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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第2章、調査開始
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訓練と急な告白

 気がついたら知らない所にいた。暗くて、静かな場所。でも、暖かかった。元から旅人だったロウと出会ったのはその時で、五日間眠ってたんだって聞かされた時はまず驚いた。

 だって何も覚えてないんだもんな。名前、出身、それまでの経緯、家族に知り合いや友人とかの顔と名前……何もかも忘れていた。

 ただ、頭は覚えてなくても体は覚えていた。

 魔法や武術だ。

 さまざまな武器を使い、多くの魔法を使った。自分でも驚いたよ。

 それで、行く宛のない俺を引き取って一緒に旅に出てくれたのが、ロウだった。

 あ、ちなみに、俺が目を覚ました場所ってのは、ラトス皇国の、ロウの知り合いが経営している宿だったんだ。

 金もなくて、記憶もなくて、武器しか持ってなかった俺の世話をしてくれて、食べ物までくれてな、それに治療費まで代金はすべてロウが払ってくれたんだ。

 ……それから、俺は記憶を取り戻すために旅に出たんだけど、今ではもうどうでも良くなった。

 それで、あの船の上でカルナと出会って、現在に至る。



「とまあ、こんな感じ」

「……それこそ辛くなかったのか? 自分が何者なのか、未だに分からないんじゃ……?」

「いや、もういいんだ。自分が何者かなんてどうでもいい。ただ、今は今を楽しむのみ。それに、俺にはもう大事な人……カルナがいるから、記憶を取り戻して自分が何者なのか知った時、お前を失うかも知れないのが怖い。ただそれだけだ」


 俺は、もう何も失いたくなかった。記憶という生きている上で大事なものを俺は一度失っている。これ以上失ってたまるか。

 その思いがカルナにも伝わったらしく、彼女はふっと微笑むと、さっと俺に顔を近づけた。気がつくと、カルナに唇を押し付けられていた。


「んんっ……!?」


 変な声が出て、息が詰まった。俺は少しばかり抵抗しようとした……が、その気は一瞬でどこかに失せてしまい、素直に身を任せてしまった。

 ……目を瞑り、しばらくそのままでいた俺たちだったが、やがて少し苦しくなってきたので、名残惜しさも感じながらカルナの肩に手を載せた。

 彼女の肩を掴んで半ば引き剥がすと、苦しくなった息を調えるために荒い息をしていた。

 すると今度はカルナが、ありがとう、と優しい笑みを浮かべて呟く。


「い、いきなり、酷いぞ。これでも一応、怪我人なんだから……」

「酷いとはなんだ。女の子が勇気を出して口付けしてやったのに」

「すいませんでした」


 たしかにそうだ。何を言ってるんだ、俺は。

 でも、ちょっと、嬉しかった、か? だがそんなことは口に出せるはずもなく、俺はただ彼女に微笑みかけた。


「さて、そろそろ昼飯かな……」


 カルナが呟いた時、タイミングよく扉がノックされる。


「二人ともー、リアナだけど、お昼ごはん持ってきたよー」

「ああ、入っていい」


 俺が返事をすると、扉が開いた。すると団長が入ってきて、盆に載せられた丼を運んできた。


「はい、カルナはカツ丼、でいい?」

「あ、はい! ありがとうございます! 大好物ですっ!」

「そりゃあ良かった! シノンはとりあえずお粥でいいよね?」

「うん。その方が助かる……けほっ」


 その時、俺は何度か咳き込んだ。まだ風邪の症状はあるみたいだな……いって、今ので脇腹の傷が……。


「大丈夫? まだ風邪はあるのかあ」


 団長が寝台に乗り出して、俺の額に手……いや、前髪を掻き上げて額を合わせる。

 えっ。ちょっと、待って。

 カルナをチラッと見ると、赤面して、こちらを怒った顔で見ている。……なんで俺なんだ?


「ば、ばかぁ!!」


 団長の額が離れると、カルナに平手で叩かれた。いってぇ……一応怪我人なんですけど……あ、でもこれって、ヤキモチ? ヤキモチ焼かれたの、俺?

 ……それはそれで嬉しいのだけれども。複雑だ。


「わーお、カルナ、なんかごめんよー。シノンてば、ヤキモチ焼かれちゃってえ」


 団長は、このこのーとジト目でからかってくる。くそっ。


「んま、まだ微熱があるみたいだし……風邪の症状を抑える薬……さすがに薬を飲ませすぎだね。解熱剤も飲んだし」

「このままでも構わないよ。少しくらい、慣れてる」

「そ、そっか。うん、わかった。じゃ、僕は行くよ。食器は誰かが取りに来ると思うから」

「ありがとうございます」


 そう言って団長は部屋から出ていった。

 俺は、さっさとお粥を口の中にかきこんでは飲み込み、かきこんでは飲み込むの繰り返しを始めた。


「ちょっ、ゆっくり食べればいいのに」

「……こういう時はやたらと腹が減るんだよ。太るとか気にしてたら負け」


 カルナはふっと微笑み、丼の中のカツ丼を食べ始める。俺は食べ終わると、ふぅー、と息を吐き、壁にもたれかかった。

 ……それにしてもあの黒髪の青年、いったい何がしたかったんだ? かなり好戦的なところを見ると、強い者と戦えるのなら相手は誰でもいい、という雰囲気だったな。

 それと、黒髪の獣人だったが、空の使い(クヤイ)じゃなかったな。匂いが地味に違う。完全に獣人だったところを見ると、もしかしたら他にも黒髪の獣人がいるのかも知れない。

