130、告白と答え
「シノンのやつ、大丈夫かな」
「昨日の朝行った時も全然熱が下がってなかったんですよね?」
「ああ。まあ、カルナが薬を飲ませるとは言っていたが……」
「市販の薬は信用出来ないしね……」
討伐依頼の帰り。アリュスフィアが市場で念のためと買ってきた赤い薬草の束を高く持ち上げて言った。
「た、たしかにな。でも、ないよりはマシだと思うんだが……」
「お、おい、アルファたちじゃないか?」
アルファはその声を聞き、立ち止まる。ゆうきとアリュスフィアもそれに倣って止まり、目の前に現れた3人を見据えた。
「……誰だ?」
アルファがそう聞き返す。彼らは外套を着ており、頭巾を被っているからだ。
「おいおい、忘れないでくれよ。俺だ、ムックだ」
「は?」
ムックと名乗った若い男は頭巾をそっと外して顔と髪をちらりと見せた。歯を剥き出しにして笑い、アルファに歩み寄って手を握った。
「久しぶりだな! 噂を聞いたぞ、アルファ。俺たちを狙ってた組織を捕まえてくれたんだってな!」
「ありがとう、本当にありがとう!」
「これでまた旅ができるわ!」
「ちょっ、あ、アベル、マナ……」
「久しぶりーマナー!」
「お久しぶりです!」
思いがけず再会したのは、レイヴァの3人組、ムックとアベル、そしてマナだった。
「……シノンとカルナは?」
「ああ、シノンが風邪でぶっ倒れて、カルナはその世話。今は俺たちしかいないんだ」
「そうか……最近はちょっと寒いしな。雪が降るほどではないにしても、やっぱ冷えるよな。見舞いに行きたいんだが、どこにいる?」
「いや、大丈夫だ。風邪を移してもいけないし、何よりシノンが嫌がりそうなんでな。悪い」
「そ、そうか。分かったよ」
「ねえ、ムック。ちょっと急がないと……」
「そうだな。もっと話をしていたかったが、さすがに今は……」
マナとアベルの言葉で、ムックは渋々アルファの手を離し、頭をぺこりと下げた。
「悪いな。そういうわけで、俺たちは行くよ。本当にありがとうな」
そう言って、ムックは笑った。
「あ、それと、シノンにはお大事に、と伝えてくれ。じゃあな」
「おう、またな」
「また」
「ばいばい」
ゆうきとアリュスフィアも3人に手を振り、彼らは別れたのだった。
「元気そうで良かったわね」
「ですね。3人とも無事だったみたいですし」
「3人とも戦力としては十分なんだし、これから先もきっと大丈夫だろうよ」
アルファはそう口にし、人目のつかないところに3人で入る。そして人がいないことをしっかりと確認してから、彼らは転移していった。
「……あれ?」
「あれって……」
「シノンとゼロかしら?」
ゆうき、アルファ、アリュスフィアの順番に声を上げ、扉が開きっぱなしの部屋を覗く。1階の、玄関の脇の部屋だ。
「おかえり」
小声で話しかけてきたのは、カルナだった。彼女は笑顔でアルファ達を迎え、その後は食堂に彼らを連れて行くのだった。
「……ちょっと、そっとしておいてあげて」
カルナは微笑んで、彼らに茶を出す。3人は察して、ただうなずくのだった。
「カルナ」
「あ、シノン。熱は?」
「ああ。お陰でもうすっかり、良くなった。……ちょっと話がある」
「……………」
カルナはだいたい察していながらも、シノンに向き直って真剣な面持ちで話を聞く体制を作る。
「……いいよ、ゼロなら。私は」
「……察してたのかよ」
「何年付き合ってると思ってるの? 私にだって、シノンの感情くらい察せる。……好きなんでしょ、ゼロのこと」
シノンは黙ってうなずく。カルナは口もとに笑みを浮かべ、そして言った。
「いいよ。シノンなら、私たちのこと平等に愛してくれるんでしょ?」
「ああ、もちろん」
そう言って、シノンは躊躇なく、即答するのだった。確かめなくてもわかる。2人の心にはそんな思いがあった。
互いが互いを信じているからこそ、こんな会話ができるのだから。そして、シノンがそういったことを打ち明けたのも、カルナを信頼している証なのだ。
今さら躊躇して、迷って、悩んでいてはシノンとカルナの関係はいかほどのものなのかわからなくなる。
「……気づいてるの、ゼロのこと?」
「……え?」
カルナはため息を吐いた。やはり鈍感なのだ、と。
数年前は自分の気持ちにも気づいてくれていなかったのだから、ある意味では当然だった。
「いってらっしゃい」
「……ああ」
そう言って、シノンはカルナの唇に自分のそれを重ねた。しかしすぐに離し、何を言うでもなくシノンは部屋から出ていった。
「ぁ……シノン……」
「悪いな、待たせて」
ゼロはうつむき、首を横に振った。
「あ……あの、ね……」
「………………」
ゼロは渋っているが、俺は彼女が喋り出すのを待った。何せ、俺を呼んだのはゼロの方なのだから。
「その……私、シノンがカルナのことが好きだって承知の上で、言うね」
ゼロは何かを決めたかのように顔を上げ、俺に言う。
「私、カルナに相談したの。シノンといると、胸が高鳴って、でもドキドキして止まらなくて、楽しくて、暖かい気がするって。でも、何故か息苦しくて、何故か辛いのって。そしたら、私、シノンのことが好きなんだって言われたの」
俺の肩と耳と尻尾が同時に反応し、ピクリと動いた。そして軽く目を見開くと、下唇を噛む。
