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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第11章、長期休暇
124/138

124、水珠と一部

 シャノン川。

 このラトス皇国で最大の流域面積を持つ川にして、最高の長さを誇る、神が暮らすと云われている神聖な川の名前。


 水の女神シャノン。

 シャノン川の由来となった女神の名前だ。

 温厚で穏やかな性格であり、水の精霊ウンディーネの親友ともされている。


 清らかな水場に住み、人々に水の恵みを与えてくれる美しい女神である。


 そんな女神を信仰するのが、『水神シャノン教』。シャノンを中心とした水に関する神を信仰する宗教だ。



 この国の代表的な神話を簡単に説明するとこうなる。



 大昔、ラトス皇国は水があまり多くはなかった。

 日々乾きに耐え、畑もなかなか育たずにほとんどは輸入に頼っていたのだ。


 そんな時、人の姿をしていたシャノンが怪我をした時に、助けた人間がいたらしい。

 だからシャノンは人の姿でその人間に何度もあったそうだ。

 その時仲良くなり、他の人間とも仲が良くなった。シャノンは人が好きになり、このラトス皇国に多くの雨と水をもたらしたと云う。


 その後は今のように豊かで清らかな水をこの国にくれるようになった。


 それは国民全員が小さい頃から聞かされる神話であって、シャノンはこの国の“守護神”として崇められてきたのだった。





 シノンもまさか、久しぶりにラトス皇国に来てそんな宗教ができていたとは驚きの事実であり、それを宿の一室で4人に語ってみせると案の定少し驚いていた。


「6年くらい前は宗教なんてのはなかった。神に拝む場所ならあったんだが」

「ちなみに、その神話って実話なの?」

「……あながち、間違ってないか……? だが俺は女神じゃないぞ」

「少女と間違えられたんじゃないの? だってシノンって結構女顔よね?」

「ふざけるなぁ!!」


 さすがにシノンも女顔なのは今も気にしているらしい。

 顔も小さく顎も控えめなので、顔だけ見れば女かと思う者は半分ほどもいるだろう。

 最近はあまりないと思っていたが、やはり女顔なのは変わらない。


「はははっ、まあそう怒るなよ、シノン」

「ガルルルルルルゥ……!」

「怖いわよっ」


 本物の狼のように威嚇するシノンの頭に、カルナの手が載った。すると、動きがピタリと止まった。

 そしてカルナがそっと頭を撫でると、体の力を抜き、頬を綻ばせながら尻尾を左右に振るのだった。


「マジで狼なんだな、お前」

「……そうですね」


 幸せそうに笑顔を浮かべるシノンを見て、意外そうな表情を浮かべる3人だった。






『え? 水神シャノン教?』

「ああ。6年くらい前まではなかったんだがな。いつからそんなのができたのか、調べてくれないか?」

『りょーかいだよー。ねえねえ、シャノンってシノンに似てない? ね、ね?』

「子供かよ。確かにそうだな、俺はもう眠いから寝るよじゃあな」

『あっ、ちょっと待っ――……』


 また余計な長話を聞かされる前に、シノンはリアナの言葉を遮って連絡を断ち切る。


『ははは、団長さんはいつも面白いねー』

「……お前ら、いつも勝手に連絡とって団長と話をしているのは知ってるんだぞ」

『あら? バレてた?』

「舐めるな、こら」


案内役サポーター』のプエルとフィーユに軽口を叩くと、シノンは欠伸をひとつして『地図マップ』を閉じた。


「……気になるの?」


 真面目な顔で問うてきたカルナ。それに対して、シノンは黙ってうなずく。


「ああ。あの男が持っていた首飾り……どう見ても、()()()()()|だった」

「えっ?」


 カルナは一瞬、何を言われたかわからなかった。まさか人間が持っていた首飾りが、シノンの()()と言ってもいい物の欠片だったのだから。


「ぐぁっ……!?」

「シノン?」


 シノンが苦しそうに頭を押さえて呻いたので、カルナが声をかけた。しかし彼は数秒後には憎々しそうな顔をしながら舌打ちをする。


