告白と物理属性魔法
「っ……うう……」
「し、シノン?」
私は一旦布を外して水に浸し、首筋や頬などについた汗を拭ってやった。
シノンがうっすらと目を開け、ゆっくりと首を動かし、周りを見渡す。
少しして私に気づいて、シノンは寝ぼけ眼のまま微笑んだ。
「……やあ、カルナ……」
「良かった……本当に、良かったよ……」
「ごめんな……無事に、帰ってこれたみたいで……良かった……」
掠れた声だったけれど、心底安堵したかのような声だった。それを聞いて私はすぐに、吸い飲み器に入っている水を飲ませる。シノンは、それを一気に飲み干してしまった。
「ありがとう……っ」
「いや。これくらい当たり前にさせてくれ……ごめんね、シノン。私の、せいで……」
うつむいて涙をこらえていると、冷たいものが私の手に載った。はっとして自分の手元を見ると、シノンの手が載っていた。
「……お前、馬鹿か。俺が寝てる間、そんなくだらないことを、考えてたのか?」
「なっ、くだらないことってなんだ……!」
「あ……阿呆。いい加減気づけ、この馬鹿野郎。お前は弱い。弱い者は強い者に、食われるか守られるしか、ないんだ」
シノンが起き上がろうと動いた。
「まっ、待て、無理に起き上がるな……!」
「いや、大丈夫……いっつつ……」
私が止めてもシノンは聞く気がなく、半身を起こして、寝台にもたれかかった。
「……だから、さ。お前は俺に、おとなしく、守られてればいいんだよ」
「っ……!」
ライムの、言った通りだ。
そうだ、私は弱いんだ。
わかってるはずなのに、何かをしようなんて考えてたら、私は立ち止まったままなんだ。ただ今はシノンに守られて、そのうち恩返しができれば、いいんだ……。
「……な、だから、その間にも、お前が俺を支えてくれれば、いいから」
「……ああ。わかった。わかったよ……」
私はうつむいて、声を押し殺して泣いた。シノンはそんな私を胸の中に抱いて、頭を撫でてくれた。
いい匂いがするな……やっぱり、これは居心地がいいな。暖かくて、いい気分だ。
「まあでも、結構辛い目に遭わせたかな。俺も、まだまだなのかな……」
「そんなことはないよ。ありがとう、シノン……」
しばらくその格好のままじっとしていた。
シノンはただひたすら、私が動くのを待ってくれた。傷のせいでだいぶ体力が衰えているはずなのに、それを表にも出さないまま。
「カルナ、ちよっと、聞いてもいいか?」
「……なんだ?」
「俺、どのくらい寝てた?」
私はシノンの胸から頭を離して、言った。
「……一週間」
「一週間、ね。最高記録突破ぁ……」
そう呟いて力なく笑うシノンを見て、私も思わず苦笑する。
「……今までの最高記録は?」
「んー? そうだな、五日……だった気がする」
「……うわ。それはいつの話?」
「八年前。ロウと出会った時だな」
ふーん、と呟いて、私は再びシノンの胸に顔をうずめた。
「……シノン、もう、この際だから言っておきたい。……私は、シノンが好きだ。ずっと伝えられなかった。お前と出会った時、私は一目惚れだったんだ。二年間旅をしてきてだんだん自分に責任を感じて、ますます伝えられなくなった。それに比例して、お前がだんだん好きになったんだ。でもやっぱり、言えなくてね。嫌われても、いい。シノンが好きだって気持ちは、変わらないから、さ。好きっていう思いは、せめて、私の中に残しておいても、いい……?」
瞬間、私はシノンの両腕に包まれ、耳元に彼の声が聞こえた。
「ああ。もちろん。でも、驚いた……俺も、カルナが好きだ。カルナが大事で、守らなきゃって思うんだ。ありがとう、カルナ。本当は俺から伝えるべきだったのに、伝えるのが遅れて、同時に、ごめん」
目元が熱くなり、同時に涙がこぼれた。
幸いこの部屋には私とシノン以外誰もいないので、存分に泣けた。何かから思い切り解き放たれたような、解放感と安堵感を覚えた。
「……妙なことで悩まされるよ、本当に、お前には、さ……やば、眠く、なってきた……」
