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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第11章、長期休暇
128/138

128、冬と恋

 ゼロが特訓……否、運動をし始めて1週間が経った。彼女は生まれて此の方運動をしたことがなく、激しい筋肉痛に襲われた。初日の翌日は立ち上がることすらもできなかったほどだ。

 あまりよろしくはないのだが、それでもやらないよりはマシとシノンが回復魔法をかけて筋肉痛を治していた。


 そして今も、治りかけてきた筋肉痛に多少苦しみながらも、ゼロは泉の周りを水狼エクロスとともに走っていた。

 最初は怖がっていたのだが、数日間はシノンが一緒に走っていたら危険はないと判断したのか、1人と1匹で走れるようになった。


 今ではゼロが水狼エクロスを可愛がるようにまでなった。


 そうやって体力作りをしていたのだが、シノンは首を傾げていた。ゼロはどうやっても体力や筋力が一向に伸びなかったのだ。

 もちろん、生まれてから運動もしたことがなかった女の子がたった1週間で目に見えるほど伸びるわけではない。


 だが筋肉痛は少しずつ治まってきても良いはずなのだ。だがゼロの場合、毎日走っているだけなのに毎朝筋肉痛が酷くなっている。

 どう考えても、運動の才はない。


 そう思ったシノンは、ゼロへと話しかけた。


「ゼロ、ちょっと来てくれ!」

「え? う、うん!」


 首を傾げながらも、ゼロはシノンのもとへと走ってきた。筋肉痛に、少し顔を歪めながら。


「……悪い。ちょっと思ったんだが、多分、お前は運動するのは無理だ」

「え……?」

「はっきり言う。ゼロ、お前は近距離での戦闘は難しい。やるとすれば相当時間がかかるはずだ。それができる自信があるなら、付き合ってもいいけど」

「ぁ……そ、んな……」


 ゼロは、自分は戦うことは出来ない、とはっきり言われたことにショックを受けた。

 自分は戦闘民族だ。ならば、鍛えれば戦うことは出来ると思っていた。それなのに、今の発言だ。


 シノンは強い。それはわかっている。だからこそ、その人物に自分は戦えないと言われたからこそ、その効果が高かったのだ。だが……


「ただし」


 シノンはそう声を上げて、微笑んだ。


「あくまで近距離が、だ。遠距離攻撃なら、まだ素質があるかも知れないぞ」

「え……? 本当に?」


 ゼロは心の底から確認するような声を上げると、シノンは躊躇なくうなずく。


「ああ。お前は、運動は駄目だが勉学や料理は好きだな?」

「う、うん。新しいことを学ぶの、楽しいから」

「なら、その集中力を活かせばいい。魔法か弓術、あるいは投擲の技術はあるかもしれない。まあ、筋力に関してはお前自身が魔法でどうにかする必要はあるが」


 ゼロの不安な表情は消え、好奇心溢れた笑顔に変わる。そんな彼女の顔を、シノンはどこか愛おしそうに眺めるのだった。





「うーん……!」

「待て待て待て、ちゃんと魔力を流せ」

「あ、そうだった」


 ゼロに筋力増加の魔法を教えてから、弓を教えるシノン。

 彼女は数日経ってやっと基礎魔法を使うことに成功し、更に1週間経ってからやっと筋力増加の魔法が使えるようになったのだ。


 だがあくまで何も持っていない状態で、だ。


 だから弓を持って弦を引きながら魔法を使うことに慣れておらず、弦を引けば魔法が途切れるし、魔法を使えば腕の力が抜けて弦が引けない。


「集中しろ。得意だろ、そういうのは?」

「う、うん……」


 ゼロは目を瞑る。そして魔法を発動させて腕の筋力を上げ、その状態のままゆっくりと弦を引いた。

 すると、自然に弓弦が引かれていた。ゼロは集中していて気づいていなかったが、シノンは少しだけ驚いた。


「たった一言でここまでとは……」

