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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第1章、旅路
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乗合船と海賊船

 俺は潮風に吹かれながら、2階のバルコニーでひとり、どこまでも続く青い海を見つめていた。


「シノン」


 後ろから、ロウの声が聞こえた。振り返る前に、ロウが脇に立つ。

 バルコニーの手すりに手をかけ、俺に微笑んだ。


「船旅は初めてか? やっぱ、海は見たことないのか?」

「さあね。でも、タイムマ半島で海を見た時、結構感動したけど」

「そうだろうな。お前は少なくとも6年海を見てなかっただろうからな」


 俺はうなずいて、ロウを見上げる。

 見た目は20代そこらの若者ではあるが、中身は47歳のおじさんである。

 背は高めで、しかし大柄ではない。筋肉の引き締まった体をしていて、毎日のように繰り返す稽古では力比べとなると勝てない。

 たまに身体強化魔法で抵抗することはあるが、愛剣を使っているあいだはあまり魔法に頼りたくなかった。

 ところで船旅を始めてから2日が経ったわけであるが、この船に乗ってから、俺はずっと違和感を感じていた。嫌な予感がしてならないのだ。

 ロウに相談はした。だが、彼は特に何も感じないという。

 7日間の船旅だが、気をつけるに越したことはないのかもしれない。

 ふと、この船を護衛する護衛船ごえいせんの向こうに、更に大きな船が見えた。……おそらく、最近この辺りで頻繁に出没しているという海賊だろう。

 俺は獣よりも鋭い五感を持っていて、そのうちの1つである視覚もかなり優れている。半径五十キロの範囲なら余裕で見える。望遠鏡のように、意識すれば見る距離を細かく調節できるのだ。

 しばらく海を眺めていると、更に階段を登ってくる気配がした。

 ……いや、気配は消しているが俺たちにそれは通用しなかった。

 俺には、鋭い聴覚と嗅覚もある。空気の擦れるわずかな音と、人間臭い匂いで人がいることを察した。それ以外にも殺気が感じられる。どう考えても、俺たちを殺す気だろう。

 俺は更に、《超音波サウンド》で後ろにいる人の人数と、携えている武器についても知ることができた。


「……シノン、何人だ」

「3人」


 これも訓練の一環で、相手が気配を消していたとしても匂いでその存在を知るというものだった。ロウも才を持つ子(シャラスト)なので、俺と同じくらいに鋭い五感を持っている。


「ふむ。じゃあ、武器と奴らの体格は?」

「普通の体型の男……じじいが2人と、大柄な男が1人の計3人。大柄な男は、デカい両手用剣を持ってる。副武器サブアームはなし。あとの2人は、太めの曲刀1本が主武器メインアームで、副武器サブアームは短剣1本。大柄な男以外のじじい二人は、冒険者ほどの腕じゃないね」

「む、そうか……1人でできるな?」


 下のバルコニーを見ると、同じような武装をした男らが、乗客に襲いかかろうとしているのが見えた。


「いいよ。父さんは乗客を助けるのを優先で。俺もあいつら片付けたらそっちに行くよ」

「わかった。30秒やる、すぐにこい」

「10秒で十分」


 ロウは自分の言葉を言うなり手すりを超えて下に降りていった。俺は収納魔法で仕舞っていた相棒を腰に携えた。

 双剣流、2本の魔剣を操る戦い方である。

 俺は手っ取り早く終わらせたかったので、彼らに話しかけることにする。


「誰だ」

「……おやおや、気配を消してたつもりなのにな」


 素人か……いや、冒険者としても駆け出し……ってとこかな。

 そう心の中で呟くと、3人の男が階段から昇ってきた。

 先頭に大柄な男、その後に2人のじじい……老人が続いて出てきた。大柄な男は、両手用剣グレートソードを肩に担ぎあげ、デカイだけの筋肉質な上半身は裸だった。

 2人の老人は至って普通の体格で、黒ずくめのローブを身にまとっていた。よく見ると、周りに金色の煙のような物が見える。しかもあの大男よりも濃い。その人物が所有している魔力だ。

