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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第12章、大切なものの名前
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136、暗黒大戦と暗闇戦争

見直しが大変になってきた……

 カルナの拳が振り下ろされた時、シノンの手がそれを抑える。


「落ち着け、カルナ」

「っ? シノン……?」


 雰囲気がシノンのものになった時、一瞬だが怒気が治まった。だが、すぐに思い至って不愉快そうに眉を顰めた。この時、自らの感情を再び爆発させないあたり、弁えているのだろう。

 そして、カルナが不愉快そうに眉を顰めた理由は、シノン……いや、スイにあった。


「ねえ……本当にいい加減にしてくれない?」

「ん? どうした?」


 心底不思議だ。そんな顔をしながら首を傾げるスイだが、カルナには、今表にいるのはスイだとはっきりわかっていた。

 なぜなら、カルナが拳を振り下ろす直前まではスイだったのだ。いくらシノンとはいえ、眠りから覚めてすぐにはカルナの拳を止めた上で自分が落ち着いたまま、相手に対して落ち着けとは言えないだろう。

 彼には、スイが表に出ている間の記憶はないのだから。

 それに、カルナにも気づかせないほどの演技力をスイは持っている。雰囲気がシノンのものに戻ったとしても、今回ばかりは明らかだった。


「ほう……まあ、少しは落ち着いただろう?」


 再びスイが出てくる。

 カルナは尚もスイを睨みつけながら、取り乱していた自分を恥じてゆっくりと拳を元に戻す。


「それで……今回私に自分のことを話したってことは、何かあるんじゃないの?」

「お、よくわかったな。これは一応シノンのやつも了承済みだ。ゼロにならいいが、これはアルファ達にも、兄さんや姉さん達にも、言ってはいけない」

「どうして?」

「あいつが言いたがらないのさ。多重人格……いや、二つ以上の魂を同じ体に宿してんのは、俺達だけだからな」

「え……話したところで、何かあるの?」

「ああ、ある。まず一番の理由は、イチ兄が他種族を認めていない。というか、恨んですらいる。恋人レイアルならまだしも、大事な弟の身体に俺みたいなのが宿っていたら……と思うと、言い出せなかったんだろうな。で、俺の場合はあいつの意思に従うまでだ」


 淡々と語るスイだが、その瞳にはどこか心配するかのような光が浮かんでいた。


「で、今回お前に俺のことを話そうと思ったのは……シノンが、な」


 どこか渋っている様子を見せるスイ。

 実体がなくシノンの顔をしていて、中身は性格があまり合いそうにない別人というだけで、カルナにとって少しやりづらい相手だった。

 だが、好奇心が刺激されてスイが言おうとしている事というのは気になる。故に、彼に話を促す。


「もったいぶらないで言って。気になるじゃん」

「ああ……そうだな、今回伝えたかったのは、あいつの精神が不安定になっている事からだな」

「シノンの精神が不安定?」


 意外な言葉に、カルナも思わず言葉を返す。

 スイは真面目な顔をしてうなずき、さらに続けた。


「ああ。ほら、こないだ山ん中でお前らを聖族とするために、ちっさい儀式とも言えねえ何かをやっただろ?」

「……うん。それが、どうかしたの?」

「あの時、お前の時もゼロの時もこの体が暴走しかけたろ。あれは、人間の血と俺の魂……あるいは人魚族の血の相性が悪かったからなんだ。まあ今はどうでもいいとして……原因の一つは、やっぱりあの儀式だ」

「え?」


 カルナは呆然と呟く。スイもわかる、と言いたげにうなずくと、また続ける。


「あの儀式を二度もやってしまえばな。まあ、儀式と言えるほど神聖なもんじゃないが、それでも色々とあるんだよ」

「……よくわかんないけど、なんで?」

「体の暴走だ。正確に言えば魔力の暴走なんだが、今も魔力が暴れ出さねえように俺がなんとか抑えてる。それのせいで、俺はともかくあいつの精神に影響しちまうんだ」

「な、なる、ほど……ていうか、それはわかったけど、原因の一つは、って言ったよね? 他にもあるの?」


 数秒ほど沈黙した後、カルナは気になることを順番に問う。


「ああ、ある。だが、これは……いや、言った方がいい、か?」


 質問ばかり返してくるカルナに少しの間スイは顎に手を当てて何かを考えていたが、やがて決心したかのようにうなずくと、更に真剣な眼差しをカルナへと向けた。


「あいつの精神が不安定になっている一番の原因は……やっぱり、暗黒大戦が近いからだろうな」

「暗黒大戦……?」


 聞き覚えのない単語に、カルナは首を傾げた。だが、その疑問はすぐにスイによって解決される。


「お前達で言う、暗闇戦争さ」

「なっ!?」


 カルナは驚きの声をあげる。

 暗闇戦争と言えば、一万年前に起こった大戦争だ。ただしそれは人間の争いではなく、暗闇神グリース・ダグ率いる闇族によって引き起こされる巨大な戦いである。

 空は闇――分厚い雲――に覆われ、太陽の恵みはほとんどなくなり気温は下がる。戦争が続いたのは、10年以上。そして作物の類や水までもがほとんど枯れ、その時の人口は驚くほどまでに減ったという。

