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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第1章、旅路
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登録試験、謎の少年と少女

 鬱蒼と生い茂る森の中に、私は一人佇んでいた。

 まずは、拠点となる場所を探す。

 比較的安全なのは、あまり奥行きのない、しかし外からもあまり中が見えない洞窟や洞穴だ。

 ただし気をつけなければならないのは、洞窟や洞穴を根城にする魔物は森にはたくさんいるため、しっかりと生活の跡があるかないか確認せねばならない。しかし、そういった類の魔物はたいてい縄張り意識が強いものが多いので、生活の跡が見えるようなら勝手にそこを住処にすることはないらしい。無駄な争いは避けるためだそうだ。つまり、生活の跡をあからさまなほどに残してしまえばこちらもそういった魔物に拠点を横取りされるようなことはない。

 ただ、あくまでそれは、縄張り意識のある魔物に限った話だ。縄張り意識のない者達は、留守中に忍び込んで、生活の跡があろうとなかろうと気に入った場所は根城にすることがあるらしいので、できるだけ居心地のよい環境は作らない方が良いとのこと。

 魔物は基本甘い匂いを嫌うらしいので、魔物が寄ってこないよう、燃やすと甘い匂いを出す甘菜茎かんなぐきを探すことにする。

 夜、寝ている間にでも襲われたらとんでもないことになるし。

 甘菜茎は木の根本に生えているため、とりあえずは木々の間をすり抜けながら、足元を探す。

 するとやがて、木の根本に透き通った黄緑色の植物を見つけた。これが甘菜茎である。私はそれを根元から短刀で切り、その周りにある他の甘菜茎をもう二つほど取っておいた。

 中から出てきた甘い汁の匂いが、辺りに広がった。………濃いな。シノンは苦手そうだ。

 甘菜茎は、香水などにも使われているため、そんなに珍しいものではない。まあ、生えている場所はまばらだから探すのは大変なので、わりと高い値で売れる。余ったらどっかに売るか。

 さて、あとはほどよい場所を見つけるだけなのだが……。

 いつもはシノンの探索サーチで探してたからなあ。まあ、いつかシノンとはぐれたりしたら私一人で色々となんとかしなくちゃいけないわけだし訓練としてはちょうどいいと言えばちょうどいいかな。……縁起が悪いけど。

 昼頃になってやっと、ちょうど良さそうな洞穴を見つけた。

 奥行はそれなりにあって、一番奥は少し沈んでいるので、外からは覗き込まない限り中は見えないだろう。

 早速中に入ってみると、特に生活のあとも魔物の気配や臭いもしないので、ここならば大丈夫だろう。


「光よ、我が足元を照らせ、《照明ルークス》」


 手元に浮かび上がった丸い光の玉を操作して、洞穴の中全体を見回した。

 ふむ、広さもちょうどいい。一人で眠るには十分だ。ただ、この空間はやや低い位置にあるため、冷たい空気が結構入ってきている。これではちょっと、夜は辛いかもしれないな……ま、もちろんなんとかするけれど。

 さて、じゃあ表に魔除けを仕掛けてくるか。

 表に出て薪を集めると、炎を起こすために詠唱を唱えた。

 野宿をしていた時に、シノンが無詠唱で使っていた炎属性のものである。気になったので使い方を聞いたら、すんなり教えてくれたものだ。


「火種を作れ、《種火シードファイア》」


 たちまち薪に火がつき、早速甘い匂いを出して燃え始めた。

 っ!? 濃い!

 慌てて中に入り、光属性の弱い結界を張って甘い匂いを遮断した。光属性の結界は、あくまで悪霊や魔物、妙な成分を含む空気なんかを通さないだけであって、人間は通れるのでそのまま張っておいても問題はない。故に甘い匂いは入ってこない。

 使用する魔力量が少ないのは救いだな。

 さてさて、今度はこの寒さをどうにかするとしようか。


「火よ、我が体を温めよ、《暖房ウォーミング》」


 たちまち体が温まってゆき、体の震えも止まった。ああ、快適快適。森で攻撃魔法が使えなくても、炎属性ってのは便利だな。

 よし、すると、最後は昼食と夕食の食料調達だが……入口近くはさっさと通り抜けて行こう。

 その辺に普通の獣くらいはいるだろうから、頑張りますか。





 街を歩いていると、目の前の広場に人混みが見えてきた。何かの騒ぎかと思い、俺は巻き込まれないうちにそれらを避けるようにして通り過ぎ……ようとしたとき、いきなりその人混みの中から男が振ってきた。

