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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第1章、旅路
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魔法の練習とギルド

「風よ、舞い上がれ、《飛翔フライ》!」


 カルナの足下に風が起こった。しかしそれ以外に何も起こらない。

 2人で旅に出てはや2年が経った。

 俺もそろそろ箱庭から飛び出したくなり、ついこの間、冒険者ランク昇格試験でS級までに引き上げてきた。

 本気を出せば更に上(規格外)レベルのSSまで行けたはずだが、Sでも充分なので、SSは気分次第ということで片付けた。

 そして、旅に出て間もなくしてカルナは、魔法が使いたいと言い出したのだ。だからまずは、空を飛んでみたいと言い出したので風属性の《飛翔フライ》を教えていたのだが、練習し始めてから半年ほど経つのに、未だ空を飛ぶまでには至らない。まあ、今までに魔力を使ったことは無かったんだから、そういう意味では当然か。

 初めて呪文を唱えた時は、もちろん何も起こらなかった。

 半年も何も起こらないまま練習は続けてみたのだが、諦めようかと俺が思っていた頃、やっと少しだけ風が起こるようになったのだった。

 本当は基本魔法から始めた方が良かったのだが、カルナはどうもせっかちで、先に《飛翔フライ》を教えて欲しいとせがんできたのだった。

 仕方なく風属性の基本をあらかた教え、風がある程度起こるようになってから《飛翔フライ》の使い方を教えたのだった。

 しかし、いきなり飛ぶのはバランスの問題で危ないので、これの練習をする時は俺が《防御強化ディフェンサー》という身体の防御力を上げる魔法……じゃなくて、魔術をかけて怪我をしないようにしている。


「やっぱ、風よりも簡単な念属性の方が……」

「シノンは黙ってろ!」


 俺は一度ため息をついた。

 空を飛ぶ方法は、風属性に限らない。

 他に空を飛ぶことが可能な属性といえば、念と結だ。

 結属性は使うこと自体難しいので却下。初心者にも易しい念属性ならば、風属性で飛ぶよりも簡単だと言っているのに、どうも風属性にこだわりたいらしい。


「……わかった、わかったよ。全身に力を入れすぎだ。風属性を使うんだから、少しでも体を軽くする必要がある」

「……なるほど。わかった」


 カルナは深呼吸をして、全身の力を抜いた。そしてもう一度詠唱を唱える。


「風よ、舞い上がれ、飛翔フライ!」


 すると今度は、先ほどより強い風が起こり、体が数センチほど宙に浮いた。……と思ったが、カルナはそれに驚いてバランスを崩してしまった。

 とっさに俺がカルナに駆け寄って、前のめりに倒れてきた彼女の身体を受け止める。

 ゆっくり地面に着地すると、カルナは緊張した面持ちで言った。……わずかに顔が赤いような気もする。


「ああ……ありがとう、シノン」

「なんだ、できるじゃないか。その調子だ。あとは、慣れと魔力だな」

「……そういえば、魔力って、増やし方とかあるのか?」

「増やせない」

「えっ!?」


 カルナは、耳に響くほどの大声で叫んだ。


「声が大きいぞ。魔力ってのは、生まれた時から持ち合わせた量しかないんだよ。だから、生まれつき魔力を持っていない人は、魔法が使えない。あ、とは言っても、少しくらいはあるけど」

「なるほど。じゃあ、その魔力の量ってわかるのか?」


 俺は、そうだな、と言って顎に手を当てる。カルナを見つめながら、曖昧にも答えた。


「生き物は体の周りに魔力を纏っている。まあ、個人によって色が違う時があるけど、基本は金色、それの濃さで量がわかる。魔力が多い人じゃないと見えないんだけど。カルナはだいたい、30万と75魔力(マナ)くらいじゃないかな」

