122、透明化と月明かり
騎士王国スフィンの東側周辺で働いている謎の勢力である組織を殲滅させようとアジトに潜り込んでいたが、途中でシノンが失踪し4人で動いていた。
そんな時、カルナにとっては聞き覚えのある声、アルファ達3人にはまったく聞き覚えのない声が頭の中に響いた。
「エク義兄さん!?」
「兄さん?」
「あ、うん。シノンのお兄さんだよ。……でも、どうして?」
『ああ、ちょっとな。俺もそっちに用事があるから、その場で待っててくれ。透明化ってのは、そのままの意味だ。七龍はその名の通り、7色の鱗を持つ7匹の仔竜のことだ。なぜ色が分かれているかって言うと、それぞれが分担して、周囲に紛れるため。元々はそういう理由だった。だから、色々あってな、七龍は透明化の能力を得ることが出来た、というわけだ。ほら、とりあえず呼んでみろよ』
「う、うん……」
カルナはエクに言われた通り、呪文を唱えて使い魔である七龍を呼び出す。するといつものように可愛らしい声を出して、魔法陣の上に7匹の仔竜が現れた。
『ドラァ!』
「呼んだよ」
『よし、じゃあ透明化させてアジトの偵察を頼めばいい。その見た目だけど、頭は良いんだし、任せておけば問題ない。その間に俺もそっちに行く』
「あっ、待って!」
『ん? どうした?』
「シノンは……彼は、大丈夫なんですか……?」
『ああ、大丈夫だ。アルは殺されないさ。ただ、あくまでもまだ、という単語が入るな』
「え!?」
『大丈夫だ。俺が行けば間に合う。とにかく、そこから動くなよ』
するとエクはカルナの返事を待たずに念話を切ってしまった。
「シノンのお兄さん……聖族か?」
「ああ、うん。そうだよ」
「聖族にも兄弟とかいるのね。子を産む力がないって言ってなかったっけ?」
「あー……聖神は特別なんだって。唯一、人の身体から産まれたらしいよ」
『は?』
人の身体。その言葉に、3人は唖然とする。
聖族は人間ではないので、その身体で人を産むこともできなければ育てることもできないからだ。
それを彼らはあらかじめ知っていたためにその反応になるのは当たり前だろう。
「みんな、透明化……できる?」
『ドラァ!』
すると、七龍達はそう鳴いて姿を消す。その様子にカルナは目を軽く見開き、すぐに指示を出した。
「よし! じゃあ、このアジトの偵察をお願い。何かあったら私に『使い魔の目』か、『念話』を送ってね。特にシノンは重要だよ」
最後の部分を少し強調して言うカルナ。彼女にとって今最も重要なのはあくまでシノンであり、組織のことやボスのことは頭の中からすっかり消えていた。
「あ、あと、ボスらしき人物もいたら連絡しろよ」
『ギャオォッ!』
そんなカルナを見て、アルファが付け足す。
「あ、ありがとう。じゃあ、行ってらっしゃい」
そう言いながら、カルナは入ってきた扉とは反対側の扉をそっと開いて、七龍が出ていったのを確認してから閉める。
「……それで、カルナ。人の身体から産まれたって?」
「ああ、その話だったね。うん、私も少ししか聞いてないんだけど、シノンは20人の兄弟姉妹の末っ子なんだ」
『20人!?』
「待って待って、ちゃんと聞いて」
カルナが制止をかけると、3人は落ち着きを取り戻して話を聞く体制になる。
「20人は全員、異母兄弟なんだ。父親が一緒で、半分しか血が繋がってないんだって」
「……けど、聖族って、人類が誕生する前から生きてたんだよな?」
「そこはさ、父親がこの世界の創造神で……えっとー、母親を作り出した……って聞いた。人間、獣人、ドワーフ、エルフ、妖精、竜人、ハーフリング……それが人間の祖先だ、とも」
「……へえ。でもそれって、どちらにしろ血は繋がるんじゃないの?」
「ああ、同じ人が作り出したなら、血は繋がっていてもおかしくないですよね」
アリュスフィアが呟き、ゆうきが納得の声を上げる。だがカルナは黙って首を横に振った。
「シノンの父親は、魔法で命を生み出したんだって。それで20人の母親が産まれ、聖族が生まれた。私はそう聞いてる」
「うん、それで合ってる」
『わっ!?』
「こらこら、大声出さない」
4人は驚きの声を上げながら声がした方を振り向く。
そこには、黒髪の獣人という存在し得るはずのない青年がいた。カルナは一瞬だけ空の使いかとも思ったが、それはすぐに却下する。
目の前にいたのは、シノンの兄の1人であり、自らの義兄の1人でもある人物なのだから。
「エク義兄さん……」
人差し指を唇に当てて小さく笑う顔が、シノンによく似ていた。
「ああ、待たせた」
「は、初めまして。アルファ……です」
3人の中で最初に我に返ったのはアルファだった。そしてその声で残りの2人も我に返り、自己紹介を始めた。
「ゆうきです。すみませんでした、よろしくお願いします」
「アリュスフィアです。フィア、と呼んでください」