 余裕を持ったまま俺はその男を避けて、人混みの中を睨みつける。

 人々は左右に分かれ、その中心から銀髪の小さな男の子が手を振っている。


「申し訳ないっス! ダイジョブっスか!?」


 そう叫ぶと、今度はこちらに走ってきて、目の前に倒れている男を軽く跳んで跨ぎ、俺のすぐ前に立った。そして俺の両手を強く握り、上下に激しく振った。


「怪我は、ないみたいっスね! 良かった良かった!」


 元気だなぁ。背は俺よりちょっと低いくらいか。()()()男の子ではなかった。

 頭には大きな猫の耳、そして猫の尻尾まである。一見獣人のように見えるが、間違いない。彼は才を持つ子(シャラスト)だ。

 おそらくこの男をここまで飛ばしたのは、この子(?)だろう。


「僕はサラアオ! アオって呼ぶっス! 君の名前も教えてほしいっス!」

「え? し、シノン、だけど……?」

「シノン! よろしくっス!」


 満面の笑みでそう言ってくるが、なんなんだ、こいつ……猫のクールさが全くないんだけれども。

 流れ的な感じで名乗ってしまったけれど、良いのだろうか……?


「あの、手、離してくれるか? 痛いんだけど」

「ぷう! シノンは冷たいっス」

「けっこう」


 短く返すと、アオは頬をプクッと膨らませた。可愛くない。同じ男だから当然だが。


「で、こんな立場で申し訳ないんスけど、会わせたい人がいるんス。ついてくるっス。ほら、こっちっス!」

「はあ!?」


 いきなり手を引かれて、変な声が出てしまった。なんだこいつ、力が強くて離せないんだけど……! いきなり会わせたい人がいるとかどういうこと!?

 そうやってほとんど強引に連れていかれたのは、街の外れにある小さな小屋だった。なんでだろう、会ったこともないはずなのに、アオについて行かなきゃって思うのは。

 そんな不思議な感覚に囚われながら、今は誰も使われていません感抜群の小屋の扉から中に入る。

 中には長方形の木製の机に、椅子が両脇に三個ずつ、そして部屋の左側には本棚、奥に寝台があり、右側には台所があった。

 本棚には古そうな本が何冊か入ってるだけで、埃も被っている。台所も全然使われていないらしく、調理器具などは全くなかった。そう、一言でいうならここは廃墟のようだ。しかし、まさかこんな所に住んでるんじゃあるまいな、アオは?


「アーロ兄! いるっスか!?」


 …………誰も来ない。すると、傍らでアオが肩の力を抜いた。


「うーむ、()()っスか………仕方ないっス。わざわざ来てもらったのにすまないっス。悪いっスけど、僕やこの小屋のことは忘れてもらうっスね」

「は?」


 アオがニコッと笑い、俺の額に手を当てたのを最後に、俺の視界が変わった。どうやら街の裏路地のようだ。

 忘れてもらうって言ってたか? でも、覚えてる……どういう事だ? 失敗したとか?

 そういえば、アオが呼んでいた『アーロ』って、誰なんだろう? 『にい』って言ってたから、兄弟なんだろうけど。

 呼んでも出てこなかったから、アオは何かが『()()』と呟いた。誰かを探してるのだろうか? 俺のような、レイヴァか何かの誰かを。探している人物か何かに似ているから呼んだんだろうし。

 しかしそれだと、あの状況じゃレイヴァを手当り次第、って感じだな。顔はわからないのかな。

 でも、アオは俺に今回のことを忘れさせるつもりで、ここに《瞬間移動テレポート》を放ったんだろうな。同時に、《記憶操作メモリーオペレーション》で俺の記憶を……ってとこか。視界が変わる前にその魔術式……というか魔方陣が見えたし。