 戦争が終わった後でも完全に復旧するのに数十年以上かかったらしい。

 そして、その時戦争を治めた英雄として語られているのが、20人の男女……即ち、聖神とも呼ばれるシノンたち20人の兄弟姉妹たちである。

 本当は異母兄弟なのだが、それでも伝説には同じ親から生まれた兄弟とある。

 本来ならば子供たちが悪い子として育たないようにするために神話伝説として語られている出来事なのだが、聖族という存在を知ってからカルナはこれが事実だったと認識している。


「まさか……また、そんな戦争が起こるっていうの?」

「ああ。暗黒大戦は聖神でも止めらんねえ。本当なら10万年は間が開くんだがな、何故か今回は異常に早いんだよ。シノンの奴、お前達のいる世界を守るために色々と考えてるんだよ。ここの所研究室に籠ってたのも、それが理由さ」

「そんな……」


 カルナとしては、精神的疲労を覚えるまで休まずに活動していなくても……という思いがあった。

 シノンはカルナや他の仲間達と出会ってから、ある意味で救われていた。そのため、それほどに愛着のなかったこの世界に再び愛情が湧いてきたのだ。そういう考え方だと、シノンもカルナやゼロに似ているのかも知れない。

 こここそが、この世界こそが、自分たちの守るべき、あるいは護るべき世界なのだと、仲間達のお陰で再認識することが出来た。

 そういう意味では、シノンにとって仲間とは感謝すべき、そして守るべき対象以外の何者でもなかった。

 そういう所が、レイヴァの特徴であり、今まで悲惨な人生を歩んできたシノンの、世界に対するせめてもの恩返し、あるいは仕返しなのかもしれない。

 シノンの過去をあまり詳しくは知らないカルナにとっても、それはだいたい想像することが出来た。

 だからこそ、これ以外に何も言えない。


「ただ……今回シノンに承諾を得たのは俺の存在を明かすということだけだ。俺が本当にお前に伝えたかったのは、シノンの現状……というべきか? まあ、そんな所だ。気づかれないようにしているつもりなんだろうが、同じ身体に宿っている()には誤魔化せねえんだし。……どうか、あいつのことも、さり気なくでいい。気にかけてやってほしい。今のお前に頼むのも、何だかちょっとあれだけど」

「ううん、教えてくれてありがとう。私、気づかなかったし」

「あははは。ま、そうだろうな。一応、シノンには内緒な。ちなみに、明日の朝までは人格は俺のままだから、何かあったら言ってくれ」

「う、うん。わかったよ」


 スイは小さく微笑むと、シノンに対する意地悪としてチーズを催促したが、それはシノンがどれだけチーズを好んでいるのか知っているカルナによって全力で阻止されるのだった。





「あ? 暗黒大戦について聞きたい?」

「うん。シノンだったら、どうせ教えてくれないだろうし」


 現在の時刻は昼。ライズが急いで街へと食材の買出しに行き、急いで帰ってきて作ってもらった昼食を食べた後は、カルナは少しエジルの看病をして再び自分たちにあてがわれた部屋へと戻ってきていた。

 スイはシノンが所持している本を読んでいたので、カルナはこれ幸いと話しかけ、一万年前に起こった大戦争――暗黒大戦について話を聞こうとしていたのだ。理由は、彼女が口にした通り。

 それが、今のスイの反応。


「あー……まあ、俺としては構わないんだが。けど、絶対あいつには言うなよ? ……ま、出来れば、という範囲内でいいけど。結果的に怒られるのは俺なんだからよ」

「わかったよ。……いや、わかってる」

「何故言い換えた、何故」


 大事なことなので二回言いました、とでも言いたげなカルナに対し、軽くスイが突っ込む。

 だが数秒と経たずに諦めたかのようなため息を吐き、わかったとでも言いたげにうなずく。


「暗黒大戦。結論から言えば、聖族と闇族の戦いだ。俺達聖族と天敵……いや、宿敵闇族は、それぞれ自分たちの暮らす世界を持っている。人間の暮らすこの世界のようにな」

「……つまり、別の世界の住人ってこと?」


 スイが座っている椅子の近くにあった椅子に座りながら、カルナは問う。


「ふむ……まあ、そうだな。だが系統は同じだ」

「系統?」

「世界を治める主が同じだってことだよ。それだけ関わりが深い世界ってこと。あとは、この世界が色々と特殊って意味もある。まあそれに関して詳しいことは後でな。とにかく、住んでる世界自体は違うんだ。だったら、戦争を起こすんなら自分たちの暮らしてる世界のどっちかを戦場にしろってなるよな? 暗黒対戦はいつも、この世界で起こされるんだから」

