団長と指名依頼
このギルドの団長――リアナは、20を超えているとはいえ、性格はまるで子供だ。
しかし、そう思うのは団長がわざとそういう風を装っているからであって、決してマジな天然キャラなのではない。そうでなければ世界トップのギルドの団長などやってられないだろう。
表天然キャラなのは、基本は新人やクラスの低い者の前、気を抜いていてもいい時だけで、クラスの高い者や付き合いの長い団員の前、そして気の抜けない大事な時は、『真剣モード団長』となる。
いわゆる二重人格ってやつかな。
小さい体に小さな顎と頭の少女のような団長は、美しい赤い目を持つ。両目とも黒目はなく宝石のようだが、右目の方はしっかり見えている。左目はすでに盲目である。
茶色の髪は短く切ってあり、癖毛だ。
「急に呼び出してごめんねー。まあ、表向きは直接報告ってことになってたけれど、一応何かある?」
扉を閉め、団長の方へ歩み寄った。
机に預けていた腰を離し、一度しっかりと立つと、今度は机にしっかり座った。
「先日の冒険者ランク昇格試験で、S級までにのぼった」
「おおー! すごいじゃないか! まあ、シノンなら行けると思ってたけどさ。本当はSS級のレベルもあるくせにぃ」
ニヤニヤしながらからかうようにジト目になって言う団長。
ギルドサニーズの中で、俺が才を持つ子であることを知っているのはロウと団長だけで、俺とロウ以外に才を持つ子はいない。……と思う。
たしかに、俺にはSS級の実力があるかもしれない。しかし、今のところSS級まであげるつもりはない。
なにせ、今までSS級まで到達した者は世界中探したっていないんだからな。
「せっかく世界トップクラスなんだからさ、初のSS級出したいじゃん? うちもそろそろ″マスタークラス″出したいしさ?」
マスタークラスとは、ギルドサニーズ最高のクラスだ。団長でもまだS級だ。このギルド……いや、もしかしたら団長よりも強い人間がいるかどうかわからない。
団長ほどの天才ならば、俺がSS級までいかなくても上がれるはずだが……。
「ところがどっこい、そういうわけにも行かないんだよねぇ〜。ボクはS級止まり。そう決めたからさ」
「とにかく、俺もSS級にいくつもりはない。……少なくても今は」
「じゃあいつか行ってくれる!?」
「じゃあやめとくよ!」
団長は、え―――、と口を尖らせるが、俺はそんなのは気にせず続ける。
「まさかそんなくだらないことで呼び出したんじゃないだろうな?」
「いやいやいやいやいやいや! 違う違う!」
俺の言葉に重なるようにして拒否するリアナ団長。団長は咳払いをすると、真剣モード団長になった。
「じゃあ、話そうか。要件……ボクからの頼みが2つ。まず1つ目は……」
団長は、後ろにおいてあった紙……いや、資料を俺に見せた。
紙一面に文字が書かれていた。右端には黒髪の少年少女の画像が6人、縦に並んでいる。
……が、よく見ると、彼らには獣の耳がついている。
近づいてよく見てみると、たしかに黒髪の獣人たちだった。
「……なっ……!?」
「驚いたでしょ。そう、彼らは全員、黒髪の獣人。それもね、ただの獣人じゃないんだ」
いや、黒髪の獣人ってだけですでに結構普通じゃないと思うんだが……。
通常、この世界では、一般には黒髪の獣人というのは存在しない。
理由は、黒い色素を作る遺伝子を持つ獣人は、大昔に滅びたから、だそうだ。原因はわかっていない。
まあ、リズミ師やマガネス師は黒髪――実際は少し赤っぽいが――の才を持つ子ではあるが、あれは髪の色を変えているだけであって、本来の色ではない。
しかし、今も黒髪の獣人が存在している。これは大きな話題となるだろう。
「もちろん、黒髪ってだけで普通じゃないけれど、そうじゃないんだ。信じられない話かもしれないけど、彼らは全員空から降ってきた。世界中でこれが6件報告されてる」
「……はあ?」
空から降ってきた。聞き間違いじゃない。団長は、たしかにそう言った。
「それと更に、記憶喪失なんだって。全員子供でね、けど名前くらいは覚えてたみたいだ。けれど、今までどうやって、どこで生きてきたのかを聞いても、わからないと答えるのみ。今は、全王さまのご命令で、そういった人たちは、各国のギルド本部で保護されてる。騒ぎになるから公にはしてないけど」
「ひとつ聞くぞ。空から降ってきたって、怪我どころじゃ済まないだろ?」
「もちろんそうなんだけど、報告によるとね、《物理障壁》を張ってたんだって」
防壁魔法? 周りに張って、落ちた時の衝撃を和らげたのか。
しかし、防壁魔法……獣人には防壁魔法どころか、魔法すら使えなかったはずだが。
その考えを察したらしく、団長が言った。
「魔法は使えないみたいだけど、防壁魔法は使えるみたいだ。黒髪の獣人達は、普通の獣人よりも魔力を持っていたから」
「な、なるほど」
「それでね、トップクラスである我がギルドに、全王さま直々に、この件について調べ報告せよとの勅命がくだってね、内密だって言われたんで、ぜひシノンに頼もうかと」
なるほど。ギルドで唯一世界を回っている俺ならば、情報源が広いというわけか。
そういうことならば、受けてもいいだろう。
「いいよ。調べて報告すれば良いんだな?」
「本当!? ありがとう、シノン!」
たしかに気になることはある。そういうものは、ぜひとも自分で確かめてみたい。
「あ、今のところわかっている情報に関しては、あとで渡すね。それと、報酬は調べられた情報の量によって、変わるらしいよ。で、それに関してもう一つお願いがあるんだけど」
「それが2つ目か?」
「いや、2つ目は別にある。実は、このギルドにもその黒髪の獣人の男の子がいるんだよ」
………は? 獣人の子が、ここにもいると?