「……ちっ。放っておいたのは間違いだったか。カルナ、先に寝てろ」

「え、なんで? ってどこ行くの?」


 シノンが外套を着て立ち上がったので、咄嗟にカルナが問いかけた。しかしシノンは微笑むのだった。


「ちょっと泥棒退治に、な」

「ああー……」


 納得の声を上げ、カルナは微笑んで言った。


「気をつけてね。私、待ってるから」

「寝てろ。もう遅い」

「いいよ、どうせ明日転移で行っちゃうし」

「どっちにしろ遅い夜は女には大敵なんだ。肌荒れるぞ」

「全然平気だよ。最近は徹夜多いけど今だってこの通り!」

「今は、だ。そのうち荒れてくる。それに、夜遅くまで起きてると暗闇神が来るぞ」

「うげっ……こ、子供じゃないし」

「暗闇神は大人も子供も関係ないだろうに……」

「じ、じゃあ、一緒に行く」


 だがしかし1歩も引く気はないらしく、カルナはそう言った。シノンもため息を吐き、本当に軽い痴話喧嘩は終わりを告げた。

 彼の返事がないのを確認し、カルナはさっさと外出の準備を始めた。


 そしてそれが終わると、2人は揃って部屋を出ていった。





「ダイナス様、今夜はどちらに行かれるので?」

「もちろん、この神の石を使い、困っている人達を助けるのです。そして、是非協会へお祈りに来ていただくのですよ」

「なるほど。その神のお力のお陰で、また誰かが助かるのですね」

「そうとも」


 月明かりが地上を照らす夜。街の防壁に沿うように白く大きな協会の前で、護衛の男とダイナスがそういった会話をしていた。

 ダイナスは笑みを浮かべ、男とともに街へと繰り出そうとする。


「こんな時間にお出かけか」

「……っ!? 誰だ……ぐっ!」

「ッ!?」


 護衛の男はそう声を上げて地面に倒れる。ダイナスはばっと振り返り、男を気絶させた誰かを確認しようとするが、そこに何の姿もない。


「ちょっと失礼」

「なっ! 誰だ!?」

「落ち着け。あんたに危害を加えるつもりは今の所ないが……対応次第ではどうなるかわからないぞ」

「っ……!」


 ダイナスは息を呑んだ。

 下手に対応すれば、この声の主に殺される、と本能的に感じ取ったからだ。


 前に向き直って見るとそこにいたのは、外套を纏い頭巾を深くかぶった小柄な男ともう1人の人物。

 そのもう1人は後ろで黙って佇んでいるだけで、特に何を言うわけでもなかった。

 目の前に佇んでいる男が1歩前に出て、静かに言う。


「あんたに聞きたい。……神の力とはなんだ」

「む? 君も神のお力が必要なのかね?」

「質問に答えろ。神の力って何なんだよ」


 少し苛立ったような男の声に気圧されたように、ダイナスは冷や汗をわずかにかいて答えた。


「この神の石のお力をお借りして、私が人々に恩恵を与えるのだ。私が、困った人々へと手を差し伸べ――……」

「もういい。寝ろ」

「っ!?」


 小柄な男に首筋を叩かれ、ダイナスは声を上げる間もなく地面へと倒れた。

 そして首から青い石を取り外し、月に翳して確認を取ると、その男――シノンは後ろに控えていたカルナとともに宿へと戻っていった。


 もちろん、周りに誰もいないことを確認して、だが。


「くっ……」


 シノンが手の中にある直径3センチほどの青い玉に魔力を流すと、その周囲に水が発生した。すると、彼は軽く頭を抑えて呻くのだった。


「大丈夫?」


 周囲の水滴を消し、少し疲れたような表情でカルナへと返事をする。


「ああ。まあでも、これで心配はいらない。良心からではあるだろうが、これをこのまま使われちゃ困るんでな。どうりで最近頭痛が多いと思った」

「え、嘘?」

「本当だよ。まあ、そんなに気にするほどじゃなかったから、気にしてなかったんだが」

「……盗まれた、って騒がれることはない?」

「記憶を消しておいたから騒ぐことはないだろう」


 シノンの言葉でカルナはうなずき、前を向いた。

 水珠はシノンの体の一部であり、力を使えばそれだけ彼の体力を使う。最終的にこの玉の力がなくなれば最悪の場合、シノンは死ぬことがあるので人間に持たせておくのは一部分だけとはいえ危険だった。


