覚醒する暗黒聖女
静謐な森の中。
さえずる小鳥たち。
セピアカラーな風景。
穏やかなバイオリンの旋律。
そんないかにもな場面。
「こんにちわ」
わたしは神父さまに言われたとおりに。
森の中にたたずむ、その背中に声をかけた。
後ろにいたことに気づかなかったのか。
驚いた様子で振り返った。
「きみはだれ?」
やわらかな金髪。
子供らしいあどけなさを残した顔立ち。
彼は教会に見出された勇者。
その青い瞳と目を合わせて。
わたしの刻は止まる。
息を吸うのも忘れてしまう。
そんな衝撃を伴う邂逅。
今日このとき。
わたしたちは。
運命のボーイミーツガールをした。
?
んー?
んんんー?
なんか違和感?
なんかデジャヴュ?
なんか見たことある?
なんだ?
どこで見た?
あのときはたしか?
もっと客観的な?
第三者視点の立場で?
やっぱり見たぞ?
ポクポクポクポク………チーン!
思い出したー!?
両腕を震わせながら振り上げる!
混乱した記憶の奔流に任せて行動する!
「開眼ーっ!」
奔流はそのまま静寂を引き裂く叫びとなった!
「うおっ!なにっ!?」
置いてきぼりのパツキンショタが狼狽する!
しかしそんなもの捨て置け!
振り上げた腕を頭上で交差させて!
「起動ーっ!」
混乱を断ち切るように!
腕をX字に切り裂く動作で振り下ろす!
「ど、どうしたの?」
パツキンショタは目を白黒させながら、わたしを心配してるけど!
思い出した思い出した思い出したー!
わたし、聖女ソーフェミニ・クレージ!
特にこれといってウリのない、国産RPGのメインヒロイン!
眼の前のパツキンショタは未来の勇者!
主人公ドメス・ヴィオレン・モラハザード!
セピアカラーの風景!
いかにも回想シーンですって穏やかBGM!
これイベントシーンだ!
勇者と聖女の幼い頃の思い出!
初遭遇シーン!
男の子が遊びに来てるから案内してやれって!
神父のクソ野郎に言われて、ホイホイ出てきたら、ご覧の有様だよ!
なんてこった!
………ん?
あぁ?
言うまでもなくアレだ?
前世の記憶があるまま、ゲーム世界に転生したってやつ?
この展開!
ひっじょーにまずい!
頼りになる前世の記憶が!
わたしの脳内に警鐘鳴らしっぱなし!
メーデー!
メーデー!
SOS!
心を突き刺す必死の悲鳴!
いかにも中世的な世界観!
圧倒的封建社会!
封建社会において女子供の身分は低い!
わたしは生まれ故郷の村を離れて!
この教会で生活してる!
何故ならわたしは見出されたから!
高い神聖魔法の適正を持つ聖女候補として!
売られたんだ!
わずかばかりの対価が支払われ!
わたしは親に売られた!
聖なる行いだって!
神のご意思だって!
耳障りの良い言葉で飾られた!
非道な行いで!
この教会にはたくさんいる!
同じ境遇の子供たちが!
各地から集められてくる!
そして!
やさしく!
おだやかに!
諭すように!
含み聞かせるように!
頬を打ち!
鞭を打ち!
食事を抜き!
痛みを伴うように!
飴と鞭を使い分けて!
正しい行いだって!
悪魔を撃退する為だって!
耳障りのいい言葉を並べて!
教会にとって都合のいい価値観を!
徹底的に無力な子供に刷り込んだんだ!
教会にとって都合のいい駒にする為に!
サーカスの猛獣は、逃げようとはしない!
何故なら最初に猛獣は、徹底的に痛めつけられているから!
その痛みと記憶が、反抗する牙と意思を奪い去る!
脱走『できる』かどうかの問題は!
『可能』の問題じゃない!
『意思』の問題なんだ!
同じだ!
わたしたちは同じ!
サーカスの猛獣と同じ!
暗黒クレイジー洗脳によって!
暗黒クレイジー教会の命令のまま!
暗黒クレイジー忠実尖兵になってしまう!
眼の前の暗黒クレイジー勇者も同じだ!
神聖適正をもった男の子は勇者候補!
教会の勢力拡大の為!
聖女ともども広告塔として働かされるのだ!
正義の味方が悪いやつをやっつけて世界平和なんて?
現実ではそんなの絶対ありえない!
転生して生きてるんだから!
ここは現実!
万人にとっての、絶対悪なんてありえない!
絶対悪がありえないなら、絶対正義もありえない!
だから暗黒クレイジー教会は正義じゃない!
それがわかれば!
今すぐ行動しなきゃ!
ゲームの最後は『勇者が仲間たちと、魔王を倒してハッピーエンド』!
いかにもスタンダードなRPGの終わり!
しかもご丁寧に『勇者と聖女はその後結婚しました』っておまけ付き!
聖女ってだーれだ?
わたしだー!?
このままいったらわたしは!?
