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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第2章、調査開始
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鎖と黒髪の猫人

 明日、また旅に出る。

 シノンと私はすでに準備を調えて、明日の早朝には出発ができる状態だった。今回の目的地は北の、二国からなる島国だ。そのうちの南側、ザン王国。

 とりあえずは地図の左上、北西の方から順番に色々と調べていこうということになっている。シノンは情報集めは得意で、やり方は教えてはくれないのだが調べ物は大の得意だと言う。

 だからこそ、団長さんはシノンに、空の使い(クヤイ)たちについて調べるよう頼んだのだと思う。

 一番北西には私の故郷であるダンジル王国があるのだが、事情があって今はまだ行きたくないので、シノンに頼んで一旦パスしてもらったのだ。

 シノンは優しかった。私が行きたくないとひと言頼んだだけで、何も訊かずにうなずいてくれた。

 で、今は街からの買い物の帰りで、散歩がてら近くの丘に登って景色を堪能していた。川の向こう側に王都の景色が良く見え、更に遠くには海が見える。

 中央にある大きな木のすぐ脇に座って、黙ったまましばらくそこにいた。

 空は晴れ渡り、風が気持ちいい。春のなま暖かい風が私の頬を撫でた時、シノンが急に立ち上がった。

 双剣を取り出して、周囲を見回す。


「……どうした?」

「座ってろ」


 短く答えると、シノンは一歩、二歩と前に出る。周囲への警戒を一切怠らず、盛んに頭の耳を動かしている。周りの音を聞いているのだろう。

 しばらくそんな雰囲気が続いたが、やがてシノンが急に動き出した。目の前に飛んできた何かを弾いたのだ。

 上に飛んだその何かを見て、私はまず意外に思った。シノンに向かって飛んできていたのが、鎖だったからだ。


「っ……誰だ!」


 鎖が飛んできた方向に剣の切っ先を向け、シノンは叫んだ。

 すると、茂みの中から黒ずくめの青年が現れた。その時、私は固まってしまった。

 なぜなら現れたのが、黒髪の獣人だったからだ。猫耳を持ち、猫の尻尾もある。細く、そして鋭い赤目に黒をベースにした赤ラインの入ったボロボロの服。そして癖毛のあるボサボサの黒い髪。

 その時、青年がニヤッと笑ったと思ったらいきなり姿を消し、その刹那、金属同士がぶつかる音がしてシノンのいた方向を向く。


「っ! シノン!?」

「待てっ! 来るな!」


 私は立ち上がって叫ぶが、シノンに止められた。青年は手に大きな鎌を持っており、それをシノンに攻撃したところ、彼が剣で受け止めた、と言ったところか。

 シノン、あの動きが見えていたのか……?


「いいねえいいねえ! にいちャん、動きがアイツと同じだよォ! でもね、俺の動きについてこれてない。すなわち、お前はアイツじャない」

「なんの、ことだっ!」


 シノンが剣を思い切り突き出すと、青年は後ろに飛び、一回転してから地面に着地した。


「ヘェ。いいじャんいいじャん? やッぱ似てるよォ! どうやら、お前なら俺を楽しませてくれそうだ、なッ!」

「っ!?」


 右手を正面に突き出すと、先ほどのような鎖が出てきて、シノンに襲いかかった。シノンはそれを弾いたが、青年に距離を詰められ、思い切り腹を殴られて吹き飛び、後ろの木にぶつかる。


「がはっ!」

「シノン! 大丈夫か!?」


 シノンに駆け寄って、私は彼の横に座る。


「……いってて……」


 シノンは、腹の痛みがないかのように立ち上がり、後頭部をさする。


「え、シノン?」

「……腹は魔力集中で防御したから平気だ。ただ頭は……な。いっつつ……」


 痛がりながらも私の疑問に答えてくれるシノン。……なんだかよくわからないが、大丈夫なようだ。良かった……。


「おお、おお、おお! いいねェいいねェ!! 思ッた通りだァ! さあ、やろうぜにいちャん!」


 再び鎌を持ち、青年はシノンに襲いかかる。シノンも前に出て、私から距離を取った。私も立ち上がり、シノンたちの戦いを見守る。それしか、私にはできなかった。

 あの青年は、やはり空の使い(クヤイ)だろうか。いや、それにしては他の空の使いとは例外すぎる。団長さんによると、今のところ全員性格が同じで、物静かで落ち着いている、おとなしい性格だと言っていた。