「そうか、君たちがアルの言っていた……」
エクは優しく微笑み、自分もとばかりに口を開いた。
「俺はエクロクス。まあ、アル……じゃない、シノンの兄だ。よろしく。ああ、気軽にエクと呼んでくれ。それと敬語はいらない。はっきり言って、嫌いだから。そういうの」
『は、はあ……』
半ば釘を刺すように言った後は、エクは再び笑みを浮かべてから真剣な顔へと表情を変える。
「さて、今は人避けの結界と念のための防音結界を張っているけれど、おそらくは長くもたない。……アルは別の場所に移されてしまった」
「別の場所!?」
咄嗟に声を上げたのはカルナだった。別の場所、と言われれば、もうこの洞窟にはいないのではないかと思ったからだ。
だが返ってきたのは意外なものだった。
「大丈夫だ。アルは上層部に移動させられただけで、助け出すのも難しいわけじゃないが……」
「……が?」
「お前ら、アルが捕まった理由……わかるか?」
「え? 敵の懐だから……?」
「それだけじゃないさ。あいつが人間に捕まると思うか?」
『っ!』
エクは厳しい顔つきで告げる。すると4人は、たしかに、とばかりにはっとする。
「た、たしかに……」
「じゃあ、やっぱり人間じゃないのがいるの?」
「ああ。それも、アルでは敵わない、人間には厄介な相手だな。俺ならなんとかなるんだが、アイツが守を固めているとなると、お前達だけではどうにもならないからな。だから、俺が来たということだ」
「アイツって?」
「……悪いな、詳しいことは今は言えない。さすがに、今の時期には、な」
意味深な言葉を発するエク。カルナ達も聞いてはいけないと思い、口を開くのをやめた。
シノンでさえ勝てない相手となると自分達が4人でかかっても勝てないのはわかっているので、ここは彼に頼るしかないと思うのだった。
「……ああ、それと、気をつけろよ。俺はちゃんと本物だが、奴らは俺達の幻影を使って惑わせてくる。アルはまだ顔が割れていないから化けられる可能性は薄いが……それでも誘き寄せるために使ってくるかもしれない」
「幻影? 本当ですか!?」
「えっとー、ゆうき、と言ったか。敬語はやめてくれ」
「あ……すいません。でも、癖なんです……」
「……そうか。なら、無理にはいい。……で、もし敵が俺の幻影を使ってきた場合は、合言葉を言えと伝えろ」
するとエクは手招きをし、4人は彼へと顔を近づける。
「合い言葉は影。俺の得意属性でもある」
「影、ね。了解よ」
「じゃあ、後は七龍達の連絡を待つの?」
「そうだな……いや、こちらから行動しよう。ここに長くいられるわけでもなし、調査は俺達もした方がいい。早めに動くに越したことはないからな」
4人はうなずき、エクが結界を解いて全員に『透明化』をかけて外へと出ていった。
「場所はわかるのか?」
「ああ。アルの居場所はわかっている。ただ、簡単には突破できる場所じゃないということは伝えておく」
「……そうか。ちなみに、水狼は?」
「水狼の魔力は感じられないな。もしかすると、あいつの苦手な雷を撃たれて一時的に姿を維持出来なくなっているのかも知れない。まあアルが生きていれば死にはしないから、安心しろ」
「良かった……」
エクのその最後の言葉で、全員が安堵の息を吐いた。
彼の最初の言葉を聞いた瞬間、緊張が走って全員頬が引き攣ったのだから。
「けど……どうするんですか?」
「突っ込む。俺が先頭に行くから、お前達は後からついてきてくれ」
エクの言葉に、全員がうなずいた。
その後広い洞窟の中を5人で歩き回り、やがて地上へと出る。
そこは周りを岩に囲まれた、何かの儀式場のような広場だった。満月がその場を照らしており、蒼の世界が広がっているようにも見える。
その広場の中央にぽつんと佇む、2人の人影。
1つは月明かりに照らされているにも関わらず真っ黒で、影のようにも見えるモノ。もう1つは背の高い男で、長い髪は腰まで伸ばされている。
「あれって……」
「まさか、こんな所に……!?」
化身。そう、2つの人影のうち1つの影は、彼らも今では何度か遭遇している闇の化身だ。
だがいつもと違い、この化身は雰囲気が違う。それに気づいたカルナがエクへと視線を向けると、彼は無言でうなずいた。
「あれは化身じゃない。化身の上位種……とでも呼ぶべきかな」
「上位種……ですか?」
「ああ。まあ、詳しいことは後で話そう。左の若い男とアルを頼む。アルは奥で寝かされている。……俺は影をやる」
そう言って、エクは背中に装備している2本の長剣を手に取る。二刀流だ。
これもエクの魔力で作られた神器であり一種の魔道具ではあるのだが、右手に持つ黒い剣の方が先に生まれたために双剣にはならない。そのために二刀流という名がつくのだ。
エクは両手の剣を構え、右側にいる影へ向かって地面を蹴り、一瞬で距離を縮めていった。