 魔法を使う人はたいてい、魔力を外に放出している。それは意識しなくても常日頃からそれは出ている。

 しかし普通の人間ではそれは見えないが、魔力が能力的なもので見える人などは見える。その他に目がいい人にはわずかに見えるらしい。

 それと、魔力が高い魔術師はもとから見えるため、俺にも見える。魔力の量は、その魔力の光の濃さでわかる。

 濃ければ濃いほど、魔力量が多いのである。


「ふん、子供かよ。ガキ、痛い目に遭いたくなきゃ、大人しくしてな。今、俺が、楽に逝かせてやるよ……」


 大柄な男が言い終わるのと同時に、俺の剣――黒刃こくじん白刃はくじんが、男の腹を一瞬で切り裂いた。もちろん情報を引き出さなければいけないので、死なない程度に薄く。

 麻痺化パラライズもかけておいたので、傷の痛みがない代わりに俺が解除しなければ男は動けないだろう。

 彼らにはコペル王国に着いたあと警官に話を聞かせるため、死なない程度に斬っておいた。

 そして2人の老人は男を殺されたと思ったのだろう、こめかみに青筋を浮かばせて叫んできた。


「っ! この、ガキめッ!」

「八つ裂きにしてくれるわ!」

「うるさい。黙れ、じじい」


 残りの2人も同じように片付け、ロウの助太刀に向かった。

 下に降りた俺の目の前で、外套を着て頭巾を被った子供に男が剣を振り下ろそうとしていた。

 俺はとっさに、後ろから男の背に切りかかった。下限が出来ず、背に深い傷を負った男はそのまま呻いて倒れた。

 震えている子は、どうやら俺と同じくらいの歳の子のようだ。そっと背に触れると、ビクッと体を動かした。

 ゆっくり顔を上げ、俺を見る。

 頭巾の下から恐ろしいほどに美しく青い瞳と顔が見えた。女の子だ。俺が驚いていると、彼女が話しかけてきた。


「あ……あの……」

「ああ……だ、大丈夫。怪我は、ない?」


 ぎこちない喋り方で、少女に怪我がないことを確認すると、彼女はこくっとうなずいた。

 人見知りの俺には、このほんの少しの時間が少々辛かった。それに、さっき苛立って老人たちについ放ってしまった言葉を除けば、ロウ以外と話すのは久々だったということもあった。


「……あ、なら、良かった」


 再び殺気を感じ、俺はさっと立ちあがって目の前の男を、肩から斜めに斬った。女の子を立たせて、そのまま襲いかかってくる敵をどんどん切り倒していった。

 その間、左腕にかすり傷を受けてしまった。

 ロウの助太刀にはいけないが、このまま放っておいたら女の子が危ない気がして、離れられない。

 しばらく戦ったあと、いつの間にか敵はいなくなっていた。辺りには血が飛び散っている。

 生き残っている男らは、船員や他の闘士たちによって縛り上げられていた。その時、後ろから誰かがこちらに走ってくる気配を感じる。


「カルナ!」


 男の声だった。

 後ろを振り向くと、ロウと同じくらいの背丈で、短槍を携えた男がいた。顔には少々小じわが見えている。おそらく歳もロウと同じくらいだろう。


「無事だったか、カルナ。……君が守っていてくれたのか、感謝する」


 そう言って男は、俺に向かって頭を下げた。カルナと呼ばれた女の子も、慌てて一緒に頭を下げた。


「……あの、いいですから、頭をあげてください」


 そうか、と言って男は顔を上げた。姿勢が良く、言葉遣いも丁寧でしっかりしている。平民の服を着てはいるが、元騎士か元軍人……だろうか。もしくは生まれの良い、位の高い人だろうか。


「私の名は、エジルと申す。この子はカルナ。助けていただき、本当にありがとう」

「いえ。仕事柄、人が傷つけられるのを見ていられないので」

「それでも、助けていただいたのは事実だ」

「エジル、終わったぞ」


 苗字がないので、なんだ平民か、と思っていると、ロウの声がした。振り向くと、おう、と俺に手を振る。


「すまないな。お前には昔から苦労をかける……」

「気にしなくていい。幼馴染みの頼みだ。聞かないわけにはいくまい」


 なんだ、ロウの知り合いだったのか。というか、幼馴染みとかいたのか………。


「お? 驚かねえなこのガキども。ま、そういうところは色んな意味で面倒じゃないから助かるが」

「ん、なんだ、その子はロウの知り合いか」


 ロウは声をあげて笑った。……呑気なものだな。


「そうさ。息子のシノンだよ。つっても血は繋がってないが。見ての通り、レイヴァだ。で、エジル、その子は……?」

「娘だ。その子と同じ……」


 エジルは、少女の頭に手を載せ、そっと頭巾を外した。

 すると、太陽の光に反射するほどに美しい白銀の髪が現れた。

 俺と同じ、白髪に青い目を持つ子リ・ミ・レイヴァ・クラントだ。

 さらさらの髪を総髪で束ね、その長さは肩の辺りまであった。脇からはウェーブのかかった後れ毛が垂れており、その美しい顔立ちを持つ少女によく似合っていた。今は細く睨みつけるような目つきだが、冷たさはない。

