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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第1章、旅路
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討伐依頼と模擬戦

「ゴギャァァァァァァァァァァァァ!?」


 巨大な黒竜の背に、《重化グラビティ》で身体を重くしながら思い切り着地すると、竜の背骨が折れたらしく、決して気持ちの良くない感覚が足に伝わってきた。

 そのまま身動きがとれなくなった黒竜から飛び上がり、詠唱を始める。


「渦巻け炎よ、炎の柱をこの地に晒せ。《火炎竜巻フレイムトルネード》、《風起こし(ウィンド)》」

「ギャァァァァァァァァァァ!!」


 炎に勢いが出るように風魔法を足す。炎属性と風属性の合成魔法にさらに風を足すことで、威力は数十倍にも跳ね上がった。大きな炎は風を与えれば与えるほど威力が上がる。それを利用した、二重合成の魔法だ。

 大きな渦が勢いよく黒竜を取り囲み、鉄をも溶かす炎が黒竜を襲う。いくら頑丈な竜の鱗といえど、この魔法にはかなわないだろう。

 持ち属性に炎を持つ黒竜には相性は悪いが、ダメージはゼロではない。これはあくまで時間稼ぎである。

 その間に俺は、闇属性も持つ黒竜に相性抜群の、光属性の精霊魔法を放つ準備を始める。


「この地に宿りし光の精霊よ、我が求むは光の力、これを用い悪しき魔物を浄化せよ、《光力ライトフォース》」


 渦巻く炎の上に巨大な魔法陣が3つ、三角形状に浮かび上がる。


「《光の聖槍(ライトスピア)》……発射ファイア


 その言葉と同時に、魔法陣から幾万もの光輝く槍が、黒竜を襲う。竜の悲鳴とともに、黒い煙が立ちのぼった。浄化された証拠である。

 やがて炎の竜巻とともに上空の魔法陣は消え去り、黒竜の灰が残った。

 俺は両手の掌を合わせて、黙祷する。

 最近、竜たちが人里に降りてきて、人々を襲うという事件が多発していた。普段竜たちは、自分たちから襲うことはないので、異常状態としてギルドでも調査を進めている。

 竜討伐の依頼が何件もサニーズに来ていて、A級以上の団員のほとんどが竜の討伐依頼でせわしなく仕事していた。

 竜は決して弱くない。弱くてもB級、下手をすればA級以上のレベルはある。

 竜のレベル分けは10段階で、幼竜ベビードラゴンから竜王キングドラゴンまでに振り分けられている。

 差は出るが、竜は成長するにつれて強くなっていくので、長生きする竜は最終段階の竜王となる。

 ちなみに今倒した黒竜は下級竜の成竜ヤングドラゴン(第四段階)だったので、人間レベルで言うならだいたいA級クラス3人くらいのレベルだろう。

 さて、灰になった竜を収納魔法でしまって、ギルドの方で買い取ってもらおうかな。

 とりあえず今日の仕事は終わりなので、ギルドの紋章エンブレムで転移魔法を発する。一瞬でギルドのロビーに転移し、団員が迎えてくれる。


「先輩、お疲れ様です。食堂にて、ご夕食の用意が出来ております。ギルド(こちら)で召し上がりますか?」

「ああ、よろしく」

「わかりました」


 俺が短く返すと新人団員の女の子は頭を下げ、踵を返して走っていった。

 新人団員はこうして、仕事から帰ってきた先輩の対応や施設内での連絡、カウンターにいる受付嬢の手伝いなどをしているため依頼などで出動することはほとんどない。もちろん実力に関係なく。

 そしてその指導をするのが、昨年入団してきた団員で、一応まだ新人ということで彼らも依頼には基本出ない。1年間後輩の仕事の指導をして、入団3年目でやっと依頼に出られるのである。

 これらはすべて、態度を徹底するレラン王国全体のギルドの決まりなのである。

 また、依頼を受け付けて掲示板に貼り付けるのも新人の仕事で、毎日交代で別の仕事をしながらすべてこなす。

 ちなみに俺とロウも、2年間ここで過ごしながらこうして仕事をしていた時があった。暇な時はロウと一緒に迷宮区ダンジョンに潜ったりしてたな。

 さて、お腹も空いたし、団長からの呼び出しは夜だから、夕食を食べるか。


「シノンっ!」


 廊下に続く奥の出入口から食堂へ向かおうとすると、後ろから話しかけられた。カルナだ。隣にはアサもいた。

 丈の長い外套に頭巾を被っているので、目立つ白髪は隠れていてそうは目立たないようになっている。あ、一応言っておくが俺もだ。


「カルナ。大声で呼ぶな。それに、滅多にここには出てくるなって――……」

「私も冒険者を登録したい!」

「………は?」


 唐突に言われた。いきなりそんなこと言われてもな。と言うか、なんでまた?


