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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第10章、力を求めた貴族
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117、精神的疲労と変異種

「シノン」


 風呂から上がってきて、私はシノンに話しかける。

 彼は椅子に座って、目の前の机に置いてある紙面を見て頭を抱えていた。


「んぁ? どうした?」

「……いや、忙しいようならいいけど……」

「いや、構わない」

「あー、本当にいいから。あ、もう遅いし、私は寝るね」

「え……お、おう」


 シノンに手を振り、私は寝台に潜った。

 ……なんで言い出せなかったんだろう。昼間の約束のこと。


 やっぱり、最近はシノンが少し忙しそうだからだろうか。

 彼は記憶を取り戻してから確かに体は元気になった。けれど、内心では何か焦っているようで、精神面の疲労は溜まっているようだった。


 表には出していないからアルファ達は気づいていないけれど、私にはわかる。

 何があるのかわからないけど、何かを考えている彼に話しかけづらいのは相変わらずだ。


 私は気がついた時には、眠りに落ちていた。





 頬に柔らかいものが軽く触れた気がして、私は目を開けた。

 そして布団が擦れる音がして、私は横にしていた体を捻って後ろを向く。するとシノンが布団の中に入っている所で、思わず声をかける。


「シノン……?」

「ん? あ、悪い。起こしちゃったか」


 私は起き上がって目を擦り、首を横に振る。


「大丈夫? もう、結構遅い時間でしょ」

「ああ。まあ、慣れてるから。馬車で昼寝でもさせてもらうから、心配するな」


 シノンは微笑む。それを見て私はピクリと肩を揺らす。

 見惚れたんじゃない。少し疲れたような彼の微笑みを見て、胸が苦しくなった。

 私はそんな彼を見つめ、布団から出て彼の寝台へ移る。


「……? どうし――……っ!?」

「んっ……ぅ……」


 私はシノンの後頭部に片手を回して動きを封じ、もう片方の手は彼の両肩を抑えながら彼の唇を奪った。

 数秒ほどそのままでいたが、やがて私がシノンから顔を離した。


「おい、不意打ちかよ」

「約束、守ってもらうから」

「わかってるさ。だからさっきキスしてやっただろう」

「あれはキスじゃない」

「じゃあ何さ?」

「頬へのチューだよ。キスじゃない」

「どういう理屈だ……?」


 シノンは呆れたように呟き、そんな彼が愛おしくて右手で頭を優しく撫でる。一瞬だけ緊張したような表情が浮かんだが、それを隠すようにシノンはうつむく。


「聞いていい?」

「……何を?」

「シノンって、頭を触られるのが嫌いでしょ?」


 ピクリ、と肩が揺れた。

 十数秒ほど固まっていたシノンだが、やがてゆっくりとうなずく。


 やっぱり。理由はともかく、シノンは頭に触れられるのが得意ではない。むしろ嫌いなのだろう。

 でも私が触れても逃げないのは……なんでだろう。信頼されているのか、それともただ動けないのか。

 他の人が彼の頭に触れるところを見たことはないから、よくわからない。


「でも……」

「……? ……んっ!?」


 シノンが私に顔を寄せてきたので目を瞑ったけれど、次の瞬間には耳に生暖かい感触があって驚愕の声を上げるのだった。

 そう、シノンが私の右耳を舌で舐めたのだ。


「ん、期待した?」

「べ……別に!?」


 悪戯っぽい笑を浮かべるシノンだが、私は恥ずかしくてうつむいた。

 ……顔が熱い。


「俺は、カルナなら構わない」

「へ?」


 思わず変な声を出して、シノンを見上げる。するとシノンは私の胴に手を回して軽く持ち上げると、くるりと反転させて太股の間に挟んで座らせた。

 すると後ろから抱きつかれて、私は左肩に頭を載せたシノンを見る。


「ちょっ、シノン?」

「言っただろ。俺はお前を疑わない。決して。お前に殺されたっていい。……だから、苦手な頭でも、触りたければ触ればいいさ」

「ちょっと、物騒なこと言った?」


 それはさすがに聞き捨てならない。私がシノンを殺す?