「ん? なんだそれ、多いのか?」

「平均よりは大きいけれど、レイヴァとしてはやっぱ少ない方だな。マックスが100万だから。まあ《飛翔フライ》程度の魔法を使える魔力は余裕であるから、安心しろ」


 少ないのかあ、と、カルナは落胆した。


「あ、ところでシノンは、どれくらいあるんだ?」

「俺? 俺は、97万と57魔力(マナ)だ」


 カルナは、目を丸くした。

 俺のように平均を遥かに上回る者は才を持つ子(シャラスト)でも滅多にいない。

 だから、自分の本当の魔力量を他人に明かすのは、カルナで3人目だった。

 1人目はロウで、2人目はリズミ師だ。

 50万魔力(マナ)もあれば結属性の《流星群ミディオン》ほどの威力の魔法だって()()()使いこなせる。

 流星群は、結属性の中でももっとも威力が高く、魔力も多く消費するものだ。もともと結属性は、魔力の消費が激しいものばかりなので使用者はいない。

 特に宇宙コスモスなどは、威力が高いから魔力は無駄に使うし、制御が難しいため、あまり好かれてはいない。……と思う。

 自身の魔力量が多ければ多いほど余裕ができるので、制御も器用にでき、魔力も余裕で残る。

 ちなみに、《流星群ミディオン》を一回使うために消費する魔力量は、およそ30万魔力(マナ)である。

 つまり、俺の場合だと、一度の戦闘で3回まで使えるということだ。カルナの場合は、使ってしまうと百魔力(マナ)も残らないので、魔力切れを起こしてへばってしまうだろう。

 まあ、使う機会などないだろうが。

 人や生き物は、魔力がなければ生きていけない。最終的にゼロになれば死ぬし、魔力が最初からゼロなのは、濃然族ねんろあぞくという少数民族くらいだ。

 それをカルナに話すと、首を傾げて言った。


「ちなみに、《飛翔フライ》を使うための魔力はどれくらいなんだ?」

「人によっての魔力量や技術力にもよるけれど、平均的には1秒間に3魔力(マナ)だな」

「ん? ということは、私が飛翔を連続で使えるのは、だいたい10万秒ということか」

「そうなるね」


 カルナはうつむきながら、なにかを考える。


「10万秒……10万秒……」

「……約28時間」

「おお! なら、1日中飛んでいても問題はないんだな!」

「でも回復の速度は遅いはずだから、ステータスをあげないと。特に体力(HP)。体力も上がれば魔力の使用効率も良くなるしな」


 カルナは、体力かぁ、と肩の力を抜いた。


「よし、なら、今からでも鍛える。私だって、いつまでもシノンに頼りきりじゃ申し訳が立たないからね!」

「はあ? 今までほとんど動いてなかったたんだから、急激な運動は筋肉痛を起こすぞ?」

「構わないさ。最初から覚悟していたことだ。頼むよ」


 俺はため息をついた。最初からって、魔法を教えてくれって頼む前からってことか?