「え? なんで?」

「言っただろ、前に? 私も強くなりたいんだって。そのためにはまず、冒険者になることがはじめの一歩だって」


 冒険者になることがはじめの一歩? そんなこと言った覚えはないのだが……あ、まさか。

 ふと思いつき、俺はチラッとアサを見た。すると、アサは俺からそっと視線を逸らす。おいこら、やっぱりお前か。

 不意に頬を両手で包まれて、グイッと無理やり顔の向きを変えさせられた。


「っ!?」

「聞いてるのか! 私は本気だぞ!」


 真剣な目で見てくるカルナ。いや、本気なのはわかってる。どう見ても今のカルナは本気だろ。2年間いてカルナの表情からだいたいわかるようになったから。っていうか、痛い! 力強いから! しかも顔近い!


「ちょ、痛い、痛いから、放せよっ……!」

「了承してくれなければ放さない。冒険者になるための方法を教えろ! 私はこのギルドに入るから!」

「……はあ? なんで俺? アサに聞かないのかっ、いったい!」

「私はお前に教わりたいんだ! 武術も、魔法も、冒険者のことも!」


 よ、と言う前に、更に力を込められた。俺もカルナの手首を握って引き剥がそうとするが、抜け出せない……手加減してるとはいえ、普通なら逆らえないでしょ! なんて力だよ!? それだけ本気なのか!? これ以上力を入れたらこの細い腕は折れるから入れられないけど!


「ちょ、カルナ、わかった、わかったから、放してくれ! 痛い!」

「本当か? やった!!」


 やっと解放された俺は頬をさすりながら、喜ぶカルナを見つめた。なんでこうも女の子には逆らえないかなあ……やっぱ歳上だからか? よくわからん。

 しかたない、喜ばれて悪い気はしないのだし、どのみち武術は教えこむつもりだったし。じゃあ、冒険者連合に行って登録しなきゃな。ギルドに入りたいなら冒険者じゃなきゃいけないし。今のカルナは冒険者になるには武術ができなきゃいけないわけだし。

 ギルドに入るには冒険者でなくてはならないが、冒険者はギルドに入っていなくてもいい。入っていればボーナスもあり情報が入りやすいってだけであって、冒険者ならば依頼を受けることは普通にできる。

 仲間としての輪も広がるし、昇格試験でも有利になる。そんなメリットがあって、冒険者はみんな、ギルドを目指すのだ。


「なら、1年後までにはある程度鍛えとかないとな。それと、冒険者登録」

「ああ! 頼むぞ、シノン!」


 満面の笑みをこちらに向けてきたカルナを見て、俺も思わず微笑んだ。こんなにはしゃぐカルナは久々だな。隣にいるアサとともに喜びあっている。

 ……で、そんなカルナを影から見つめるような視線はなんだ? 横目でその影に集中してみるが、全体がまるで真っ黒だ。気配が消しきれていない、素人だ。明らかにこちらを見ている。

 匂いは消されてるな。甘い匂いで。

 俺が人間より強力な嗅覚を持っていると知っての行動だな、おそらく。

 そんなことをよそに、カルナがテンションの高い声で話しかけてくる。


「シノン、そろそろ夕飯を食べに行こうか!」


 カルナに手を引かれて、食堂へと走っていった。

 すると、その視線に恨めしそうなものが含まれた。なんだ?




