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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第11章、長期休暇
131/138

131、儀式とプレゼント

遅くなりました……スミマセン……


前回のあらすじ

→ムック達とアルファ達が依頼の帰りに再会する

→ゼロちゃんがシノンくんに告白

→シノンくんの答えはイェス

→カルナちゃんも遠慮する必要がなくなり嬉々として3人で寝る


簡潔すぎますが長すぎてもいけないので始めましょか(・_・)

 目を開ける。

 目の前には眩しい太陽の光……ではなく、シノンの白銀の髪と白い肌……そして彼の可愛らしい寝顔があった。

 あ……そうだ。昨日、私は覚悟を決めてこの人に伝えたんだ。


 ……好きです、って。


 思わず笑顔になる。これが、人を好きになるということなんだろう。この人達に出会うまで、私は抜け殻も同然だった。

 シノンに助けられて、ここで生活をして、勉強や弓矢を教えてもらって……恋をして。


 あの時の私は、まさかこんなにも幸せな時間が待っていようとは思ってもいなかった。

 幸せになることなど、あるはずがないと思っていた。そもそも、幸せという言葉すら、私は知らなかった。


 思わず笑顔になる。


 すると、シノンの瞼がピクリと痙攣し、深い青色の瞳が開かれた。私は思わず目を瞑ったが、彼はわずかに声を上げ、気になったのでゆっくり目を開けるとその目は閉じられていた。


 そしてそのまま、シノンはカルナが寝ている方向を向いてしまった。


「ん……」


 すると再び声を上げ、獣の耳がピクリと動いた。


「ふわぁ……んんー……」


 シノンは欠伸をしながらゆっくり起き上がり、目をこする。


「おはよー」

「ん?」


 カルナも起きていたらしい。シノンは、カルナの声がした方を向いて微笑んだ。


「ああ、おはよう。ゼロも」

「ひぇっ……!?」


 き、気がついてたの? ま、まあ、いいとして、挨拶、挨拶。


「う、うん。おはよう」


 そう言って、私は起き上がる。


「さて、ちょっと寝過ごした。着替えてくれ。俺も準備してこないと」

「はーい」


 そう言って、シノンは寝台から降りるや部屋から出ていってしまった。

 カルナも返事をしたら寝台から降りて、着替え始める。

 あれ? 私服で良いのかな?


「私服でいいの?」

「ああ、うん。ただしゼロ、最近は弓の腕が上がって来たでしょ? たぶん魔物との戦闘があるかも知れないから、動きやすい格好でね。シノンはきっと実戦投入させるよ」

「う、うん」


 私も着替え、弓と矢筒を持ってカルナとともに部屋を出た。






「……ねえ、なんで、わざわざ歩いていくの……?」


 転移ができるはずではなかったのか。そう尋ねるゼロだったが、答えたのはカルナだった。


「これから行く場所は特殊な結界が張ってあるんだって。だから、いくらシノンでも、転移で行くことはできないんだってさ」

「へえ……」


 納得した、というふうにゼロはうなずいた。

 そうして一行は、30分ほどかけて目的の場所に到着するのだった。


「ここが……外からじゃ全然わからなかったよ」

「人避けの結界が張ってあるからな。まだ人間の段階のゼロが、ここを見分けられるはずもないさ」


 ゼロの言葉にシノンが返し、目の前に広がっている石畳を登った。

 円形の石畳の中心には祭壇があり、その上にはシノンの瞳のような青色の球が載っている。


 シノンに手招きされ、ゼロは石畳の階段を上って行く。


「カルナ」


 シノンが呼ぶと、カルナはわかっているとばかりにうなずいた。そしてゼロに向き直ると、表情を引き締めて言う。


「これから俺は、お前の血を吸う。けど、一緒にいる時間がまだ少ないから、お前の血は純粋な人間の血だ。だからそれを吸って、俺の身体はもしかすると暴走し出すかもしれない」