「にしても、なんで一部……?」


 そこが、シノンにとって一番の疑問点だった。

 そもそも水珠は『守り人』によって護られており、人間が手に入れられるような代物ではない。

 増しては一部しかないとなると、その他は何処に行ったのか。


「シノン?」

「ん?」

「いや、ぼーっとしてどうしたのかなって」

「ああ……まあ、大丈夫だよ。ただ、なんでこんな所にこれがあるのかな……と思ってな」

「あーなるほどー……たしかに」


 カルナも納得し、顎に手を当てて考え始める。

 しかし考えたところで答えが見つかるはずもなく、あっさりと諦めるのだった。





 何やら騒がしく宴会をやっている酒場を通り過ぎ、私達は自分たちの部屋へと戻った。

 そして中に入って外套を脱ぐと、シノンが私に正面から抱きついてきた。


「へ? シノン?」


 私は思わず声を出す。シノンは1度腕の力を緩め、目を細めながら私の下ろされた髪を掻き上げてそっと頬を包んだ。

 ……暖かくて、柔らかい彼の手だった。

 私はと言うと、困惑した状態のまま頬を赤らめてじっとしている。


「んー……」

「まさかとは思うけど、お酒入ってる……!?」


 酒場の前を通った時……というか鍵を受け取りにカウンターにいた数秒間ほどの間、酒場からは賑やかな声と強い酒の匂いがあった。

 それを嗅いで酔ってしまったのだろうと私は予想した。

 たぶん酔った勢いでシノンは自らの欲求に耐えられなくなったのだろう。


「え……ええ?」

「ん」


 え? ちょっと待って、何してんの!?

 ……シノンは再び右手で私の髪を掻き揚げ、そして首筋へと顔を近づけた。


「ひっ……!?」


 体に鳥肌が立った。一瞬、体に力を入れて固まった。

 首筋に感じた柔らかい感触は、明らかにシノンの唇だった。唇同士でキスをするよりも密着度が高くて、いつもよりも彼の匂いと温もりが感じられる。

 くすぐったいけれど、何故か離れたくない……じゃなくて、離れ、られない。


 数秒して口を離してから、今度は耳を舌で撫でる。私はまた体に力を入れる。

 ……くすぐったい。でも、彼が両腕で私の体を拘束しているから動けない。


「シ、ノン……」

「ん……」

「ひぃっ……!」


 私がまた小さく声を上げたのは、シノンが再び首筋へと唇を当てたからだった。

 ……駄目だ、完全に酔ってるよこれ。私1人じゃどうにもならないから、シノンの気が済むまで……あ、そうだ。


 ふと思いつき、私はその状態のまま彼の頭をそっと撫でてやる。すると一瞬だけ身体をこわばらせたものの、すぐに首筋から唇を離し、目を細めて私を見る。

 私も思わず笑顔になった。おそらくシノンの尻尾はちぎれそうなほどに左右に振られていることだろう。


 だが。


「んっ……!?」


 私がシノンの頭を撫でていたら、いきなり唇を奪われた。お酒――正確には臭い――に酔っているせいで彼は何も感じていないのだろうが、私は別だ。


「ん……ぅぅ……!」


 さすがに苦しい。長い。いつも以上に長い。

 いつもはシノンが気遣ってくれてそれなりに苦しくない時に口を離すのに、今回だけは妙に長い。

 ようやく離れた時には、シノンは崩れるようにして意識を失った。


「むぅ……シノン、ずるい……」


 息を切らしながら咄嗟に私が受け止めて、寝息を立て始めたシノンを寝台に寝かせ、私も布団に潜った。

 自分の顔をシノンの胸に埋めて、しばらくは闇を見つめていた。

 こんな夜に出かけて自分の体の一部である水珠の欠片を取り戻して、お酒の匂いに酔って……それに最近は寝不足っぽいから相当疲れているはずだ。


 そんなシノンは、どんな気持ちなのだろう。

 辛くはないだろうか、苦しくはないだろうか、はたまた、哀しくはないだろうか。

 人間が自分の体の一部と言ってもいい水珠を、良心からとはわかっていても利用されていたことで、傷ついてはいないだろうか。


 そんなことが、私の頭の中を駆け巡る。

 なぜなら、酔った勢いとはいえ自分の欲求に耐えられなくなったのだから。


 まったく。やっぱり子供じゃないか。


 そんなことを思いながら、私は目を閉じた。

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