 夕食を食べ終わると、俺はすぐに団長室へと向かった。誰の目もつかない所で髪の色を戻し、外套の頭巾を被る。

 あまり耳は見られたくないので。

 部屋の前に立つと、中には4人の気配があった。1人は団長だろう。で、もう1人はおそらく副団長。あとの2人は、多分客人だな。聞いたことのない声が聞こえるし。

 扉をノックして訪いを告げると、団長の「入ってー」と呑気な声が聞こえた。

 扉を開いて中を覗くと、俺は目を見開いた。

 中にいたのは団長と副団長、そして昼間、冒険者に絡まれていたところを助けてくれた青年と、一緒にいた男の子だった。


「こりゃ、驚いた。お前がシノン、だったか」

「お、知り合いか。なら話は早いかな?」


 青年が驚いた様子でソファから立ち上がる。

 扉を閉め、俺は一歩前に出た。


「シノン、この人はリリーズ王国のギルド団員で、クレオさん。で、一緒にいる男の子は海月みづきくん。今君に調べてもらってる、空の使い(クヤイ)だ」


 ん? 空の使い? なるほど。だから帽子をね……あ、じゃあ、甘い匂いがするのは獣人の匂いを誤魔化すためなのか。頭巾を被ってたらまあ色んな意味で目立つからな。

 尻尾くらいはローブや外套の中に入れてしまえばどうとでもなるし。実際外套を着てソファに座ってるし。


「改めてよろしくな、シノン」


 クレオに差し出された手を取り、握手を交わす。その間に、特殊能力で彼の本質を見てみたが、特に不快感はなかった。ついでに、海月という男の子の方も試してみたが、結果は同じであった。


「どう、シノン?」

「勇希の時と同じ。悪い印象はないな。……ただ、この甘い匂いが気になるな……」

「あ、そうか、シノンは甘い匂いが苦手だったね。特に濃いのは」

「ああ、それはすまない。でも、これはカモフラージュで、彼が獣人であることを他人に気づかせないようにしているわけで……」

「いや、わかってます。大丈夫です。その気になれば気にはなりません」

「じゃ、本題に入るぞー」


 副団長と団長がソファに座り、俺たち3人は向かいのソファに座った。


「さて、シノン、どうやら海月くんもね、()()を持ってるみたいなんだよ。一応、見てくれない?」


 ああ、勇希が持ってたペンダントか。

 団長が海月にそれを差し出すように促すと、海月は懐からペンダントを出した。

 銀色に輝くそれの中心には、『河童』の細かい彫刻がされている。ということは、これは『水』だろうか?


「えっと……若い女の人に渡されました。『水の魔力源』とか言ってましたけど……」


 やっぱりそうか。たしか『水の魔力源』は、海の中だったかな。すごく深いとこ。

 あ―――、記憶が曖昧だ。どんなだったかな。『炎の魔力源』の場所とかもイマイチわからないし、そこに行ってみれば何かわかるかもしれないのになあ。

 まあ今はどうでもいい。とりあえずそれは置いとくとしても、2人目もやっぱこれを持ってたか。じゃあ、やっぱり他の4人も同じものを持ってるのか。

 『魔力源』は全部で18箇所あるから、もしかしたらまた、他のどこかで空の使い(クヤイ)が降ってくる可能性があるな。

 だとするならば、あと12人か……。


「団長、やっぱ俺、もう一度旅に出る。その方が情報集めには都合がいいからさ」

「ほぉ、そっか。まあ自由に調べろって言ったのはボクだしね。竜討伐の手が足りなくなるのは惜しいけれど、仕事は仕事だからねぇ。うん、いいよ。いってらっしゃい」


 俺はうなずいた。遺跡の方も探してみたいし。


「あの、ちょっといいか?」


 クレオがすっと手を挙げる。


「ん? どうした?」

「突然で申し訳ないんだが、シノンに、模擬戦を申し込みたい」

「はっ!?」


 俺より団長が驚いていた。もちろん俺も驚いた。

 急に何を言い出すのかと思えば、模擬戦? まあ、紋章エンブレムは外してるし、俺の実力が測れないというのはわかる。でもなんで模擬戦? 意味がわからない。


「お前の強さをこの身体で知りたい。紋章エンブレムを見ての通り、俺はまだD級で実力も大したことはないんだが、単純にレイヴァとはどのようなものかと思ったんだ。この身をもってしっかりと体験してみたくて。冒険者として、自分の糧にしたいんだ。できれば、このあとすぐにやってほしい」


