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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第10章、力を求めた貴族
123/138

123、世界と庭

 許せなかった。

 俺の兄を騙り、仲間にまで自分のような仕打ちをされるかも知れないことが。


 俺ではこいつには勝てない。負けるかもしれない。

 だけど、1発でもいいからこいつに一矢報いてやりたい。そんな思いで、俺は双剣を振り続けた。


 でも当然のごとく剣を弾かれ、いなされ、流される。


 目の前にいるエク兄さんは偽物で、影が幻影を使って兄さんを騙っているのだ。……そんなの、絶対に許せるはずがない。

 俺は他種族が嫌いだ。当然、闇族も入る。


 目の前にいるのは『協力者ソンチェル』。外の世界に出てくることのできない闇族の協力者だ。いわゆる、偵察役だ。

 そんな『協力者』の上層部数人は、俺でも敵わないほどの強敵だ。今現在戦っているこいつも、その1人である。

 だから、元より俺には勝ち目なんてない。体力も魔力も碌に残っていない今の俺では尚更だ。


 それをわかっているのかいないのか、カルナ達4人は呆然とこちらを見ているようだ。


 俺を置いて、さっさと逃げればいいものを。


 以前の俺だったなら、すでにそう叫んでいただろう。今でも彼女らに逃げてほしいとは思う。だが、俺だって死にたくはない。

 辛くて苦しくて、何度も死にたいと思っていたあの時とは大違いなほどに。


 あいつがいるこの世界を、滅ぼしたくない。

 この世界が好きになってしまった。


 今更そんなふうに思うなんて遅いのかもしれないが、こんな奴らに滅ぼされるくらいなら、自分の力を全てなくしたって仲間と生きていきたい。


 そう、思ってしまうんだ。


「……白・光晶」


 気づかぬ間に白刃の能力を発動していた。

 白刃の属性は光。外に出てこられるとは言っても強い光には弱い闇族の1人だ。いくら『協力者』とは言えども、どうしても光には勝てない。


「ぬおっ!?」


 影は声を上げ、数メートル吹き飛ばされた。間髪入れずに俺は追い打ちとばかりに距離を詰め、左手の白刃を横薙ぎに振った。

 兄さんの姿をしていれば俺の動きが鈍るものだとでも思っていたのか、意外そうな表情を浮かべながら剣でその白刃を受け止める。


 神器でもある俺の白刃をこいつに受け止められるのだから、俺の魔力と純粋な力が足りていないのは確実だ。

 それでも1発当てられたことにどこかで満足してしまっていたのか、もう1つの剣を振られ、俺が黒刃で受け止めるが踏ん張れずに壁まで吹き飛ばされる。


「ぐあっ!」


 壁に背中から思い切りぶつかり、衝撃が走った。


 ……その瞬間、目の前に光が降り注いだ。

 勢いは強かったが、優しくて、柔らかくて、尊い光だった。


「許さない。弟を傷つけて、兄ちゃんまで騙って……許さない!」


 聞き覚えのありすぎる声を聞き影が声もあげる間もなく消し飛んだ頃には、俺の意識は遠くに消えていった。






「アル……アル……!!」

「んっ………」

「アル!」

「シノン!」


 少女の声が聞こえ、俺は僅かに声を上げながら半分ほど瞼を開ける。


 目の前にいるのはエメラルドの髪色をした兎獣人の少女と、白銀の髪色をした少女。2人が俺の体に触れ、目を潤ませてこちらを見つめている。


 泣くな。


 そう言って手を伸ばしたいけれど、体が動かない。


 俺が……泣かせてしまったのだろうか。

 おかしい。俺が、こんなことを思うなんて。絶対におかしい。


 何故だろう。目の前にいるのは女で、俺は女が嫌いだったはずなのに。


 2人の少女が会話する声が聞こえる。今にも吹っ飛びそうな朦朧とした意識の中で、俺は意味を理解できていない言葉を呆然と聞いていた。


 別の、男や少女の声も聞こえてくる。俺に何か言っているようだった。

 ……でも、わからない。言葉が言葉として聞こえてこない。


「……ん……っ……!?」


 唇に感じた柔らかい感触。数秒間、俺はそれが何なのかわからなかった。でもそれの意味を理解した俺は、目を見開いた。

 すぐ目の前にあったのは、カルナの顔だった。口から、何かが流れてくる。


 ……魔力だ。


 カルナが俺に、魔力を流している。俺は抵抗できず、彼女にされるがままだった。

 やがて顔と唇が離れ、魔力量の残り少ない時の気怠さは少し消えた。


「うっ……うぅ……」

「シノン?」


 今度は身体中の傷が痛み、思わず呻き声をあげる。だが次の瞬間には、柔らかい光が見えた。

