第一話 運命の出会い・麗しの吸血鬼
初投稿になります。この作品は作者がずっと書きたかった妄想話を形にしたものです。是非とご意見ご感想お聞かせ頂くと嬉しいです。私が喜びます。
闇、闇、闇。辺りは真っ暗で何も見えない、何も聴こえない。この空間から出ることが出来ない、退屈。この状態になって一体どれだけ経つのか、100年を過ぎたあたりからもう数えていない。
場所はとあるダンジョンの中に作られた一つの部屋。無駄にだだっ広くて明かりのひとつもない、物も何一つ置かれていない。
天井や壁は黒く硬い鉱石で覆われていて物理的に破壊するのは難しい。地面は土だが何かしらの特殊な魔法が掛けられていて一定の深さまで掘ると再生して元通りになってしまう。
助けは来ない。助けに来る人なんているはずがない、この場所まで辿り着ける人間なんて、きっと一生現れない。
召喚魔法も何度も試した。成功すればその人から助けてもらえると、淡い期待を抱いて何度も試した。失敗だ。数百年間飲まず食わずで日光もまともに浴びていない。
魔力を供給する術もなく、常に枯渇しているこの状態では簡単な召喚魔法でさえ全く成功しない。その証拠にあちこちの地面に失敗した魔法陣の痕跡が残っている。
暗闇の中で座り込む一人の少女。髪は腰まで伸びて白髪で真紅の瞳、色白でとても整った顔立ちをしている。身長は大体145cm前後、ほっそりしたとても華奢な身体で容姿的には完全に美少女と断言してもいいくらいに可愛らしい。
この美少女が街を歩けば、すれ違う人々の全てが彼女に注目し見蕩れてしまうだろう。
少女はまたどうせ失敗だろうと思いながら、それでももしかしたらと淡い期待を込めて、石で地面の土を掘って簡単な五芒星を中心に刻んだ魔方陣を作り詠唱を始めた。
「次こそは……お願いです……成功して下さい……」
何も見えない暗い空間に、少女の悲痛な声が木霊する。
本作の主人公、三神空は混乱していた。
身長170cm前後、パッとしない顔立ち、黒髪。運動神経は平均、勉強は苦手。クラスでも特に目立たない存在だ。いや、逆に一人でいることが多すぎて悪目立ちはしているのかもしれない。クラスで必ず一人はいる教室の隅で読書やスマホでゲームをしているような人間だ。
そんなTHE陰キャの俺が何故混乱しているのかというと、たった今起きたとんでもない事態が原因だ。
時は少し遡り、いつもの学校のいつもの休み時間。俺はいつものようにスマホでゲームをしている。耳に入ってくるのはクラスメイト達の楽しげな会話。
クラスの中心人物、俺とは全てが対極にある存在の佐倉仁とその親友真島透、女友達の風音凛と月楽弥生の会話が耳に入ってくる。佐倉仁は一言で表せばイケメンだ。リーダーシップもありいつもクラスを纏めるのはこいつの仕事だ。
俺はこいつのことが苦手だ。クラスで誰も逆らう奴がいなかった影響なのか、佐倉は常に自分の主張が正しいと決めつけている気がある。自分の中で正しいと思ったものが正解、その他は全て不正解。自分の価値観を他人に押し付け他人の主張は全否定、それが当然と思っているような人間だからだ。
そんな佐倉がクラスメイト達から嫌われないのは、佐倉のカリスマ性がなせる技だろう。自然と人を寄せ付け何故か憎めない存在、故に佐倉は常にクラスの中心にいるリーダー的存在になれたのだ。
真島透、いつも佐倉と一緒に行動する佐倉の右腕的存在。完全な武闘派で筋骨隆々で身長が大きい。短い髪を逆立ててるツンツン頭だ。
風音凛は名前に相応しく真面目な人で頭脳明晰、容姿端麗という言葉が似合う。女子にしては身長がスラッと高く、長い黒髪を後ろで結ってポニーテールにしている。