「え?」

「その時は、カルナの所に逃げろ。いいな?」


 ゼロは言われていることがいまいちわからなかったが、シノンの言うことならばと素直にうなずいた。

 石畳の中央に立つと、シノンはゼロの肩に顔を近づけた。


「……噛むぞ」


 シノンの言葉にゼロはうなずき、目を瞑った。シノンはそのまま、口を開け、その肩を噛んで血を吸った。


「っ……」


 すぐに彼女を放し、そして自らも離れて中央の水珠に触れた。


「ゼロ! こっち!」

「え……?」


 カルナが慌てて声を上げた。

 何も問題ないではないか、とそんなふうに思ったゼロだったが、シノンを見てすぐに気づいた。


 彼が頭を抑えて苦しんでいたからだ。


「シノン……」

「早く!」

「う、うん……!」


 ゼロはうなずき、カルナのもとへ走った。そして階段を降りると、彼女に指示されてしゃがんだ。


「ね、ねえ。ここじゃすぐに見つかるんじゃ……?」

「大丈夫。暴走した時のシノンは冷静さを失うから、私達の気配にも気づかない」

「そんな……そこまで、しなくても……」


 自分のせいでシノンの体が暴走し出すのなら、こんな儀式はやらなくて良かった。

 そんなゼロの思いを敏感に感じ取ったカルナは、彼女の両肩を持って低い声で言う。


「……ゼロ、怒るよ」

「え?」


 なぜカルナがこんなにも真剣な顔で言ってくるのか訳がわからず、ゼロは思わずそう返した。


「シノンの気持ちは決して軽くない。やると決めたら、最後までやるのがあの人のやり方だ。私の時だって、それなりに長い付き合いがあるのに暴走しかけたよ。本人も最初からそれをわかってた。どれだけ付き合いの長い恋人レイアルでも、まだ人間の血は残っているから体は暴走するんだって。だから、どっちにしろ暴走するんだってわかっていてももう一度この儀式をやろうと決めたシノンの気持ちを、わかってあげてほしい」


 ゼロはそんなカルナに、表情を引き締めてうなずいた。


「……うん、わかったよ。ごめんね。……でも、シノンは、どうやったら戻るの?」

「どこかに衝撃を与えないと。だからこうして、私もついてきたんだしね」

「でも、大丈夫なの?」

「体の暴走を起こしたシノンは幾分か弱くなってるから、私でもダメージくらいは与えられる。私が行くよ。ゼロはここにいて」

「そっか。……わかった。お願い、できる?」

「うん、任せて。ゼロは絶対にここから出ちゃダメだからね」


 カルナは、ゼロの肩の傷に回復魔法を放ちながらそう言った。そして立ち上がり、シノンの様子を見た。


「……! 伏せて!」


 カルナの言葉を受け、ゼロは頭を抑えてしゃがんだ。

 すると頭上から金色の光線が伸び、空へと伸びて消えていった。


「くっ!」


 カルナは石畳の上へ飛び乗り、不規則な動きをしながらシノンに近づいていった。


「元に……戻れっ!」

「ぐふぅっ!?」


 カルナがシノンの鳩尾に拳を入れる。それも本気で、だ。

 ゼロはありえないものを見たような顔になり、気絶して地面に倒れ込むシノンを受け止めるカルナを、呆然と見つめた。


「か、カルナ……?」

「あ、ゼロ。ごめんね。もうこっちに来ていいよ」


 カルナは少し嬉しそうな顔で、ゼロを手招きした。そこに負の感情はなかった。純粋に、何かに喜んでいるようだ。

 その理由は、シノンのもとに行けばゼロにもすぐにわかった。

 カルナの大好物が目の前にあったからだ。


 カルナの大好物……それは、シノンの寝顔である。


 気絶しているシノンの頭を自らの膝の上に載せ、ゼロも一緒にしばらくはそれを眺めた。


「ああ……なんでこんなに可愛いんだろうね」

「ねえ……何億年って生きてるんだよね? なんか、こうも可愛さを保っていられるなんて……羨ましいなあ」

「あれ? ゼロももう聖族の仲間入りなんだから、これからはずっと一緒だよ?」


 そうだ。


 と、ゼロは心の中で呟く。


 もう自分も、老衰では死ななくなったのだ。これから待っている幸せ(・・)な日々を、ゼロは自分で想像することが出来なかった。


「ま、楽しもうよ! レイヴァ同士でもあるし、なんかあったら前みたいに私に相談してね。改めてよろしく、ゼロ!」

「うん!」


 ゼロは、シノンやカルナのおかけで一皮脱げたような気がしていた。

 まだまだ、人生はこれからなのだと、全面的に自覚できた瞬間だった。





「……は? シノンがいない?」

「あ、ああ。昨日帰ってきて部屋を覗きに行った時にはいたんだがな。今朝起こしに行ったんだが、いなかった」

「屋敷の中や、外も探したんだよ? でも、どこにもいなくて……」


 アルファとゼロという珍しい組み合わせだった理由を問い詰めたカルナだったのだが、返ってきた答えはそれだった。

 シノンが勝手にいなくなるなどということは今までにない。

 必ず誰かに伝言を残すか、全員に伝えてから出かけていたはずだ。


 ……とはいっても、彼らはシノンの夜中の暗躍についてはまったく知らないのだが。


「……まいったな。シノンにちょっと聞きたいことがあったんだが……」

「え、なに、それ?」

「街で変な話を聞いたんだ。ほら、俺達は他より聴力が高いだろ? それのせいなのかお陰なのか、俺たち3人ともそれを聞いてしまってな……」

「変な話? ちょっと、私にも聞かせてよ?」


 詰め寄るカルナだが、アルファも元より隠すつもりはなかったので素直に答える。


「えーと、たしか……」



『……コード0620は記憶を取り戻したか?』

『……ああ、どうやらそうらしい。然濃族の集落に0620と他2人も現れたらしい。総勢100のサファイアの精鋭が戦わずして撤退だ』

『ちっ、こっちも行動を開始しないと間に合わねえな。コード0620が完全に力を取り戻す前に、さっさとやっちまおう』


 そんな短い会話をした後、2人の男はどこかに消えた。



「……そ、そのコード0620って、まさか……」

「ああ、多分シノンのことなんじゃないかと思う。最近なんだろ、シノンが記憶を取り戻したのって?」

「う、うん……確かにそうだね。シノンに訊かないとわからないけど、たぶんその会話をしてた奴らはサファイア以外の3つの組織のどれかだと思う。もしかすると、シノンはそれを分かっているのかも……」

