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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第11章、長期休暇
127/138

127、料理と掃除

「っ……!」

「美味しいでしょ、シノンの料理?」

「おい、しい……?」

「……食べ物を食べた時に感じる、幸せって感じのことよ。不味いのを食べたら不快でしかないわよ」


 少女は無表情だが、シノンとアルファの作った料理を口の中に入れた瞬間明らかに明るくなった。

 だが美味しい、という言葉に首を傾げたのに対しては、難しい反応をするしかなかった。


 それだけ、美味い料理を食べたことがなかったということを示しているも同然だからだ。

 少女はその後、黙々と料理を食べ始める。時々向かい側で食べているシノンへと視線を向けるが、それも一瞬だが皆気づいていた。

 だが敢えて気づかない振りをするのだった。




 ―――――――――――――――――――――――




 柔らかい朝の光を感じる。暖かくて、ふかふかで……なんて言ったら良いのかわからないような、良い気分だ。


 ………………ん? 暖かい?


 私はそこに疑問を持って上半身を起き上がらせた。視線の先にあるのは見知らぬ……じゃなくて、見慣れぬ広い部屋。

 色々な物が置いてあるけど、私は名前も使い方も知らない。


 そうだ、昨日、シノンという人に助けられたんだっけ。


 とりあえず下に降りてみようと、寝台から降りて扉を開け、食堂に向かってみることにした。

 たしか、食堂は1階だったはずだ。


 ふと、私の耳に嫌な音が聞こえてきた。


 ブンッ、ブンッ、と硬い棒を振り回すような、嫌な音。

 あれは私の体を何度も叩いて殴ってきた物だから。


 けど、不思議とあの男の人たちの所にいた時のような嫌な感じはなかった。だから、私はその音が聞こえる外へと走る。

 走るとは言っても、あの男の人たちほどじゃない。私は小さくて、力がないから。でも、歩くよりは速いことを知ってる。だから、走る。


 息は苦しいけど、気になってしかたがなかった。早く、この音の正体を知りたい。

 そんな思いで走り続けたら、玄関へとたどり着いた。


 広間の中を、一際大きい扉へと向かって歩く。

 息が苦しい。あの時と同じはずなのに、怖くないし、痛くもない。だから私は迷わず、扉を開けた。


 ……え?


 目の前に広がっていた巨大な水溜り。

 周りはたくさんの木に囲まれていて、白い帽子を被った大きな山がそれらを包んでいるようにも見える。

 そして真ん中にある水溜りは、朝の太陽の光が映っているようでキラキラとしている。


 何でこんなにも、嬉しいのだろうか。ただの水溜りと木と山なのに。どうしてこんなに……


 ……綺麗なの?