 まあ、体力なら半年もあればある程度伸びるだろうし、魔法とは違って簡単だ。魔法の練習と同時に行っても問題はない。

 本人もやる気満々だし、こういう時は止めないのが妥当だ。


「わかった。いつでも辞めていいけど、()()()()、無理だけはしないでくれ。肉離れでもされたらたまったもんじゃない」

「変な言い方をするなよ。これでもお前よりも歳上なんだぞ? 子供扱いは困る」

「はいはい。まあ、今日はここまでにしよう。もうすぐ日が暮れるから、早く行こうか」

「そうだな」


 ここはヘルガ皇国、警利けいりつの森と呼ばれる深い森だ。今俺達がいるのはまだ浅いところだが。

 レベルの高い迷宮区ダンジョンにもなっており、力のある者意外はこの森には近づこうとする者すらいない。

 迷宮区とは、その名の通り、簡単に言うなら迷路だ。

 魔素が大量に発生してしまったが故に、魔物などが多く住みつき、一般人が入るには危険な場所である。

 また、さまざまな魔道具が手に入る場でもあり、多くの冒険者が挑む。はたまた、普通の場所で特訓するよりも経験値が多く得られ、練度が上がりやすい。

 冒険者にとっては、宝物庫のようなものだ。

 ただ、迷宮区が発生する場所や時期、難易度などは不規則で、迷宮区の情報が多いギルドでも予想がつかない。今でも増え続けているとか。

 世界中にできた迷宮区。その中で最もレベルの高い迷宮区とされるのが、この警利の森だ。

 更に、この森はレラン王国、ヘルガ皇国、ジガム王国の三国に跨っている巨大な森で、その中心の魔素は計り知れないほどに濃密だと聞いていた。

 しかし、この森の奥に行って帰ってきた者はなし、連絡もつかず生死不明の状態だ。

 何があったのか、確かめるには奥に行ってみるしかないのだが、確かめようにも奥に向かってみようなどと言い出す勇者はおらず未だ何もわかっていない。

 通常迷宮区とは、ある程度の魔素が尽きればなくなるものだが、最近では″警利の森は百年ほど前からある″とのもっぱらの噂だ。

 普通の迷宮区はだいたい1年から20年程度で消え、普通の土地に戻るからだ。

 だが、一度迷宮区になった場所は、再び魔素が大量に発生する可能性は高く、何年かぶりに再び迷宮区として復活することがあるので、()・迷宮区とはいえ油断は出来なくなる。

 今日はここで魔法の練習をしていたが、明日にはレラン王国にあるギルド本部に戻って()()()()をせねばならない。

 カルナを本部に連れていくのは今回で初めてだ。本人も結構緊張しているらしい。

 なんせ報告する相手は団長だからなぁ。まあ、俺が団長室に行くわけだから、カルナには別の場所で待っててもらうけど。

 国境近くにある街ウエノサの宿に着き、俺たちは夕食を食べた。

 ヘルガ皇国では、花料理と呼ばれる料理が多く食べられ、主に肉や魚の煮物が多い。野菜はほとんど食べることがなく、料理によそうとしても飾り程度にしか使われない。

 花料理と言われれば植物系や野菜系のイメージがあるだろうが、これの名前の由来は、単にこの料理を最初に作ったのが花杜はなもりという名前の人で、花杜の頭文字を取ってつけられた名前だったと言われている。

 飾られていた野菜の方も有難くいただいて、俺たちはそれぞれ風呂に入った。

 天然の魔力(魔素とは少し違うもの)によって温められたお湯に浸かり、疲れを癒した。天然の魔力で温まった水は、《疲労回復ヒーリング》の効果があり、温泉よりも疲れが取れる。

 それらを、魔力湯、と呼んでいる。この辺り一帯は、警利の森の魔力のこもった湯が流れてくるので、ここではそれを利用している。

 体も温まり疲れが取れたところで、俺は部屋に戻った。頭をタオルで拭きながら扉を開くと、寝台に座る。


「ああ……あの団長のところに行くのかぁ……なんであんなに天然なくせにギルドの団長やってんだろ」


 そう、ギルドサニーズの団長リアナは、まだ20歳になったばかりの若い女性だった。

 真っ赤な目を持つ天然な性格だが頭の回転は良く、戦闘に関しても文句なしに強い。6年前にできたばかりのギルドでも、その団長の実力によって今では世界トップクラスの組織にまで上り詰めた。

