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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第11章、長期休暇
126/138

126、奴隷と傭兵

「おらぁっ!」

「くそっ! 情報が間違ってんじゃねえか! 誰だよ、()()()()がいれば魔物に襲われないって情報流したやつ!」

「知らねえよ! ていうか、さっさと片付けねえとやられんぞ!」


 シャイン山脈のまだ浅い所。森の開けた場所で、激しい戦闘音が鳴り響いていた。

 傭兵姿の男達の集団に、Bランクの魔物である三頭犬ケルベロスや、Aランクの魔物であるゴーレムの()()が襲いかかっている。


 本来三頭犬(ケルベロス)とゴーレムは一緒に狩りなどしないのだが、この森ではそういったことは普通にある。

 このことに男達はイライラしていたのだが今は命の危機というだけあり、本職の意地を見せつけていた。


「いつまで続くんだ、この襲撃は!」

「だから、知らねえっつーんだ、よっ!」


 苛立ったような声を出し続けながら彼らは武器を振り続ける。その数、なんと2400人。

 100人近くはここに来るまでに失っている。更に今回の襲撃で数はどんどん減ってきており、彼らの体力も限界だった。

 その2000人以上の男達の中には女の姿もある。


 いずれも自らの欲望のために集まった集団だ。

 その欲望を敏感に感じ取って襲ってきたのがこの三頭犬とゴーレム達なのだが、それに気づかずに戦う傭兵の男と女。


 彼らはそれなりに腕の立つ傭兵だ。名は売れていないが、A級冒険者並みの腕を持つものも少なくない。

 そんな手練れの集団なのだが、たった1人だけ、どう見ても明らかに戦えない人物がいた。


 両手を後ろ手に縛られ、肘から上の辺りも縄で縛られている。

 その縄の先は大柄な男が握っており、逃げられないように見張りをしている。


 その人物は小柄な女の子で、服装はボロボロで丈の短いワンピース。首には金属の首輪がしてあり、本来ならば整った顔立ちも酷く無表情で暗い。

 肩より少し上まで伸びている白い髪は輝きを失いボサボサで、握れば折れてしまいそうなほど細い手足に、やつれた頬。

 鮮やかなはずだった赤い目は窪んでおり、まさに正真正銘の木偶の坊となってしまっていた。


 傭兵たちが魔物に襲われ死の恐怖に堪えている中、その少女だけは無表情のままその場に呆然と立ち尽くしていた。

 歩けと言われれば歩くし、止まれと言われれば止まる。寝ろと言われれば寝るし、起きろと言われれば起きる。

 そんな、人間とは言えないほどに感情を失った少女だった。


 しばらく傭兵たちの闘争が行われていたが、ある時を境に引き始めるのが目に見えてわかってきた。


「……? おい、魔物が引き始めたぞ! できるだけ殺せ!!」

『おー!!』


 しかしリーダー格の男の声に従い魔物を殺そうと傭兵たちは動くが、そんな彼らを軽くあしらいながら木々のすぐ手前まで行って止まる。


「な、なんだ……?」


 誰かが、そう呟いた。大して大きな声でもなかったが、静かになった草原の中で、その声はやけに大きく響いた。


「お、おい……あれって、神獣じゃないか……!?」

「嘘だろ、まだここはかなり浅いはずなのに……!」

「に、逃げろー!」

「馬鹿! 魔物に囲まれて逃げるに逃げられねえよ!」

「くそっ! 何なんだよここは!!」

『ここは“水の庭”。本来人間が立ち入るような場所ではないのだよ』

「っ!? だ、誰だ!」


 広い草原の中、魔法を使ったような声が辺りに響く。

 傭兵たちは姿の見えない相手に対して威嚇するが、すぐに恐怖へと変わった。


『ふん。そんなチンケな腕でここへ挑んでくるとは』

「お、おい……喋ってんのって、あの神獣じゃ……?」

「黙れ、下種どもが」

『なっ!?』


 白銀の毛並みを持つ体長2メートルを越す狼の次は、同じ白銀の髪を持つ10代半ばほどの獣人の少年が現れた。

 その姿を見て、傭兵たちの目の色は恐怖から欲望へと一気に変わる。


 目を上げた少年の目の色が、世界でたった数人しか存在しない青色だったからだ。

 その少年――正確には少年の髪の色――を見て、これまで何に対しても反応を見せなかった少女が顔をあげ、その表情を不器用でも恐怖へと変える。


 目の前のレイヴァに夢中になりすぎてその少女の様子に気づくことはない傭兵たちだったが、少女にしても目の前のレイヴァの少年にしか意識が集中していない。


 彼女はわかっていた。

 レイヴァは仲間を大事にするので、こうして自分が捕えられているのを見れば助けようとするはずだ。

 神獣や魔物がいるとはいえ、少年と2000人以上の手練れの傭兵たちでは勝敗は明らかだ。