「命の泉。その水はどんな病もどんな傷も癒し、浸かれば疲労の回復効果を持つ。飲めば永遠の命さえ手に入れることができる……と云われる伝説の泉だ」

「え……?」


 声がした方を振り向くと、そこには白銀の髪に獣の耳を持った少年がいた。

 私は何故か、途端に恥ずかしくなる。胸を抑えて、体ごと少年から逸らす。


 彼は首を傾げていたが、特に何も言ってこない。


 この人が、私を助けてくれた。私の首の輪を、取ってくれた。そして、あの暖かい食事とベッドを用意してくれた。


 この気持ちは、なんだろう。ここに来て、初めてのことばかりだ。


 この人を見ていると、夢なのではないか……そんなふうに思ってしまう。でも、今は……。


 私は少年――シノンを振り返った。彼は無表情だけど柔らかい雰囲気を持って私を見ていた。


「何、やってたんだ?」

「あ……音、したから……」

「音? ……ああ、これか」

「っ!?」


 するとシノンは何もない所から1本の、先の尖った木の棒を取り出す。

 私は驚いた。なのに、不思議と怖くはなかった。この人なら、こんな不思議なこともさらりとやってしまうのだろうと、納得してしまったのだ。


 実際、私の驚きなど気にもせずに彼は木の棒を消した。


 改めて私はシノンの顔を見る。よく見ると、彼の右の目が少しだけ薄くなっていた。


「あの……それ……?」


 私はシノンの右の目を指差して言った。彼は何度かまばたきした後に、ああ、と呟く。


「魔力が少し抜けているだけだ。まあ、しばらくすれば治るし問題はない」

「まりょ、く……?」

「……お前、いつから奴隷だった?」

「……小さい、頃から……」


 シノンは目を細くした。そして私の手を握ると、泉の畔まで引っ張っていく。


「シノン……?」

「座れよ」


 そう言って、シノンは優しく微笑む。


「語彙力がないと思ったら、お前、小さい頃から奴隷だったんだな。俺が教えてやろうか、色々と」

「え……?」


 地面に座って、シノンはそう言った。私もシノンの隣に座って、その彼の横顔を眺めていた。

 ごいりょくって、なんだろう。シノンは難しい言葉をよく使う。カルナも、フィアも、ゆうきも。


 風が吹いた。

 優しく、柔らかく、暖かい風。


「なあ……お前、名前はなんていうんだ?」

「ぁ……」

「…………………………」

「……ゼロ……」






「なんでついてくるんだよ」

「……だ、だって、馴染めないんだもん。私、何も、できないから……」

「何もできなくったっていいよ。というか、仕方ないだろ。なら、家に残って何かできるようになるための努力をしろ」

「じゃ、じゃあ、戦い方を教えて」

「…………は?」


 翌日、シノンが見回りをするために森へ出かけようとすると、ゼロが彼にトコトコとついてきた。

 しっかりとした食事を摂ってまだ2日目なので当たり前だが、肉も筋肉も細くて小さいために足は遅かった。だからこのままシノンが走ってしまえば追いつかずに森の中までついてきそうだったので、彼は敢えて歩いていた。


 だがそんな会話をしてから、シノンはきょとん、とした表情をする。

 なぜ、今、戦い方を教えろ、なのだろうか。


 こんなに細くて肉も大してついていない女の子が急に運動をしてしまえば、間違いなく筋肉が壊れる。

 それを危惧して、シノンが発した声はたった一言だった。


「駄目だ」

「え……? どう、して……?」

「理由はそのうち分かる。だが今はそんな状態じゃ、体を激しく動かすのは無理だ」

「ぁ……うん……」


 シノンはそう言い、森の中へと歩いていってしまった。





「シノンに戦い方を教えてって言ったら断られたんでしょ?」

「え……ええ……!? な、なんで、わかった……?」

「見てればわかるよ。私もそうだったもん」

「へ……?」

「ちょっと事情があってね、13歳の頃まで戦いとはまったく無縁の世界にいたものだから、私も武器や魔法が使えなかったんだ。だから、強いシノンに戦い方を教わろうと必死に頼んだんだけど……なかなか折れてくれなかった。まあ、今はシノンが折れてくれて、もう何もできない私じゃなくなったんだけどね」


 満面の笑みでカルナはそう言った。

 ゼロはきょとん、とした表情で彼女を見つめる。なぜ、言ってもないのにそのことが分かったのか。自分と大して変わらぬ歳なのに、ここまで差がつくのか、と。


「女の勘だよ。ね?」


 ゼロは首を捻るばかりだった。


「あ、じゃあまずはお料理できるようになってみる? まあ、私も未完成なんだけど」

「みかんせい?」

「完璧じゃないってこと。でも、少しはできるんだからね」


 胸の前でガッツポーズを作るカルナに、納得した、とばかりにうなずくゼロ。そしてカルナは、今度は名前を訊くのだった。


「ゼロ……いい名前だね」


 そう言って、ニコリと笑った。その笑顔にゼロは少しだけ見惚れたのだが、それに気づかずじっと見つめてしまう。


「……どうかした?」

「あ……い、いや、カルナ、綺麗だなって」

「…………………」


 口をぱくりと小さく開いたまま、カルナは固まる。その状態に焦ったゼロが何かを言おうとした時、カルナの顔が再び満面の笑みに変わる。


「やっと自分から話してくれたねー! いやいや、ごめんごめん。そう思ったら嬉しくてさ。シノンの時もこんなに嬉しかったっけー……」


 懐かしそうに目を細めながら、カルナは斜め上を向く。だがすぐに視線をゼロへと戻し、言った。


「よし! そうと決まったらやろう!」

「お、おおー……?」


 こうして、カルナによるゼロの料理特訓が始まった。


「じゃあ、まずは簡単な料理から作ってみようか」

「う、うん」

「そうだなー。じゃあ、味付けとかも必要のない野菜サラダかな」

「さらだ?」

「お皿の上に、生の野菜を載せるやつ。さ、やるよ」

「うん」


 ゼロはうなずき、カルナの指示の通りに野菜を切る。不器用な手つきで、カルナのサポートなしではまだ無理だが、それでも意外と熱心に取り組んでいた。

 彼女の目は、野菜を切っていくうちに好奇心に変わり、出来上がった頃には達成感のようなものを感じていた。


「……楽しい。もっと教えて」


 ゼロは目を輝かせながら、カルナにそう頼んだ。するとカルナも笑顔になり、もちろん、とうなずく。


「うん、初めてにしてはすごいと思うよ、これ! よし、じゃあ次はもう少し難易度をあげてみよう。今度は日を使ってみようか!」

「うん!」


 それ以来、数週間は調理室で2人の楽しそうな声が響き続けるのだった。





 更に数ヶ月後。季節は秋となり、泉の周辺の木々は赤く染まる中、シャノン山脈の山々は本格的に雪を被るようになった。

 ゼロも含めた6人は、それなりに充実した日々を送っていた。


 近くに生息する動物を狩って食糧にしてみたり、シノンが渡した転移の付与された魔道具でアルファ達3人が街へ依頼に出たり、あるいは料理、洗濯、掃除などの家事全般をこなすためにカルナがゼロにそれらを教えたりと、それぞれが思い思いに過ごしていたのだ。