「え? なんか言った?」

「いや。それより、その感覚を忘れるなよ」

「え、あ、す、すごい! 引けてる! ねえ、シノン、私できたよ!」

「ああ。凄いぞ。まあ、最初は集中しなきゃいけないだろうが、そのうち慣れるから、何度も繰り返しやってみろ。慣れたら実際に矢を打とう」

「うん!」


 ゼロは笑顔でうなずく。もうすでに冬に入ろうとしており、ゼロがここに来てから数ヶ月が経つ。

 その間に彼女は、だいぶ明るくなった。


 相変わらずアルファ、アリュスフィア、ゆうきには少し警戒心を抱くようだが、それなりに笑顔を見せるようにはなったのだ。

 その笑顔の度に、シノンは彼女を愛おしそうに眺めるのだった。


 カルナはそんなシノンとゼロの様子に気づいており、少し気を遣って自分の仕事に専念していた。

 そんな状態が続き、本格的な冬となった頃。


「シノンー、起きてー、朝だよー……」


 珍しくシノンが起きてくるのが遅いと思ったカルナが、彼を起こすために部屋を訪れた。

 たがそこで彼女が見たのは、床で息を切らしながら倒れているシノンだった。


「………シノン!?」


 彼女は慌ててシノンへと駆け寄って彼を抱え起こした。


「けほっ、けほっ、けほっ……」

「風邪……?」


 カルナは彼の額に触れる。体温が高く、うっすらと汗もかいていた。

 少し苦しそうに息をしながら、シノンはうっすらと目を開ける。


「大丈夫?」


 カルナの問いに、シノンはゆっくりうなずく。

 そして廊下を走る音が聞こえ、カルナは顔を上げた。


「どうした!?」

「ああ、ごめん。シノンが風邪を引いて倒れてたから……」

「風邪?」


 シノンの部屋に飛び込んできた3人が2人に近づく。遅れてゼロがやって来て、彼女も同じように2人のもとへと近づいていった。


「シノン、どうしたの?」

「大丈夫。風邪引いたみたい」

「え? ……まさか、私のせいで……?」


 ゼロはシノンが自分にずっと付きっきりだったことを思い出してそう言った。だがその程度で倒れるシノンではないとカルナはよく知っているので、躊躇なく首を横に振った。


「違うよ。シノンは冬にはちょっと弱いだけなんだ。今は本格的に冬になってきたし、彼が風邪を引くのは半ば仕方ないことなんだよ」

「本当に……?」

「うん、本当だよ。だから安心して。アルファ、シノンを寝台まで運ぶの手伝ってくれる?」

「ああ、わかった」


 カルナがシノンの上半身を持ち、アルファが両足を持ち上げて寝台へと運んでいく。その間にアリュスフィアとゆうきが布団をめくり、シノンを寝かせるとそれを体にかけた。


 ゼロは自分のすべきことを思いつき、水と布を取りに部屋を出た。

 そして桶に水を汲んで戻ってくると、カルナにそれを渡した。


「ああ、ありがとう、ゼロ」


 カルナはニコリと笑って、そう言った。


「他に、何かできない?」

「……あ、じゃあ、お粥、こないだ教えたよね? あれを作って持ってきて欲しいんだけど……頼める?」

「うん、わかった」


 ゼロはうなずいて、調理室へと向かっていった。

 自分にもできることがあって嬉しく思うゼロ。何も出来なかった数ヶ月前とは違って、シノンに何かが出来るというのは、彼女にとっては喜びでしかなかった。


 水を入れた鍋に米を入れて、火を入れる。そしてお玉杓子でかき混ぜて味付けをし、10分ほどで完成した。


「……よし、これでいいかな」


 丼に粥を盛って、鍋に蓋をしてコップに水を汲んで盆に載せる。そしてゼロはそれを持ってシノンの部屋に向かった。


「けほっ、けほっ……」

「カルナ、持ってきたよ」

「ゼロ、本当にありがとう」


 そう言って、カルナは嬉しそうに笑う。


 アルファ達も暖炉の火を管理していたり部屋の喚起をしていたり湿気を保たせるためにミストを作っていたりと忙しそうにしていたので、ゼロがいたことは彼らの助けになっていただろう。