 あー、ちょっと厄介なことになったかな。俺自身戦うのは正直面倒くさいが、ここで断っても変なやつだと思われるだろうな。基本レイヴァは戦闘を好むし。

 あまり戦闘データというものを相手には渡したくないというのが実は本音で、戦闘データをとられたりでもすると色々厄介になりそうだしなあ。


 ――そういう時は、一瞬で勝負をつけろ。無理なら、やたらと動かないことだ。


 いつか、ロウに言われたことだ。

 あの体型で、スキンヘッドの渾身の一撃を受け止めたことからして、筋力の数値パラメータは大きいと推測できる。

 まあ、スキンヘッドが弱かったってこともあるけど、ただのコケ脅しだとわかっていてもあんな見た目じゃ、普通は素手で抑えようなどとは思わないだろう。

 筋力があるということは、防御の方にも長けている可能性がある。それなりに体力はあるはずだから、魔力もそれなりに多いと思うからである。つまりは防壁魔法ディフェンスが頑丈なのである。

 とっさに防壁でも張られたら面倒だしなあ。まあ、俺のように詠唱が必要ないって話しなら、だけど。

 考えても仕方ない。とりあえず……受けるか。こうしてても仕方ないわけだし。

 ……てか、また深く考えすぎた。この癖はどうにかしないとな。


「わかりました。やりましょうか」


 平然と答えた俺に、団長はさっと視線を向ける。その顔には、やるの!? という団長の驚きの色があった。

 だがそんな団長の様子に気がつかないクレオは、ぱっと明るい表情になる。


「ありがとう! よろしく頼む」

「はあ……仕方ないな。ニス、訓練場に行こう。一般団員が入れないように封鎖して」

「了解」


 ニスは立ち上がって、部屋から出ていった。俺たちもすぐに訓練場へと向かっていった。




「じゃあ、どちらかが戦闘不能になるか降参するまでの一本勝負。2人とも、準備はいい?」

「ん」

「どうぞ、いつでも」


 団長が俺とクレオの間に立ち、右手を前に出す。

 俺はロウにもらった短槍を出し、大きく一振りしながら同時に雷魔法を付与し、短槍はものすごい迫力のある電気を帯びた。まるで短槍から電気が出ているかのようだが、実際は俺が魔力を送り込んでいる。一瞬触れただけでも人間は気絶する。

 ビリビリと音を立てている電気を見て、クレオは目を大きくした。


「……これは、魔槍か?」

「違いますよ。雷魔法の魔力を送り込んでるだけです」


 そんな俺の言葉を聞き、クレオは苦笑した。


「まあ、俺は全力でやらせてもらうつもりだぞ」

「申し訳ありませんけど、あまり時間を取りたくないので、手っ取り早く終わらせていただきます」


 クレオは眉をひそめたが、再び苦笑し、双剣を構えた。滅多に使い手のいない、俺と同じ双剣流の使い手であった。


「……それよりも、腰の剣は使わないのか? 見たところ、君も双剣使いのようだけど」

「あまり自分の手札を見せたくはないんです。一応これでも、槍術には自信があるんですけど?」


 また、苦笑いを浮かべた。だがすぐに真剣な顔になり、クレオは構える。

 団長が俺とクレオの間に立ち、右手を出す。


「では、始め!」

「《瞬間移動テレポート》」


 俺は瞬時にクレオのすぐ脇へ瞬間移動し、槍の石突で軽く首筋を叩く。

 すると、声を出す間もなくクレオは倒れた。


「……勝者、シノン」


 俺は魔法を解き、槍をしまうと、ため息をつく。

 《瞬間移動テレポート》は念属性の中級魔法で、それなりに集中力を要する。慣れれば大して集中しなくても正確に移動することはできるが、俺は瞬間移動は滅多に使わない。

 そもそも俺は転移魔法自体あまり使わないので、慣れとか正直どうでもいい。

 まあ、今回は相手の素早さの数値がわからなかったため、瞬間移動で脇まで寄らせてもらったが。

 クレオに《状態異常回復リカバリー》をかけてやると、彼はむくっと起き上がって、少しの間状況がわかっていないというふうにキョロキョロとしていた。

 団長が戦闘中の様子を簡単に説明してやると、やっと何が起こったのかを把握したらしく、納得していた。

 その後俺たちは握手を交わし、俺は部屋へと戻る。




 すぐに風呂で身体的疲労を回復し、そしてすぐに布団に潜り込んで眠った。

2018年7月25日、修正しました。

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