「うん、確かに」


 話を聞く限り、聖族も闇族も、まったく関係の無い者達が多く暮らす場所で喧嘩を起こしているのだ。

 要するに、自分たちの教室に別のクラスの連中が入り込んでいきなり喧嘩し、自分たちの暮らす国の領土内で他国同士が戦争を起こしているようなものだ。

 普通ならばスイの言っていることは正しい。故にカルナも即答できるほど納得出来るのだが、それはあくまでも普通ならば、だ。


「暗黒大戦では、闇族がこの世界を破滅に導こうと攻めてくる。聖族はそれを止めているだけなんだよ。だから、長年の宿敵なんてことになってる」


 そう。闇族の狙いは聖族であって聖族ではない。

 本来の目的は、現在カルナ達人が暮らす世界の破滅なのだ。

 聖族は、そうやってこの世界を壊そうとする度に出てくるのだと闇族達は学習してしまっている。

 聖族と違って彼らには寿命があるが、代わりにその寿命が尽きるまで生き続ける。彼らの寿命は、数万年単位。つまり、その数万年間はいくら致命傷を負おうと強い毒を受けようと、死なない。

 聖族の場合は寿命はないが致命傷を負えば死ぬ。特に聖神達のうち1人でも死ねばこの世界も死ぬ。つまりは、破滅。

 闇族はそれほど知能が高いというわけではないが、本能が非常に強い。故に、生まれた瞬間から自分たちが何のために存在しているのか、何故聖族を狙うのか、それを理解してしまう。更に繁殖力の弱い聖族と違って逆に闇族はそれが高いというのだからタチが悪い。

 世界を滅ぼすためにこちらへ出てくるのだが、それを阻止するために出てくる聖族……特に聖神は1人でも殺せば世界を壊すのが楽になり僥倖であるというだけで、別に積極的に狙うというわけでもない。

 聖族が滅ぼそうとすれば、その気になれば、そして本気になれば、闇族は全滅……絶滅させることができるかもしれない。

 だが、その時の被害が大きすぎるし、可能性が低すぎる。それは、暗黒大戦でも同じだ。数が違いすぎるというのも理由の一つだろう。

 数の大きさ……いや、差で言えば、闇族の総数は聖族の100倍……下手をすれば1000倍はいるのだから。更に闇族に存在する″貴族″の類は、血筋の問題で他の者達よりも飛び抜けて戦闘力が優秀だ。シノンでも適わない相手は数人だが存在する。

 とてもではないが、今の状況では彼らを絶滅させるには無理があった。

 ……故に、聖族でも戦力の回復をしている今の時期に暗黒大戦などという大きな戦いが起こってしまえば……前回の戦争よりももっと大きな被害が出ることだろう。


「…………」


 ここまで話すと、カルナも動きが止まる。……より正確には、何も言えない、と言った方が良いだろう。

 闇族の人数が、聖族の100倍、1000倍と聞かされれば、ある意味当然の反応だった。

 聖族の正確な人数は知らないが、それでも結構な数がいるというのはシノンから聞かされていたし、兄姉達の″恋人レイアル″も合わせて少なくても50人以上はいるのだから、それとて5千、5万はいるのだ。一軍、あるいはそれ以上の人数はいる。

 量だけでなく質も高いのだから、たとえ世界中の腕利きを集めたとしても被害は決して小さなものでは済まないだろう。むしろ、こちらの世界の腕利きの数がかなり減ってしまうと考えれば、人類側もいい迷惑と言ったところだ。

 ましてや人数だけを集めて戦うなどは論外だ。

 将来的に強くなる可能性のある者達をも使ってしまえば、今の腕利きが引退なり死亡なりした後が大変になるのだから。

 いずれにせよ、カルナたち人類にとって闇族は迷惑以外の何者でもなかった。


「……ま、″恋人レイアル″が闇族と対等に戦えるかってのは……一部はともかく、他は怪しいところなんだよな」

「……私でも難しい、か」


 以前に出会った、シノンでも適わない強敵だった闇族を思い出してカルナは呟く。

 その時は、シノン……正確にはアルの兄であるエクを騙った闇族に対して怒りを顕にしていたために本気でかかったファイによって一時期は消滅したが、あの闇族とて闇族。どこかで復活している可能性があるのだ。

 あの時は死んだものと思っていたが、スイの話を聞いてしまえばファイでも殺せなかったのだと言うことに他ならない。


「とにかく、だ。お前も、闇族に出会ったって無理に戦いを挑もうとするなよ。やっと聖魔力サクリス制御コントロールできるようになったんだから、しっかり自分の中に抑えて、見えないふりをしてさり気なくその場を去るんだ。……いいな?」


 目を細めて真面目に言ってくるスイに対し、カルナは元々闇族とは戦うのが嫌だったので素直にうなずく。


「……ま、無事振り切れたら俺かシノン、どっちかに言ってくれ」

「わかった。……ありがとう」


 微笑んでそう言ったカルナに対して、スイは満足げにうなずくのだった。

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