「それでね、君にぜひ会ってもらいたいんだけれども」
「断る」
即答した。
極度とも言える俺の人見知りを知っていながら、しかも獣人の子供に会わせようなどと考える団長はどうかと思う。
それに、彼に会いたくない理由は、人見知りだからってだけじゃない。
「いやいやいや、会った方がいいって! どうせ調べるなら、一度会ってみた方が何かの参考になるかも知れないよ!? 君が人見知りなのはもちろん承知の上だけど!」
団長はそう言っているが、俺は彼に会うつもりは本当にない。
たしかに団長の言うとおり、実際にその獣人の男の子に会った方が情報が得られるかもしれない。
しかし俺にとって、いや、才を持つ子にとって獣人とは、天敵と獲物と似た関係で、あまり仲が良くない。と言うか、獣人にそっくりな人間として、獣人達からはかなり疎まれている。
そのため才を持つ子は、自分から獣人に近づくような真似はしない。
俺としては、人間などという愚かな生き物とは一緒にはしてほしくないものである。
………たまに才を持つ子のことを良く思ってくれる獣人もいるが、俺たち才を持つ子は獣人を基本は信用しない。
人間と獣人の中では、獣人には魔法が使える者と使えない者がいるという、魔法が使える者はそういう存在だと解釈をしているため、目の前で魔法を使われても特に違和感は感じない。
こっちは特に恨みとか疎みとかないけど、目の前にいる獣人に才を持つ子だと気づかれたら、とんでもない事になるのだ。
才を持つ子が能力的に髪や目の色を変えられるように進化した理由の一つは、これだ。
もともと才を持つ子が生まれた経緯とか記録とかが残ってないから、神として崇める者もいれば売り物として高く売買する者もいる。
獣人でも、才を持つ子か獣人か見分けられないほど匂いが同じなので、基本は正体がバレることはない。
ただ、寿命が長すぎるので、同じ場所に何年も住んでいるわけにはいかないため、才を持つ子とは常に色んなところを渡り歩いているか、人目につかない場所に隠れて、ひっそりと暮らすかしている。
だが才を持つ子は繁殖力も低いので、世界中でも20人程度いるか否かくらいだと聞いたことがある。
なぜ俺たちが存在しているのか、なぜ才を持つ子は生まれたのか。それは、誰にもわからない。
「君に会わせようと思って、″才を持つ子って平気?″って聞いてみたら、首を傾げたんだ。多分、君のことはわからないよ」
「才を持つ子に会えるかもって思ったから会えるように仕向けたとかじゃないのか!? 冗談でも獣人には会わない!」
背筋を冷たい何かが走り、冷静ではいられなくなった。
「お願いだよ! ボクも、君と彼をどーしても会わせたい理由があるんだ! 君にとっても、損はないから! ボクが保証するからっ!」
団長が両手を合わせ、頭を下げてきた。
………そこまでして俺に彼と会わせたい理由はなんなんだよ。まったく意図が読めない。
俺はしばらく考える。
会っても損はない。得は多少なりともある。団長が保証してくれるというのなら……と、しばらく考えた末、
「………はあ。わかったよ。ただし、妙なまねをするようなら叩く」
最終的にはこの答えになるのだった。
「ホントに!? ありがとう………わかったよ」
団長は安堵したように笑み、机から降りた。
「さて、じゃあ、もう1つのお願いね」
「これ以上の無理な頼みだけはやめてくれ」
「わかってる」
団長は静かに息を吸い、吐いた。
「実は、シノンには試験監督をしてもらいたくてね」
「……は? 試験監督?」
「そ。戦闘試験と、面接ね」
なんでまた。てか、戦闘試験って、結構大変なんじゃないのか?
