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デッド・スナッパー  作者: 千川
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解答編

「あの鯛に目をつけたのは間違いじゃない」

 車中で尾藤はそう切り出した。

「じゃあ、やっぱりダイイングメッセージだったんじゃないスか!」

「いや、あれは被害者が残したものじゃないんだ」

「えっ……ってことは鯛はなんだったんスか?」

「被害者が残したんじゃないなら犯人が残したってことになるだろ。その証明となる事実があるんだが、まだ旅館に着くまで時間がある。ここはひとつ探偵のマネごとでもしてみるか」

 上機嫌な尾藤と引き換えにワトソン役を押し付けられるかたちとなった杉本はどこか不服そうである。

「最初に違和感を覚えたのは、調理場に入ったときだ。被害者は部屋の奥まったところ、つまりコンロやオーブンのあるところの近くで刺されて、その後自分で這って行ったかか引きずられたかして、調理台の付近で倒れていたわけだ。

 しかしな、冷蔵庫は部屋の出入り口のそばにあったんだぞ? あの鯛を被害者が用意したと考えたらな、冷蔵庫から取り出した鯛をなんでわざわざ部屋の奥のコンロのそばまで持っていったんだって話になるだろ」

「そのまま塩焼きにでもするつもりだったんでしょ。ああ美味しそ」

「佐々木は鯛を刺し身にして提供するつもりだったんだよ。それに丸ごと焼くにしても煮るにしてもそれなりの下処理ってもんが必要だろ」

「鯛をコンロまで持っていたとは限らないッスよ。むしろ調理台の上に置いておいたと考える方が自然ッス。被害者は調理台まで這って行って、台の上の鯛を落としたんスよ」

「じゃあ、聞くけどな、お前床に突っ伏した状態で台の上のモノがどこにあるか正確にわかるか?」

「だいたいはわかるッスよ。正確にって言われるとちょっと自信ないッスけど」

「だろ? それにな、うつ伏せの状態から台の上のモノを取ろうとしたら、縁のところに手をかけたり掴まったりするのが自然だよな?」

「いや、まあ、そうスけど、それがなんなんスか?」

「まだわからないか? 血痕だ、血痕。被害者の両手は自分の血でべっとりだった。なのに、床以外の場所には血液反応は検出されていないんだ。鯛は調理台の上にあったとしたら、台に少量でも血痕がついてなきゃおかしいんだよ」

「じゃあ、被害者の手が血で汚れる前に落としたんスよ」

「それは不自然だろ。刺されて倒れて、這って行って鯛を落としてから背中の包丁に手を持って行ったってことになるぞ。なんでダイイングメッセージを残してから自分の傷の状態を確かめてんだよ。普通に考えれば、背中に手をやったのは刺された直後だ」

「じゃあじゃあ、鯛は被害者が落としたんじゃなくて、落ちたんスよ。犯人と争った拍子に調理台の上からボトって」

「遺体には犯人と争ったような形跡はなかったと監察医から報告が上がってただろうが。大体、背中を刺されたんだぞ。背後から不意を突かれたと見るのが自然だ」

「じゃあじゃあじゃあ、鯛はもともと床に置いてたんス。置き場がなかったんスねきっと」

「んなわけあるか。だったら冷蔵庫に戻しとけ」

「わかった。わかったッスよ。犯人が現場に鯛を残した。それでいいッスから」

 やれやれと頭を振る。

 探偵のマネごとは自分で言い出したことだが、このペースで行けば到着するまでに話が終わらないかもしれない。

「で、犯人はどうしてそんなことしたんスか?」

「お前、オーナー夫婦や仲居が言ってたこと忘れたのか? 被害者の佐々木はいつも配膳の時間ギリギリまで刺し身をつくろうとしなかったんだよ」

「はあ、それで?」

「つまり、犯人は被害者の殺された時間が配膳時間の近くだと思わせたかったんだ。具体的に言えば、事件当日の午後五時から午後五時三十分の間くらいだな」

「ほうほう」

「でな、さっき言った証明となる事実っていうのはだな、司法解剖の結果わかったことなんだが、当初の死亡推定時刻だった午後四時半から午後五時半っていうのが大幅に絞られて午後四時三十分から午後五時の間になったってことなんだ。やっこさん、警察の捜査能力を甘く見て墓穴を掘ったってわけだな」