風音の親友的ポジションにいるのが月楽弥生。明るく活発な性格で誰とでも仲良くなれる女の子。髪は明るい茶色でショートヘア、身長は低め。勉強がとても苦手で風音にテスト勉強を教わっている所をよく見掛ける。
この四人は一緒にいることがとても多い。少なくとも教室にいる時は大体一緒にいるのではないだろうか。
俺が四人の会話を耳に入れながらゲームをしていると不意に佐倉に声を掛けられた。
「おい三神。またそうやって一人でゲームなんかしているから、お前はいつまで経っても一人なんだぞ」
「え?」
「ちょっと佐倉、いい加減そうやって三神くんに絡むの止めなさいよ可哀想でしょ。ゴメンね三神君」
「あはは、いや、大丈夫だよ」
「三神君三神君! 嫌な時は嫌って言おうね、ちゃんと言葉にすれば相手も分かってくれるから!」
「でも佐倉の言い分も一理あると思うぜ。お前このままだと残りの学校生活ずっとボッチだぞ」
「う、うん。気を付けるよ」
こういう所があるから佐倉は苦手だ。別に悪い奴じゃないっていうのは分かる。だけど、俺が好きでやっていることを頭ごなしに否定されるのは気分の良いものではない。
俺がそろそろ次の授業が始まると思い、準備を始めたその時、この場にいた誰もが予期せぬ事態が起こった。
突然ゴゴゴゴゴッ!という地鳴りが響き、地面が振動すると床から淡いブルーの幾何学模様が浮き出てきた。漫画やアニメでよく見る魔方陣にとても似ている。
魔方陣は教室の床全体に大きさを拡大させると輝きを増し、次の瞬間、床にヒビが入り一瞬で砕け、俺達は真っ逆さまに落下した。周りから聞こえるクラスメイトの悲鳴を聞きながら、俺の視界は暗転する。
ここから現在に至る。落下してからどれだけ時間が経っただろう。気を失っていた俺は誰かに触られている感覚を感じ取り、ゆっくりと目を開ける。そこは真っ暗で何も見えない。
何も見えない空間で俺は誰かに頬を触られていた。
「ああ、やっと起きましたか」
声から察するに同い歳くらいの少女だ。少女は俺に馬乗りになっている状態で両手で顔を挟み固定している。動けない。
「えっと、これは一体どういう状況ですか?」
「あなたにまだ息があるか確認していました。暗くて何も見えないので他に確認する術がないのです」
「それならもう手を離してくれてもいいんじゃないですか? 俺は無事ですよ」
「……」
少女は俺の顔から手を離さずにグッと自分の顔を俺に近づけた。息遣いが少し荒い、興奮しているのだろうか。
「やっと、やっと成功しました……ようやく、ここから出られます……」
少女はそう言いながら俺の首筋に顔を近づけ舌でペロッと舐めてきた。下から上に掛けて少女の生暖かい舌が俺の首を這う。
「ちょ、おい!? いきなり何してんだ!?」
思わず敬語も忘れ叫んでしまった。こんなことされたら誰だって動揺するだろ。危うく変な気分になってしまうところだった。
「すみませんが今は説明している時間も惜しいです。すぐにここから出られますから、お話はそれからにしましょう」
舌で濡らされた首筋にチクッとした痛みが走る。生暖かい少女の吐息が掛かりチューチューと吸う音が聞こえる。
血を吸われている?何故?俺が考えている内に少女は俺の首筋から口を離した。離す瞬間にペロンと首に舌が這ってきて少しゾクッとする。
「ふぅ、ご馳走様でした」
「……人から血を吸うとかお前は吸血鬼かよ……」
「吸血鬼でもなければ好き好んで人の血を吸ったりしませんよ」
「そりゃそうだが……」
「ようやく魔法を使うことが出来ます。少し眩しくなりますけど、我慢して下さいね?」
少女がパチンと指を鳴らす。すると辺り一面が一気に明るくなった。
「うぉっ! 眩しい!」
