多分君が考えているお別れは僕のと違う気がするな」
「どういう事だい?」
ニャームズは『おナス』を肉球で指した。
「根元の部分」
「んー? ペケかな?」
おナスの根元の茎には『×』のマークの様な傷があった。
あのペケが何だというのだろう?
「セミィ嬢はあの下にいるんだ」
「なるほど分かったぞ」
ニャームズはこの数日、酷く落ち込んでいた。
セミィ嬢が『寝る』と言って起きなくなってしまったと言うのだ。
『どうやらこの夏の彼女の活動は終わりみたいだ。来年また話が出来るといいな。来年はまだ地中にいるのか地上にいるのか……』
セミィ嬢の冬眠(夏ミン?)によって『昆虫言語学』の熱が一気に冷めたのか、ニャームズは昆虫達に話しかけるのも止めた。
私としては嬉しい気持ちの方が強いが、あの大いにはしゃぎ、片耳を地面に当てて幼虫と会話し、顔の半分が土で汚れるニャームズが見れないのは残念でもあった。
「いいのかい?」
「これも運命であり自然だ」
メス嫌いのニャームズがこの夏に友となったセミィ嬢の眠る『ペケの樹』はナツキの物になった。
ナツキは東京へ行く。
東京へ行くのならもう会うことはほぼないだろう。
ナツキは植物が好きだからペケの樹を枯らすことはないだろうが、セミィ嬢はどうなるだろうか?
土の中で死ぬかも知れないし、地上に出て殺されるかもしれない。
だが、東京で立派に成虫になり、最高の一生を送る可能性も否定は出来ない。
「そうだな。運命。自然に身を任せるしかないね」
「うむ。ミ・ミミニー・ミミーヌだ」
「……どういう意味だ?」
「『全て良い』という意味の蝉語だ。『あれもこれも死ぬときには全て良い』……まぁ僕も蝉語はビギナーだから間違ってるかも知れないけどね」
私はその蝉語がとても気に入った。
今すぐに使いたい。
よし、今使おう。
「ミ・ミミニー・ミミーヌ! また会おう!」
セミィ嬢に向けて鳴いた。
ニャームズは一瞬驚いたような表情になったが、流石理解が早く、彼も鳴いた。
「ミ・ミミニー・ミミーヌ。また会えることを願う!」
「……おっ? おぅ?」
ハインが自分に対して言っているのかと勘違いしたのか、ペコリと頭を下げた。
君の事ではないんだが……でもそうだな。
君にもまた会いたい。
なので私は今度はちゃんと彼に向かって「また会おう」と鳴いた。
この時私は何となく(ああ、もう夏が終わるんだなぁ)としみじみしたのを覚えている。
……
本当の『夏の終わり』は突然来た。
以前と同じようにマスク姿の男たちがおナスの畑を見てあーだこーだと『品評』し、オクトと共に森から出て車に乗ってどこかに行ってしまった。
私はその時のハルキの呆然とした顔が忘れられない。
ニャームズはそれを見て
「あー。やっぱりそうか」
と重々しく言い、私は「遊びにでも行くのかな?」と軽々しく言った。
「センスが無かったな。ハインは」
「ハイン?」
なぜここでハインの名前が出てくるのだろう?
その日からニャームズはあれだけお熱だったウッドランドに行かなくなった。
私は(飽きたのだろうか?)ぐらいにしか思っていなかった。
少しハルキの事が気になったが、ニャームズが行かないのなら私も行きたいところは他にあったし、別に自分から行こうとは思わない。
……
『夏は終わったような気がするが暑いので終わってないかもしれない』
そんな中途半端な暑さの日にウッドランドの入口を通りかかった。
ウッドランドの入口は鎖やポール、看板で守られ、看板の字は読めないが、人間達の『ここへ入ってくるな』というメッセージを感じた。
その瞬間私の2020年の夏が完全に終わった。