100人以上が希望してるんだから、さすがに俺でも魔力切れを起こす可能性があるぞ。
このギルドでは、試験監督の団員には新人全員に強い魔法を一度だけ使ってみせる。もちろん魔力が多く尚且つ中級を放つことが出来る奴が。
……普通は交代でやるものなのだが、今の団長の目は明らかに、俺1人でやれと言っている。
強い魔法を使ってみせる理由は、新人にサニーズの団員が舐められないようにするためで、新人は、ちゃんと先輩を敬わなければならない。
魔法だけでなく、剣術や槍術、棒術なども個人によって違うが、それぞれ試さねばならないため、時間がかかる。
もちろん1人ずつやっては切りがないので一度に5人ずつに分けて試験を行っている。
剣術と槍術と棒術は、この世界では基本のようなもので、どれかしら1つは、使いこなせるようにしておかねばならない。ちなみに、鎚やメイスなどの鈍器を使う者は主に棒術だ。魔法使いは、当然魔法。
だから、剣術が使える団員と槍術が使える団員、そして棒術が使える団員がそれぞれ交代で武術の腕を見る。
後衛職希望の者は戦闘試験の代わりに的当てをやり、点数を稼ぐという仕組みだ。
剣術、槍術、棒術のこの三つとも使える俺なら、1人でできると判断したのだろうな、この天然団長さまは。
「本来出るはずのS級団員がね、3日前からの1ヶ月間の遠征でいないんだよ。だから、SS級の実力がある君に頼もうと思って」
まあ、才を持つ子な上に、戦闘力に長けている白髪に青い目を持つ子だ。もしかしたら本当にSS級以上のレベルがあるかもしれない。
「大丈夫。ちゃんと休憩は入れるから。魔力湯も用意してあるよ?」
「3日間連続で試験やってたら精神的に疲れるよ」
「まあまあ、頑張ってくれたまえよ。これは全部、ボクからの指名依頼だ。試験監督をやり終えた頃には、ちゃんとそれなりの報酬は出すつもりだからさ」
「そりゃどーも」
指名依頼とは、団長や副団長が特定の団員を指名して、直接依頼をするという物だ。
団長と副団長に限らずとも、例えば一般市民が、このギルドの団員に知り合いがいるとして、その知り合いに直接、または正式な依頼書に自分の名前と指名したい団員の名前を書いて提出すれば、ギルドの方でその団員を呼び出して依頼をこなしてもらうということができる。
知り合いでなくても、この人にやってもらいたい、というものならば、名前さえ書けばその団員が直接依頼に行く。
指名された団員が遠征などで不在の場合は、急ぎならば転送魔法で一度戻ってきてもらい、依頼をこなした後にまた元の場所に戻る。
その本人が取り込み中ならそれが終わるまで待つか、誰か代わりをよこすかするのである。また、急ぎではない場合は、団員が帰ってくるまで依頼者に待ってもらうのが基本の決まりというものだ。
報酬は、普通の依頼とは違って、団長または副団長立ち合いの下、指名された団員と依頼者が互いに納得できる金額にするという決まりがある。
あくまで呼び出しなのだから、団員が納得出来なければ揉めることもあるからだ。かと言って、依頼者に勝手に決められても安すぎたりすることもあり、ギルド側もそれで揉められては困るので、依頼者も納得できる金額を、団員は要求することになる。
だが、俺の場合はそういうのを決めるのは面倒くさいので、依頼者に勝手に決めさせている。
別に金に困ってるわけじゃないし、無くてもいいけれど、高すぎても逆に使い道に困るので、そこはまあ調節させてもらってはいるけれど。
団長からの指名依頼もこれが初めてではない。
これまでに何度か依頼されたことがあったが、どれもすぐに解決できたのだった。
団長室から出てきた俺は、ため息をついた。
例の獣人の男の子には今夜会わせると、団長は言った。それまで俺は、とりあえずはカルナと合流した。
アサとは更に仲良くなっており、2人で森を散歩した帰りだった。
………外に出るなって言ったのに!
その後十分間ほど、俺はカルナにここの迷宮区に入ることの危険さというものを教え込むために、説教する羽目になった。
勘弁してくれ……。
2018年7月23日、修正しました。