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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第1章、旅路
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雷雨と闇狼

「ほう、こいつらがそうなのか」


 俺たちは今、B級の魔獣と対峙していた。

 頭に角を生やし、顔面は獅子だが体は人型で、体長は3メートルはあろうかというほど大きかった。名を、人型獅子グロース・レオーネ

 攻撃力と防御力が高いとはいえ、大きいだけに素早さがあまり高くなく、弱点さえわかっていればわりと簡単に倒せる相手である。故に、B級なのだ。

 もっと強い個体――上位種――は、人型獅子よりもサイズが大きく、更に素早さも攻撃力も、桁違いなほど高い。

 人型獅子は自分から人里に降りて人々を襲うようなことはしないが、人の作った環境に群れで住みつくし、しかも縄張り意識が強いため一般の人では手に負えない。

 今回は、街の魔力の供給機関施設に、10匹以上の人型獅子が住みついているとのことで、本来はB級冒険者で5人以上のパーティで行くものであったが、俺たちはそんなパーティは必要なく、むしろ足手まといになるのでパーティは組まなかった。

 B級の獅子が10匹程度集まったところで、俺やロウの敵ではないというのもある。

 スピードで圧倒できれば、すぐに片付くからだ。

 人型獅子は、全部で13匹の群れだった。うち2匹は子供で、その他が処分対象となった。

 魔獣や魔物は、いくら凶暴なものでも子供を殺すことは原則禁止になっている。昔からある決まりで、理由はよくわかっていない。子供を見つけた場合は、魔力を封じてギルドに連れていくのが決まりである。

 魔獣の子供は、ギルドより闘技場へと送られる。

 そこで大人になるまで育てられ、その後剣闘士たちなどが修行の際に戦う相手をすることになるのだ。


「保護対象2匹。大人はさっさと倒すぞ」

「了解、父さん」


 俺たちは武器を構え、2人同時に人型獅子に飛びかかり、素早さで圧倒した。

 彼らの弱点である額の赤い魔石を突き、死骸となった人型獅子は、青い光に包まれてギルドに転送された。

 倒した敵は、自分たちで素材などとして活用することは禁じられている。魔物を倒してお金をもらえるのも、冒険者の権利を持つ者かギルドの団員のみである。理由は、勝手に商売をすることを防ぐためである。

 また、勝手な付与などでその素材が危険なものになってしまったりした例が今までにいくつもあるため、これからはプロの作った物を売買するようにするという決まりが、20年くらい前に定まったらしい。

 ただし、倒した分の報奨金はしっかり出るため、冒険者の方も文句は言わない。

 ちゃんとした商人からしっかりと素材や武器を買って、自分たちのために活用することが常識である。

 ちなみに、規則を破った者は自動的に冒険者であることを証明する紋章エンブレムのランクが下がるか破棄されるかのどちらかなので、バレなきゃいい、という考えができなくなった。