 あ、そういえば、あれは普通の術式じゃなかったな。

 普通みんなが使っているような術式と似てはいたけれど、それよりも複雑な……そう、俺が使っている術式だ。

 俺は普通の術式も使えるのだが、実戦をする時にはたまに複雑な方の術式を使っている。……こともある。その方が普通の魔術よりも強力だから、確実に相手を仕留められるためである。

 一番単純なのは魔法師が使うもの(術式)だが、それよりも複雑なのが魔術で、俺の知る限り一番複雑なのが、この謎の魔術の術式だ。

 いつも使っている魔術の方は18属性なのに対し、俺の使うもっと複雑な魔術式は、なんと20属性あった。これは、ロウにもリズミ師にも、はたまたカルナにも明かしたことはなかった。

 俺の使っている結属性も、その20属性の中の一つだ。

 結属性の使用者が少ないのは扱いが難しいからなのだが、まずはその術式が複雑すぎて、素人はおろか、人間にはどうしようもない。熟練した魔法使いや魔術師ならば使いこなせるかもしれない。

 だが、やはり何十年もかけて修行しなければ、人間には使いこなせないのだろう。

 俺はこの魔術を、仮に『強術きょうじゅつ』と呼んでいる。

 あくまで簡単に、呼びやすくするために自分で勝手につけただけだから、もちろんちゃんとした名前はあるのだろうが。

 俺は一旦表に出て、再びアオのいた小屋に向かったが、先ほどの場所に行ってもその小さな小屋はなかった。

 場所を間違ったかと思って探索サーチで探しても、反応がない。



「ちっ。幻覚か」


 おそらくは同じ強術のものだったんだろうな。ちゃんと見とくべきだったか……。

 まあ、いずれまた会えたら聞くか。今は急ぐ必要もないし。





「光よ穿て、我が力を光に変え、混沌の闇を切り払え、光の精霊の名の元に、なんじ、力をここに示せ、光精霊魔法、《光力投槍シャイニングスピア》」


 巨大な光の矢が、目の前の魔物の狼の群れ目がけて飛んでいった。

 それを上手く制御コントロールし、周りにいる狼を撃破していく。激しい爆発音とともに、攻撃が当たったものはその場に倒れた。残ったものの中では、逃げるものとこちらに向かって攻撃してくるものと分かれた。

 向かってきているものを、私は所持している短剣で、開いた口の中にある舌や顎を攻撃して、噛みつけないようにしてやった。そして次に、心臓、腹、喉仏や首などの急所を次々に切り裂いていった。

 二年前の私では想像もできなかったことである。

 闇狼ダーク・ウルフに襲われてシノンに助けてもらったあの嵐の夜から、すでに2年。

 二人で旅に出てから――正確には半年ほど前からだが――、私はシノンに基礎体力から剣の基本技術まで教わった。まだ基本しか使えないが、それさえできればこの程度の狼など敵ではない。それにいざとなれば魔法がある。光属性ならば一部だけだけど上級まで使えるし、そこらEランク程度の冒険者には負けない自信はある。

 さっさと狼を片付けて、私は一部の肉を頂戴した。

 あと、一日。明日の早朝まで生き残れば、この試験は終わる。……ああ、無性にシノンの顔が見たくなってきた。

 いやいや、今は余計なことは考えてはいけない。私は込み上げてきた思いを、頭を振って振り払う。

 自分の周りに光属性の結界を張りながら、一時的な根城にしている洞穴の中へと入って行く。入り口前の甘菜茎は、意外と甘い匂いが残っていて、2日経った今でも、1日目に焼き始めた甘菜茎は、未だに香りを保っている。

 一番最初ほどではないが、それなりに匂いは残っているので、変える必要はないだろう。

 中に入る前に、狼の肉は外で焼いておく。中で焼いても結界が煙を通さないから、籠ってしまって危険だからだ。

 ある程度焼き色がつくと、私は外でそれを食べた。途中で摘んできた山菜も焼いて食べる。ふむ、美味い。

 さっさと食べて少し休憩してから、次は昼飯の食べ物を探しに向かった。

 森は意外と広いので、今のうちに探しておかないと昼に間に合わないからだ。気配を探りながら、私は森を南へ進む。

 そういえば着ている外套がもうボロボロになってしまったな……せっかくシノンが買ってくれたのに……。

 これも命属性の魔法とかで直せたりしないのかな。まあ、そんなことは今はいいか……っと。


「ほいっ!」


 腰に刺しておいた棒手裏剣を抜き、気配がした方向に放つ。


「うわっ!?」


 ん? あれ、もしかして、人の声?