しばらくして目が慣れてきたので目を開くと、そこにはだだっ広い空間が広がっていた。広いだけで何も無い、寂しい空間だ。壁や天井は黒く光沢のある鉱石のようなもので出来ていて床一面は土になっている。
「あなたのお陰で、やっとここから出られます。本当にありがとうございます」
声のする方に目をやるとそこに居たのは絶世の美少女。白髪紅眼、腰まで伸びた長い髪、整った顔立ち、小さめの身長、触ったら壊れてしまいそうなガラス細工を思わせる華奢な体つき、色白の肌。身に纏っているボロボロの布からチラチラと見える肌は何とも目に毒だ。
一目で俺は、言葉も出せず見蕩れてしまった。ボケーッとした表情で俺が見つめていると、少女がクスリと笑う。
「ふふっ、そんなに私が可愛いですか?」
「ああ、めちゃくちゃ可愛い」
「あ、そんなにストレートに言われてしまうと、少し恥ずかしいですね」
少女が頬を薄赤く染め、俯く。その動作の一つ一つが可愛らしかった。俺が思わずこのような行動に出るくらいに。
「お、俺と付き合ってください!!!」
俺はどうかしていた、会ったばかりの名前も知らない少女に突然告白するなんて。俺は軽く正気を失っていたのだろう。
「お断りします」
バッサリと切り捨てられた。
「知ってたよチクショウ!!!」
「だって」
少女は俺に近づき両手を首に回して上目遣いで見つめてくる。あまりの可愛さに俺は目を合わせられない。
「あなたはもう私のものですから」
「え?」
今何て言った?私のもの?誰が?俺が?
俺が言葉の意味を理解出来ずに硬直していると彼女はニコッと微笑む。
「まずはお互い、名前を知るところから始めましょう。私はシエルと言います。あなたの名前を教えてくれますか?」
「俺は三神空だ。えっと、これからよろしく?」
「ふふっ、何で疑問形なんですか。ええ、これからよろしくお願いしますね?空」
お互いの名前を知ったところで取り敢えず色々と整理しておきたい。俺はその場にドカッと腰を下ろすとシエルにも座るように促す。シエルは腰を下ろした、俺の膝の上に。
「何故俺の上に……」
「私がそうしたいからですよ。ダメですか?」
「駄目じゃないけど、よく知り合ったばかりの俺にこんなこと出来るな。告白した俺が言うのもなんだけど」
「だって空はもう私の物ですし」
「俺はシエルの物になった覚えはないんだが……」
「私はあなたの血を吸いました。吸血鬼に血を吸われた空は、私の眷属になったんですよ?」
「眷属?」
「吸血鬼の吸血行為の意味は、一に自らの魔力補充、二に眷属との契約ですから。と言っても、吸血鬼は最近めっきり数が減っているので知らなくても仕方ないかもしれませんけどね」
「それって相互の同意の上で成り立つものだよな?俺の許可無く勝手に……まぁ、良いけどさ」
「仕方ないんですよ、数百年間飲まず食わずで魔力が極少量しか回復してくれないので本当にギリギリで生きていたんですよ?一刻も早く空腹感を満たしたいと思うのは、生き物なら当然じゃないですか?」
そう言われると、言葉が返せない。
「でも、契約したらいいこともあるんですよ? 身体能力が飛躍的に高くなったり、魔力量が上がって魔法を無詠唱で撃てるようになったり、寿命が長くなったり、若い姿を維持できるようになったり」
「うーん、そう言われると、契約して良かった、のか?」
「良いに決まってるじゃないですか、吸血鬼が眷属にするのは本当は心に決めた特別な人じゃないとダメなんですからね」
「なんかゴメンなさい、俺なんかが眷属になって」
本当に謝りたい気持ちでいっぱいだ。こんなに可愛い娘ならきっともっとイケメンな人とか求めていた筈だよな。本当にごめんなさい!こんなフツメンと契約させてしまって!
