120、疲労と作戦
「いけるわ」
「本当ですか!?」
アルファが声を出す前に、カルナが喜びの声をあげる。
「ええ。前にも同じような類のものを見たことがあるの。それに比べれば、こっちの方が簡単ね。ほら」
「っ!」
シノンの首周りのモヤはすっと姿を消し、シノンは崩れるように前のめりに倒れた。
「おっと。あら、あなた凄く軽いのね?」
「……っ!?」
シノンは黙ったまま、驚愕の色を浮かべてレームを引き剥がした。その顔は羞恥からか真っ赤に染まっている。
無理もないだろう。倒れそうになってレームに受け止められた際、その豊満な胸の中に顔面を突っ込んでしまったのだから。
少し嫌そうな顔をした後立ち上がって体の調子を確かめると、シノンはカルナを抱きしめた。
「えっ!?」
『え!?』
レームは面白い光景でも見るような目で、アルファ達3人やギルドマスターの付き添いとしてついてきた信頼のできる冒険者達は驚いて目を見開いて、シノンを見る。
「……………」
「少し、私達は出ましょうか」
「え?」
「お兄ちゃん、察してあげましょうよ!」
「そ、そうですよ。ほら、行きましょう?」
「お、おう……?」
そう言って、カルナはレームに感謝しつつ、レームは頑張れとでも言うように手を振って全員で出ていった。
「……馬鹿」
シノンの口から漏れた小さな声。それを聞いて、カルナは自分のしたことを思い出す。
「俺を信頼してくれるのは嬉しい。凄く嬉しいさ。けどな、お前には無茶をして欲しくない。お前を信じていないわけじゃないけど、どこかで心配する俺がいるんだ。だから……頼む」
「……そっか、ごめんね」
呟き、カルナはシノンを抱き返す。
要するに、カルナが無茶をして失敗した時のことを考えると心配……という言葉では抑えきれないほどの感情が湧き上がってくるということだ。
これがシノンの正直な気持ちだった。
しかし彼女を信じないのも嫌で、どちらかと言えば信じられないのは自分だろうか。
「ね、シノン」
「ん?」
「……これからどうする?」
「……あいつらの目的は知らないが、片付けるか。このままじゃ旅路を邪魔されそうだしな」
「それ私も賛成」
特に合図があった訳でもなく2人は同時に体を離し、外に行った人たち――他の冒険者には帰ってもらった――を呼び今後についてを話し合う。
「まず……おそらく、今回の襲撃は最近この近くで活動している組織で間違いないわね。どうやらレイヴァを狙ってるらしいって話だし」
「で、しょうね。シノンとカルナを狙ってたんですもの」
またいつでも襲撃を受けてもいいように、シノンを寝室で寝かせカルナが世話をし、その場でなるべく大声を出さないよう話し合う面々。
カルナもシノンの世話をしながら話を聞き、時々意見を出すという形だった。
「リーダー、どうするんだ……?」
そう、弱々しい声で尋ねたのはシノンだった。
寝台の中で寝転がりながら、一応晧月千里のリーダーであるアルファの補佐役としては聞かずにいられなかったのだろう。
「ああ。俺としては、奴らは放っておけない。仲間が2人も狙われてるってのに、棚に上げるなんてことを出来るとは思えない。だから、奴らを捕らえる」
声の調子から、アルファが本気であるというのはよくわかっていた。それに、シノンにしてもそうするつもりでいたので、特に異論はないとカルナにうなずいてみせる。
するとカルナも微笑み、アルファ達へとその旨を伝えた。
「シノンにも異論はないって。ただし、それにはちゃんと自分も参加させてほしいそうだよ」
それなりに付き合いの長いカルナは、シノンが微笑んで1つうなずいただけでだいたいのニュアンスを悟ることが出来た。
それはシノンも同様で、だからこそ、先ほどの襲撃でカルナの作戦を一瞬だけ合った視線で悟ったのだから。