 そんなこと絶対にありえない。っていうか、シノンが死ぬとかないでしょ。


「君は私の全てなんだから、そんな事しないよ。シノンが頭を触られるのが苦手なら、私も触らない」

「……いや」

「え?」


 私は驚いて目を見開いた。シノンが私の左手を持ち上げて、自らの頭に載せたのだから。


「……シノン?」

「本当は……嫌なんかじゃないんだ。ただ、ちょっと怖くてな。でも、本当は落ち着くんだ」

「落ち着く?」

「うん。俺は獣人じゃないけど、狼の習性や感覚は持ってるんだ。……だから、頭を撫でられるってのは、結構落ち着く」

「撫でて欲しいの?」


 私はからかうつもりでシノンに言ったが、意外と真面目にうなずく。


「カルナに撫でて欲しい……かな。他はたぶん……駄目」

「はあ……もう。やっぱり子供じゃん」

「仕方ないだろ。精神面の成長はこれ以上望めないんだから」

「ふふっ。でも良いよ、君の頼みなら」


 私は素直に頼んでくるシノンが可愛くて、つい笑いながら彼の頭をスーッと撫でる。

 彼の温かくて柔らかい耳に触れると、その度に彼の息が私の頬にかかる。

 フワフワとしていて触り心地の良い彼の髪に触れる度、私はシノンといられる時間に幸福感を覚えるのだった。


 しばらくシノンの頭に触れていたけれど、数分もすると私の背中が重くなり、左脇からは静かな寝息が聞こえてきた。


「え? シノン?」

「…………ん、ああ、悪い……」

「もう寝たら? 私も一緒に寝るよ?」

「ああ……ありがとうな。………気持ち良かった」

「ふふっ、良かった。ほら、寝よ?」

「うん」


 シノンは小さく返事をし、私も彼を寝台に寝かせてそのままそこに潜った。





 翌朝。言っていたとおりシノンは馬車の中……正確に言えばカルナの膝の上で昼寝をしていた。

 他の3人にも事情を話し、御者はアルファにやってもらっている。


「にしても、シノンも大変だな。紙面を眺めて頭を抱えていたんだろ? 何を見ていたんだろうな」

「私たちが気にしてもしょうがないでしょ?」

「そ、そうだな」


 アリュスフィアに突っ込まれ、アルファは返事をする。


「次は小さな村だよね? どれくらいで着く?」

「このペースで行けば、夕方頃には到着すると思う」

「夕方ですか。周囲の警戒は僕達に任せてください。シノンさんは眠ってますし、カルナさんは膝枕をしていますからね」

「そうね。魔物の退治も任せてよ」

「ごめんね、お願いするよ」


 そんなふうに会話をしながら進むこと30分ほど。やがてシノンの上で眠っていた水狼エクロスの耳がピクリと動き、目を開く。

 起き上がってカルナの肩の上に載ると、前足でカルナの頬を肉球で押した。


「ん? どうしたの?」

『魔力を感じる。気をつけて』

「……あら、本当ね。まあ、これくらいの数なら私たち二人でもなんとかなるわね」

「ですね。行ってきます」

「ああ、待ってくれ。止めるから」

「良いわよ。そのまま進んでて」


 アリュスフィアとゆうきはそう言うと、馬車の扉を開いて飛び降りていった。


「……やっぱり人数は多い方がいいね」

「だな。少ないと、その少ない人数だけで対処しなきゃいけないわけだし」


 カルナとアルファがそんなふうに会話をする間、外に飛び出した2人はそれぞれ剣と杖を構えて敵を迎え撃っていた。

 現れた魔物はソルジャーアントの群れ。20匹ほどの群れだが、彼女らにとってそれは赤子も同然だった。


 縦横無尽に振るわれるアリュスフィアの剣で上下左右に切り裂かれ、ゆうきの魔法で胴体を貫かれ、絶命する度に青い光を放って消えていく。

 ソルジャーアント達は仲間を殺された怒りで次々に2人へと襲いかかるが、まるで相手にもならずに屠られていく。


 だが……。


「切りがないわね! どういうこと!?」


 ソルジャーアントは、最初は20匹ほどだったはずが奥からどんどん溢れてくるのだった。


「わかりません! けど、どうやら向こうでも戦闘が起こっているようですよ!?」

「嘘……って本当だわ! 急いでこっちも片付けちゃいましょ!」

「はい!」


 ゆうきの言う通り、アルファとカルナ、更には眠っていたはずのシノンと水狼エクロスまでもがアンデットのスケルトンと戦っている。

 ソルジャーアントの群れもどこからか無数に現れてくるし、スケルトンも茂みの中から無数に出てくる。


 文字通りの意味で切りがなかったのである。


「ちっ! こいつら本当に普通のスケルトンじゃねえな!」

「変異種だからな!」


 アルファが悪態を吐くと、シノンがそれに答える。

 そう。今シノン達3人と1匹の前に現れたのはただのスケルトンではない。


 通常のスケルトンはカルシウムの骨でできているのに対し、シノンが変異種と言ったスケルトンの集団は鉄の骨でできている。いわゆるメタルスケルトンだ。

 そのため、金属の剣を使うアルファでは文字通り太刀打ちができず苦戦していた。


