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暗黒聖女ソーフェミニ物語  作者: 忠柚木烈
熱く熱く暗黒聖女
56/74

燻る業火の赤い女王

 とある世界。


 特に空が黄色だったり。

 特に重力が大きかったり。

 特に大気中の酸素濃度が変わったりしていない。

 

 特に肌が青かったりもしない。

 特に額に第3の目があったりしない。

 特にシルエットが変わっていたりしない。

 ごく標準的ヒトが生きている世界。


 しかし。

 魔法がある世界。

 そこの大気中には魔法の効果を伝達する。

 謎の粒子「エーテル」が満ちていた。


 エーテルとは。

 この異世界にやってきた。

 1人の日本人が便宜的に名付けたもので。


 魔法が使えるなら。

 大気中にはその力を伝達させる。

 波の性質をもったものが存在するのではないか。

 という仮定のもと定義された。

 いまだ観測されていない想像上の粒子である。


 もしかしたら量子のように。

 点として振る舞うかもしれないが。

 命名者である日本人は特にそれを気にしてない。

 とにかく魔法を媒介する存在を定義したかっただけで。


 その特性やふるまいの厳密な定義に。

 その日本人はさほども労力を割く気はなかった。

 ただ大事なのは。

 魔法が使えるという事実一点である。


 リモコンの理屈を知らなくとも。

 携帯電話の理屈を知らなくとも。

 パソコンの理屈を知らなくとも。

 それらを使うことは充分にできる。


 日本人にとって大事なのは。

 魔法を使いこなす。

 その一点に集約される。




 その日本人は。

 異世界を旅し。

 現地の人に。

 魔法に触れた。


 奇縁に導かれて出会った。

 3人の魔法使い。

 日本人も魔法を教わった。


 異世界だからといって。

 物理法則が違うことはない。

 遠く離れようと。

 普遍・不偏・不変のはず。

 例え異世界だろうと。


 ならば。

 物理法則を超越する魔法だろうと。

 それすらも当然物理法則の一種のはずだ、と。


 この不思議な法則を。

 自在に使いこなすため。

 同行者となった3人と。

 魔法を極めながら旅をしていた。




 研究者でも何でもない日本人は。

 科学的アプローチも何もない。

 ただ日本の娯楽メディアに倣い。

 際限なく魔法を再現した。


 そして。

 ある疑問を抱いた。

 魔法の限界はどこにあるか、と。


 試そうと思ったなら。

 やろうと思ったなら。

 なんでもできたからだ。


 できないことはないのか。

 どうやら驚くべき事に。

 できないことはなさそうだ。


 その事実に歓喜し。

 無限の力を手にした事に狂喜し。

 やがて。

 絶望の縁に立った。


 理性ある人なら。

 できることできないことは解るもの。

 まともな人間なら分別が付く。


 だから異世界の魔法はせいぜい。

 大きな火を生むだとか。

 人々の生活の延長線上にあるものだった。


 日本人は部外者。

 この世界の常識がないから。

 この世界にない魔法を生み出せた。


 つまり逆説的に。

 効果の高い魔法を生み出せる者は。

 それすなわち常識の通じないもの。


 端的にいって。

 魔法の才能とは。

 異常の才能だ。


 軽度のうつ病の自覚があった日本人は。

 自分が何故この異世界に来たのか理解した。

 自分が願ったからだ。

 消えてしまいたい、と。


 うつ病は症状が1番酷いときより。

 治りかけが1番危ういという。

 1番酷いときは無気力で。

 何もやる気が起きない。


 だが。

 治りかけの。

 行動する気力があり。

 しかし思考がネガティブなとき。

 それは自殺の原動力となる。


 目的もなくただなんとなく生きるだけ。

 友達の助けにすがって生きるだけ。

 惨めで人に劣る存在。

 そう自分を定義した日本人は。


 あまりの情けなさに。

 消えたいと願って。

 その願いどおりに。

 日本から消えて。


 あまりの情けなさに。

 しかし生きたいとも思った。

 その浅ましい願いにより。

 異世界に転移した。


 魔法の才能とは。

 異常性の発露。

 自分という実例から。

 強く確信した。


 そして。

 そんな自分に比肩する。

 才能を発揮した魔法使い。


 それはつまり。

 その魔法使いは。

 自分と同等以上に。

 頭がおかしいという結論になる。


 起きながらにして幻を見て。

 誰もいない寝室で泣きながら。

 幻聴に許しを乞うことすらあった。

 そんな自分と同等以上。

 そんなに頭がおかしい奴が。

 

 なんでもできる。

 際限ない力。

 それを振るえる。


 そんなものは。

 ただ不条理で。

 ただ理不尽なだけだ。


 それを野放しにするなんて。

 なんたる無防備。

 なんたる無責任。


 さらに考えて気付く。

 いったいどっちが主だ、と。


 魔法がなんでも叶えるなら。

 自分が貧困な想像力で。

 この異世界を都合よく作り上げたのではないか。


 本当にそうか。


 魔法がなんでもかなえるなら。

 相手がその凄まじい才能で。

 豊かな日本という国そのものを作り上げたのではないか。


 世界5分前仮説。

 世界の全てが5分前に作られたとしても。

 それを調べる方法はない。

 過去の記憶なんてただ捏造されただけ。


 胡蝶の夢。

 日本人が異世界を作り出したのか。

 異世界が日本人を作り出したのか。


 2つが混ざりあった今。

 異世界を作成したのか。

 異世界に作成されたのか。

 あるいは元から2つが別個に存在してたのか。


 もう調べる術は存在しない。

 証明する手段すらないから。

 調べた結果が正しいのかも。

 自分が何者かすらもうわからない。


 自分の存在が脅かされるのは。

 脅威に他ならない。

 もう自分を担保できるのは。

 薄っぺらい自我だけ。


 我思う故に我有り。

 すべてが否定されたとき。

 最後に残るのはたった1つの。

 自分というちっぽけな存在だけ。


 だから。

 日本人は。

 最終的に。

 魔法使い達と。

 決別し。

 内2名を。

 殺害した。


 2度と自我が揺るがないように。

 こうして。

 日本人と魔法使い達の旅は終わった。




 好きだったのに。

 わたしはあの人の事が好きだったのに。


 絶望しかなかった世界から解き放たれて。

 あの人と一緒にいられるのが。

 救いで。

 全てだったのに。


 わたしは自分の愚かさで。

 全てを壊してしまった。


 そして。

 空虚な心のまま。

 無気力なまま。


 力を振るい続けた。

 ただの八つ当たりで。

 ほんの少しの義務感で。


 目につくものは何でも。

 壊した。

 殺した。

 あの人以外はどうでもよかった。


 貧しい者も。

 富める者も。

 優れた者も。

 劣った者も。


 気付いたときには。

 失楽園の絶対支配者。

 赤い女王と呼ばれてた。


 なるほど。

 殺人狂って揶揄して。

 血の赤と呼んだのか。

 奉仕させる人間すら殺すのを見て。

 なにも持たない女王と皮肉ったか。


 あらゆる文化的なものを否定する。

 なるほど。

 それはたしかにアカに違いない。


 ディストピア・クイーン。

 この失楽園の統治者たる。

 わたしにこそ相応しい名。




 だけど。

「飽きた」


 あの人がいない世界に。

 飽き飽きした。


「そうだ」

 会いに行こう。


 この世界で会えないなら。

 会える世界へ至る道を。

 作ってやる。


 ヴァイスヴンダー。

 わたしは不可能を可能にするんだから。

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