「そんなことないですよ? 私にとって空は命の恩人です。私は空にこの身を捧げたいと考えています。そうやって空に報いることが私が出来る恩返しです。この出会いは偶然かもしれません。それでも、私を見つけてくれた、私に生きる活路を見出してくれた空が、私は大好きです」
シエルが俺を下から見上げながらニコッと微笑みかける。
可愛すぎかよ。こんなに可愛いシエルの元に召喚されて、マジで良かったわ。俺のことを好きになってくれる女の子が現れるなんて夢にも思わなかった。
それから俺はシエルに色々なことを話しシエルから色々なことを聞いた。俺が別の世界からここに召喚されたこと、他にも何人もの人間が召喚されていること、この世界について、等々。
シエルから聞いた話では、ここは並大抵の冒険者では歯が立たない強大な魔物が何体も生息している、という理由で国が立ち入り規制を掛けている地区の一つ、トゥレラ地区にある高難度ダンジョン、ルルヤニの塔の地下だそうだ。
シエルは元は吸血鬼族の貴族の産まれでその強大な魔力を国に認められ、王国軍の指揮官を任されていた。最初のうちこそ誰もがシエルを頼りにしていたが、次第にシエルの危険性を訴える者が現れてきた。更にシエルが王国の乗っ取りを企てているというデマが流れ、危険を感じた王国はシエルの魔力が枯渇している所を狙い、捕らえ、シエルの言葉には一切耳を貸さずに、この地下へ閉じ込めたそうだ。
シエルはここから一刻も早く抜け出そうと必死に残っている魔力を少しずつ使って、魔法も魔力の消費を最小限に抑えられる陣と詠唱を使って、召喚魔法を唱え続けていたらしい。吸血鬼なので死ぬことはなく、魔力も最小限には回復するので、そこが唯一の救いだったようだ。
「もしかしたらですけど、空がここに召喚されたのは、この世界に召喚されたことが大きいかもしれないですね。多分、本来別の場所に召喚されるはずだった空を、絶妙なタイミングで使った私の召喚魔法が横取りしていったんでしょうね。それなら今まで失敗していた召喚魔法が成功したことの説明もつきますし」
「成程な、自分自身でまともな魔法が成功しなくても他の同じ系統の魔法と干渉すれば、成功する確率が上がるってことか」
「そうです。と言っても、それが成功した例なんて過去に一度もありませんけどね、少なくとも私が知っている限りでは。そう考えるとこの偶然の出会いは必然のようにも思えてきますねぇ、何だかロマンチックです」
シエルは微笑みながら上体を倒し、俺に身体を預けた。完全にリラックスしていやがる。シエルの頭が近くにあるので、折角なら彼女が出来たら一度はやってみたい行為の一つ、頭を撫でるを実践しようと考えたが、いざ実行しようとすると腕が上がらない。くっ!動け、動いてくれ!俺の右腕!