 子供の魔獣の魔力を封じ、ギルドカードを使って転送魔法トランスファーで送った。

 親を殺された子供たちは怯えきって、動くことすらできなかったようだ。

 それから数日、俺たちはコペル王国で過ごした。

 ここは本当に裕福な国で、街は常に人と物で溢れかえっていた。

 更に、王国の中央部に位置するウイグ山脈は、山頂は一年中雪に覆われた、とても美しい山だった。

 そこから流れるアグリム川は、底が見えるほどに透き通った綺麗な水が流れており、下から山を眺めてみると、人の手を一切加えていない自然が美しかった。





 アグリム川の通るザングの森から、今はクラリネット街を目指していた。

 クラリネット街は、音楽が盛んな街で、ほぼ1日中音楽が絶えない賑やかな街である。

 辺りが暗くなってきた頃、薪に火を移して、森の中で狩った肉を焼いて食べた。

 夕飯を食べ終わると、俺は水の匂いを感じる。


「ん……?」

「どうした?」


 空を見上げると、雨雲がかかっていた。


「父さん、雨が降るよ」

「わかった。移動しよう」


 俺は水の匂いに敏感で、数十分ほど先でも雨が降ることを予測できる。

 荷をまとめて火を消すと、近くに雨宿りができそうな場所を探した。


「《探索サーチ》」


 結属性ゆいぞくせい、《探索サーチ》だ。

 有効範囲は、その人の魔力量にもよるが、わりと広い範囲の物を探すことができる。

 有効範囲にある立体物を頭の中に組み込むことができ、それがなんなのかまでわかるので、物や人を探すのに多くの人が使う。

 ……とは言っても、使い手自体少ないので、決して数が多いとは言えないのだが。

 結属性とは、一般的には無属性魔法とも呼ばれている。

 基本的には宇宙に関するものの魔法で、魔力消費も多いため、使用者は滅多にいない。……いや、世界中に数人いるかどうかと言ったところだろう。

 無属性魔法は、他の属性のどの属性にも属さない魔法である。

 例えば、『身体強化ブースト』や『超音波サウンド』なども、無属性魔法になる。

 無属性魔法の方は魔力消費が少ないのだが、適性のある者とない者が別れており、使える者はどちらにしろ少ない。

 また、術式も難しいものばかりで、基本は頭のいい人や腕の良い師匠を持つ者、あとは貴族くらいしか使用者がいないのである。

 魔法で探ってみると、結構近くに小屋があった。中には誰もいないようだったが、廃墟でもあるようだ。

 今夜はその廃墟にでも泊まろうと、ロウと共にそこを目指した。

 小屋へ向かう途中、西の方向に狼の唸り声が聞こえた。集団で誰かが襲われているようだ。

 距離にして、だいたい1キロといったところか。


「父さん、この先をまっすぐに行けば小屋がある。先に行ってて」

「ん、どうした?」

「いいから。父さん怪我してるんだから、大人しくしててよ!」

「おい、それだったら、お前だって……!」


 ロウの言うことを聞くまもなく、俺は飛び出していった。





「エジル!!」


 エジルが、闇狼ダーク・ウルフに脇腹を噛まれた。

 とっさに槍でその闇狼の背を刺したが、大量の血が流れ、エジルは地面に座り込んでしまった。

 周りにはたくさんの闇狼の群れがいて、逃げられない。まさに絶体絶命な状態だった。

 私はただ、震えているしかなかった。魔法も使えないし、武器は持っているが、怖くて戦えなかったのだ。

 激しく雨が降ってきた。


「エジル、エジル!」


 私は叫び、エジルに駆け寄った。

 元から傷を負っていたエジルが森に出るなど、最初から無謀すぎたのだ。

 辺りは暗くてよく見えない。

 もう夜になってしまった。どこか洞穴か廃墟にでも入り込んで寝ようかとエジルは考えていたのだが、そういった場所を見つける前に、狼の群れに襲われてしまった。

 私が死を覚悟して目を閉じた頃、ギャン! という声が聞こえた。

 その声は、周りから次々に聞こえてきた。

 暗くてよくは見えなかった。しかし、狼を次々に倒していっているのは、人だとわかった。

 残った狼は、怯えて逃げていった。


「エジル、大丈夫?」

「ああ……大丈夫だ……お前は……?」


 とりあえず確認のためにエジルに尋ねるとそう言ってきたので、私はうなずいた。

 茂みの中から人が出てきて、その人物の手元に光球が生み出され辺りが照らされる。もちろん、狼を倒したのだと思われる人物の顔も見える。

 そしてその人物の顔が見えて、私は目を見開いた。


「シノン!?」


 シノンは黙って、指を立て唇に当てた。すると、エジルの脇腹の傷を診始めた。

 手際よく応急処置をすると、シノンは立ち上がった。


水狼エクロス、来てくれ」


 すると、シノン目の前に黒い煙が出てきたかと思うと、それはすぐに晴れ、白い獣が現れた。

 背に立派な白い翼を携えた、白く大きな翼狼だった。

 シノンはその獣の背にエジルを乗せた。

 まだ子供なのに、大人のエジルを軽々と持ち上げたのが不思議だったが、シノんだからと納得して特に気にしなかった。。


「シノン、ありがとう。助けてくれて」


 シノンは黙ってうなずいた。

 なぜ何も言わないんだろう……怒ってるの、かな……?

