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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第11章、長期休暇
132/138

132、悲しみと怒り

「シノンってば……結局教えてくれなかったし」

「ま、まあまあ。何も考えないで行動する人じゃないし……ね?」


廊下を歩きながら、カルナとゼロはそんな会話をしていた。

シノンは用事があると言って再び2階に戻っていってしまい、2人で食堂へと戻ることになったのだ。


「わかってるよ。でも……」

「心配……だよね。最近のシノン、何だか疲れたみたいな顔してるからね」

「それは前からなんだよ。ゼロと出会う前から、少しずつなんだけど。最近は当時よりも酷いかな」


なぜ、と問い質してもシノンは答えてくれないだろう。


「そういう人だよ、シノンは。私に悪い影響がありそうなことは全部自分の中に抱え込んでさ。同時に、不器用でもある」

「……何とか、できないかな?」

「さあね。シノンに本当のところを訊かないと……あっ」

「どうしたの?」


カルナが思い出したように呟けば、ゼロが不思議そうに首を傾げて問う。


「……シノンに、アルファ達が聞いたっていう変な話について話すの忘れた」

「あっ」


2人は立ち止まる。

しばし沈黙が降りたが、やがて2人はニコッと笑う。


『後でいいよね』


そうして、仲良くも同時に呟くのだった。





「0620……か」


シノンは、蝋燭で照らされた薄暗く広い部屋の中で、一人呟いた。

0620。それは、かつて《()()()》と接触した時につけられた″あだ名(コードネーム)″だ。


「ははっ。随分昔だと思ってたのにな……」


未だに組織が残っていることすら不思議だ。先祖代々語り継がれてきたのかどうかは不明だが、未だに裏の巨大組織が残っている。

……いや、巨大組織だからこそ、と言った方が正しいだろう。

幾千年ほど前から存在する組織は、未だに衰えるところを見せない。


「はあ……くそっ。ただでさえ″()()()()″が近いってのに……」


人間の相手をしている暇はない。とにかく準備をしなければならない。

シノンにはそういった焦燥があった。


「おかしいな……1万年前に終わったはずなのに、早すぎだろ」


シノンの呟くとおり、″暗黒大戦″は1万年に1度起こるものではない。少なくとも10万年経たなければ起こらないのだ。100万年経っても起こらないことだってある。

それなのに……。


「今回に限って……」


シノンは、悔しそうに下唇を噛む。

″暗黒大戦″を重ねる度、闇族は力を増していっている。それだけ人の営みがよろしくないという事だ。

今回も、また1万年前より力をつけて来るだろう。

そう。最近、シノンのストレスを溜める原因となっているのは、この事であった。彼はカルナを始めとする仲間達に出会ってようやく生きるという意志が生まれた……否、復活した。この世界を再び好きになることが出来た。

それなのに、また世界を滅ぼす存在となる″敵″が現れようとしているのだ。

故に、寝ようとしても寝られず、寝不足に近い状態になるのもある意味では無理のないことだった。


「でも、荒れさせはしない」


シノンは怒気と覚悟の籠った視線を、目の前に燻っている″闇″へと向けてそう呟いた。




―――――――――――――――――――――――




雨が降っていた。

気分が憂鬱になるほど、じめじめとした暗い朝だった。

水無月。ラトス皇国では梅雨ノ月とも呼ばれるこの季節は、夏の始まりの月でもある。

湿気が多く、気温の差が激しく、体調を崩しやすい。既に慣れているシノンや体が頑丈なカルナはともかく、体があまり丈夫な方ではないゼロ、梅雨の季節独特の多湿に慣れていないアルファやアリュスフィアは、朝から頭痛を感じていた。