 しかしあの青年は全くの逆である。かなり好戦的で、落ち着きがない。それに、他の空の使いと違って、かなりの戦闘力を持っている。他にはこんな戦闘力はないはずだ。


「『金属連続攻撃メタル・ラッシュ』!!」

「シノンっ!!」


 青年がそう叫んだ瞬間、たくさんの金属の破片がシノン目がけて飛び、彼の体全体に傷をつけていった。


「『破片貫通ディブリーズ・トゥルー』!!」

「っ!?」


 青年の周り――何もない空中――から金属の破片が飛び出し、シノンの左足の太股を貫通する。私はシノンの元へ行こうとしたが、シノンは片膝をつき、来るなと叫ぶ。

 私は反射的に立ち止まり、体中に力が入った。

 更に追い打ちをかけるように、青年はニヤニヤしながら二本の金属の破片を、シノンに飛ばす。

 一本はシノンが躱したので、右頬を掠って中央に刺さるのを防いだ。もう一本は、躱しきれずに脇腹に刺さった。


「っ!」


 シノンは咳き込み、口から血を吐いた。

 私はもう耐えきれなくなり、シノンの前に走る。そして、彼を庇うようにして青年とシノンの間に立った。


「カルナ! に、げろ!!」

「嫌だ!」

「なら、そこを退くんだ! 物理魔法は念力魔法が使えないと対抗できない!」

「なら、私にお前を見捨てろと!?」

「見捨ててもらっても構わないから、とにかくどけ! ……いや、こっちに来い!」


 振り返ると、シノンは剣を支えにして立ち上がろうとしていた。

 そしてシノンが左手を前に出すと、体が浮くのを感じた。……え?


「うわっ!? なっ………!?」


 ふわふわと体が一メートルほど浮かび、シノンの後ろへと運ばれた。そのあとにシノンは私を振り返り、サニーズのバッジを投げ渡してきた。私はそれをキャッチし、再びシノンを見る。


「転移、サニーズ、と叫べ。半径、三メートル以内なら、一緒に転移、させられる、から……!」

「おおッと、そうはさせるかッ!」

「て、転移、サニーズ!!」


 考えている暇はないと思い、私は慌ててそう叫ぶ。すると視界の先は白い光に包まれ、あっという間にサニーズの待合室に到着した。

 ドサッ……と、何かが倒れる音がして、周りがざわめく。

 はっとして、私は床を見る。……シノンが、血まみれで倒れていた。


「っ! シノン!?」

「うぇ!? ど、どしたの!?」

「だ、団長さん! シノンが……!」


 良かった、ちょうど団長さんが待合室にいた……!

 団長さんはこちらに駆け寄ってきて、シノンを抱え上げた。団員に清潔な布と水を急いで持ってくるように命令して、シノンの傷をさっと診る。

 シノンはぐったりとして、全く反応がなかった。

 私は座り込んで、シノンの頬を叩く。そんな……反応が、ない……嘘、でしょ……?

 団長さんが一度シノンを床に寝かせて、団員に持ってこさせた布を湿らせて水で傷を洗ってから、脇腹と足の、大きな傷の出血を止めた。慣れた手つきだ。

 応急処置を終えると、今度は脈を取り始めた。冷や汗をかきながら、私はそれをじっと見つめる。


「……! 良かった! まだ息はあるよ!」

「ほ、本当ですか!?」

「急いで、担架! 君は人払いを」


 二人の団員がきびきびと動き、一人は担架を取りに走り、もう一人は人払いを始める。

 良かった……まだ、生きてた……!


「でも、まだ油断はできない。高熱も出るだろうし、何より傷が深い。しばらくは目を覚まさないと思う」

「そう、ですよね……でも、生きててくれただけで、良かったです……」


 団長さんは私に笑いかけて、優しく言った。


「大丈夫だ。シノンはボクたちが絶対に助けるから、ね?」

「はい。よろしく、お願いします……」


 団長さんは力強くうなずき、駆けつけてきた副団長さんとともにシノンを担架に乗せる。私もついて行き、シノンは治療室でちゃんとした手当を受けた。

 サニーズには怪我人をすぐに手当できるよう、しっかりとした医療設備もある。ちゃんとした医者もいるし、ギルドでの入院生活ができる。すぐ近くには冒険者の訓練用の為に迷宮区があるので、街がないからだ。