 森の中をシノンについて行くと、小さな小屋が見えてきた。中から少し明かりが漏れている。誰かいるのか……あ、ロウさんかな? エジルの幼馴染みで、シノンのお父さん。

 扉を開くと、シノンは私を先に中へ入れ、周りを見渡してから中に入ってきた。


「シノン、おかえり。……って、エジルと、カルナか?」

『ロウ、この者は怪我をしている。すぐに手当てを』

 

 白い狼が、喋った。

 ロウさんはうなずいて立ち上がり、エジルを床に寝かせてから傷を診た。

 シノンが、こっち、と呟くように私に話しかけてきた。シノンは私を、エジルのいる方とは逆の方向に連れていった。


「カルナは、怪我してないか?」

「あ、大丈夫。ありがとう」


 良かった、怒ってなかったみたい。心配してくれているんだとわかって私は少し嬉しくなった。

 シノンは安堵したように微笑み、私に乾いた毛布をかけてくれた。


「ごめん。さすがにこんな所で女の子を着替えさせるわけにはいかないから、これで、我慢できるか?」

「大丈夫だけど、シノンは? 寒くないのか?」

「俺は平気。これでも体は強いほうだし」


 シノンは笑みを浮かべながらそう言った。





 ………とは言ったが、大丈夫でない、とはカルナに言えなかった。

 本当は寒さにも弱いし、風邪も引きやすい。

 怪我をした時は普通の人間より生命力が高いので、体は強い方というのはあながち嘘ではないのだが……。

 今までカルナに話しかけられても最低限しか答えなかったのは、傷を負っていることを悟られたくなかったからであり、決して怒っているとかではない。

 おそらく、カルナは俺が怒っているのではないかと勘違いをしているだろう。

 でも、どちらかと言えばその方がいい。

 あまり話す回数が増えて、それで怪我のことがばれて余計に心配をかけたくはない。ただでさえエジルさんが傷を負って精神的に疲れているんだから。

 でも、乾いた毛布はこれしかないし、さすがに女の子と抱き合ってでも毛布に潜り込むわけにもいかない。

 何があったのかと言うと、3日前、かなりの人数の盗賊に襲われて傷を負ってから、俺とロウはちゃんとした手当てもせず旅をしていた。

 2人とも傷が思いの外深かったからだ。

 かと言って何もしないよりはマシだと、血止めと消毒くらいはしておいたのだが。

 俺が回復魔法を使ってもよかったが、相手には何しろ蓄えが尽きて碌に儲けられない冒険者が12人とそれに加え冒険者達と手を組んだ盗賊が25人という大規模な盗賊団に一斉に襲われたのだ。

 ギルドで報酬白金貨10枚の報酬の依頼で、B級のおたずね者だ。

 討伐メンバーには少なくともB級メンバーが3、4人、もしくはA級のメンバーが2人以上いないと倒せないであろう。

 いくら俺の魔術とは言えど限度があるし、また襲われてももう一度撒くことが出来るよう、魔力を温存しておきたかった。俺がレイヴァであることが盗賊たちにバレた以上、用心しておくに越したことはない。

 盗賊に襲われた時は魔力が枯渇しそうなところまでいっていたのだ。数時間前まではだいぶ回復していたが、先ほどの戦いと光球で、そろそろ魔力が尽きそうだった。

 しかも今にも風邪を引きそうで、魔力の回復には更に時間がかかるだろう。

 あ、それと気になるだろうから言っておくけれど、エジルを水狼エクロスの上に乗せる時持ち上げられたのは、《身体強化ブースト》のおかげだ。

 体力がほとんど残っていなかったから、魔力の消費が激しかったのが痛かったが……。

 ……ああ、こんな時に普段思うことのない感情が表れてくるのは、超天才魔術師アルマンだな。

 尽きることのない魔力を持っているし、しかも強大な魔法をいとも簡単に使いこなす。

 俺だって他人には負けないくらいの魔力はあるし、超天才魔術師アルマンたちにだって負けないくらいの魔術の技術も魔力量もある。しかし、魔力の量だけは勝てないので、もし彼らと戦うことがあるのならば持久戦では勝てないだろう。