「……わかった。だが、ちゃんと体は休めろよ。ただでさえ弱ってんだから」
「言われなくても。明日になればあいつらも情報を吐いてくれるんだろ?」
「そうね。尋問に関しては早めに済ませるわ。あなた達に協力していただければ、こちらとしても大歓迎よ。……改めて、お願いできるかしら?」
「ええ、任せてよ」
「ぼ、ボクも頑張りますよ!」
アリュスフィアとゆうきが気合を入れるように言うと、レームは満足そうにうなずいた。
「詳しいことは、ある程度情報が入ってからにしましょうか。私は一度帰るけど、アルファ。あなたは明日、ギルドに来てちょうだい」
「わかりました。じゃあ、フィアとゆうきは2人の護衛ということでも残ってくれ」
「わかりました」
「わかってるわ。任せて」
頼もしくうなずく妹と仲間に、アルファは一度微笑んでからレームに視線を向け、宿の者にその事情を話して滞在期間を延ばすよう伝えるため、彼女とともに下へと降りていった。
「カルナ……」
「シノン? どうしたの?」
「……ああ。実はな、奴らの正体について、聖族の奴らに手伝わせようと思ってな」
「え、聖族の?」
その言葉に声を上げたのはカルナではなくアリュスフィアだった。
シノンとしても、今この場にレームがいなくなったからこそ口に出来ることだったのだ。
ならば同じ部屋にいるアリュスフィアとゆうきにも2人の会話が聞こえても不思議でもなんでもない。
「ああ。あいつらなら秘密裏に動ける。問題も早く解決するさ。なら、急がなきゃいけないのに謎の組織を放っておけないなんていう複雑な状況の俺たちに、その方法は最適だと思ってな」
「なるほど。でも、大丈夫なの? 魔力は?」
「平気だ。あくまで今弱ってるのは身体だけで、それも昨日の疲労から更に積み重ねれただけだから、こうやって寝てれば問題はないんだ。ほら」
「お呼びでしょうか、アルスレンド様」
『えっ!?』
驚きの声を上げたのは、カルナ、ゆうき、アリュスフィアの3人だ。それも無理はない。何故なら、シノンの寝ている寝台のすぐ脇に、3人もの少年が何の前兆もなく現れたのだから。
少年達は跪きながらそう告げ、やがて顔を上げると、驚愕の色をその顔に浮かべる。
「なっ!? アルスレンド様、どうされたのですか!?」
「……うるさい。疲れてるだけだ。それより、お前達に調査を頼みたい」
驚いている女性陣をそのままに、さっさと用事を済ませようとするシノン。
彼の言っていることに嘘がないと悟った少年達はほっと息を吐き、真剣な顔になってシノンの言葉に耳を傾ける。
「はい、なんなりと仰ってください」
「最近この辺りを騒がせてる、レイヴァ目的でコソコソとやってる組織の調査だ。……やることはわかってるな?」
「ええ、もちろん。他には何か?」
「いや、特にない。それから、殲滅の必要はない。あくまで秘密裏に、だ」
『了解しました。失礼します!』
そう言うと、3人の少年達は頭を下げたまま転移していった。
女性陣に関しては黙ってシノンと彼らの会話を聞いており、それが終わった直後にアリュスフィアがシノンへと尋ねる。
「……今のが、聖族?」
「あ、ああ。ふぅ……まあ、組織に関してはこれですぐに何かわかるだろう。少なくとも、明日の昼には」
「え、それってつまり……?」
「俺は、明日の夜には行動を開始したいと思ってる。そういうわけだから、俺はもう寝る」
「ちょ、シノン!」
カルナが声をかけるも、シノンは流して眠りについた。
「……まあ、本人がそう言ってるんだし、私達もお兄ちゃんに相談してみましょ」
アリュスフィアの言葉に、2人は黙ってうなずくのだった。
「……大丈夫なのか?」
「まあシノンさんですし、大丈夫なんじゃ?」
ちら、とゆうきはシノンが寝ている寝台を見る。そこでは相変わらずシノンはぐっすりと眠っており、アルファもそれを見てため息を吐く。
