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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第12章、大切なものの名前
137/138

137、養父と養父

 エジルの病状は悪化するばかりだった。喉が痛むらしく、呼吸も弱くなっている。

 指文字を使っての会話も減り、カルナの精神的な疲れも出てきている。

 そして、そんな中……


「…………」

「…………」

「……なんで」

「ん?」

「なんで、あんたがここに?」

「いや、カルナちゃんってリアナんとこの子のお父さん……つまりエジルが病気だって聞いたから、様子みてきてーって言われたのよ」

「……団長、耳が早いな」


 目の前にいるのは、明るい笑顔を浮かべた若い女……リアナの姉にして、コペル王国ギルドの団長である、リアス。

 右目には眼帯をつけており、リアナと同じ茶髪を持つ顔立ちの整った女である。

 どのようにして情報を手に入れたかは知らないが、リアナはエジル――カルナの養父が病に倒れたということを知ったらしい。

 リアナは違う大陸にいるので、とてもシノンのように一日……どころか一瞬では来れない。ましてや、毎日が団長としての仕事で忙しいのだ。

 副団長のニスにそこらの仕事を投げてどこかに出かけようとしたことがあったが、それは全てシノンやニスを初めとしたギルド職員達によって止められている。

 今回は空の使い(クヤイ)に関することの仕事で手一杯なのだろう、近くにいる姉に頼んで大人しくレラン王国のギルドに残っているようだ。

 ともあれ、こうして自分よりも圧倒的に距離が近いリアスがこちらに赴いたのだ。

 そして、なぜ彼女がこの場所を知っているかと言うと、エジルがギルドシャインの所属だったからだ。団長であるリアスともそれなりに親しい仲にあり、緊急な連絡があってもエジルがどこにいるのか把握できるようにと知らされていたのだ。

 エジルは元軍人だ。そのため、その時の経験を冒険者稼業で活かし、Bランクという高ランクを持っている。そのためリアスからの信頼もそれなりにあった。


「……まあ、せっかく来たんだから上がってくれよ。……俺の家じゃないが」

「ははっ、ありがと」


 笑みを浮かべて言ってくるリアス。

 その笑みは、リアナのように天然で子供じみたものではなく、少し大人のものだった。……もっとも、姉妹揃って童顔なためどうしても完全な大人には見えないのだが。

 ともあれ、シノンはリアスを伴ってツリーハウスに入り、眠っているエジルに付き添っているカルナがいる部屋へと案内する。


「……カルナ」


 小さく声をかけ、後ろを振り返らないままうなずいたカルナを確認してリアスを招き入れる。リアスのことは気配で確認していたらしく、隣に座ったリアスに向かって小さく話しかけた。


「……お久しぶりです」

「うん、久しぶり」


 リアスも、いつもの人懐っこい笑みは消し、ベッドで眠っているエジルを見つめる。

 シノンはその後、頭の耳をピクリと動かして、再び外へ出て行った。


「……大変だったね」

「うっ……」


 小さく声を上げながら、カルナは泣き出す。両手で顔を覆い、嗚咽を漏らしながら。将軍として国にいた時も、エジルは自分に親しく接してきてくれていたのだ。今は、国から出奔しなくてはならなかった理由がいまいちわからなかった、幼い自分をここまで生き残らせてくれた恩人で、第二の父親だ。

 その父親が助からないと理解しているからこそ、悲しく、また後悔が押し寄せてくる。

 もし、自分に戦う力があり、自分を守れるだけの力があったら。そう思うと、ここまで旅をして、命の危険に晒されることも、こうして病に罹らなくて済んだかも知れないのに、と思ってしまう。

 だが、癌というのは基本的には遺伝であり、特に今回の病は国を跨いでの旅はほとんど影響していなかったりする。だがカルナがそれを知るはずもなく、ただただ悲しみが膨れ上がるばかりだ。いずれにしても、エジルは死ぬ。それだけが事実だ。

 それをわかっているからこそ、カルナは、もっとエジルと話をしておけば良かったのかと、もっと傍にいれば良かったのかと、ただただ迷う。

 だが、それも仕方のない事なのだ。

 未来のことなど、身近の者が病に罹ることなど、誰が予想できるだろうか。それこそ、体の中を覗ける者がいたとしても、その前触れがわからなくては結局予測はできたことにならない。ライズは医者だが、それでも体の中を覗くなどということはできない。

 この世界の病に関する情報はあまり出回っていない。……いや、魔法に頼りすぎているということもあり、知識に疎いのだ。魔法が発達する前は、人々はそれなりに病の知識を持っており、今より治せる病は多かった。