 ……羨ましいにも程がある。

 奴らのおかげで今は、左腕にかすり傷を再び、脇腹にも切り傷が一つある。これ以上傷を増やしたら、街に行って医師に傷を見せればしばらく戦闘を止められるな……。

 そんなことを考えていると、背中にふわっとなにかが載った。

 まさかと思い、俺はカルナを見る。


「さすがに私だけこれを使うのもどうかと思うし、シノンもやっぱり寒いと思うし……それに、この方が暖かいだろ?」

「あ、いや、大丈夫だから!」


 そう言ってカルナに毛布を返そうとしたが、彼女は聞かなかった。


「風邪引くぞ!」

「で、でも、さすがに、女の子と同じ毛布を使う、なんて……」

「私は構わないけど?」


 俺は思わず次の言葉を飲み込んだ。この子は気の強い子だ。でも普通の気が強い女の子とは違う。我儘で自分にとって都合の良い意見を他人に強制したりしない。

 だが多分このまま口で言っても、絶対に聞きやしないだろう。

 俺がこれを断る理由がないし、嫌われてる、とでも思われたら色々と厄介だ。絶対にそんなことはないからだ。

 正直、カルナは他人に優しすぎる気がしてならない。

 自分を粗末にしているというか、まるでどうでもいいことのように感じているのではないかと、そう思うことがあった。

 あの船上での一件の後、共に過ごした5日間でカルナの人柄がだいたいわかった。

 例えるなら、カルナはまるで人に作られた人形だな。俺は一度、「エジルは実の父ではないよな?」と聞いたことがあった。どう見ても顔立ちも性格も似ていなかったからだ。

 するとカルナは寂しげな顔で、こう答えたのだ。


『うん、そうだよ。本当は今でも、王国の将軍を勤めているはずだったのに、私のせいでこんな生活することになるなんてね……エジルに申し訳がなくて……』


 完全にネガティブ発言である。

 俺はそれ以上は詮索しなかったが、一つ、わかったことがあった。

 確証はないのだが、カルナは、何か大きなものを抱えている。おそらくはエジルも知らない何かを。


「シノンって、暖かいな。それに、この方がなんだか落ち着く」

「ああ、そうか……あ、ロウ、エジルさんはどう?」

「大丈夫だ。命に別状はない。明日の朝には目を覚ますだろうさ」


 カルナの表情が明るくなったのが見えた。


「良かった! ありがとうございます、ロウさん!」

「いいよ。俺は、当然のことをしたまでだ」


 カルナは嬉しそうに笑みを浮かべて、ほっと息を吐くと俺の肩に頭を載せてきた。そのままカルナは緊張がほぐれたからか、静かに寝息を立てて眠ってしまった。

 だが、俺はしばらく天井を見つめながら、あの狼の集団のことを考えていた。

 仕事柄、こういうことに関わることは少なくないので、俺はあの闇狼の集団の違和感に気づいた。

 普段は暗い洞窟の中に巣を作って暮らす闇狼だが、暗闇に落ちる夜に出てきて集団で人間や獣、そして小さな魔物を襲う夜行性だ。

 しかし、自慢の素早さが落ちる雨は苦手で、雨の降る日は出てこない。

 しかしどうだろう。今日は雨どころか、雷雨だ。先ほどからずっと雷が鳴っている。

 よほど疲れていたのか、カルナは俺が悩んでいることに気づかないでもというように微動だにせず眠っている。

 …………なんか、可愛いな。俺にもそのまま睡魔が襲ってきて、抵抗することなく眠った。

 ………魔力切れ、だな。と、そんなことを思いながら。



 翌朝はエジルも目を覚まし、ロウや俺がいたことに少し驚いていたが、普通に話していた。

 しかし雨は未だ止まず、雷も相変わらず鳴っていた。……しばらくは止みそうになかった。

2018年7月21日、全体的に修正しました。

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