 身体の痛みがすーっと消えていくような感覚がした。同時に、体もまた少し楽になった。


「アル。ゆっくり、休んで」

「っ………」


 急激に眠気が襲ってきて、俺はそれに逆らうことができずに再び意識を手放すのだった。





「良かった……本当に、良かった……」

「遅くなってごめん。エク兄ちゃんの偽物、倒すの」


 片言のような話し方をする少女に対し、カルナは首を横に振る。


「シノンは助かりましたし、こうしてみんな無事ですから。助けに来てくれて、ありがとうございます……」


 言いながら、カルナは目の前の少女が催眠魔法をかけて眠らせたシノンにギュッと抱きつく。

 少女の魔法のお陰で、どういう訳かシノンの身体中の傷は治り、今では静かに寝息を立てている。


「……でも、なんであいつは偽物なんか……」

「ここに誘き寄せるため。アルとカルナ、貴重なレイヴァ。だから、魔力も特殊。力、手に入れようとした。アルの魔力も、吸い取られた。アレに」

「なるほど……」


 少女が指さしたのは空。そこにあったのは球状の何かで、逆光であまり良くは見えないが青い何かだった。

 高さ10メートルほどの場所に浮いており、大きさは直径は1.5メートルくらいだが、そこから感じる膨大な魔力は明らかにシノンのものだった。


「あれか……」

「アレはあとで私が破壊しておく。回収」


 そう言いながら、少女は立ち上がり、手を翳す。

 すると空中に浮かんでいた球体は瞬時に消え去った。収納魔法で回収したのだ。

 それを理解しているのかアルファ達も特に何を言うでもなくうなずいた。


 少女はシノンと同じ青い目を持つ美少女だった。背中まで伸びた髪はエメラルドグリーンで、マフラーをした大人しそうなイメージを残す女の子だ。

 癖毛が多く目は常に眠そうに細められているが、どこか優しい雰囲気も感じるのだった。


「私、グレムファイラ。ファイって、呼ぶ。アルの姉」

「……今度こそ、本物だろうな?」

「大丈夫。アルの傷、治せたのが、証拠」

「なるほど。『命の聖者』、か」


 ファイはカルナの言葉に無言でうなずく。相変わらず無表情だが、その目は少し細められ、兎の耳と尻尾がピクピクと動いている。


「ふう……なら良かったわ。また偽物が出てきたら、どうしようかと思ったわ」

「兄ちゃん、偽物だったから、影、一瞬で倒せてなかった。本物なら、私みたいに間を置かない。音も立てないほど、一瞬。と言うか、ゴミ」

「ご、ゴミって……」

「じゃあ、米……じゃない。塩1粒」


 ファイは無表情でそう言う。アルファ達は苦笑するが、カルナはぐったりとしたシノンをずっと離さずに抱きしめている。

 それだけ、心配だったという証拠だろう。


「雑魚ども、下で聖族たちが、退治してる。あと、君たち村まで送る」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 ファイは口元にも笑みを浮かべてうなずいた。


「じゃあ、とりあえずギルドマスター、呼んでくる。ついでに冒険者。それと、影のこと、黙ってる」


 ファイは人差し指を口もとに当ててそう言う。影については隠蔽してほしい。そういう事だろう。

 4人はとくに反対する理由もないのでうなずき、カルナはシノンを背負って立ち上がった。


「ああ、カルナ。代わろうか?」

「いいよ。シノン、軽いし」


 男にしては小柄なシノンなので、同じように小柄な女の子でも運べるということはアルファも理解していたのか、特に異論もなくうなずく。

 彼の双剣はアルファが持ち、アリュスフィアがギルドへの伝達を買って出てくれたのでそのまま外へ出て彼女の帰りを待つことにした。


「聖族、軽い。高い魔力のお陰」

「え、そうなんですか?」

「うん。魔力、若干浮力を持つ。それに、魔力高い人、食べた物のほとんど、魔力になる。いくら食べても太らない」

「なるほど。シノンもカルナも、よく食べるしな」

「何よ、それ。ゆうきも羨ましすぎるわ」

「あ、あはは……ボクはもともとあまり食べませんけど、フィア……?」


 魔力が高い者は回復が追いつかないと万全にならないので、体が食べ物のほとんどを中で魔力へと変えてしまう。

 もちろん必要最低限の栄養分は体にそのまま取り込むが、それでも食べた物の大半は魔力の糧となってしまうのは仕方のないことだった。


 起きて活動しているだけでも魔力を使ってしまうので、毎日魔力を消費するのも仕方がないのだから。


「でも、アルの場合は元から軽い。小柄だから」


 彼女がそう言ったのを合図にしたかのように、ファイや聖族達は一時的に隠れ、アジトにいた全ての下っ端達や組織の幹部達、そして右腕を断ち切られて気絶しているボスの男は体を縛られ、1箇所に纏めて置かれている。