4人もぼっとしていられないとばかりに、一瞬で役割を決め行動に移すのだった。
相手は人間ではない。それは全員が本能で感じ取っていた。
そのため魔法が使えず、近接戦闘しか手段のないアルファとアリュスフィアは向かわせない方が良いと判断。
そうすると自然に男と戦うのはカルナとゆうきとなり、アルファとアリュスフィアは傷だらけで奥に寝かされているシノンを確保することとなった。
「行くぞっ!」
アルファの声で、ゆうき以外の3人が武器を構えたまま走り出す。
カルナはそのまま男へと一直線、アルファとアリュスフィアはシノンの方へと。
その時、男や影がそんな2人へと攻撃をして邪魔をしようとしたのだが、ちょうど男のもとに到着したカルナと影の相手をしていたエクによってそれは不可となるのだった。
カルナはそのまま紅刃を振り、首を狩らんと男に迫る。だが男も右手でそれを弾き、彼女は目を見開くのだった。
カルナが1歩下がると、その瞬間に氷の槍が男へと飛んでいく。だが、それをまた右手のナニカで弾いた。
「っ! それは……!?」
「……ふふふ。驚いたか。これはな、あいつからの贈り物だよ」
男の右手には、いつの間にか黒い刃とも呼べるモノが取り付けられていた。
そこからはどす黒い魔力が感じられ、カルナは本能的にここにいてはならないと悟る。だがここでこの男を捕縛しなければ、自分は満足できないともわかっている。
そのため最終的には逃げることはできないと判断し、やるなら本気でやると決意を固めた。何せ、シノンを攫い、酷い傷までつけているのだから。
「絶対に……許さない……」
「ん? なんだと?」
口の中で呟いたカルナの声に反応する男。だがカルナはそんなことは一切気にせず、心の底から湧き上がってきた怒りを顕にし、一瞬で男との距離を縮める。
「なに……!?」
さすがの男も少し混乱したのか、そう声を上げる。
だが所詮は人の体で、聖族となったカルナのスピードについていけるはずもない。
影のお陰で上がった防御力を以てしても、カルナとシノンの魔力で作られた神器には対抗できない。
身体中に傷をつけられ、体力も失われ、更には後ろからのゆうきの魔法も防御できないほどに余裕をなくした男は、遂にカルナによって右腕を肩から切断される。
「があああああああああ!?」
カルナの紅刃の属性は炎。彼女が怒りで冷静さを失った今だからこそ、剣身の温度が1000度にも到達している。
斬られた瞬間に傷口を焼かれ、身体中の傷口も火傷し、遂に男は地面へと倒れるのだった。
カルナは最後の止めとばかりに左手の蒼刃を振り上げ、降ろそうとするが……。
「カルナ」
彼女の腕を、誰かが掴んで止めるのだった。振り返るとそこにいたのはエクで、剣は背中に収められている。
それだけで、彼は既に影を倒したのだとわかる。
男は未だに痛みで悶えており、このままではいずれ死んでしまうだろう。それに気がついたカルナは、男の鳩尾を踏みつけて気絶させると、右腕の血を止めるために血止めの回復魔法を放つ。
だがそんな彼女へとエクは手を伸ばし……次の瞬間には、壁際まで吹き飛ばされていた。
ドン、という大きな音を聞き、カルナは反射的に後ろを振り向く。そこにいたのは、傷を手当もせずに座り込んでいるシノンだった。
「シノン……!? ど、どうして……!?」
「……どうしても何も、あいつが何をしようとしてたのか気づかなかったのか!?」
「えっ……?」
カルナは目を軽く見開き、小さく声を上げる。
「ていうか、なんで来た!」
「だ、だって、シノンが……それに、エク義兄さんもいたし……」
「ちっ。気づかなかったのか? あれはエク兄じゃない」
「は?」
カルナは、何を言っているのかわからない、とでも言うような声を出す。
だがシノンは気にせず立ち上がり、双剣を構えた。
「くそっ……なんで、こうなったんだか知らんがな……」
シノンは苛立ったような声を上げたまま、自らに回復魔法を放って軽く治療をし、叫んだ。
「俺の仲間に手を出すような真似をしやがった野郎は、消し飛ばす!」
言って、シノンは地面を蹴って走り出した。
カルナは何が何だかわからず、駆け寄ってきたアルファとアリュスフィア、そしてゆうきによって我に返させられる。
「シノン!?」
「もう。あの人、何やってんのよ」
「悪いな、カルナ。止めたんだが……」
「いや……いいよ。シノンはああいう人だから」
向こう側で自らの兄と戦うシノンを見て、カルナは呆然とそう答える。目には見えないほどのスピードで戦い続けるシノンとエクの偽物。
しばらく剣を交えていた2人だが、徐々にシノンが押されていく。そしてそのシノンが吹き飛ばされ、壁に体を打ちつけられた瞬間。
「っ!?」
「な、なに!?」
「許さない。弟を傷つけて、兄ちゃんまで騙って……許さない!」
女性の声が聞こえ、エクの姿をした影は一瞬で消し飛ぶのだった。