 ちょうどカルナがその事について問うてきたので、彼は空の使いではないと答えると、かなり驚いていた。


「なら、他にも黒髪の獣人がいるかもしれないと?」

「そう。まあ、それについては置いとくとして、本気でやらなきゃいけないな。ただ、今はわからないことだらけだ。カルナ、悪いけど、俺はダンジル王国に行くよ。お前は嫌ならここで待っててもいいぞ」


 できればこんなことはしたくなかった。でも、ダンジル王国のギルドには空の使いがいる。もうこうなってしまっては、彼らに会って、出来るだけ多くの話を聞いた方がいいだろう。

 もちろん、ここにいる勇気や勇奈、そして、海月や嶺雅とも。


「……いや、行くよ。私一人だけここに残るのは嫌だ。どんなに危険な場所でも、私はシノンについて行く。約束だ、頼むよ」


 カルナが頭を下げてきた。が、俺は彼女の肩を持ち、微笑みかける。顔を上げたカルナは、俺の顔を見るなりはっとして微笑む。


「ま、何かあったら俺が守るし、お前に手を出そうってんなら俺が許さない」

「うん。ありがとう、よろしく頼む」


 そう言って、カルナは微笑んだ。




 シノンの怪我は本当にすぐに治った。足の傷や脇腹の傷は約一ヶ月ほどだったが、その他の怪我はほとんど一週間ほどで完治してしまった。……不服ながら、傷痕はたくさん残ったけれども。

 本人は特に気にしてはいなかったので、別にいいのかもしれない。私は気にするけど。


「うっわー、久しぶりに動いてちょっと大変だなー。もう少しギルドで体を慣らさないとな……」

「私も付き合うよ」

「ありがたい」


 シノンは、傷がだいぶ塞がった頃には訓練場で他の団員とは別のメニューで体を慣らしていた。

 体が鈍るといけないので、少しでも動いておきたかったからなんだそうだ。

 私も付き合って、シノンと一緒に走ったり、魔法を使ってみたり、槍や剣で打ち合ってみたり。まあ、手負いとはいえ、シノンの方が私なんかより強かったが。


「さーてやるかー」

「よし、私も頑張るぞ!」

「張り切って怪我すんなよ」

「それは毎日聞いてる! わかってるさ!」


 ぷくっと頬を膨らませて、私はシノンに言った。シノンは面白そうに笑うと、私の頭に手を載せた。

 そう言えば、シノンって結構身長が伸びてるよな……やっぱりまだ成長期だからか。……私の方が歳上なのに。いや、シノンでも結構小柄なんだから、私はもっと小柄? ……なんか嫌だな。