 洞窟の入り口へと戻ってきて、アリュスフィアが早速村のギルドへと走った。

 その帰りをしばらく待っていると、やがて何人もの冒険者とレームが姿を現した。


「ご苦労さま。大変だったわね。本当に、協力してくれてありがとう」


 レームは感謝の意を示し、さっさと冒険者達に指示を出して荷台へと詰め込む。


「ほら、行きましょう。ギルドで、あなた達にお礼を渡さなくちゃ」


 報酬、ではなく、お礼。その言葉遣いで、レームがどれだけこの国を思っているのかがわかるだろう。

 アルファがそれにうなずき、後ろを振り向くと特に異論はなく他の4人もうなずく。

 そしてレームが微笑むと、一行はスイングの村へと向かっていった。


 ちなみにファイや聖族たちは、冒険者達に気づかれぬよう気配を消しながら密かに護衛をしていたために彼らの前に魔物は一切出てこず、無事村へと到着したのだった。






 数日後、シノンは目を覚まして体力も戻り、一行は報酬をもらってとっくにスフィン王国を発っていた。

 魔人を倒して国からの報酬が王金貨50枚。そして今回の組織の件で白金貨20枚をもらった彼らは、しばらくは仕事をしなくても大丈夫だとばかりに馬車の旅を楽しんでいた。


 ちなみに、あの組織のリーダーだった男の名はボブスラット・サージス。この周辺の領主だったそうだ。

 それからシノンとカルナを狙ったり、シノンの動きを封じた黒いモヤは影の仕業で、ボスにしか止められない、という黒ずくめの男の言葉も、ボスが影に言わなければ止まらない、という事だったのだ。


 レームがそれを解除できたのは、ファイ曰く、ダークエルフだからこそ、だそうだ。


 今ではボブスラットの弟がこの領地を治めており、国からの監視者が屋敷に滞在して今後彼の行動を見張るらしい。

 これ以上は国の問題なので、シノン達は特に関わることなく国を発ったのだった。




 ラトス皇国辺境の街、チィフィン。

 森が近く辺境であることもあり珍しい素材や食糧が手に入る、この国でも貴重な街の1つだ。


 辺境であり森とも近いので、魔物の数は他の場所と比べて多いしレベルも高い。そのため冒険者の数も多く、商人も多く詰め寄せる。

 住民もほとんどはこの街を出ていくことはないために人口は約70万人。そのうち冒険者が30万、商人が15万人を占めている。


「さて、ラトス皇国は俺の庭だからな。明日には目的地であるリシュ山脈に着くぞ」

「目的地ってリシュ山脈だったのか……ってリシュ!?」

「えっ?」

「あ、明日には、って?」

「と言うか庭って何!」


 口々に声を上げる4人。それを受けてシノンは苦笑を浮かべ、そして質問に答えるべく口を開いた。


「この世界には全部で20の国がある。俺たち兄弟姉妹は、それぞれ1人ひとつの国を『()()』している。で、俺はこのラトス皇国を守護してるってわけだ。守護している国の中ではいつでもどこでも、自由に動き回れるから、それこそ国の端から端まで一瞬で移動できるようになってる。……理由は知らんが」


 最近は多い長台詞で疲れたようにシノンはため息を吐くと、アルファが納得の声を上げた。


「なるほど……すごいな。国の守護って」

「まあ、それなりには」


 特に自慢したり威張ったりするでもなく、短く返すシノン。そして目の前でゆっくり歩いているルドルフを見てふと思う。


 元より5人乗りの馬車なのに、1頭では大変か、と。


 これを機に知り合いの所に行って馬をもう1頭の馬を購入しようかと考えるシノンだった。

 ただしこの馬車は1頭の馬しか馬具を取り付けられないので少し改造する必要はあるが。


 ラトス皇国が自らの庭と言うだけあり、シノンはラトス皇国には伝手が多い。

 先祖代々、大昔からの付き合いがある家もあるし、ラトス皇国の商会に関してもほとんどは馴染みがある。特に今は皇族との縁もあり、まさに彼にとっての庭であった。


 ただ、ここ最近ラトス皇国には来ていなかったために知らないものもあったのだった。


「そこの貴方、他国からいらした旅人さんですか?」


 人の良さそうな笑顔で近寄ってきたのは、銀色のローブを着飾った中年の男。

 所々に白髪が混じった茶髪で、ニコニコと笑顔をその顔に貼り付け、ルドルフがゆっくり引いている馬車とスピードを合わせてついてくる。

 首には深い青色の魔石を取り付けた首飾りをしていて、頭にも同じように小さな宝石のついた額飾りがついている。


 明らかに地位の高い人間だった。

 シノンは興味がないとばかりに無視しているのだが、男は気にせず続けた。


「私は水神シャノン教の司祭をしております、ダイナスと申します。もしよろしければ、あなたも神に祈りに協会へいらっしゃいませんか?」

「結構だ。帰ってくれ」

「これはこれは。失礼致しました。では、せめてこれを」


 そう言って、ダイナスと名乗った男が差し出したのは青い石が金属に埋め込まれた首飾り。だがシノンが手を振って馬車のスピードを上げると、男はこれ以上話しかけてくることはなかった。


「なんだ、あの男?」

「宗教絡みは貴族の次に御免だな。あまり絡まないでくれよ」

「わかったよ、シノン。……にしても、シャノンって……」

「たしか、ラトス皇国に流れる最大の川の名前……よね?」

「そうだ。……ついでに、昔の俺の名前でもある」

『え……?』


 シノンの意外な言葉に、4人は一斉に声を上げた。

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