 耳には3色の小さな宝石がついた耳飾りをしており、上から赤色、黄色、青緑色の綺麗な色合いである。

 しかし、その顔はほとんど無表情で、暗い表情である。

 エジルが再び頭巾を被せて言った。


「すまんな。ちょっと事情があって、暗い顔はしているが」

「構わないさ。まさか、シノンと同じレイヴァだったとはなぁ」

「それよりも俺は、お前がここにいたことに驚いたぞ」


 ロウとエジルはしばらく、2人で″()()()()()()()″をしていた。

 俺とカルナは入り込む隙、もとい()がなく、どこかへ行ってしまおうかと考えてもロウになぜか止められ、2人の会話を止められないまま30分も経ってしまった。

 何でなんだよ………。



 それから5日ほど、俺たちは船旅を続けた。

 襲いかかってきた男たちは、遠くに見えたあの海賊船の手先らしい。

 船に乗っている乗客全員を殺し、船ごと荷物を奪うつもりだったそうだ。実際、今まで何件か、船が何隻か失踪していることがあった。乗客も行方不明の者ばかりである。

 だが今回は俺とロウ、そしてエジルに他の冒険者が何人かいたおかげで、怪我人は出たものの死者は出なかった。

 後ろにいた海賊船は、いつの間にか姿を消していた。……逃げやがったな。

 そういえば、ロウが仲良くしていたエジルは、もともとダンジル王国という国の大将軍だったらしい。しかし今は引退? して、娘とともに旅をしている最中なのだと言う。やっぱ軍人か。

 ロウの出身もそのダンジル王国で、彼とは幼馴染みの関係らしい。

 この5日間で、カルナは俺と結構話すようになった。

 話しかけてくるのはカルナの方だが、話してみると意外と楽しい子だった。

 人見知りの俺でも、カルナには馴染むことができた。同じレイヴァだというのも、強く影響しているのかもしれない。

 船がコペル王国に着いたのは、港を出航して7日目の早朝だった。辺りは薄暗く、港の街エイスクが、影になって浮かび上がっている。





 そして、7日ぶりに地面に降りた気分は、素直に気持ちが良かった。

 やっぱり、人は地面の上にいるべきなのだ。俺はそんなことを心の中で思いながら、空を見上げていた。


「それではな、エジル」

「ああ。会えて嬉しかったよ。また会う機会があれば頼むぞ、ロウ」


 ロウはうなずき、警官たちに聴取される前に俺たちはさっさとその場を去った。

 もともとこの国へは、依頼を受けるために渡ってきた。

 魔物討伐である。結構レベルの高い魔物らしく、ギルドサニーズに依頼を出すほど難関なものらしい。

 依頼ランクは、A級だった。……まあ、どうせつまらんだろう。

 依頼ランクとは、ギルド特有の仕組みで、簡単に言えば依頼のレベルである。全部で9段階あり、下からE、D、C、B、A、S、SS、Z、Oだ。

 更にサニーズでは、個人ランクという制度がある。それは冒険者ランクの昇格とともに比例するもので、決められた段階までにあがればギルド内での個人ランクも上がる。

 この個人ランクが更に段階別にされ、それによって受けられる依頼のランクと受けられないランクとが決まっている。

 ちなみにA級のロウは第5段階クラスのノーマルズランクで、B級の俺は第4段階クラスのエイスランクだ。

 父子と言えどギルド内ではパートナーのようなものだ。だから、依頼ランクは俺に合わせなければならない。

 今回のランクはA級。俺はA級以上の実力は持っているので冒険者ランク昇格試験で上げればそれ以上のものが受けられるが、まだこの力を世に晒すつもりはなかった。

 今でも十分有名にはなってしまったが……。

 でも、もう少し経ってから、闘級は上げるつもりでいる。

 このままでは箱庭に閉じ込められたようで、窮屈だからである。


「まずはギルド本部へ向かう。海賊捕縛の報告へ行こう」

「どうせ、″報酬は乗り合わせた冒険者、傭兵たちに譲る。俺は要らない″とか言うんだろ。まったく。旅をしてるんだから、くれるもんは遠慮しなくてもいいのにさ」

「まあまあ、大丈夫だ。今回の依頼でも礼の料金がデカイんだから、良いだろ?」


 俺は呆れてため息をついた。

 今回のような襲撃等には慣れている。

 何しろ、隊商の護衛で、盗賊やら金に飢えた冒険者やらに襲われることは、よくあるのだ。

 そういうやからはだいたい指名手配中の者ばかりで、ギルドに連れて行って引き渡すのにはもう飽きてしまっていた。

 そのせいか、怒りに任せて戦う奴らと戦う時はどうしても気が抜けるので、必ずと言ってもいいほど傷を負ってしまう。みんなが弱いからだ。

 今回も、左腕にかすり傷を受けた。

 その晩は少し熱も出てしまい、カルナには心配をかけてしまった。

 もともと慣れない海の上で、いきなり7日間も連続で過ごしたのだ。体調が少しくらい崩れたっておかしくはないかもしれない。

 街のギルドに到着すると、早速ロウは、カウンターの女性に話しかけ、報告に行った。

 すぐに彼は戻ってきて、宿に行くぞ、と言った。

 俺たちは、ロウがカウンターの女性に聞いたという宿へ向かうため、街に出た。

2018年7月21日、全体的に修正しました。

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