「ところで、空は別の世界から召喚されてきたわりには随分と冷静ですね。普通、いきなり異世界に飛ばされてきたらパニックになると思いますけど」
「ん? ああ、俺はとある書物や映像で、そこら辺の知識が無駄にあるからな。このくらいの事じゃ驚きもしないさ」
「そんな物が存在するのだとしたら世紀の大発見ですけどね。知りもしない世界のことを知ることが出来るなんて国宝級の魔具にも匹敵しますよ」
「そんな大層なもんでもないけどな」
よっとシエルは俺の膝の上から立ち上がるとグーっと伸びをする。白髪がシエルの動きに合わせてふわりと動く。
「それではそろそろ行きましょうか。空、これからの目的地とかは決まっていますか? 何なら、空のクラスメイト、という人達とでも合流しに行きますか? 召喚された場所には心当たりがあるので、行こうと思えば行けますけど」
「いや、あいつらのことはどうでもいい。所詮赤の他人だしな。目的地は決まっていないが、この世界を気ままに冒険したいな」
「分かりました。何処に行くかは空の判断に任せます。ですがその前に……」
シエルは歩きながらターンをして俺の方向を向くと、ビシッと俺を指差す。
「今のままでは完全に私のお荷物になってしまうので、空にはとある場所で特訓をしてもらいます」
「特訓?」
「はい、まぁ自分のスキル上げと肉体強化の為の修行だと受け取って頂ければいいです。どういう場所なのかは行けば分かります」
「あ、はい、了解っス。ちなみに、自分のスキルやステータスが上がっているのを確認できる術って何かあるか?」
「そうですね。でしたら一度村か街のギルドに行ってステータスカードを作成した方がいいですね」
「あれか、いわゆる自分の実力を示したり、身分証明に使ったりするやつか」
「大雑把に言ってしまえばそうです。カードのランクによって受けられるクエストが変わったり、ギルド職員の信用を買えたりするのであると便利です」
「じゃあ、最初の目的地はここから一番近いとこにある村か街だな」
「了解です。ついでにそこに行く道中で魔物も狩れるだけ狩ってしまいましょう。素材さえ手に入れれば向こうで換金してくれるので」
んで、どうやってここから出るつもりだ?と空が質問しようとしたとき、突然辺りの光が消え真っ暗になった。
「うおっ!? おい、シエル!?」
突然目の前が真っ暗になってしまったので驚いてしまった。俺がシエルの名前を呼んだ次の瞬間には、また光が灯り辺りを照らす。
シエルは目の前にいたが、さっきのボロボロの布とは違い、黒を基調とした所々にフリルがあしらわれているゴシック系の服と真紅のミニスカートを着ていた。元々髪や身体が白いこともあり、その服はよく似合っていた。
俺はまた言葉も出せずにボケーッとシエルに見蕩れてしまっていたが、俺はあることを思い出した。デート等ではまず、女の子の見た目を褒めるのが定番なのだとか。今は正にその時なのではないのか、褒めなければ!ただ可愛いというだけではダメだ、何かシエルが喜びそうな言葉を掛けてやらねば!
「早着替えマジで上手いね!」
ちっがーう!!!俺が言いたいことはそういうことじゃないんだ!ほら俺が訳わかんないこと言うからシエルが微妙な表情でこっち見てんじゃん!マジで恥ずかしい!やめて!そんな目で俺を見ないで!
「……褒めるとこ違くないですか?」
「知ってるよ! でもどう褒めればいいか分かんないんだよ! まともに女子を褒めたことなんて一度もないんだよ!」
普通に可愛いと言っておけば良かったのではないだろうか、と今更思い直す。
「……はぁ、まぁいいです。そこまで期待もしていませんでしたし」
シエルは若干呆れつつ、やれやれと首を振ると手を上にかざした。
「黒天衝」
上にあげたシエルの手に膨大な魔力が溢れ出す。その魔力は俺の目でもはっきりと視認できるほど、黒く禍々しい。魔力は手から溢れ出し渦巻きながら次第に圧縮され、小さくなる。魔力はその大きさをシエルの手に丁度収まるぐらいまで収縮させ、ぐにゃりと形を歪ませて消える。