また女の子に言わせてしまった。相当な覚悟を決めて言ってくれたのだろう。
カルナの時も、俺に迷惑をかけっぱなしだと自責の気持ちを持ち、覚悟を決めて自分の気持ちを明かしてくれたのに、今度は既に恋人が1人いる状態だと知って辛い思いをしている女の子に言わせてしまった。
そしてそれに、俺は気づいてやれなかった。何でいつも、こんなに情けないんだ、俺は。
そういった自責の念が沸き起こってくる。
ゼロが今回俺に気持ちを明かしたのは、カルナがいたからだろう。彼女はゼロなら良いと言っていた。それをそのゼロにも伝えたのだろう。だからこそ、あとは俺の答えが必要なのだ。
「……好きです」
ゼロは、はっきりと言った。今にも泣きそうな顔で、ゼロは俺の言葉を待った。
だが俺はそれに対して言葉で返すのではなく、ゼロに歩み寄り左手で彼女の手を掴んで、右腕で肩を抱いた。
そして顔を近づけ、ゼロに抵抗する隙も与えずに彼女の唇を奪う。
こんなんで、答えになっただろうか。目を瞑り、少しばかり抵抗するゼロを強く抱き締めた。
「ん……んぅ……」
俺も、ゼロが好きだ。カルナの時と同じように、俺は2度目……正確には3度目の恋をしてしまった。
1度目の恋は過去形で。2度目の恋は現在進行形で。3度目の恋は、現在形で。
よく考えてみれば、俺は億単位で生きておきながら恋をした数が少ない。俺が1度目の恋をしてから2度目の恋をするまで、幾億年もの時間が経っているというのに、2度目から3度目の恋はたった数年程度。
やっぱり、あいつのお陰なのかな。俺は、変わったと思う。あいつに出会ってから。自分でも、それがよくわかる。
たぶん、俺がゼロに恋をしてしまったのが、その証拠だと思う。
……だって、おかしいから。俺が、ゼロがあの人に似てるからって、ここまで気にかけることは普通ならなかったはずなんだから。
ゼロは少しすると抵抗もやめ、俺に体を委ねてきた。薄く目を開けると、ゼロは目を閉じて泣いていた。
俺も、再び目を閉じる。
ゼロの柔らかい唇が、微かに震えているのがわかった。ついでに、体も少しだけ震えている。
互いに唇を離すと、俺は微笑んで言う。
「……これが俺の答えだ、ゼロ。……好きだ」
「……うん……ありがとう……」
そう言って、ゼロはとうとう泣き出す。俺はそんな彼女を抱き締めて、頭をそっと撫で、しばらくはそのままの状態でいるのだった。
「……でも、いいの……? シノンには、カルナが、いるでしょ……?」
「知ってんだろ。カルナはお前なら良いって言ってんだ。俺だって、あいつを信じてお前も好きになったんだし」
「……………」
ゼロはシノンのその言葉には答えなかった。彼がくれた答えは、自分が想像していたよりも遥かに幸せなもの――最高の答えだったのだから。
シノンとゼロは互いに体を離し、そして再び、唇を重ねた。
「そう……だったんだ……」
今、アルファ達も合わせて全員で揃って、ゼロに聖族の話をした。
シノンは聖族のトップであり、カルナはシノンの恋人だということ、そして、ゼロもカルナと同じ恋人になったということも。
「どうする? 半永久的に生きるのが嫌だったら……『解除』もできる」
「え、そうなの?」
声を上げたのはカルナである。そんなことは初耳だ、と。
シノンが苦笑して彼女に謝ると、ゼロが言う。
「私、は……一緒にいたい。だ、だって、私だけおばあちゃんになって、シノンとカルナはこれから先も生きていくんだって思ったら、なんか、嫌でしょ?」
「じゃ、解除しなくていいんだな?」
シノンがゼロの肩を持って抱き寄せながらそう言った。彼女は顔を赤くしてうつむき、首を縦に振った。
この人となら、永遠だって一緒にいたい。
そんなふうに、思いながら。
「……出かける?」
「ああ。明日、俺とゼロ、それからカルナも留守にする。まあ、すぐに帰ってくるけど」
「そうか。俺たちは予定通り依頼に行くつもりだが……構わないよな?」
「構わない。……いつも悪いな、なんか」
「いやいや、俺だってまったく構わないさ。お前達の事情も把握してるしな」
そう言って、アルファはニコッと笑った。
「ほら、明日も早いんだろ? 寝ようぜ。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
アルファと廊下で別れて、シノンは自分の部屋に向かった。中に入ってみると、案の定カルナとゼロの姿があった。
「……おい……」
呆れたようにシノンは呟き、2人に手を引かれて寝台に寝転がった。
「もう私が遠慮する必要も無いからな、数ヶ月分シノンに甘えてやるから、覚悟しろ」
「おい、数年前の口調になってどうする」
「わ、私だって……!」
「ゼロ……無理しなくてもいいぞ?」
「あぅっ……」
シノンはため息を吐いた。またあの儀式をやって、1年もここに籠る時間を延長しなければならないという憂鬱からだ。
だが今やらなければ、世界を渡り歩くシノンなのだからいつまでも出来なくなる。
「……じゃ、おやすみ」
「あぅ……」
「おやすみーシノンー」
ゼロは恥ずかしがって顔を伏せたが、カルナはシノンの腕にしっかりと抱きついて満面の笑みを浮かべていた。