「なるほどッスねえ。で、犯人は誰なんス?」

「これまでの推理をまとめれば、午後五時から午後五時三十分までの間にアリバイのあった人物が犯人ってことになるな。これに当てはまるのは四人いる。女将の赤川明美と仲居の渋井鈴と砂場夏菜、そして運転手の伊野田泰造。伊野田については午後四時半から午後五時までは運転中だったが、午後四時半ギリギリに佐々木を殺して急いで旅館を出れば、つつがなく田上夫妻の送迎を行えた可能性も考えられるので、この段階では容疑者の圏内に入れておく。

 さて、ここからは簡単だ。犯人は配膳時間付近で犯行が行われたと思わせたかった人物なんだから、俺ら警察が事情を訊いてるときに佐々木が配膳ギリギリまで刺し身をつくらなかったという内容の証言をしているはずなんだ。自分以外の人間がこの証言をする可能性も考えれただろうが、仮に誰もこのエピソードを話さなかった場合、現場に残された鯛は謎のままになってしまい、容疑を逃れようという犯人の目論見は頓挫するからな。四人のなかでこの有力な情報を俺たちの耳に入れてくれたのは、赤川明美と渋井鈴。犯人はこの二人に絞られるってわけだ」

「はあ。でも、ここまで来たらもう犯人は渋井鈴で決まりッスね。赤川明美は利き腕が使えない状態だったんスから」

「いいや、右腕一本使えれば、理論的には赤川明美にも犯行は可能だっただろう。ただな、別の事情から彼女には犯行が難しいんだよ」

「あ、もう犯人わかったからその先はいいッスよ」

「ここまで来たら最後まで付き合ってもらうぞ。杉本、お前現場の血痕が拭き取られていたのは何故だと思う?」

「ええ……ダイイングメッセージの血文字を犯人が消したからじゃないんスか?」

「ちがうな。いい加減ダイイングメッセージから離れろ。

 答えは、犯人にとって被害者の流した血が邪魔だったからだよ。なぜなら犯人は被害者を刺殺した後、現場に残ってあることをやらなければならなかったんだ」

「はあ」

 杉本はすっかり興味をなくしたようで、鼻の下をぽりぽりと掻いている。

「あることというのは、すなわち料理だ。

 犯行時刻を配膳時間付近と誤認させるためには、鯛を遺体のそばに残すだけじゃなくて、刺し身以外の全ての料理が完成していなければならなかったんだよ。犯行時刻が午後四時三十分から午後五時の間ということは、この時点で佐々木の料理がまだ出来上がっていなかった可能性は大いにあり得る。

 被害者が刺されたのはコンロやオーブンの前辺りだった。それらを使うには遺体とその血溜まりが邪魔だったってわけだ。

 赤川明美に犯行が難しい理由がわかっただろう。利き腕の使えない彼女には具材を切ったり、鍋で炒めるといった料理に不可欠な動作が困難だったはずだ。よしんばできたとして、腕の良い料理人がつくったとは思えない不格好なものに仕上がっていただろうよ。素人の俺たちから見てもな。

 だが、完成した料理を見ても俺たちは何の違和感も覚えなかっただろ? 渋井は佐々木に弟子入りを志願するほど彼の料理に惚れ込んでいた。形だけなら再現できてもおかしくはない。よって、犯人は仲居の渋井鈴ってことになるわけだ」

 話を終えて少し得意気な尾藤を杉本はふんと鼻で笑ってみせた。

「話はそれでおしまいッスか? じゃあ、今度は自分の番ッスね」

「ん? お前も何か考えがあるのか?」

「いや、奇しくも犯人はいっしょなんスけどね、ただプロセスがちがうっつーんスか、まあ、自分も事件の日から色々と考えてたんスよ。あの鯛の意味をね。それで閃いちゃったんス。鯛だけど、ヒラメいちゃったんスよ。

 いいスか、よく聞いてくださいよ。鯛は英語でsea breamというそうなんス。シーブリーム、シーブリーン、シブリン、シブイリン……ってなワケで犯人は渋井鈴ッス!!」

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