 しかし今では魔法に頼りすぎて、医療の知識は傷の手当てをすることくらいで、軽い病はともかく重い病に関する博識はほとんどないに等しい。

 ……まあ、ずっと……それこそ魔法が人々に伝わるよりずっと前から生きていたシノンは病に関する知識はあるが、どうやっても治せない病はたくさんあることも知っている。

 それこそ命属性を使っても駄目なものは駄目だ。

 この世界には魔力や魔素が存在している。すなわち、病原菌にも魔力に対する耐性のようなものが生まれるのだ。もちろんそういった類の物がないものも存在する。だが、人の回復魔法を受け取って余計に腫瘍や菌が成長し、活性化し、体を蝕むものも多いのだ。

 エジルの癌も、それらに値する。

 命属性を使っての回復魔法をかけても、苦しみを与えるだけで静かに逝かせてやることはできなくなる。命を長引かせることはできても、やはり長く、今よりも苦しませるだけだった。


「……すいません……」

「いいよ。好きなだけ、泣くといいさ」


 驚くことに、数時間も泣いていたカルナ。リアスに対して小さく謝るカルナだったが、リアスはもっと泣けと促す。だが、カルナは首を横に振って口を開いた。


「いえ、大丈夫です。だいぶ、落ち着きました」

「そっか。なら、いいんだけど。……にしても、長く生きてるシノンでも駄目、か」

「魔力に耐性のある病気なんだそうです。そういう病気には回復魔法が効かないし、むしろ病の進行を促してしまうので、患者が苦しくなるだけなんだと、シノンは言ってました」

「……なるほどね。そんな病気もあるっていうのは聞いたことあるよ」


 リアスは腕を組んでそう呟く。彼女はシノンが″才を持つ子(シャラスト)″だということを知っている。……というか、″白の魔術師″シノンを知る者は彼が″才を持つ子(シャラスト)″であるということは知っているだろう。

 リアスも当然、一国のギルド団長をやっていればそこらの事情くらいは把握している。

 そして、正確にはわからないが、彼が自分達よりも遥かに長い間生きているということも、しっかりと把握している。

 そんな彼でも、治せない病。

 本職の医者でも病は進行しすぎて治らないと言っているのだから、諦めざるを得ない状況だった。

 それでも何とかしたい、父親の命を助けたいと思うのは、カルナにとっても仕方のない事だった。


「……?」


 不意に、リアスが外の音に意識を集中し始めた。そして、うつむいていたカルナもまた聞き耳を立てて外の音を聞き始める。


「……戦闘音?」


 慌ててカルナは立ち上がり、リアスもまたカルナと共に玄関から外を覗く。すると、そこに見えた景色は、カルナにとって驚愕の事実だった。

 ……家の中でもわずかに聞こえていた、戦闘音。ただ事ではないとはわかっていたが、目の前の光景はあまりにも酷だった。


「ロウさんっ!? なんで……!?」


 そう。

 戦闘を繰り広げていたのは、ロウと、シノンだった。それも、模擬戦などの類ではなく、本気の殺し合いだ。


「知り合い……?」


 リアスが、恐る恐るといった感じで問いかける。


「……シノンの、私にとってのエジルと同じ、養父です」

「っ……! ″槍の王″か!」


 リアスは、シノン――……″白の魔術師″の父親と聞いて、ロウの異名である″槍の王″の名を呟く。

 その異名は、名前の通り槍の達人であることから名づけられた。″白の魔術師″を育てたことでも有名であり、何より槍の戦闘では誰も勝てたことがなかったことで、王という名をつけられた。

 ロウは王の名に相応しい槍……短槍の腕と経験を持っている。そんな相手に、いくらシノンと言えど勝てるのか? そんな疑問を持ってしまう。

 ロウもシノンと同じ″才を持つ子(シャラスト)″であり、リアスはこの時、シノンよりもロウの方が長生きしていると勘違いをしていた。

 だが、それも仕方がなかった。記憶を失ったシノンは、自分が聖族で、他のどの人類よりも長生きしていることを忘れていた。だからこそ、ロウの息子などというポジションを取っていたのだから。

 しかし、今のシノンは聖族としての自分を思い出すことができ、聖魔力サクリスを回復させたはいいものの、まだ完全ではない。

 聖魔力サクリスを回復させたと言っても、それに体が慣れていないというのがある。長寿であるが故の弊害は、傷や体力の類が治りにくいということだった。シノンの場合はこれ以上成長しないのだが、長寿であることに変わりはない。