『うぅ〜……』

「……大丈夫ですか?」

「なんでゆうきは平気なのよ。シノンやカルナはともかく、こんなじめじめとした朝に耐えられるとか、どうかしてるわよ」

「ボクは元々、湿原に暮らしていたので……」

「ああ、そうだったわね……」


アリュスフィアは再びうつ伏せになる。その隣ではアルファも眉間をおさえながら唸っている。


「シノンとゼロは?」


アルファがカルナに問うと、彼女は台所で料理をしながらそのまま答えた。


「ゼロは頭が痛いって言って寝てるよ。シノンは相も変わらず研究室に籠りっぱなし。……ていうか、去年言ってたプレゼント、まだ貰ってないんだけど……」

「ん? 何か言いました?」

「なんでもないよー」


後半はブツブツと、誰にも聞こえないように不満をこぼしたカルナだが、聴力の高い食卓の3人には、言葉としては聞こえずとも彼女の不満の色ははっきりと感じ取っていた。

冬、カルナやゼロに渡すものがあると言ったシノンだったが、半年経った今でも何も貰っていないことが、カルナにとっての不満だった。

一度言ったことは曲げないシノンなので、彼を信頼していないわけではないのだが。


「はーい、できたよー」

「おう、ありがとう……」

「ありがと……」

「ありがとうございます」


3人は嬉しそうに、それぞれそう言った。


「私、シノンの所に行ってくる」

「ああ、行ってらっしゃい」


ゆうきのその言葉を背に受けながら、カルナは朝食の載った盆を手に食堂から出ていった。





「シノン、朝ごはんだ、よ……あれ?」


研究室に朝食を持ってきたカルナは、部屋の中にシノンの姿がないことに気づく。

ここでは彼が主に調べ事をする場所で、入口と天井以外の360度、壁が本棚になっている。天井も高いので、その場に存在する本の数は恐らく1万冊近くあるだろう。シノンが久々にここへ戻ってきた時にまた新しいものを入れたので、今ではそれ以上になっている。

古今のものが揃っており、内容は難しいものがほとんど。

言語もバラバラであり、3分の1は共通語だが、それ以外は古代より使われてきた各国の言語。

とてもカルナ達に読めるようなものではない。


「シノンってば、今度はどこに……」


ふと、カルナは机の上で気になるものを見つけた。

かなり古い、黄ばんだ1枚の紙だ。そこに書かれている文字は見たことのない文字で、彼女には読むことが出来なかった。

机の上には、同じような文字の書かれた分厚い本が何冊か載っており、盆を机に置いて、カルナも中身を流し読みするのだった。

……とはいえ、一文字も読むことは出来なかったのだが。


「……待って、これ、古代ダンジル語じゃ……」


なんとなく見覚えはあるような気はしていたのだ。だが、見ているうちになんとなく思い出してきたのだ。

幼い頃から少しずつ習ってはいた、古代ダンジル語。それは1万年以上前に使われていたダンジル語で、1000年前まで使われていたダンジル語とは少し違う。……いや、1万年前に起こった″暗黒戦争″を境に、言葉は大いに変わった。それから9000年にも渡ってダンジル王国では独自の言葉が使われていた。

島国であるが故に、隣国がラトス帝国やザン王国という当時の敵国であったが故に、世界の情勢から遅れてしまい、共通語になるのも遅れた。

ダンジル王国の王家ではダンジル語も古代ダンジル語も少しだが習うようになる。カルナも王族だった頃の知識はある程度覚えているので、一部だが読んでみることを試みる。


「……日記、かな。″私は、もう、十分生きた。もう、世代、を、交代、すべき、時、なのか……″」

「″この国は老いた。他の国もそうだが、世界で最も歴史の長いこの国は、まだ未来があるのだろうか。ラトス帝国やザン王国の猛威に震えながら生きるのは、もう御免だ。民を不安にさせまいと黙っているのだが、やはり私には、それは重すぎた。もう、疲れた″」