 それ故の、カルナの笑顔だった。


「ゼロさん、シノンさんに食べさせてあげてください」

「え、あ、うん」


 ゆうきに話しかけられ、少しだけ戸惑いながらゼロはシノンの寝ている寝台に歩いていく。

 盆を近くのタンスに置いて、カルナに視線を向けた。


 すると彼女は笑顔のままうなずき、ゼロはシノンへと視線を向ける。


「シノン、お粥、食べる?」

「ん……?」


 シノンはゆっくりと目を開けた。そして咳をしてゼロの方へと顔を傾ける。

 そしてゼロが彼の後頭部に手を添え、ゆっくりと起き上がらせた。


「シノン。ゼロがお粥を作ってくれたよ」

「お、かゆ……?」

「寝ぼけるな、おい」


 アルファがツッコミを入れる。実際シノンは熱のせいか寝ぼけている。そのせいで少し脳が働いていないのか、数秒の間お粥の意味がわかっていなかったようだ。


「え、ああ、そう、か。ありがとう……けほっ……」

「無理に喋ると喉やられるわよ?」

「食べる?」

「……ああ、いただく」


 ゼロは微笑んで、丼に盛られた粥を掬って彼の口に運んだ。


「じゃ、私達は食堂に行きましょうか。カルナ、ゼロ。朝ごはん持ってきてあげるから、シノンお願いね」

「うん、ありがとう」


 2人を気遣い片目をパチリと瞑ったアリュスフィアに感謝しつつ答えるカルナ。アルファとゆうきもそれを察して3人は部屋から出ていったのだった。


「……うん、美味い」

「本当……?」

「嘘を言う趣味は、ない」

「良かったあ……」


 ゼロはほっとしたように胸をなで下ろした。カルナもその様子を、優しく微笑んで眺めている。


「あ、じゃあ私、新しい薪を取ってくる」

「え、あっ、私が行くよ!」

「ふふっ、いいよ。ゼロはシノンをお願い」

「えっ、うん……」


 シノンは微笑んでカルナに感謝の視線を送り、カルナもそれに手を振って答えた。

 彼女が外へと出ていくと、部屋には沈黙が降りた。

 途中でアリュスフィア達が朝食を持ってきた時以外は、ただ、ゼロが皿から粥を掬ってそれをシノンが食べるといった音が静かに響いているだけだった。


「……わるい、もう、腹がいっぱいだ」

「わかった。……美味しかった?」

「ああ……美味かった。すごく、懐かしい味が、した」

「え……?」


 シノンは背中を壁に預けて、ゼロに言う。


「カルナは俺とお前を気遣ってくれてるんだよ。たぶん、あいつは俺の様子に気づいてる」

「シノンの様子……? どういうこと?」

「……お前が、とある人物にすごく、似ているんだ。もう、死んだんだけどな。だから、なんだか放っておけないっていうか……」

「っ……」


 ゼロは膝の上に置いた拳を握りしめた。

 シノンが自分を気にかけてくれるのは、あくまでもその人に自分が似ているからなのだろう、と。


 彼女はここ数ヶ月でカルナに勉強も教わっていた。そのため、ある程度の知識や知能はついた。だから、これくらいの事はしっかりと理解できる。

 だが中途半端に知能がついてしまっているだけに、ゼロはシノンの話を最後まで聞くということを思いつかなかった。


「……やっぱりな。何となく気づいてたんだけど……」


 シノンは咳き込みながらも微笑んで、ゼロに言った。


「ゆっくりでいいよ。わからないことがあったなら、カルナに、直接、相談すると、いい……」

「え、シノ――……ぁ……」


 ゼロが話しかけようとした時には、シノンはすでに寝息を立てて眠ってしまっていた。

 ゼロはそんなシノンを寝かせ、布団をかけてから湿らせた布を彼の額に載せた。


「シノン、寝ちゃった?」

「あ、カルナ……」


 扉を開けて入ってきたカルナは、振り返ったゼロを見て目を見開いた。


「ゼロ……どうしたの? 大丈夫?」

「え……?」


 カルナは薪を置いて来ると、ゼロの背中をさすった。


「シノンが、何か言った?」


 彼女にそう言われて、ゼロは初めて自分が泣いていたことに気づいた。


「なん……で……?」

「ゼロ?」

「違うの……シノンは……何も、してないの……でも、何だか、悲しく……なっちゃった……」

「…………話、聞こうか? 私で良かったら、相談に乗るよ」


 カルナがそう言うと、ゼロはうなずいた。


「私……よくわからない。シノンといると楽しくて、胸が躍るし、心臓が、ドキドキするんだ。でもシノンが、私は、もう死んじゃった誰かにそっくりなんだって」

「その……誰かって?」

「わからない。シノン、言う前に寝ちゃったから」

「そうか……」


 カルナはゼロをソファに座らせて、自分もその隣に座った。


「最初は、それだけだったの。でも、最近は何だか、辛くて、苦しくて、時々息もできないほど恥ずかしくなったりして……カルナ、これは、なんなの……?」


 女の子にはよくある……とは言えないが、ある現象。

 ゼロが感じているのは、一定の対象に対して抱く特殊な感情だった。

 それに気づいたカルナが、経験者として優しく微笑む。


「……好きなんだよ」

「え?」

「わかる? 恋愛って言葉を、さ。私がシノンのことが好きなように、ゼロもシノンが好きなんだよ。人を好きになる……ということは、一生傍にいたいと思う異性のことなんだよ」

「一生……傍に……?」


 ゼロが目もとを赤くして問うと、カルナは笑顔のままうなずく。


「そう。……いいよ、私。ゼロなら」

「え……でも、カルナの方が先に……」

「先とか後とか、関係ない。それは仕方のないことでしょ? 出会うタイミングの問題。それに一番大事なのはここでしょ?」

「……心臓?」


 カルナがゼロの右手を持ち上げ、彼女の胸に当てる。

 だがその事にはまだ鈍感なゼロが、カルナの言いたいことに気づくはずもなかった。


「あははは、確かに、心臓は大事だけど……くくく……」

「か、カルナ……!」

「ああ、ごめんごめん。大事なのは、気持ちだよ」

「きもち?」

「そう。思い切って、シノンにその気持ちを伝えてごらん。きっと、応えてくれる」

「………………うん……!」


 ゼロはようやく笑顔になり、勢いよくうなずくのだった。

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