 訓練場では、副団長さんが新人団員をしごいていた。新人だけでなく、非番の団員も交じって訓練に参加している。中には団員同士で組手や試合などもしていた。

 シノンと私が入って行くと、副団長さんがこちらに気づいて手を振ってきた。


「よう、シノン。傷は?」

「だいたい塞がってる。大丈夫だ」

「そっか。なら良かったよ」


 シノンと副団長さんが挨拶を交わす中、相変わらず訓練場では木刀や棒のぶつかり合う音や人の声が響いていた。





「はあ……はあ……はあ……」

「だらしないぞ、カルナ。まだちょっと打ち合っただけだろ?」

「君が異常なんだよ。ていうか、それより、周りの視線が、気になるんだけど」


 シノンは不愉快そうに顔をしかめて、周りを見渡す。


「あ、あれで、ちょっとって言うのか……?」

「女の子の方もすげーよ。あんな動き俺にはできねえよ」

「でも、あんなにかわいい女の子と打ち合えるなんて……羨ましいにも程がある」

「俺もやりてえ」


 シノンは、うぇ、と呟いて、肩に載せていた木刀を下ろし、本気で嫌そうな顔をする。

 そして、私に手を差し伸べてきた。私はその手を取りシノンに助け起こされ、そのまま人混みをかき分けて訓練場から出た。

 シノンも、周りの視線は気になるというか、不機嫌になるものの要素なのだろう。


「まあ、今日はここまでにするか。周りがうるさいと嫌だから」

「そ、そうだな……」


 風呂に入って汗を流すため、シノンと一度別れて風呂場に向かった。




 ふぅー。癒されるー。これは本当に疲れが取れるなぁー。

 ゆっくり湯に浸かったあと、私は再び脱衣所に向かい、服を着る。

 鏡を見て、ちょっと髪が伸びてるかな、と独り言を呟いた。……うん、ちょっと長い、か? 下ろしてても肩よりも少し下にあるくらいの長さだけど。

 そう言えば、シノンはどんなのが好みなんだろうか。ちょっと気になるな……私もいよいよそんなことを気にするようになったかぁ……。

 とそんなことを思いながら、私は思わずため息をつく。

 脱衣所から出ると、入り口の横に一人の青年が立っていた。

 栗色のボサボサの髪に、赤い眼鏡をかけた、いかにも気の弱そうな、そして大人しそうな青年である。歳は……私と同じくらいか?


「あっ……あの……」

「……はい?」


 青年は両腕を後ろに組み、妙にもじもじしながら何かを迷っていた。


「いや、もう覚悟を決めたじゃないか。よし、頑張れ、僕!」


 両手で頬をパシッと叩くと、直立して私に向き直った。


「あ、あの! ぼ、僕と、お付き合いしてくれませんか!」

「……はあ?」

「初対面で、戸惑うかも知れませんが、僕は、あなたに一目惚れしたんです! あなたがこのギルドに初めていらっしゃった時、来た! って思ったんです! ですからどうか、お願いしますっ!」

「…………」


 私は、ぽかんと口を開けて目の前のメガネ青年の脳天を見つめていた。

 いや、有り得ない。有り得ないから。いきなり初対面の人と付き合うとか有り得ないから。それに私はシノン一筋だし。どんなに優しくされても、どんなに格好良い人でも、私はシノン以外好きにはならない。いや、なりたくない。

 ……まあ、正式に付き合い始めたこと、まだ誰にも言ってないしな……このギルドでそれを言うとしても団長さんや副団長さんくらいだろうけど、それでもギルド全体に広めるような人じゃない。

 だから、どっちにしてもこういうことは有り得るのか……。

 ともあれ、どうやって断るものか……。


「いや、その、私にはもう……」

「カルナ? 何やってんだ?」


 お! 助け舟が来た!

 私は振り返って、肩に白いタオルをかけたシノンを呼び、近くに来たところで彼の腕に抱きついた。


「ん? な、何、、どうし、た……?」

「……! ま、まさか、カルナさん……!?」

「ああ、私は、この人一筋なので」


 シノンの殺気が青年に向いた気がするが、気付かないフリをしておく。

 青年はしかし諦めないようで、な、なら! と切り出してきた。


「せ、せめて、お友達にでも……」

「行くぞ」

「え? あ、う、うん……」


 シノンは青年の言うことを無視して、強引に私の手を引っ張る。

 ……なんか、いつも以上に怒ってるな、シノン。いかにも不機嫌ですといった表情を崩さない。

 普段は感情を表に出さないから、それだけに私はどこかそんな彼に違和感すら感じていたが、同時に珍しいものを見れたから面白かった。




 部屋に入ると、シノンはベッドに座って、大きくため息をついた。


「……あいつには一切関わるな。良からぬことを考えてる。それに、あいつここのギルド団員じゃないぞ」

「え? 違うのか?」

「お前がここにはじめて来た時、あいつは待合室にはいなかったはずだ。見覚えがないから。それに何より、たしかにあいつはお前に惚れていたけれど、惚れているからこそ怖い。お前におかしなことをするぞ、絶対」

「お、おかしなこと?」

「やめとけやめとけ。聞かない方が身のためだ。まあ、お前に何かするとか、俺が許さないけど」


 あ、そうか。私に何かしようものならば、シノンがボコボコにするよね。よく分からないが、私もあの青年と関わるなんて絶対御免だ。いきなり付き合ってくれなんておかしいし。

 容姿とかではなく、性格もわからないしどこか心情も読めない部分もある。そんな男と付き合うとか、本気で嫌だ。……なんか、そう思うとシノンから本気で離れたくなくなったな。

 私もシノンの隣に座り、彼の肩に頭を預けた。


「……私は、シノンだけだから。勘違いを、しないでほしいな」

「わかってる。お前は俺が守るって、約束するから」


 私の肩を抱いて、シノンはそう言った。

 誰かを好きになるってすごく気持ちいいことだな。なんでも打ち明けられる。好きって言うのは、その人を信頼してるってことなのかな。

 でも、それっていいな。こんなに幸せなことは他にあるだろうか。いや、少なくとも私にはない。

 そんな幸せな日々を、失いたくない。これがまるで夢心地で、どうか夢でないことを願いたい。

 もしもこれが夢だったとしても、私はおそらく、もう一度シノンに気持ちを伝えるだろう。

 私はしばらく、シノンの肩に寄りかかったままじっと床を見つめていた。

2018年9月19日、修正しました。

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