 もし勝ったとしても、自分が人質にされてはいずれにしても彼は捕えられてしまう。

 それが怖くて、足がガクガク震える。


 少女だってレイヴァである。

 助けて欲しいとは思う。でも、そうすることで犠牲が増えるくらいなら、少年には逃げて欲しかった。


「だ……め……」


 何とか絞り出した声。隣にいる人物でさえ聞こえないほどの小さな声で少女は続けて呟く。


「に……げ、て……!」

『そこにいろ、動くなよ』

「っ……?」


 頭の中に優しい少年の声が響く。

 よく見てみれば、彼の顔には余裕さえある。そしてまたよく考えてみれば、あの少年が来てから魔物達はいっさい動かず、大人しくしている。


 男にしては小柄な体型ではあるが、どこか頼りになる雰囲気がある。

 整った顔立ちに深い青色の目、人を寄せつけないような凛々しい姿を見れば、少女はただうなずくことしかできなかった。


「はっ、俺達はついてるなあ! おら! 神獣だかなんだか知らんが、ただのこけ脅しだ! 神獣をこんな子供が従えられるわけがないだろう!」

『おー!』

「そうだそうだ、言われて見りゃそうだな!」

「あのガキが神獣を従えられるなら、俺は神だって従えられらあ!」

「いくぜ! 俺達の金だー!」


 士気は上がり、確実に傭兵たちの戦闘力は高まる。

 しかし尚少年は落ち着いている。だが少女はもうダメだとばかりにうつむいた。


「ぐおっ!?」

「え……?」


 後ろから低い呻き声が聞こえた。

 少女は振り返る。そこにいたのは、たった数秒前には50メートルほど離れた木の近くに立っていた少年だった。


 少女は目を見開き、今度は傭兵たちが走っていった木の方向を見る。そこには魔物を倒すどころか蹂躙され続ける傭兵たちの姿。

 思わず少女は目を逸らす。


 悲鳴が響き、体の一部が爆ぜる音、そして内蔵や血が外に吹き出す音が次から次へと耳に入ってくるからだ。

 耳を塞ごうにも、縄で縛られていてそれができない。


 そう思った矢先、手首と肘上の縄の感覚が消えた。少年が短剣で縄を絶ったのだ。


 少女は自分の手を見る。そこには、ほとんど肉のついていない、白い手があった。


「怪我は?」


 少年に問われ、彼女は首を横に振る。改めて少年の顔を見る少女。すると心臓がドキドキと鳴り出した。

 それを聞かれているような気がして恥ずかしくなり、少女はうつむく。


 心臓の音を抑えようとして両手で胸に手を添えるが、一向にそれは治まらなかった。


「ここはあいつらに任せよう。とにかく、お前は早く休まないと危ないしな」

「っ……!?」


 腕をそっと掴まれ、ビクリと身体を震わせる少女。

 だがいつも男達にされていたように強引なものではない。暖かくて、優しい手だった。だから彼女は抵抗することなく、少年を見る。


 すると、肩と両膝の裏に手を添えられ、持ち上げられる。

 いわゆる、お姫様抱っこをされるのだった。


「っ!?」


 少女は驚愕の表情を浮かべ、そして顔を真っ赤にして暴れる。だがほとんど力がない少女が暴れたところでどうにかなるはずもなく。


「大人しくしろ。なんなら、寝ててもいい。とにかく歯を噛み締めてろよ。舌、噛むからな」

「あ……えっ?」


 少年はそう言うと、空へと跳躍した。そして空気を蹴るようにして、空を翔けて行った。

 そんな少年を少女はしばらく見つめていたが、やがて眠気が襲ってきたので深い眠りへとついたのだった。






「奴隷って……首輪は、どうするの?」

「取る。今、ここでな」

「どうやって? 奴隷の首輪は主人が鍵で取らないと奴隷も取ろうとした人も死んじゃうんだよ?」

「知ってるさ、そんなこと。簡単だよ。こうやって取るんだ」


 するとシノンは寝台に寝かせた少女の首輪に手を翳す。すると掌から幾本もの金色の糸が出てきた。


「そ、それは?」

「魔力の塊だ、ただのな。これで、鍵穴に突っ込む。で、死亡効果のある首輪の機能はもちろん殺す」

「そんなことができるのか……?」

「何年生きてると思ってんだ。ま、いい。とにかく始めるから、終わるまで黙っててくれよ」


 シノンの言葉に、4人はうなずく。彼はさっそくとばかりに掌から伸びた魔力の糸を、少女の首につけられた首輪の鍵穴へと突っ込む。

 そして自らの大量の魔力を一気に押し込み、奴隷の首輪を故障させて発動を阻止する。成功を確認すると、今度は解錠にかかった。


 レイヴァを捕らえているものなのだからそれなりに値段も高く鍵穴も複雑だと思ったのだが、意外にも単純な構造だったためにそれほど苦労もせずに解錠に成功した。


 カチッ、と小さく音を立てながら黒い金属製の首輪は割れ、少女の首は解放された。


『……すごい』