一瞬の静寂、次の瞬間、ドオンッ!と鈍い音を響かせながら天井の黒く光る鉱石が吹き飛んだ。次いで、ドッゴオオオオンッ!!!と地上の方から凄まじい爆音が響き衝撃波が地下まで伝わってくる。ビリビリと地面が振動し、上からぶつかってくる衝撃波の影響でその場の重力が何倍にも増したように錯覚する。
俺は立っていられず膝から崩れ落ちて四つん這いの体勢になる。目の前にいるシエルはそれらをものともせず、一切体勢を崩さない。まるで、彼女の周りだけその影響を全く受けていないかのようだった。
地響きが収まり上を見上げると、そこにはポッカリと丸い穴を空けた雲。そこから太陽の光が差している。まるで天使降臨みたいな、そんな光景を連想させた。ちなみにここは一応塔の地下の筈なのだが、上を見上げる限り塔は影も形もない。完全に消滅していた。
シエルは魔法を使い終えると、脱力しぐらっとバランスを崩し後方に倒れる。
俺は急いで立ち上って走り込み、シエルの背中を受け止めた。思った以上に軽い、何百年も栄養補給が出来なかったせいか、それとも元々軽いのか。シエルは俺の腕に全体重を掛けて身体を預ける。
「くっ、やり過ぎてしまいました。流石に回復したばかりの魔力でこんな大技を撃つのは無茶でしたね。しばらくは動けません。空、どうか私をお姫様抱っこで運んでください」
額に汗を滲ませながらシエルがお願いする。敢えてお姫様抱っこを所望する辺り、シエルにも一種のお姫様願望のようなものがあるのかもしれない。
「それは別に構わないけど、動けなくなるくらい無茶するなよ。抜け出すだけなら、他の魔法だって幾らでもあるんだろ」
「それはそうですけど、一応意味はあるんですよ? 例えば、今の行為で力関係は明確になりましたよね?」
シエルが俺に向ける笑顔が少し怖い。言外に、私の機嫌を損ねるような下らない真似はするなよ?とでも言われているようだ。シエルは怒らせないのが無難だな、俺の身の安全の為にも。
俺はシエルに言われた通りヒョイっと持ち上げてお姫様抱っこをしてやる。シエルは満足気に俺の首に手を回し身体を固定する。
さてどうやって上へ上がろうかと俺は考え、そういえばシエルから身体能力が上がっている的なことを言われていたな、ということを思い出し試しにぐっと脚に力を込め跳躍してみた。
わりと高く跳んだ。少なくとも三、四メートルは跳べた。俺は少し上にあった足場になりそうな鉱石の出っ張っている部分へ着地し、同じ要領で更に上の出っ張りに向かって跳躍する。それを何度か繰り返し、ようやく地上に出ることが出来た。
地上は自然豊かな平原。大気が澄んでいてとても心地がいい。ここが危険地区に指定されているなんてとても信じられない。日光も強く差すのでピクニックには打って付けだ。
「ここルルヤニ地区は自然豊富な影響で大気中の魔力が他の地区よりも多いんです。その魔力の恩恵を受けて魔物が強力に成長します、それがここを危険地区と指定する所以です」
「成程な、自然豊かな場所の方が生き物がでかく強くなる理屈と似ているな。ようは餌が豊富だから他の魔物達と比べて強力になる訳だ」
俺は納得したように返答する。シエルはこのまま魔物と遭遇したら危険という理由で、俺の首筋に牙を立て血を吸う。俺が動けなくなると困るので、吸う量はしっかりとセーブしてもらった。シエル曰く、俺の血は美味らしい。某菓子のように止められない止まらない、なんて事態にならないことを願う。
俺達はそれから、一番距離の近い村まで向かうことにした。シエルが魔法で人の魔力を探り、魔力が密集している場所で一番近い場所へ俺達は歩を進めた。シエルの見立てではそこへ着くまでに最低三日は掛かるそうだ。そこに着くまでの間は危険な野宿になりそうだが、まぁ、シエルがいればどうにかなるだろう。
俺はシエルに視線を送ると、シエルも俺を見つめる。お互い見つめ合いながら笑い合い、これから待つ様々な出来事に向かって歩き出した。
本作品に目を通して頂きありがとうございます。これからも精進していきたいと考えていますのでよろしくお願いします。ご意見ご感想是非お聞かせ下さい!