 俺はため息をついて、明かりを消して毛布に潜り込んだ。




 翌朝、乗合の馬車でレラン王国の王都エクサに向かった。

 その馬車の中で乗り合わせた女の子とカルナが仲良くなり、ガールズトークを楽しんでいた。

 俺は暇なので、掌の上に氷の粒を作り出したり炎を作り出したりして弄んでいた。

 氷と炎がぶつかり合う度、青と赤の光の粒が小さく飛び散るので、なかなか飽きない。暇つぶしにはちょうど良かった。

 3日ほどで、レラン王国の王都エクサに到着した。ここからは歩きだった。

 どうやら、馬車に乗り合わせた女の子もギルドに向かうようなので、カルナは一緒に行きたいと言い出した。

 断る理由もないので、俺は黙ってうなずいたのだ。

 女の子の名前はアサ。カルナと同い年で、俺より一つ歳上だ。

 灰水色グレースカイの短い髪に黒い目という斬新な色の組わせの少女で、小さく整った顔をしていた。

 これからギルドに向かうのは、新しく冒険者登録をし、入団試験をするとのことで。

 俺の方も聞かれたので正直に、直接報告に、答えておいた。

 しかしそれもあくまで表向きの用件だった。実際は、団長に呼ばれている。闘級昇格の報告もしなきゃだし、ちょうどいいだろ。

 …………そういえば明日からは、入団試験期間だったな。

 ギルドサニーズでは世界トップクラスと言われるだけあって、他にはない、技術力等によって分けられるシステムがある。

 筆記試験、戦闘試験、面接試験。これらを7日かけて行い、新入団員を主にどの役職に就かせるかを見分けるのである。

 事前に入団申込書を提出し、年に一度試験が行われる。

 もちろん、力が及ばない者、サニーズの団員として適正ではないと認識された者については、不合格ということもある。

 まあ、100人近くが希望書を提出しても、せいぜい10人程度しか残らないのだが。

 これらが、サニーズが世界トップクラスと言われる理由の一つだ。

 ギルドの敷地は馬鹿かと思うくらいに広く、森の中に開けた道をまっすぐに通っていくと、高さ20メートルほどのギルド本部に到着する。

 この森は全体が冒険者の訓練場や試験会場などになっており、一部は迷宮区にもなっている。

 その迷宮区も、ギルド内の『迷宮区ダンジョン管理科』という部位があり、魔素が尽きそうになったら少しずつ魔力を注ぎ込んで迷宮区ではなくならないように保たせているのだ。

 観音開きの扉は開け放たれており、中は椅子が規則正しく並べられている待合室兼ロビーだ。

 入口のすぐ脇にあるカウンターで紋章エンブレムを見せ、団長に目通りできるよう取りつけた。

 掲示板の前など、待合室は人がたくさんいた。

 アサも隣で受付を済ませると、カルナと一緒にまた話し始めた。


「カルナ、アサと一緒にどこかで待っててくれ。もしくは食堂で飯を食べててもいい。少し時間がかかるから、間違っても外には出るなよ」

「あ、ああ、わかった」


 勝手に外に出て怪我でもされたら困るので、団長室に向かう前に釘を刺しておく。

 俺は部屋の奥の扉から広い廊下に出て、奥の階段から最上階までのぼった。6階建てのギルドだが、階層ごとに天井が高いため階段をのぼるのも結構大変だった。まあ、何年も冒険者をやっていれば体力的に疲れることはほとんどないので、ちょっとした精神的ストレスや小さな苛立ちからなのだが。

 団長室の扉は観音開きで、赤い扉はやたらとでかかった。2回ほど扉を叩き、「シノンだ」とおとないを告げる。


「はい、ギルドサニーズは?」

「………世に光を与える者である」

「いいよ、入ってー」


 やけに明るくふざけた声が聞こえ、俺は半分呆れた声で返す。こう言わないと入室許可が出ないのだ。

 ゆっくりと扉を開くといきなり目の前に飛んできた小さくて黒いものを、指でとっさに掴んだ。

 それは、細い針だった。

 ……しかも毒が塗ってあるぞ。おい、痺れ薬っぽいやつか。


「ほほぉー、腕あげた?」

「……冗談じゃないぞ、団長」


 にししし、と歯を剥き出しにして笑いながら、まあまあ、と言う。

 仕事机に腰を預けながら、投げ針をした構えのままニヤニヤしている若い女性が、そこに立っていた。

2018年7月22日、修正しました。

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