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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第10章、力を求めた貴族
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116、人攫いと謎の勢力

「流石にさっきの模擬戦を見りゃ諦める奴もいるよな」

「まあ、自信過剰で馬鹿な人はいるけどね」


 再び商店街を2人で歩きながらそういった会話をする2人。先ほどの騒ぎに関する噂が一気に広まったために、彼らは右手に嵌っている偽装の腕輪に魔力を通して変装していた。


「……これだから貴族は」


 気に食わない、とでも言うふうに吐き捨てられたシノンの言葉。それをカルナは苦笑して受け流すが、やがて2人の目の前に立ち塞がるように3人の男が現れる。


「ちょっと用事があるんだが、ついてきてもらえるか?」


 言葉は丁寧だが、その目は隠しきれないほど欲望に染まっている。

 それも無理はないだろう。


 白髪に青い目を持つ子リ・ミ・レイヴァ・クラントが2人ともなれば、一生遊んでも使い切れないほどの大金が手に入るのだから。


 おそらくこの3人はあの広場での騒ぎを見ていた者達なのだろう。

 シノンもカルナも美形であるのは間違いなく、どこかの物好きや大商人に売ればシノンが男であってもかなり高額になる。

 それが余計に男達の欲望を掻き立てることになり、シノンとカルナへ面倒事を引き寄せさせたのだ。


「ああ……面倒臭え」

「本当だね。見たところ冒険者みたいだけど、レイヴァのことわかってないよね」


 小声で会話する2人。男達には聞こえていなかったようで、2人の嫌そうな雰囲気に気づいた様子もなく続ける。


「すぐに終わるからさ、ほら、来てくれよ」

「内容は?」

「な、内容?」

「ああ。これでも急いでるんだが。それとも他を当たってくれないか?」

「ひ、人が倒れてんだよ。だから近くにいたあんたらに……」

「近くに人なら何人でもいるだろ。わざわざ急いでる俺達に頼まなくても他に頼めば問題ないだろうに」


 すでに周りの注目を浴びているシノン達だが、気にした様子もない。むしろ男達の方が、まずい、とでも言いたげな表情だった。

 確かにここは商店街。ならば昼夜問わずに人がたくさんいるのは当たり前で、わざわざ子供にしか見えないシノンとカルナへ人命救助を要請する必要は特にない。


 これが人通りの少ない裏通りだったならばわざと彼らについて行ってその場で叩きのめしていただろう。

 だがここは人通りの多い表通りで、言葉で攻めてやればそのうち引き下がるだろうと思ってこうしているのだ。


「ぐっ……くそっ! なら!」


 男達の中の1人が短剣を抜いてカルナへと手を伸ばす。

 しかしシノンとしては彼女に触れさせる気は一切なく、その手を手刀で叩く。

 男の手の骨に罅が入り、男は短剣を落とし左手を抑えて騒いだ。


「あ……ああああ! 痛え、痛えええっ!」

「くそ、お前、何しやがった!」

「お前ら人攫いだろ。残念だが、勘違いのようだな」

「か、勘違い?」

「そう言えば噂になってんな。広場に2人のレイヴァが……それも青目が現れたって」


 周囲で様子を窺っていた住民が、もしかして、という視線をシノンとカルナの2人へと送る。しかし。


「残念ながら俺達はレイヴァではないのでな」


 そう言って、シノンは頭巾を外した。カルナもそれに倣って頭巾を取る。


「なっ……!?」


 顔に関しては、シノンの『変装チェンジ』で若干違っている。そのため、男達はここまで見逃すことなく追ってきたはずの標的はどこへ行ったのかと驚愕の表情を浮かべるのだった。