「ああ、いいよ。今のシノンだと、結構体力の消耗も激しいんだろうし」
シノンから離れ、私は彼を寝台に横たわらせた。まだ彼の温もりの中に埋もれていたかったけれど、それ以上にシノンにはあまり無理をさせたくない。
そのあと、私は上からそっと布団をかけてやった。
「うん、ありがとう。じゃ、おやすみ……」
「ああ。おやすみ」
シノンが静かに寝息を立て始めたので、私は涙を拭った。
「……でー、その青年は、金属の魔法を使ってた、って聞いたんだけど」
「物理属性だ。ありゃ厄介だな。対策を練らないと、次は確実に死ぬ」
「うーん、だよねぇ……」
翌朝には、シノンは自室に移動するため車椅子に乗って、私がそれを押している。団長さんも付き添いで来てくれているので、二人でそんな会話をしていた。
「……シノン、物理属性魔法についてあまり知らないんだが、説明を求めてもいいだろうか?」
「ん、いいよ。物理属性は厄介でな、念力属性みたいな特殊系魔法なら対応できるけど、物理の使い手の方が力が強ければ意味がない。それに、他とは違ってタイプがあってな、それは極めればものすごい威力を発揮する」
「例えば?」
「あいつの使ってた金属タイプ。あれも、物理属性のうちの一つで、ほら。こうやって、あらゆる物理物質を操ることが出来る」
シノンは、掌の上に水の玉を浮かび上がらせながらそう言った。しかし、それはどう見ても、どこにでもあるような透き通ったきれいな水の球だった。
「え? それは水魔法じゃないのか?」
「確かにそう思うだろ? そこなんだよ、厄介なのは。物理属性は他の属性にもありそうな技だけど、実は違う。水でも、水属性の性質を持ってないからこの水は飲めない。完全に魔力だからな。水属性の魔力で水を作る場合、周りの水蒸気を増幅させて魔力に変えているわけだから普通に飲んでも問題はない。けど、物理属性で作られた水はそういった空気中の水蒸気は一切使わず、何も無いところから発生させるから、まあ、化学物質で作られた毒水、みたいなものかな。飲んだら即死」
うぇ、と、私は呟いた。そして同時に、体中に鳥肌が立つ気がした。
「物理属性のタイプは全部で七種類。植物性物質、液体物質、化学物質、空気や気体、ガラス、金属、そして電気。ちなみに水は液体だな。ほとんどは他の属性にもありそうだけど……例えば、空気を操る時、風属性とは違って、空気や気体そのものを魔力によって操作することで、毒をばらまいたり、真空にしたりできる。つまりは人を殺せる」
「そ、そんな……!」
「他にも、電気。雷属性には出来ない、電池とか機械の操作だ。ハッキングとかなら簡単に出来る。それなりに知識は必要だけど。電気に関係するものなら何でもできる。水と同じで、何も無いところから電気を生み出したりな。逆に、雷属性の方は、水蒸気と同じで人間や物についているわずかな静電気を増幅させて使う。湿った場所だと不利だけど、物理属性ならどこでも普通に使える。それに例えばの話、水蒸気を操って空気を完全な乾燥状態にされたりしたら、水属性の魔法は使えなくなる。それは電気や空気、それに植物なんかも同じだ」
「……た、たしかに厄介だな」
シノンも物理は全部使えるのか、と聞いたら、彼はさらりと答えた。
「ああ。まあ、あいつほどの金属は使えないけどな。あれは極めてるから」
たしかに。物理属性は鍛えればどこまでも伸びるらしいから、あの青年の強さは、多分そこからだと思う。
ちなみに補足で、物理属性は完全な魔力操作なので、若いうちから練習すれば大人になるまでに完璧に使いこなせるとのこと。
「じゃあ、シノン、ゆっくり休んでね。完治したら、旅に出るんだよね?」
「もちろん。この足だって、数ヶ月と経たないうちに治るよ」
「えへへ、ま、頑張りなよ。じゃあ」
そう言って、団長さんは去ってしまった。
部屋の中に入り、私はシノンを寝台に移る手伝いをする。
「ありがと」
「どういたしまして」
シノンは左足を伸ばし、右足を内側に折り曲げた。そして左足の太腿に手を当てると、緑の光を放つ。
ん? 回復魔法か?