「シノン……って!?」


後ろから歩いてきたのは、真っ青な顔をして目元に隈を作ったシノンだった。


「ち、ちょっと! 3日も見ないうちに何でそうなってるの!? 寝てないの!?」

「んぁ、ああ、寝てる。大丈夫だから」

「全然大丈夫じゃないよ! 顔真っ青だし! 隈あるし! 見ればわかるよ!」


シノンはフラフラな状態で、今にも倒れそうだ。そんな不安定な彼をカルナは支え、椅子に座らせた。


「ふぅっ……」

「ほら、どう考えても、寝てないよね?」

「寝てるって。嘘はないぞ」

「わかってる! でもせいぜい1時間や2時間程度でしょ? いいから、ベッドに戻って寝なさい」

「まだやることがあるんだよ。ああ、朝食ありがとう。今やってることが終わったら寝るから」

「……どれくらいで終わるの」

「関係ないだろ。とにかく急がないと……」


シノンは机に置いてあった分厚い本を手に取って読み始めた。

だがそれはカルナが許さない。シノンが持っている本を取り上げ、閉じて机の上に置いた。なお、本の上にはカルナの手が取っており、その場に固定されている。

そしてカルナの表情はと言うと……


「今すぐ! 朝食を食べてからでもいいけど、まずは休みなさい!」


怒りの血相であった。

本気でシノンのことを思うが故に、どうしてもこうなってしまう。


「お前は母親……いや、何でもない」


シノンは言葉を止める。理由は2つあるのだが、そのうちの1つはカルナにあった。


「いい加減にしなさい!!」


彼女はほぼ怒りの血相で、シノンに怒鳴りつけた。

ここまで怒らせるのは久々で、シノンも少しだ嫌そうな顔をしつつカルナの説教を受けることとなった。


「だいたい、最近ずっとここにこもりっぱなしで、全然構ってくれないんだから! それなのにやることがあるだのなんだのって、最近変だよ? 何かあるならあるで、相談してよね。寝る時は寝る、食べる時は食べる。ちゃんとその区別ができないなら、私が監督します」

「やめろ。わかったから、落ち着け」

「落ち着けるかぁ!」


最近、シノンはずっと研究室にいる。何故かはカルナ達は知らないが、確かにシノンはやることが沢山ある。彼にとってそれは重要であり、それこそ寝る間も惜しんで調べ事をしている。

それをわかっているからこそ、カルナはこうして怒るのだ。


「とにかく、食べるの、寝るの?」

「拒否権はなしか」

「当たり前でしょうが!」

「わかった、わかったから、大声出すな」


シノンは面倒そうな顔をしつつも嬉しそうな顔をするという、器用なことをしていた。興奮しているカルナはわからなかったが、最後に言うことを聞いてくれたシノンに満足し、そのまま部屋へと連れていった。






「まったく……やっぱり疲れてんじゃん」


寝台に寝た……否、寝かされたシノンは、カルナが布団を掛けてやると秒単位で寝息を立て始めた。

その顔には疲労の色が濃く出ており、眠ったことでカルナには安堵感があった。


「さて、研究室、散らかってたし、片付けてあげようかな……」


呟き、カルナは再び研究室へと足を運んだ。

床にも書物が飛び出しており、片付けのできないシノンのために整理整頓を、と思ったのだった。

そして、先ほどの黄ばんだ1枚の紙を手に取り、なんとなくだが読んでみるカルナ。


「え……何、これ……」


カルナはその紙に書かれたことの内容を読んでいくうちに、悲しみが沸き上がってきて口元を手で覆った。

その、内容とは……


″なんで、俺は生まれてきたんだろう。なんで俺は俺なんだって、いつも思う。母さんや姉さんがいないなら、俺はなんで生きてるんだ。父さんは弱いから人間の負の感情に負けて暗闇の神になってしまった。ただ戦うだけじゃ、守るだけじゃ、意味が、ないんだ……他人は信用できない。本当に、誰も信じたくない……ねえ、母さん、姉さん、俺、約束果たしたぜ。約束、守ったぜ。だから、さ……″


そこに書かれた言葉。すべてに深い悲しみや強い怒りが込められている。

おそらく、これを書いたのは、シノンなのだろう。


「馬鹿……」







()()()()()()()()?″

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