警察犬ハインとの遭遇
廃屋でのハカマイリが終わるとニャームズはすぐにウッドランドに走った。
もっとゆっくり思い出に浸れば良いのに『僕は猫で一番頭が良いのでこれで問題はない。君はもう少しここでキャベ老と語り合うと良い』と口を挟む暇もなかった。
よほど土の中にいるガールフレンド。
セミィ嬢と話がしたいらしい。
「……蝉ねぇ。どう思いますか?」
私はキャベ老に話しかけた。
彼の猫は亡くなっており、ここにいるわけがないのだが、こうしてハカマイリしていると彼がここにいるような気がしてならない。
私はゆっくり彼の事を思い出しながら昼寝をした。
……
目を覚まし、二分ゴロンゴロンした後に、時間をかけてゆっくりと伸びをした私は、お供えしたキャベツの葉っぱと水に一礼した。
するとどこからともなく『またおいでー』というキャベ老の声が聞こえたので私は「また彼と来ますよ」と言った。
良いハカマイリだった…… ん? またおいで?
……
さて、ニャームズを追いかけウッドランドに行くことにしよう。
「お?」
ウッドランドに向かう途中の道で背の高い少年とその愛犬であろうラヴラドールレトリバーと出会った。
少年の方はニコリと笑い、手を振ってくれたので良い印象を抱いたが、ラヴラドールレトリバーの方は私と目が合うなり『グルル』と唸った。
「俺は警察犬のハイン。お前は猫探偵の助手のニャトソンだな?」
「……確かにそうだが」
いきなり唸りながら自己紹介しながら質問とは……礼儀正しいのか無礼なのかわからないな……って! 警察犬!?
聞いたことがある。
『犬ながらにして人間の事件を解決するという動物のエリートである』と。
本物の警察犬だろうか? 初めて見た。
「……警察犬とは。人の役に立つんでしょうなぁ?」
ハインはまだ唸っていたので私は少し彼を『気持ちよくする』つもりで怯えながら質問をした。
すると彼は少し機嫌が良くなったのか唸るのを止めた。
案外単純だな。
もしかしたら彼はまだ若いのかもしれない。
「そうだ! 俺は人の役に立つ! お前の相棒のインチキ野郎とは違ってな! 噂では人の役に立つらしいが、それは嘘だ! 猫にそんな事は出来ない! 人の役に立てるのは我々、犬だけなのだ!」
「……はぁなるほど。……こらっ! それは違う!」
私は頭が少し鈍いので彼の言う『インチキ野郎』がニャームズである事に気がつくのに少し時間がかかった。
『カッとなった』とまではいかないが『むっ! ……むむむむっ! むっ!』ぐらいには腹が立った。
「なんだ! 文句があるのか!? 馬鹿な動物は騙せても俺の様なエリートは騙せない! お前達猫は人間に取り入るのが得意な汚い動物だ! ニャームズとやらも『人間を騙して甘い汁を吸っている』のだろう? ……おっと坊っちゃん! 止めないでください!」
「……こ! こらこらこら! この猫が何したんだよ。ハイン」
少年は手綱を引っ張るが、ハインはそれでも私に前進するのを止めない。
恐ろしかったが、初対面の若い犬に友を侮辱されるのは理不尽だ! 私はこの理不尽と戦うために彼にガツンと言ってやることにした。
「あわわあわわ」
……まぁ『しよう』と思ったから出来るだなんて世の中甘くはない。
私は力強く大地に立ち、声も出しているつもりだったが、ペタンと座り込んで「あわわわ」しか言えなくなってしまった。
ハインの大きく鋭い『一噛みで私を殺せる』であろう恐ろしい牙が私に近づいてくる。
「おおっ!?」
「!?」
急にハインが間抜けな声を上げたと思ったら彼は腹を見せて地面に倒れていた。
そして倒れたハインの横にニャームズがゆっくり優雅に立っていた。
「まぁまぁまぁハイン君! 君は子供とはいえ警察犬の見習いだ。噛む様な真似はしないと思うが、感情をコントロールできない警察犬なんてノーセンキューだ。ニャトソン。キャベ老と話は出来たかい? 君なら出来ると僕は信じていたんだぜ? スタンダップ! 今日はセミィ嬢の言葉が少し理解できたかもしれない。素晴らしい日だ!」
ニャームズに首の皮を噛まれながら私は立ち上がった。
「貴様! 何しやがった!」
「何って。君が振り上げた肉球に僕が下から肉球を合わせただけさ。悪かったね!」
「まぐれだ!」
ハインも立ち上がり、「さぁ二回戦だ」と言わんばかりに毛を逆立てると、ニャームズは首を降りながらハインの後ろを肉球で指した。
私たちが肉球の先を見ると、なんだか気の弱そうな少年がやって来て、ハインの飼い主である少年に手を振った。
「あっ。夏生君。来てたの?」
「やあ。春生君」
ハインの飼い主は『ナツキ』。
この少年は『ハルキ』というのか。
「人間の第三者がいるのに喧嘩はよくない。大げさではなく嘱託警察犬の地位を取り上げられてもおかしくはないがどうするんだい?」
ショクタクケイサツケンの意味は私には分からなかったが、ハインはちょこんと座り、クゥンと鳴いた。
舌を出して尻尾まで振っている。
なるほどガラは悪いが頭が悪い訳ではないなと私は思った。
「君がハインかい? ようこそ。君のご主人様の友達のハルキだ」
ハルキがそう言うとナツキは少年らしいはにかんだ可愛い笑顔を見せた。