「わかった。まあ本人の状況次第だがな。で、聖族を派遣したんだって?」
「ええ。詳しいことは教えてくれなかったんだけど」
「それで明日の夜には、か。シノンらしいと言えばらしいか」
アルファは納得したようにひとりうなずくと、カルナへと視線を向けた。
「その聖族はいつ帰ってくるとか、聞いてないか?」
「昼には帰ってくるって。その後夜までに作戦を立てる……ってところだと思う」
「なるほど、ありがとう」
さすがシノンと10年近くの付き合いがあるカルナと言えるだろう。詳しい説明はなくとも、だいたいのことは把握できるのだから。
それに感心していたのはアリュスフィアとゆうき。もちろんその場にいなかったアルファは本人から説明があったのだと思っており、特にその様子は見せなかったが。
「じゃあ、宿の人には今回の件は大まかに話してあるし、俺達は一部屋に泊まっていいそうだ」
「……お兄ちゃん、着替えの時とかは出てよね」
「あ、当たり前だろ!? 俺をなんだと……!」
「まあまあ、フィア。アルファさんがそんなことするとは思えませんって」
「……ま、そうね。お兄ちゃんにそんな勇気があったら、とっくにしてるだろうし」
「本当に、俺はなんだと思われてるんだ?」
そんなふうに、いつもと変わらぬ緊張感のない4人だった。
「……何? 捕獲部隊の4人が捕えられただと?」
光源が蝋燭1つしかない薄暗く狭い部屋の中で、高い声の若い男がそう聞き返す。
「はい。標的の宿から、ギルドの者が運び出すのを確認しています」
そしてそれに答えるのは、知性に溢れた目を持つ若い男。即席型の執務机に肘をつき、舌打ちをして男は答えた。
「ちっ。さすがに白髪に青い目を持つ子が2人もいれば簡単にはいかないな。でも、世界でも数人しかいないその2人を見逃すのはかなり惜しい。諦めるわけにはいかない」
「そうですね。ならば、1人になった所を狙いますか」
「そうしよう。でなければ連携でもされれば厄介だ。それに、秘密裏で尚且つ俊敏に事を進めなければ、いずれここもバレるだろうからな」
「わかりました。すぐに手配します、シュリンゲル様」
立って椅子に座っていた男に報告をしていた部下の男は、頭をペコリと下げると後ろの階段を上っていった。
シュリンゲルと呼ばれた若い男は、右手で目を覆いしばらく顔を天井に向けていた。
だがやがて口もとに堪えきれないとでも言うような笑みを浮かべ、更には声に出して笑い始める。
数分ほど1人で笑った後、誰にいうでもなくシュリンゲルは呟いた。
「それにしても、1人1人がA級冒険者ほどの実力を持つというのに、それを4人も返り討ちにしてしまうとは……」
ぺろり、と唇を舐めるシュリンゲル。そこには、まるで狂ったかのような、欲望に染まった深い笑みが浮かんでいる。
「これは……是非とも私のものにしたい……」
うっとりとした目を天井へと向け、シュリンゲルはしばらくそのままでいるのだった。
「……なるほど、これか」
「酷いな」
「ああ。でも、アルスレンド様からは殲滅の必要はないと言われたしな」
『そうだな』
広い研究室のような部屋の中に、シノンが呼び出した聖族の少年3人がいた。もちろん『透明化』を使って防音結界を張っているために周りの者が彼らに気づく様子はない。
その中の1人の少年が呟いた言葉に2人が同意すると、今度は研究室の中央にあるガラス張りの大きな魔道具に触れる。
「……これ」
「ああ。間違いないな」
「奴らの狙いは財産ではない、ということか」
「これで、奴らの情報は把握できたな」
「アルスレンド様に報告しに行くぞ」
『ああ』
そう言って、組織の本拠地を突き止め情報を得た3人の少年はシノンへと結果を報告すべくその場から転移していった。