4.手紙
立とうとしたら、左足首に激痛が走った。ひねったようだ。
歩くことは歩けるけど、無理するとひどくなることは、体操教室でのけがでよく知っている。
携帯を出してみたが、やっぱり圏外だった。
先生が見つけてくれるまで、ここでじっとしているしかないだろう。
見つけてくれるかな? 登山コースから外れたこんな場所……。
木立のわずかな隙間から、ぽっちり見えるだけの空。何もかも遠くにあるように思えて、こみあげてくる感情にかきみだされた。
ちくしょう!ぼくは何もできない。
背筋が冷たくなって、どんどん心細くなっていく。
(泣くんじゃないぞ)
お父さんの顔が浮かんできて、涙を必死で引っ込めた。
(びっくりするようなことが起こっても、大丈夫だからね)
お母さんの言葉も思い出した。まさか、こうなることを知っていたってこと?
いや、そんなことありえない。
ためいきをつき、腰をおろしたものの、何も考えられず、途方にくれた。
キュルルルル。自分のおなかが鳴る音に、びくっとした。
こんな状況でも、おなかはちゃんとすくんだな。
携帯を見ると、もう4時を過ぎていた。助けはまだ来ない。
汗が冷えてきた。ぼくはリュックからレインコートを出して着た。
たしか、おやつが入っていたはず。リュックの奥をさぐると、チョコレートとクッキー、そして入れた覚えのない弁当箱が入っていた。
弁当がもう一つ?
開けてみると、いい匂いがのぼってきた。おいなりさんやウインナーなどがぎっしり詰まっている。
そして、「巧へ」と書かれた手紙が添えられていた。
「巧へ
今日はあなたの目覚めの日です。家には帰れない出来事が起こります。お父さんとお母さんも同じことを経験しました。目覚めの日のことだけど、お父さんとお母さんが話してあげることはできないの。掟だから。
なんのことか、わからないわよね。大丈夫、担当の人がちゃんと話してくれるから。心細いかもしれないけど、担当の人が来るまで、ちょっとの我慢よ。しっかりね。
お母さんとお父さんより」
なんだ、これ? 目覚めの日? 家には帰れないだって?
やっぱり知ってたのかよ。もしかして、山田とグル?
まさか。ぼくは頭をかきむしった。
チョコをむしゃむしゃ食べた。なんなんだよ、どいつもこいつも…ぼくをばかにしやがって!
チョコを平らげたら、一人で怒ってるのがばからしくなった。
わずかに見える空は赤く染まっている。夕方だ…。
お母さんの言うことが本当なら、ぼくは家に帰れないってことだ。
頭をかかえて目をつぶる。何も見えなくなったらかえって落ち着くことがわかった。