「いや、そんなはずはない! 俺達は確実に……!」


 レイヴァの2人を追いかけた。


 1人が暗にそう口にした途端、周囲の目が興味から敵意に変わる。

 街中で人攫いをしようとした冒険者風の男達に対する住民の印象が、一気に悪化したからだ。


 裏であくどい事をする者達を、この国のほとんどの住民達は許さない。それは質実剛健とも言える騎士王国スフィンの国民ならではだろう。


 そんな住民達からの視線を受け、他にシノン達を追っていた者達も諦めたのか、再び探しに出たのか、その視線は消えていった。

 それを感じ、最後の仕上げとばかりにシノンが口を開く。


「消えろ。そのレイヴァの2人だって、お前らみたいな奴らに捕まるほどヤワじゃないはずだからな」

「ぐっ……ちっ!」


 舌打ちをして、3人の男達はその場から去っていった。頭巾を被り直し『変装チェンジ』を解くと、2人は何事も無かったかのようにさっさと歩き出した。





 時は遡る。

 ギルドの使者に呼ばれて代表者としてアルファがやって来たのは、当然ながらギルドである。


 2階の一室に案内され、茶を飲みながらギルドマスターを待つアルファ。

 しばらくして扉が開かれ、1人の女性が入ってくる。


「お待たせしてごめんなさい。あなたが晧月千里のリーダーさんね?」

「は、はい。そうです。初めまして、アルファと申します」

「うふふ、そんなに緊張しなくてもいいのよ。ほら、座って」


 中に入ってきたのは、褐色の肌に流れるような銀色の髪を持つ、長耳の若い女性……すなわちダークエルフの女性だった。

 エルフ特有の若く目を引くような美貌に一瞬目を奪われたアルファだったが、自らのパーティメンバーにも美人が揃っていたため慣れていたのかすぐに我に返ることが出来た。


 しかしそれでも初対面ということもあり、若干緊張の色を見せるアルファだった。

 向かいのソファに座ると、ギルドマスターでもあるダークエルフの女性が口を開く。


「じゃあ、改めて自己紹介ね。私はシェーン。ラクシル支部のギルドマスターをやっているわ。よろしくね」

「よろしくお願いします」


 シェーンは頭を下げたアルファに微笑みかけると、一口茶を飲み、次の瞬間には真剣な顔になっていた。

 アルファも早速本題に入るのかと、少し緊張が走ったので体に力を入れる。


「さて、本題だけれど……実はね。今、この街の近くで怪しい勢力が動いているのよ」

「怪しい勢力?」


 アルファが思わず聞き返すと、シェーンはうなずく。


「ええ、そう。王都の方では知られていないけれど、この辺りでは結構その情報が広まっていて、不安がる人も少なくないの」

「その、怪しい勢力とはいったい……?」

「さてね。どうやら何かを探しているようなのだけれど、つい昨日。その怪しい勢力の一員と思われる他国の人間の死体が、草原で見つかったとの報告があったわ」


 その言葉を聞いた瞬間、アルファの体がピクリと動く。その様子を見て、シェーンは間を置かず彼に問う。


「心当たりがあるのかしら?」

「……はい。実は3日ほど前、3人の冒険者が10人ほどの男達に追われていて、命を狙われていると言っていたので、すみません。その……殺したのは、俺です」

「……そう。なら話は早いかしら。彼らの所持品などから手がかりを見つける予定だもの、謝る必要はないわ」

「はい……」

「で、そこであなた達晧月千里に指名依頼よ」

「……は?」

「あなた達のことは聞いているわ。なんでも、魔人を倒したんですってね」

「え? あ、は、はあ……」


 シェーンはニヤリ、とでも表現できる笑顔を見せ、足を組んだ。


「晧月千里の中には、情報収集に長けた人物がいるらしいわね」

「シノンのことか」


 シノンは結局、面倒だということで偽名を使わないことにしていた。ユウという名は随分前に記憶をなくした頃に付けられた名であり、また別の機会に使うということで、アルファにもそれを知らせてあったために躊躇なくシノンという名を出す。


「あら、それってもしかして、白の魔術師かしら?」

「……白の魔術師?」

「知らないの?」

「いえ、聞いたことないです……」

「ふふっ、面白いのね。まあいいわ。それで、その謎の勢力について調べてほしいのよ。あなた達なら出来ると思うの。すでにレラン王国のリアナ団長には許可をとってあるわ。これはギルドからの指名依頼ということで、成功報酬で金貨10枚でどうかしら?」