 シノンのような魔術師には回復魔法が効かないので、人の手で手当をするしかない。

 シノンが手当を受けているその間、カーテン越しに彼の叫び声が響く。……傷を縫っているのだ。深い傷の口に、熱せられた針を通すのだから、痛いのは当たり前だ。

 私はそれを、苦い思いで聞いていた。ひたすら、頑張れ、と心の中でシノンに言っていた。




 やがて叫び声が止み、カーテンの中から団長さんが汗まみれで出てきた。

 ぶはぁー、と派手にため息をつき、私に笑顔を見せる。


「命に別状はないよ。後遺症も、シノンなら残らないって」

「そうですか……! 良かった……本当に、ありがとうございます!」


 私は団長さんに頭を下げて、涙をぽろぽろ流した。もう、止められるはずがないだろう。

 肩に触れられて頭をあげると、団長さんに頭を抱えられた。


「よく頑張ったね。お疲れさん」

「はい……でも、良かった……」

「ただね、今はちょっとこの中は見せられないから、明日またお見舞いに来てよ。旅立ちは明日では無理そうだから、とりあえず今日もここに泊まっていきな」

「え、どういうことですか?」

「うーん、見たら結構ショックを受けるよ。相当な覚悟が必要だ。ボクはオススメしない。いや、ダメ、絶対」


 なんだかよくわからなかったが、団長さんがそういうのなら……仕方がない。やめておこう。




 翌日、私は早起きしてシノンのいる医務室に向かった。扉を開くと、医務室管理のライムに迎えられた。

 ライムは私と同じ歳の女の子で、医術系専門の知識と技術を持っている。そこは少しライズに似ているかな。


「や、カルナ。シノンはそこだよ」


 奥で唯一カーテンの閉まっている寝台を指さし、私は彼女に礼を言ってその寝台に歩み寄ってカーテンを開ける。

 シノンは、目元に白い布を被せられて、静かに寝息を立てている。いや、少しだけ荒い、かな? 右頬には大きな絆創膏を貼られているのが見えた。

 脇に置いてあった椅子に座り、そっと、顔に載っている布を外してみる。あ、少し湿ってるな。

 顔が赤く、時々咳き込んでいた。風邪か?


「ああ、熱は薬で少し下がってるけど、さすがに風邪の症状は抑えられなかった。まあ、大丈夫だよ」

「そ、そうか。わかった」


 脇に置いてあった桶に目を移し、ライムに問うた。


「この水に布を浸して、載せているのか?」

「うん。そうだよ。あ、看病がてら、カルナが布を変えてやんなよ。シノン、起きたら喜ぶんじゃない?」

「は、はあ? そんなわけ、ないでしょ……」


 私は顔が熱くなるのを感じた。しかし、本当にシノンがそんなことで喜ぶわけないと思った。なにせ、私は今回も何もできなかった。結局シノンが傷を負った時だって、ただ傍観していただけだ。

 シノンとあの青年の間に立ち塞がった時だって、結局シノンを困らせた。自分の無力さが悔しくて、私は拳を握る。

 ライムはそんな私を見つめ、ため息をついて呆れたように呟いた。


「まあ、そばにいてやんなよ。何があったかは多分団長が聞くんだろうし、話してくれなくても良いけどさ、あんたは守られていていいと思うよ? シノンは、君のことを何よりも大事にしてる様子だったし」

「え? ……シノンが?」


 ライムはくすりと笑い、そのまま去ってしまった。

 私は、守られていていい? ……いや、私はそう思わない。シノンは今まで、私のせいで怪我をすることは多かった。でも、私が見ていた限りでは今回ほどの傷を負ったのは初めてだ。

 シノンに申し訳がなくて、どうしても頭が上がらない。シノンが起きたら、ちゃんと自分の言葉で一番に謝りたい。だからここを離れる気はない。

 でも、起きた瞬間にシノンに冷たい態度を取られたりでもしたら、二度とシノンと関わることがなくなるのではないだろうか。と、そんな大袈裟な考えが頭を横切る。

 大袈裟だとわかっていても、その考えが頭から離れない。

 今回ばかりは、本当に怖かった。もしもシノンが死んだら、私はどうしようかと。とにかく、怖くて仕方がなかった。

 あの青年の不敵な笑み、そして、シノンをも圧倒する異常な戦闘能力。私には到底敵わない。

 そんなことを考えながらしばらく経つと、肩を持たれ、私は後ろを振り返った。


「だ、団長さん……」

「そんなに落ち込まないでよ。何があったのか、話してくれるかい?」

「……はい」


 それから私は、買い物の帰りに起こった出来事をすべて話した。謎の青年が現れたこと、物理魔法でシノンを圧倒していたこと。団長さんは黙って聞いていた。

 やがて話し終わると団長さんは、うーん、と唸る。


「今のところその青年からの襲撃……いや、追撃とかはないけど、警戒しておくことに越したことはないね。もしかしたら、追ってくるかもしれない」

「でも、シノンのことは知らないようでした。ただ、強い人と戦うのが好きみたいで、ずっとアイツアイツって……」

「うー、アイツってのが誰かはわからないけど、もしかしたらその青年も、空の使い(クヤイ)かもね。調査団を……いや、駄目だ。シノンを倒したんだ。調査団なんて何人いたって無理かもしれない。必ず犠牲者が出る。とりあえずこの件は、全王さまに報告することにするよ。カルナは引き続き、シノンの看病をよろしくね」


 そう言って微笑むと、団長さんは部屋から出ていった。


「それにしても、酷いよね。こんなになるまで傷つけるなんて。多分そいつは、シノンをオモチャにしてたんだ。許せない」

「………そう、だな」

「カルナも怖かっただろうに。よく無事で帰ってきてくれたね」


 ライムは私に、そう優しく言ってくれた。


「……うん……ありがとう……」


 今の私は、ただそう呟くのが精一杯だった。

2018年9月19日、修正しました。

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