 肋骨の隙間から核――心臓――ともいえる魔石を突きの1発で破壊せねばならず、しかも剣の先を横にしなければ入っていかないのでやりにくいことこの上ない。


 シノンとカルナは魔力を通せばまったく抵抗なく切れるのだが、カルナの場合はまだ双剣を使いこなしていないのでシノンの魔力を少しずつ削っていた。

 シノンとしては問題なかったのだが、カルナは彼の負担になることが不満でほとんど魔力を注いでいなかった。


「カルナ、もっと魔力を入れろ!」

「で、でも!」

「そんなの気にしてたらやられるだけだ。魔力に余裕はあるから、気にせず自分のことだけを考えていろ!」

「……わかった」


 そう言って、カルナは先ほどよりも多く魔力を注ぎ、少しずつ使えるようになってきていた紅刃と蒼刃の特性を発動する。


「紅・火炎。蒼・流水」


 魔人戦の時ほどではないが、紅刃が炎を、蒼刃が水を纏う。


「やあっ!」

「ギギギギッ!」


 断末魔を上げるように、金属が擦れるような音を出しながら崩れるメタルスケルトン。

 しかし連戦で疲れが見えてきて、カルナもアルファもそろそろ息が切れ始めてきた。

 シノンも同様であり、精神的な疲れと今回の襲撃のストレスで、中でも一番疲労が表面に出てきていた。


『シノン、無理しなくてもいい』

「いや。俺だけ戦わないのは、色々と申し訳が立たない。カルナもアルファも、疲労が表に出てるから、な!」


 シノンは襲ってくるメタルスケルトンの核を砕きながら水狼エクロスと話していると、狼型のメタルスケルトンが飛び込んできたので咄嗟に一閃する。


「ちぃっ! 切りがねえな!」


 珍しくシノンが悪態を吐くと、そんな彼の耳にカルナの声が聞こえてきた。


「きゃっ!?」

「カルナ! ……っ!?」


 シノンが視線を向けると、メタルスケルトンの肋骨の部分が伸びてカルナに巻きついていた。


「俺のカルナに触れてんじゃねえぞ骨屑どもがぁ!」

「ひゃっ!」


 シノンが黒刃でメタルスケルトンの骨を斬り、落ちてきたカルナを受け止めた。

 白刃と黒刃は空中に投げ、シノンとカルナの周囲のメタルスケルトン達を自分の意思で斬り裂いていく。


「あ、ありがとう、シノン……」

「大丈夫か、怪我は!?」

「だ、大丈夫だから、降ろして!」

「……ああ、悪い」


 シノンは一旦落ち着き、カルナを降ろす。すると地面に落ちた紅刃と蒼刃を拾い、シノンの脇につく。

 シノンも飛んできた白刃と黒刃を再び手に取ると、構え直しながらカルナへ問う。


「怪我はないな?」

「うん、大丈夫。シノンがすぐに来てくれたから」


 するとアルファもこちらに寄ってきて、3人が背中合わせになる。


「フィアやゆうきはまだなのか?」

「まだ来てないな。水狼エクロス! 援護してきてやってくれ!」

『良いのか?』

「ああ、こっちは何とかなりそうだ。それよりも、あっちは2人だからな。こっちと同じように切りがないようなら、さっさと済ませてこっちの援護ができるようにしてくれ!」

『承知!』


 水狼エクロスは1度前足を勢いよく振るうと、翼を羽ばたかせて後方へと下がっていった。


「じゃあ、こっちも戦闘再開と行こうか!」


 アルファの声で、3人は同時に地面を蹴り、剣を振るい始める。

 カラカラ、ギーギーと音を立てながら鉄の長剣を振るってくるメタルスケルトンに、油断なく剣を振るう3人。


 時々、先ほどカルナに絡みついたようにシノンも狙われるのだが、その手は予想外ではあったがすでにカルナの件で見ており、すぐに剣で斬り裂いてから核を狙うのだった。


 だが何故かアルファにはそういったものは伸ばされず、彼にはどちらかと言えば殺気が放たれている。

 それでもメタルスケルトンの多くはシノンとカルナの方へと向かって行き、肋骨の骨を伸ばしては2人に絡みつかんと近づいている。


「ちっ! どうやら狙いはシノンとカルナらしいな!」


 そう。こうして目に見えるほどにメタルスケルトンが分かれ始めたのはしばらく経った後だったのだ。

 そのせいで、アルファは対応出来ずにメタルスケルトンの後ろから攻撃をし始めることとなった。


「まさかこいつら、ムック達を狙ってた例の勢力とかいう奴らの手先じゃないだろうな!」

「その可能性は高いぞ!」


 アルファの言葉に答えたのはシノンだった。それに続けて余裕がないながらも、カルナも言葉を返した。


「積極的に急所を狙ってくるからね! 気絶させるつもりみたいだよ!」

「ちぃっ!」


 再び舌打ちをしながら、シノンは伸ばされた肋骨を縦に斬る。そしてそのメタルスケルトンとの距離を縮めて核を砕く。


 が、しかし。


「ぐぁ!?」

「シノン!?」


 カルナはシノンの声がした方向を見ると、彼の後頭部があった場所の後ろに、黒いモヤがあった。

 そしてシノンはと言うと、白刃と黒刃を手放して地面に倒れるところだった。

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