「だから今日、朝からいないのかもしれない、と?」

「うん。まあ、黙って出ていったなら、帰ってきてはくれると思うけど……」

「なんだよお前ら、さっきから」


 頭上から聞き覚えのありすぎる声が聞こえ、3人は揃ってそちらに視線を向ける。呆れたような嘆息とともにそう言ったのは彼らの予想通り、2階の廊下から手すりに寄りかかって1階を見下ろしているシノンであった。


「シノン!! どこに行ってたの!」

「どこって……家にいたけど」

「は? だって、ゼロたちが家の中を探した……んだよね?」

「さ、探したよ?」


 カルナはシノンへジト目を向けてさらに言った。


「ちょっと、どこにいたの? 心配したんだからね?」

「うるさいな。どこだっていいだろ。別に黙って外に出かけたわけじゃないんだから」

「ぐっ……でも家の中にいるかどうかも確認ができなかったんだから、同じことでしょ!?」

「なら、先に連絡を取れっての。こないだ教えただろうが」

「シノンってば忙しい時はいっつも応答してくれないじゃないか! 黙って外出したと思ってたから、なにか忙しいのかと思ってたんだよ!」

「はあ……意味がないじゃないか」

「その意味をなくしてるのはシノンでしょ!?」


 二人の言い争いに居心地の悪そうなアルファと、それに戸惑い何とかしなければとあたふたするゼロ。だがそんな彼らのことなど気にしていないと言ったふうに、シノンとカルナの言い争いは続く。


「だいたい、私が《連絡コンタクト》を取る時はいつも応答しないじゃん! シノンと遠距離で会話した記憶はないよ!」

「偶然だ、偶然。ここじゃ俺が外に出る時はちゃんとした用事がある時だからな」

「その用事って何さ?」

「色々あるんだよ」

「その色々を教えてって言ってるの!」

「…………」


 カルナがその言葉を放った瞬間、シノンの顔が一瞬ではあるが歪んだ。興奮していたカルナや付き合いの短いゼロはわからなかったが、それなりに付き合いがあり、なおかつ落ち着いていたアルファにはよくわかった。


「…………」

「ちょっと、聞いてる!?」

「聞いてるよ。とりあえず一旦落ち着け」

「落ち着けるかぁ!」

「……あー、頼むから、痴話喧嘩なら2人の時にやってくれないか……?」

「そうだな。まあ、でも、今回はやめとくよ」

「こら、さり気なくスルーしないでよ!」


 大きな声ではないが、一段落ついた隙にアルファが言う。ゼロは喧嘩を止めないのかと驚きで振り返ったが、シノンの言葉で安堵の表情を見せた。

 シノンはアルファに、視線でこの場から少しの間離れていてほしいと伝えた。それをアルファはニュアンスで感じ取り、うなずいてから彼は去っていった。


 シノンは手すりを乗り越えて下に降りると、カルナとゼロに歩み寄った。


「……お前、俺をなんだと思ってる?」

「は? そりゃあもう、格好良くて、また可愛くて、頭良くて、頼りになって……って今はそんな事どうでもいいの! 色々って何、色々って!?」

「落ち着け。お前達にそれを言うわけにはいかないんだ」

「やっぱりこら!」


 カルナはシノンの両頬をつまんで引っ張る。彼の柔らかい頬は餅……というほどではないがそう言いたくなるほど伸びた。


『痛い。弛む。放せこら』

「自分がいけないんでしょ。教えてよ!」

「ち、ちょっと、カルナ!」


 シノンが《念話テレパシー》を使って訴えるも、カルナは苛立ちを隠さずに言い募る。ゼロは彼女を止めようとするが、やはり聞かない。


『あ、渡したいもんがあるんだけどゼロだけにあげることにしようかな』

「は!? 何それもっと気になるんだけど!」


 カルナはようやくシノンの両頬から手を離した。そして顔を近くまで持っていくと、じっと目を覗き込んだ。

 シノンは呆れたように目を細めながら嘆息すると、静かに言う。


「……あとでな」


 彼はカルナの頭にぽん、と手を載せる。

 カルナはもう慣れていることなので特に照れるなどといった仕草は見せず、ただ頬を膨らませるだけだった。

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