暗黒クレイジー勇者と!?
暗黒クレイジー結婚をし!?
暗黒クレイジー家庭を作るハメになる!?
さらに言えばゆくゆくは!?
暗黒クレイジー子作りして!?
暗黒クレイジー出産して!?
暗黒クレイジー子育てするハメにも!?
そんな暗黒クレイジー生活ヤだー!!
だってアレだよ!?
この眼の前にいるパツキンショタ!?
未来になったら、暗黒クレイジー完璧超人になるんだよ!?
外見がよくって!
性格がよくって!
そんなのゲームだけに決まってんじゃん!
そういう外面がいい男は、現実だとどんなやつか?
外面はいいけど、中身は何か抱えてて、腐ってるってのが、お決まりでしょ!
家庭内暴力する夫っていうのを、よく聞くけど!
そういうやつの典型は、外面がいいやつなんだ!
外で八方美人して、溜め込んだストレスを!
誰にも見られない、家庭内で暴力として発散!
そして妻は、暴力を外部に訴えても!
外面のいい、夫の方が信用される!
結果どんどん、味方をなくしてく!
これが暗黒クレイジー家庭内暴力の仕組み!
しかも法整備された現代社会ですらコレ!
ここは暗黒クレイジーファンタジーゲーム世界!
さっき回想したとおり暗黒クレイジー封建社会!
そして暗黒クレイジー男尊女卑!
さらにトドメは暗黒クレイジー教会の体質!
暗黒クレイジー教徒を生む為に教会は何した!
暗黒クレイジー洗脳だ!
よく現実社会に言われることに、こういうのがある!
虐待されて育った親は、自分の子供を虐待するって!
暗黒クレイジー勇者も!
暗黒クレイジー洗脳による虐待を受けてる!
つまり!
暗黒クレイジー勇者と!
暗黒クレイジー結婚したら!
暗黒クレイジー生活は必至!
っていうかそう思ったら?
なんだこのパツキンショタの名前?
ドメス・ヴィオレン・モラハザード?
ドメスティック・ヴァイオレンス・モラルハザード!
オォ!
なんたる暗黒クレイジー名前!
こんな暗黒クレイジー野郎と結婚する未来なんて迎えてたまるか!
わたしは未来をつかむんだ!
輝かしい未来!
発光ハッピー未来を!
そうと決まったら!
「ちょ、ちょっと、どうしたの!?」
パツキンショタが心配するように、わたしの顔を覗き込んだ。
記憶を取り戻してから、わたしはどれほどの間こうしてたんだろう。
「なにやってんのそれ!?」
「ん?」
言われて初めて気づいた。
なんか驚きと混乱のあまり、わたしの体中から神聖エネルギーがダダ漏れになってた。
「あぁ、これか」
「これは?」
何も知らないパツキンショタが聞き返してきた。
「わたしの発光ハッピー未来を目指すための準備」
「はっ、発光ハッピー未来?じゅんび?」
わたしのハイカラな言語センスについてこれないのか、理解している様子はないが!
そんなのどうでもいい!
パツキンショタの名前が!
ドメス・ヴィオレン・モラハザード!
ドメスティック・ヴァイオレンス・モラルハザードなら!
家庭内暴力ばれなきゃOK野郎という意味なら!
わたしの名前は!
ソーフェミニ・クレージ!
クソフェミニスト・クレイジー!
クソクレイジー女性主義者という意味だ!
なんでもかんでも女性差別問題として取り上げて!
女性様がなんでもかんでも優遇されなければならないと!
真顔でほざくクソ女になるんだ!
女であるわたしが発光ハッピー生活を送るために!
「発光ハッピー生活ってなに?」
そんなわたしの思いを知る由もなく!
暗黒クレイジー未来をもたらす元凶たる、パツキンショタが聞き返してくる!
「それは」
「それは?」
「………」
「ん?どうしたの?」
答えようと思ったけど。
ちょっと気になることがある。
この回想シーンBGMはふさわしくない。
だってこのイベントは、もう回想シーンじゃないんだから。
「ミュージックカモン!」
「へ、なに!?」
勢いよく右腕を上げて指パッチン!
「ご機嫌なロックを頼むぜ!」
ギュイーン!
BGMの精霊さんが答えてくれて、静謐な森にディストーションが響き渡る!
セピアカラーな色調変更は消し飛び、もはや世界はフルカラー!
「わ、なにこれ!」
環境の変化についてこれないパツキンショタ!
「なにって?これは」
「これは?」
「ボス戦BGMだよ」
「ボスせん?」
そう!
これは回想イベントなんかじゃない!
ボス戦イベントとなるのだ!
神聖エネルギーを全身から放出して戦闘準備!
わたしは神に仕える聖女なんかじゃない!
今から神に反旗を翻すもの!
聖女とは真反対の存在!
そう!
暗黒聖女になるんだ!
「発光ハッピー生活到来のため、ここで果てろ!暗黒クレイジー勇者ッ!」
そして世界は暗転する!