 慌てて棒手裏剣を打った方向に走って行くと、黒髪で帽子をかぶった女の子がそこにいた。左腕には、私が打った棒手裏剣が刺さっており、そこからは血が流れている。


「うわあああ!? す、すまない! 本当に申し訳ないっ!」


 女の子はさっと顔を上げてこちらを見たが、私はそんなことには構わず、棒手裏剣を抜き、すかさず回復魔法をかける。


「光、女神の癒し、《回復ヒール》」


 たちまち傷は塞がり、女の子は驚いた表情で腕をさすっている。


「うわぁ……! すごい。傷が、治った……あ、ありがとう、ございます」

「あ、いやいや、君が今怪我をしたのは私のせいだから、気にしないでくれ。本当に、すまなかった……」

「いえ、大丈夫です……あの、それより、ここはどこですか?」

「え? 登録試験の受験者じゃないのか?」

「受、験?」


 女の子はぽかんとして、首を傾げた。なんだ、ただこの森に迷ってただけなのか? でもここは試験会場で、冒険者協会の管理下にあるはずだ。それなのに、迷子?

 しかし、受験の最中である私がこの子を街へ送るわけにもいかないし、見たところ無一文で、こんな状態で街へ一人で放ったら確実に危険だろうな。リリーズの街なら安全かとは思うが、かと言ってこの子が一人でなんとかやっていけるとは思えない。

 仕方ない。保護するしかないな。


「そう、か。だが、すまない。私は、今は訳あってこの森から外に出られないから、街には連れて行けない。明日になれば出られるから、私で良ければ、一緒にいるといいさ」

「あ……ありがとうございます!」

「いやいや、せめてものお詫びってものだよ。見たところ無一文みたいだし、このまま一人で街に出たら、保護者がいないと危険だと思ってな。あ、そうだ、私はカルナ。君の名前は?」

「私は……勇奈ゆうな、です」

「勇奈、ね。よろしく」

「はい。よろしく、お願いします」




「と、いうわけで、ほら、食べな」

「……はい、ありがとうございます……」


 勇奈は、私が手渡した猪の肉を、少し迷った末に思い切ったようにして食べた。すると、はっとして目を見開き、顎を動かしながら肉を眺めた。

 私も肉に齧りつく。肉汁が溢れ、香ばしい香りが口全体に広がった。うん、美味い。シノンが作った時ほどじゃないけど。


「美味しいですね、これ。猪のお肉、ですよね?」

「ああ、そうだよ。気に入ってもらえて良かったよ」


 そう言って私は微笑む。

 こうして人と話すのが、妙に懐かしい。やはり、2日も誰かと話をしていないからだろうか。……まあ、人恋しくなっていたのは否定の出来ない事実だ。


「山菜も食べなよ。肉ばっか食ってても、食事のバランスが崩れるから。……本当は炭水化物の類があれば良かったんだけど」

「はい。これだけでお世話になってますし、大丈夫です。じゃあ、いただきます」


 勇奈は笑みを浮かべて、串刺しにして焼いたキノコや山菜を食べ始めた。

 それにしてもよく食べるなあ。昼とはいえ、勇奈は朝から何も食べていないと言っていたから、それなりに抵抗があると思うんだが。

 ……それと、先ほどからずっと気になっているのは、その尻尾だ。獣の尻尾がついている。獣人だ。ということは、あの帽子の中には獣の耳があるのかな。

 あれ、そういえば黒髪の獣人なんて見たことあったっけか……?

 ……いや、ない。ならばこの子はいったい……?

 やがてご飯を食べ終わると、今度は夕飯の材料を狩りに行こうと立ち上がったら、勇奈が、あの、と躊躇いがちに声をかけてきた。


「あの、いきなりこんなこと聞いてもいいのかわからないんですけれど、あなたは()()()さんという人を知っていますか?」


 …………は?

2018年7月27日、修正しました。

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