「待ってください。俺だけじゃ決められません。明日にはここを発つと言ってありますし、俺はまだリーダーを初めて間もないので。それに……」


 途中で言葉を切り、アルファは口を噤む。

 そんなアルファが慌てて言った言葉に、シェーンはニコリと笑って答えた。


「もちろん、強制ではないの。王都に連絡を取って専属の調査隊を出してもらってもいいし、この街のギルドの方でやるのもいい。ただし、今は建国祭が近くて忙しいのよ」

「そう言えば参加しないかって聞かれたな……でも、すみません」


 王都でパーティが行われた翌日、アルファ達は建国祭に参加しないかと国王に誘われたのだ。

 しかし先を少し急ぎたいシノンとしては、祭りが始まるまでの期間が許容できる日数ではなかったので、渋々諦めた形だ。


 しかし祭りの開催が1ヶ月以内に迫ると、色々と準備がある。

 例えば建国祭で行われる武闘大会の参加者の募集、この国の騎士達による神聖な儀式の準備や出店の場所取りの予約など、やることはそれこそ数え切れないほどにある。


 他国の王族や貴族も招待されるので、それをもてなすための準備もあるだろう。


 しかしそれを理解しているアルファとしても、この依頼を受けるにも問題はある。それは。


「どれくらいの時間がかかるかわからないんです。ですので、この依頼は断らせていただきます」


 謎の勢力について調べようにも、シノンがいたとしてもそれがどれくらいの時間を要するのかがわからなければ祭りへの参加を諦めた意味がわからなくなる。


 おそらくその勢力の正体がわからなければ、拘束時間もそれだけ増える。

 そうなれば困るのはシノンで、アルファとしても仲間が困るのは何としても避けたかった。


 それ故の答えだった。


「……そう。強制ではないから、断られれば仕方ないわね。わかったわ」


 露骨に残念そうな顔をするシェーン。そんな顔をしてもその美貌が崩れるわけでもないため、アルファは一瞬だけシェーンに見入ってしまっていた。

 だがすぐに我に返り、シェーンへと声をかけた。


「す、すみません……」

「いいのよ。私としても無理を言うつもりはなかったから。じゃあ、私はこれで失礼するわ。来てくれてありがとう。宿まで送らせるわね」


 シェーンはそう言いながら立ち上がり、アルファも残った茶を飲み干して立ち上がった。






「へえ、あの兵士どもがねえ」

「そうらしいんだ。ムック達のやつ、大丈夫かな……」


 大浴場の湯船に浸かりながら、アルファがギルドで聞いてきた話をシノンへと話した。

 今は割と遅い時間で、彼らが最後だったので他の客はいない。

 シノンは顎まで体を沈めると、小さくため息を吐く。


「レイヴァの3人組を狙っていたとなると、俺とカルナもちょっと気をつけないとな」

「……どうしてだ?」

「勘だ」

「勘? 珍しく根拠がないのか?」


 アルファが問うと、シノンは目を細めてうなずく。


「……まあな。ムック達は命を狙われてるって言ってたが、あの男達の目の色は殺気に満ちたものじゃなかった。それに、マナがライル、って誰かの名前を出していた。その後にあいつらがした表情も気になる」

「それを言われると納得だな。おそらくそのライルって人は、殺されたんだろうな……」


 アルファまでもが寂しそうな表情をする。やはり他人でも、人が死ぬというのはあまり気持ちの良いものではない。

 彼が敵だった男達を殺したのはほぼ反射的なものだったが、それでも多少の後悔はしたのだ。

 何故殺してしまったのか、と。


 本来アルファは人を殺すことが得意ではないし、むしろ嫌いとすら言ってもいい。それは敵でも味方でも。

 だがあの当時は水狼エクロスに促されて、3人を殺してしまった。残りは水狼エクロスだった。


 それを理解しているシノンは、そんなアルファを見つめてから再びため息を漏らす。


「多分ライルって奴が殺されたから、あいつらも命を狙われていると勘違いして逃げてきたんだろう。実際は、あの3人の命が狙いだったんじゃなくて、どこかであいつらがレイヴァだと知り、追っかけていた。と、そんな所だろう」

「で、あの男達は欲望に染まった目をしていた……そういう事なのか」

「青目2人ほどじゃないが、レイヴァが3人もいれば裕福な貴族が全財産使っても買い取れない高額にはなる。それほどの金を手に入れられれば、欲望に染まるのも無理はない」


 シノンはそう口にすると、ふっと口もとを緩ませた。


「それを聞いた上でも欲望に染まらないお前は、本当に普通じゃないな」

「……は?」

「ゆうきもそうだが、初めて俺達が青目のレイヴァだと知ってどう感じた?」

「え、ど、どうって。そりゃ驚いたさ。白髪に青い目を持つ子リ・ミ・レイヴァ・クラントが1人だけでも珍しい……というか、一部では伝説になってるのに、それが2人もいたら……」

「そうじゃない」


 シノンはアルファの言葉を遮って、濡れた前髪を右手で掻きあげながら続けた。


「一瞬でも欲望が湧き上がって来なかったのか、と聞いてるんだ」

「そ、それは……いや、正直に言うと、欲望というか好奇心が勝っていて、俺はもしかしたら自分たちを本当に助けてくれるんじゃないかと思った。金の方じゃなくて、どちらかと言えばそっちの欲望が出てきたのは事実なんだ……その、すまん」

「いや、全然構わないさ」


 アルファがシノンを見ると、優しい微笑みを浮かべて正面を見ていた。


「これでも俺は他人の感情に敏感でな。それについては気づいてたんだ。なんでここで、それを敢えて聞いたかと言うと、ちょっとだけお前を試したかった。欲は人を作るが、それ以上に人を殺す。けどその欲望の意味によっては、現実に起こりうることも違ってくるからな。今のお前はどっちなのかを確かめたかった。それだけだ」


 笑顔を作ってアルファの目を見るシノン。アルファはそんな彼の目を正面から見て、本当に信頼されているのだということを実感する。

 アルファも笑顔になり、改めて尋ねた。


「ちなみにどっちだったんだ?」

「もちろん、目に見えないものの欲。大切なものを守りたいという思いから生まれる欲望だ。実際、お前は仲間を大切にする奴だ。然濃族も助けたし、一つ一つの命を大事にもしている。敵には容赦しないのも、いい所だと思う」

「それは……」


 アルファは少し詰まるが、すぐに首を横に振る。


「そうだな。敵を倒すのに躊躇してたら、逆にやられるもんな」

「よく知ってるじゃないか」

「いや。……経験だよ」

「そうか」


 短く返し、シノンは湯船から上がっていった。

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