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正義とは語るものではない

「いいか!? 俺は正義の動物だ! いつか手柄をたてて人間に表彰されるんだぞ!?」 


 ハインは帰ろうとしている私たちに、飼い主のナツキそっちのけでまた吠え出した。

 人間が好きなのはよく分かったが、それと私たちを敵対するのはまた違う話だと思うのだが……。


「あのねぇ」


「……!?」


 ニャームズがハインの鼻の頭に肉球を置くとハインはピタリと吠えるのを止めた。 

 ハインが落ち着いたのを確認するとニャームズはゆっくりと肉球を離した。


「まず君のご主人様の腰についた機械を見てごらん?」


 私とハインはニャームズに言われた通りにナツキの腰を見ると、確かに一本の短い角の生えた小箱の様な機械があった。


「あれは訓練用の電気ショックだ。君が感情をコントロール出来なくて暴れたらあの機械を操作して、ほんの……ピリッとするほどの電流が流れるようになっている」


「えっ? それは酷くないかい?」


 私がそう言うと飼い主を侮辱されたと勘違いしたのか、ハインはギロリと私を睨み付けた。

 もうこうなったら私はシュンとするしかない。


「ハイン君が本気で立派な警察犬になりたいならこれは『愛の鞭』だと思う。感情をコントロール出来ない警察犬など人間は必要としていない。そしてどうやらハイン君は警察犬以外の道を考えてはいなそうだからね?」


 私は半分だけ理解できた。

 厳しさもまた優しさと言うことだろう。

 だけど立派になる為に罰があるのは私は耐えられない。

 きっと正解は犬の数だけあるのだろうなと私は思考から逃げた。

 

「……電気なんて感じたことないぞ」


「それは彼が優しいからだろうね。仮にも嘱託になれたんだ。君もこれまで偉い人間の前で下手をすることはなかったんだろう?」


「……坊っちゃんに気を使わせるとは……俺もまだまだということか。こんなことでは表彰なんてのは夢だな……」


「ニャトソン。そろそろ本当に帰ろう。夕方に蝉語の復習をしてクタクタになって夜ぐっすり寝るのが最高なんだ」


 私たちはハインに背を向けて歩き出した。

 

「あっ、最後に」


 『正義の味方を目指すヤング・ドッグに僕からアドバイスだ』とニャームズは歩みを止める事なく語り出した。

 アドバイスと言いながらニャームズがトコトコと歩みを止めないので、ハインも後ろから付いてきた。

 ハインの爪が小石にめり込む『ズシャ! ズシャ!』という強そうな足音が背中から聞こえて私は少し怖くて歩きづらかった。


「正義ってのは簡単に語る物ではない。僕も正義と呼ばれる事が多い猫だが、僕の正義によって悩み苦しんだ動物も人間もいる。悪は苦しんで当たり前だと思うか? ノンノン。そうではない。正義によって正義が苦しむ事がある。正義を振りかざした事によって大切に思う者から石を投げられる事もある。『正義とは語るものではなく背負うもの』なのだよ」


「……わからん」


 私にもわからん。


 私はごく一般的な猫なので『正義とは?』みたいな議論は頭の良い動物たちに勝手にやっていてほしい。

 正義について語るぐらいなら私はシャケや昆布について語りたい。

 そちらの方が楽しい。


 ニャームズが『最後のアドバイスだ。飼い主から一定距離離れるなよ』と『いじわる』を言うとハインの足音が一瞬止まり、『ジャジャッ!』と激しい音が聞こえた。

 私は少し驚いて後ろを振り返ると既にハインはいなかった。

 ナツキの所へ戻ったのであろう。

 なんという素早さだ。

 彼の精神面は私には分からないが、身体能力は素晴らしい。

 ニャームズは振り返るつもりは全くないらしく、トコトコトコトコ歩いていた。

 

……


 ウッドランドの出口付近にマスクをした沢山の男達が集まっていた。

 男達は木や、その葉を見ながら

『この大胆な剪定が~』とか『不完全ゆえの趣が~』などと何やら『しゃらくさい』事を話していた。

『なんだあれは?』とニャームズに聞くと『盆栽だね』と色々と説明してくれた。

 人間は草花にも値段をつけて、美しさを楽しむ。

 そう言えばウッドランドにもフェンスやビニール、鎖で護られた植物があったな。

 ニャームズがセミィ嬢との密会を楽しむ『おナス?』の畑も金網で守られている(ウッドランド全ての抜け道を理解しているニャームズには無駄だが)

 美味しい、不味いで価値を語るのは猫にも分かるが、『値段をつけてお金で買えるようにする』というのは理解に苦しむ。

 なんだかとても自然という物を軽く見ている気がするのだ。


「ん? そう言えばニャームズ。何故彼の名前を知っていたんだ?」


 確か先程ニャームズはいきなり『ハイン君』と言ったはずだ。

 ニャームズには名乗っていなかったのに。

 私が訊くとニャームズは人間達の方を見ながら「ハッハッハッ。彼が僕達を知っていたように僕も彼を知っていたってだけさ」と言った。


「なんだ! ズルいな!」


 じゃあ彼が嘱託警察犬だと見破ったあの推理は『ずるっこ』か?


「名前だけ知っていた。あとは推理さ。ケーブがね。『ドーサツに入れたい若いが優秀な犬がいる』と言っていた。彼を見たとき『ああケーブが言っていたのは彼か』とヒゲがピーンと来た。まぁ『優秀な』はちょっと大げさかな? 『優秀になりそうな』というのが僕の素直な感想だ」


 ニャームズがこういう言い方をするのは珍しい。

 もしかしたら彼に期待をしているのかもしれないなと思った。

 彼は興味のない物に無反応を貫く天才だ。  

 猫付き合いで興味を持つフリさえしない。

 ニャームズが正義について語ったのは彼なりにハインに期待しての事だったのだろうか?

 確かにあれだけの正義感を持った犬は中々見ない。

 私たちを『インチキ猫』と思っているのは大きくマイナスだが。



 




 


 



 

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