 聖族とて完璧ではないのだ。体の中では時間が経つのが遅いと考えれば、傷や体力が回復するまでの時間が長くても何ら不思議ではないということがほとんどなのだ。

 そういうわけで、シノンは聖族としての力を取り戻しつつも、まだ完璧ではないということなのだ。

 ロウは天才の中の天才だ。シノンも才能には決して負けていない……むしろ(まさ)っているだけの才能と経験、そして能力はあるはずなのだが、人という生き物は殺したくない相手には決して本気を出さない。

 ……もっとも、本気でやらなければ殺されるとわかっているなら、本気を出さざるを得ないだろうが。

 だが、そういった場合は攻撃を……特に急所を狙うような真似はしない。実際、ロウに関しても、シノンの急所は狙わないでいる。……というのも、傷つければ死ぬ場所は狙っていない、ということなのだが。

 薙ぎ、突き、振り下ろし、叩く。

 シノンも、両手に持つ双剣で防ぎ、牽制のカウンターを放って対処法を探していた。だが、ロウが何のためにこんなことをしているのか理解できず、ただ防御と牽制に専念していた。


「シノン! ロウさん! やめて!!」


 カルナが叫ぶが、ロウは一向に攻撃をやめる様子はない。彼女とリアスにはわからなかったが、ロウの目には意思の類が存在していない。光が、ないのだ。

 シノンはそれに気づいており、気づいているからこそ、どうしたら良いか考えるのだ。茂みの中には気配がもう一つ。だが、そこには殺気のようなものはなく、こちらの隙を伺っているわけでもなさそうなのだ。

 つまり、そいつがロウに何かをしたのだろうと、誰かがロウに暗示の類をかけたのだろうと、そう判断していた。

 小柄で華奢な体格をしているシノンは、大柄でもないが小柄でも決してない男性であるロウに上から攻撃を仕掛けられ続けるのは面白くない。そこで、別の相手を頼ることにする。


水狼(エクロス)!』


 ロウの攻撃を捌きながら、自らの従魔であり分身体である水狼へと、《念話テレパシー》で一言命じる。すると……


『御意』


 即座に、そんな声が脳内に響く。

 すると次の瞬間には茂みの中から男の悲鳴が響き、消えた。


『白夜、極夜!!』


 もう二匹の従魔、そして分身体である二匹の名を呼び、自分は攻撃を防ぎながら素早くその場を離脱した。すると次の瞬間には、シノンを追おうとしていたロウの体は体長二メートル以上の九尾――白夜に押さえつけられ、勢いよく離脱したシノンの体を、体長三メートルの雷鳥(サンダーバード)――極夜が受け止める。


「ぐっ……!」


 始めて、ロウが声を上げた。白夜の足によって背中を押さえつけられ、うつぶせに倒れているロウは特に動く様子はなく、大人しくしている。

 攻撃を躱しながらの離脱だったためにバランスを整えられず極夜に受け止められたシノンは、立ち上がってロウへと歩み寄る。

 カルナとリアスも下に降りてきており、心配そうな顔をしてシノンに駆け寄ってきた。


「シノン! 大丈夫!?」

「ああ。大丈夫だ。……義父さん」


 静かに養父を呼ぶシノン。数年ぶりに姿を現したと思ったら、街に行こうと言ってきた。正直、カルナとエジルが気がかりであまり気分が乗らなかったのだが、ロウが何か考えているのだと察したシノンは、敢えてロウと共に街へ繰り出した。そろそろ暗くなりそうだった頃まで話をして、散策をして、食べ物を食べたりとしていたのでそれなりに楽しめたシノンだったが、胸の内にあったわだかまりのせいで心の底から楽しむことはできなかった。

 レイヴァというのは、相手の感情に対し非常に敏感な種族だ。

 ロウが自分に対して何かをしようとしていたのは、なんとなく察していた。彼も長命種族で、長い間を生きている。自分の感情を押し殺すことくらいはできる。だが、さすがにシノンまでは誤魔化せなかったらしい。


「……久しぶりだな、シノン」

「だいたい察してる。放しても危険はないか?」


 白夜に押さえつけられたまま、声を出すロウ。その目は正気になっており、しっかりと話ができる状態だった。……だが、シノンの問いかけに対し、ロウは首を横に振る。


「……すまないな。俺のせいで、こんなことになって。……俺を殺せ、シノン」


 槍を捨て、真剣なまなざしでそう告げるのだった。

更新が大変遅くなりました。次からは頑張ります……

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