10. 天狗の道具
「この部屋が最後だよ」と、伊藤さんは次の戸を開けた。
そこには、壺だの、たんすだの、着物、扇子、団扇、下駄――。古いものが畳の上から棚の上から、隙間なく、びっしりと並んでいた。まるで骨董屋だ。
「ここはね、技や術を身につけるところだよ。身につけたいものを持って「おたのもうすー」って言うと、その先生のところに行けるの。やってみる?」
ぼくはお店の中を見渡し、蓑を見つけた。
「あれ、もしかして、天狗のかくれ蓑?」
伊藤さんはうなずいた。日本昔話に出てくるかくれ蓑、本当にあるんだ!
「これにするよ」。「じゃあ、「おたのもうすー」だよ」。「すー」が微妙に伸びて方言みたいになるのもまねしなくちゃいけないのかな。ぼくは伊藤さんのイントネーションをまねて、「おたのもうすー」と言った。ヒュン!と景色が変わった。
先生らしき大きな天狗が仁王立ちになり、ぼくくらいの男の子に向かってしゃべっていた。あの子も今日が目覚めの日なんだろうか。
「隠れたい理由を述べよ」と言われ、男の子は答えられずに下を向いた。
「先客がいたね。あ、山木さんだ…」
男の子の後ろに立っていた天狗がこちらを向いた。お面はつけてない。日に焼け、ひときわ大きい体は締まっていて相撲取りみたいだった。伊藤さんが会釈をすると、白い歯をむき出しにしながらドスドスと歩いてきた。
「おー、伊藤も来てたのか。えっと…、担当者?」
「はい。初めて担当者に指名されたんです…緊張しちゃって」
と、頭をかく伊藤さん。緊張してたなんて、そんなそぶり、全然なかったけどな。
「巧、この人がぼくの目覚めの日の担当だった、山木さんだよ」と、伊藤さんが紹介してくれた。ぼくの倍くらい背が高くて横幅もある山木さんの迫力に、ぼくはたじろいでしまう。
「こ、こんにちは…」
おじぎをしたぼくの洋服の襟元を突然つかみ、山木さんは片手でぼくを猫みたいに持ち上げた。ヒッ。
「山木さん!」。伊藤さんがあわてて制する。山木さんがぱっと手を放したので、ぼくはべちゃんと下に落ちた。
「ずいぶんと軽いな。でもすばしこそうだ。よろしくな」
山木さんはでっかい手を出して握ってきた。骨が折れそうなくらい強い力で、痛くて、ぼくはすぐに手をひっこめた。
「蓑に隠してもらうわけだから、隠れる正当な理由がなきゃあ、ならん。よこしまな考えだと、隠してはもらえん」
先生の説明はまだ続いていた。「相変わらずの生真面目さだろ」と、山木さんが伊藤さんに耳打ちする。「そうですね。でもぼくは好きですよ」。伊藤さんが笑った。