「意外と単純だったからな。まあ、後は目を覚ますのを待とう。カルナ、こいつが起きたら風呂に入れて、飯を食わせてやってくれ。俺は外に出てくる。夕飯までには帰るよ」

「あ……うん」


 シノンが女の子を気遣うなんて珍しい。


 そんなふうに思ったカルナだったが、相手はレイヴァだったことを思い出してすぐに納得する。


「じゃあ、俺も出ているよ。女の子の中にずっといるのは厳しいからな……」


 そう言って、アルファも出ていった。


「ふむ、レイヴァ……ね。こんなに可愛い子をこんなにボロボロにするなんて……許せないわ」

「酷いですね。逃げられないようにするために、碌に食事も与えられなかったんでしょうね」

「……シノンは2000人くらいの傭兵たちが森の中に来てたって言ってたけど、そんな中にいたらどっちにしても逃げられないと思うけど……」

「でも、なんでこんな危険な場所にこの人を連れてきたのかが私は疑問だわ。どうしてかしら?」

「何か事情がありそうですけど……シノンさんに聞けばわかりますかね?」

「わかるでしょ。シノンなら」


 軽い口調で話す女性陣3人。 その後しばらく会話を続けるが、やがて呻き声が聞こえてピタリと声が止む。


「……起きた?」

「起きた……のかな?」

「起きたんじゃ……ないですか?」

「ん……ぁ……?」

『起きた』

「えっ……!?」


 少女はその赤い目を開き、周りを見渡した。そこへカルナ達3人が声を上げたことで、はっきりと目を覚まして起き上がった。

 そして身体を盛大に震わせている。


 寝台の端っこへと移動し、掛け布団を体に巻きつけている。その鮮やかな瞳には、相手を警戒する色しか浮かんでいない。

 だが、カルナを見た瞬間にそれが少し和らいだ。


「大丈夫、ここには君を傷つける人はいないから。私はカルナ。こっちはフィアで、こっちはゆうき。よろしくね」


 笑顔で、できるだけ優しく話しかけたカルナ。同じレイヴァで女の子に会えたことが少し嬉しかったのか、カルナは少女の警戒の色が更に少しだけ薄らいだような気がした。


「ほら、まずはお風呂入ろう? お腹も空いてるだろうし、ご飯、食べるでしょ?」


 ビクリ、と体を震わせたが、カルナがレイヴァであるということもありゆっくりとうなずいた。


 すでに外は暗くなっており、そろそろ夕飯を食べるはずであろう時間だ。


「シノンも夜に帰ってくるって言ってたわよね?」

「うん、夕飯までには、って」

「じゃあ、たぶんもう帰ってきてますよ。早くお風呂に入りましょう?」

「あ……え……その……」


 少女は自分の首に手を触れた。しかしそこにあるのは金属の首輪ではなく自らの肌。それに少女は目を見開き、もう片方の手でも首を触ってみた。


 しかしそこにあったはずの物はなく、久々に感じた解放感が嬉しくて思わず訊いてしまった。


「首輪……?」

「ああ、シノンが取ってくれたのよ。あなたはもう自由なの。ね?」

「じ、ゆう……?」


 少女はきょとんとして首を捻ったが、それでも嬉しさが勝っているのか微笑を浮かべて自分の首を触っていた。


「ほらほら、早く。お風呂入ろう!」

「え……ええ……!?」


 少女は小さい声で何かを訴えようとするが、どこ吹く風とばかりに受け流して半ば強引に風呂場へと連行していった。





「うわ、何この汚れ。酷いわねもう」


 アリュスフィアがそういったのも無理はない。

 頭と体の汚れを泡で洗い、湯で濯いでいる間に床へと広がったのは茶色っぽく染まった泡と湯なのだから。


「どう、気持ちいい?」

「は……はい……」


 少女は顔を赤くして、みんなの顔を見ないようにとうつむいている。

 カルナがシャワーで少女の体を洗い流し、それが終わると今度は湯船に入った。


「ふぅー……温かいわー」

「命の泉の水が使われてるから、疲れも取れるよ」

「……はい……」


 相変わらず無表情で、少し警戒したような色を浮かばせながらうなずく少女。3人からは少し距離を取って座っている。

 しかし無理に近づくでもなく、3人はしばらく静かにしていた。


「……そろそろ出ましょ?」

「そうだね……のぼせてきた……」

「ははは、カルナさんものぼせやすいですよね。シノンさんに似て」

「あ、はは……ほら、君も出よう」


 手を差し伸べられ、黙ってうなずく少女。カルナの手を握って立ち上がり、脱衣所へと上がっていった。




「うん! 似合ってるわよ!」

「センスあるねー」

「よくありましたね、サイズとか」

「そこはほら。私のを」

「あ……あのぉ……」

「あ、ごめんね。お腹空いた?」


 カルナが笑顔で問いかけると、黙って小さくうなずく少女。それを見て、3人はさっそくとばかりに少女を伴って食堂へと歩いていった。

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