「よし。ああ、だいぶマシになったぁ……」
「魔術師には回復魔法が効かないんじゃなかったのか?」
「ああ、まあな。でも、全くってわけじゃないんだ。少しずつ、魔法を重ねてかけることで治っていくんだ。ただ、これは疲れるし時間もかかるから、骨と内部を治すだけに留めておいた」
「……ああ、なるほど。それで……」
シノンが足の傷も数ヶ月と経たないうちに治ると言った意味がわかった。足を貫通しているわけだから、骨をも貫通しているはずだ。しかし、骨と内部を回復させておけば、あとの残りは表面の傷だけとなる。後遺症も残らない。
ただの傷ならすぐに治る、と、シノンは言っていたんだ。団長さんもそれを知っていたから、何も突っ込まなかったんだな。
ふむ、納得。
「まあ、とりあえず今は傷が治るまでじっとしてなきゃいけないんだな……暇だ」
「何を言っている。私がいるじゃないか」
胸を張って言った私の言葉にシノンはくすりと笑い、そうでした、と言った。
「……ねえ、シノン」
「ん?」
「もう、ただの友人じゃないんだ。だから、いつまでも黙っているつもりはない。話すよ、私の過去」
シノンは意外そうな顔で私を見た。
私は寝台に座り、いつでも泣けるように準備した。もう遠慮はしない。シノンに思う存分甘えてやる。
私の生まれはダンジル王国。王都、ダンジリア。父は国王ジュミネス=エイグル=フォン=ダンジル。母は元スラムの人間で虹目の種族。名はキリカ。そして私は、このダンジル王国の王女だった。
……私の本名は、ルミナ=ラリス=フォン=ダンジル。カルナは偽名だ。
私には、双子の兄、ルクスがいた。同じ白髪に青い目持つ子だ。私は母の血を引き継いで、虹目の力を持っている。兄にはないし、この力は使いこなせていないけれど。
私が十三歳になって間もない頃、母がスラム出身で虹目だということがばれて、貴族間で問題になったんだ。今まで父はこのことを黙っていたからね。
しかも、同時にラトス皇国軍まで攻めてきたんだ。とある将軍の独断だったらしい。
それで何人もの人が殺され、父は虹目の力を持っていた私を守るために、当時国で一番だった大将軍エジルとともに国を出ろと言って、私は出てきた。
国を出てからも、何度も殺されかけて、ずっと守られっぱなしで……シノンと旅をしていた時の気分と同じだったよ。
もう、国中が私たちの敵になった。兄や父や、母がどうなったのかはわからない。多分、みんな殺されただろうなって、ずっと思ってた。
そのあとシノンに出会って、一目惚れして、久しぶりに気持ちが高ぶったんだ。もう、嬉しくてさ。自分が、恋をしてるんだって思ったら、さ。
……今ではもう、私はあの国には帰れない。ラトス皇国の皇子様に会うって聞いた時は、もう、緊張してたよ。なんとか乗り越えられたけど、まあ、シノンがいてくれたから、不安なんてなかったのかも、ね。
シノンは私の過去の話を、全く動じずに、黙って聞いていた。
急に寂しさが込み上げてきて、また涙を流す。そんな私を、シノンはまた抱いてくれた。……暖かい。落ち着くなあ……。
「なるほどね。何かあるとは思ってたけど、そんなことだったか……辛かったんだな」
「……いーや、さっきも言ったけど、シノンがいてくれたから、不安なんてなかったんだ。信頼のできる人が、エジルやライズ、それにマガネス師以外にもできたって、それだけで嬉しくて」
嬉しくてまた気持ちが高ぶっていると、それと、とシノンが切り出す。
「虹目、って言うのは、これまた奇遇だな。俺もなんだよ」
「は?」
いつの間にか、シノンの左目が美しい虹色になっていた。
それはまるで、パールのような、多種多様な色が見えたり見えなかったり……こんな綺麗な目は、同じ虹目でも見たことがなかった。
「お前、それは、片目か?」
「ああ。面白いだろ? 才を持つ子でありレイヴァであり、更には虹目でもある。こんなケースは滅多にないって、ロウが言ってたな」
「そ、そりゃあそうだろ! シャラストだけでも珍しいのに、それがレイヴァともなればなおさら! しかも片目だぞ!? 激レアなこと極まりない!」
シノンは力なく笑い、そのままどこかを見つめた。
虹目、とは、簡単に言えばレイヴァの親戚という別名も持つ戦闘民族だ。レイヴァとは対照的な性格の者が多く、凶暴で更にかなり好戦的で、周りにあるものを破壊し歩く種族だ。
目という器官そのものに魔力が宿っており、その血縁でしか生まれない一つの種族である。
中には集団を作って町や村を全滅させることだってある。もちろん戦闘能力は高く、目の色を虹色にすることで通常の時よりも力が最大十倍以上にも上がる。
中でも片目なんて、全体の千分の一ほどしか存在しないレアモノだ。だが、力を飛躍的に上げるのは目の力であるため、片目しかない虹目は、人間にも虹目にも差別されるし、普通の虹目の半分しか力が出せない。つまりは最大五倍ほどの力までだ。
虹目なんて仲間同士でも、知らなければ誰が虹目であるかなんて互いにわからない。
私のことは、初めてリリーズ王国に渡った時、船の中でロウさんに見抜かれた。なんでわかったんだろうか?
それをシノンに聞いてみたら、
「……その時の事は覚えてないけど、俺はかなり酔って、結構騒いでたんだろ? それで、力がうまくコントロール出来ないのなら、お前が混乱して興奮したために、無意識のうちに目が虹色になってたんじゃないか? 当時船員たちの視線はみんな俺に向いてたんだろうし、それに気づいたロウが俺をその場から退場させるついで、カルナもそこから退場させたんだな。それを他の奴らに見られたら、確実にみんな騒ぐんだろうし」
と言われた。まあ、そうだよな……。
「まあ、カルナが自分の過去を話してくれたんだ。俺も話すかな、過去。記憶は曖昧だけど、色々と断片的に思い出してきてるし」
「? 記憶が、曖昧?」
「そう。俺が、ロウと出会う前の記憶が、な。その後にも色々とあったけど、まあ、聞いてくれよ」
そう言って、シノンは楽しそうに耳をぴくぴくと動かした。
2018年9月19日、修正しました。