 そんな、ある日。


「カルナ」

「何、シノン?」

「出かけるぞ」

「へ?」


 カルナは間の抜けた声を出す。急に言われたことなので、少し戸惑っているようだ。


「ぜ、ゼロは? アルファ達、今日、依頼に出ちゃってるけど……?」

「……悪いが、留守番をしていてほしい。さすがにゼロは連れていけない。まあ、午前中で終わるから、すぐに戻るさ」


 そう言って、シノンはゼロの頭をそっと撫でた。

 彼女は少し驚いて怯えていたが、シノンの手の感触を感じて肩の力を抜いた。


「あの、私のこと、気にしなくてもいいよ。2人で、行ってきて」

「ゼロ……ごめんね。じゃあ、行ってくる」


 ゼロも笑顔で手を振る。カルナはそれに応え、そしてシノンと共に外へと出ていったのだった。


「………行っちゃった」


 ゼロは呟き、掃除を始めることにする。

 カルナが掃除ができるように、と、シノンに一部分だけ保護魔法の掃除クリーンの効果をなくしてもらっているのだ。


 自分の部屋と、その前の廊下をゼロは掃除する。

 まずはバケツに水を汲み、雑巾を浸して絞って廊下の窓や窓枠、自分の部屋のドアなどを丁寧に拭く。


 それをやったならば廊下は終了。その後は水を替えて自分の部屋へと入っていき、雑巾を使って中のタンスや棚、机などの物や窓、窓枠を拭いて汚れをとる。

 まだ手際が悪く不器用なゼロだが、それらの清掃を3時間ほどかけて行った。そしてそれが終わった頃には、シノンとカルナは帰ってきていた。


「ゼロー、ただいまー……っと」


 カルナはゼロの部屋にそう言いながら入ってきた。すると、いつもより一際綺麗になっている部屋を見回した。

 いつの間にか昼になっていたらしい。


「……すごいよ、なんだかいつもよりも綺麗に……って、こんなものまで」


 カルナは部屋に置かれていた熊の銅像を手に取る。ゼロが自分で掃除をし始めて数ヶ月は経っているから、少しの埃は被っていたはずなのだ。特に指の入る隙間のない所などは。

 しかしそういった場所にも一切の埃が見当たらないのだ。


「あ……うん、なんか、夢中になっちゃって……あれ? カルナ、なんだか雰囲気変わった?」

「へ? そう? 普通だけど」


 カルナは首を捻る。ゼロには、カルナの何かが変わったような気がしていた。自分とはまったく違う、威厳のようなものを感じるのだ。


「ほらな。お前がここにしばらく残らなきゃいけない理由は、それだよ」

「あ、シノン。どゆこと?」

「後でな。今それを堂々と話せるわけがないだろ」

「あ、あの、シノン」

「ん?」


 シノンは話しかけてきたゼロに視線を向ける。

 彼女は数ヶ月経った今では、まだ痩せ気味ではあるがそれなりに肉がついてきている。掃除や料理のおかげで筋肉も標準並みには育ったので、カルナはそろそろ彼女に運動をさせたいと思っていた。


「私に、戦い方を教えて!」


 シノンは軽く目を見開く。まだ、そんなことを思っていたのか、と。ゼロは、カルナが戦闘の心得があるとは知らなかったため、彼女に戦闘の指南をしてもらうことはできないだろうと思っていた。

 だから他の5人の中で一際親しい2人のうち1人……すなわちシノンが適切だと思ったのだ。


「……そうか。わかった。だけど、まずは基礎を鍛えなきゃいけないから、運動して筋肉をつけなきゃな」

「……! ありがとう!」


 ゼロは満面の笑みを浮かべて言った。それは自分も戦うことができるようになれるという喜びと、シノンと接する機会が増えるという喜びがあった。


 それに気づいたカルナが、少しだけ目を見開いていた。


 そしてシノンに視線を送るが、彼はゼロの気持ちに気がついていないようだった。


「…………………………」

「なんだ、カルナ?」

「……いや、何でもないよ」

「……?」


 そんなカルナの様子に、シノンは首を捻るだけだった。

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