114、午後のデートと隠れた名店
人が歩くスピードで進んでいたため、ラクシルの街までは3日ほどかけて到着した。
そして門で身分証明書を提示してから街の中へと入り、ムック達3人と別れの挨拶をしていた。
「今回は本当に助かった。ありがとう。また機会があれば、その時は必ず礼をさせてもらうぞ」
「お酒の1杯は奢らせてもらうからね」
「そうね。私も何かさせてもらうから!」
「いや、酒は勘弁してくれ……」
アルファが王都での出来事を思い出し、酒だけは御免とばかりに項垂れる。
「あ、あはは。まあ、機会があれば、だけどね。じゃあ、気をつけてね」
「ええ、カルナ、フィア、ゆうきも元気でね」
「また会おう」
「元気でな!」
それぞれ手を振りながら彼らと別れると、アルファが手を叩いて全員の注目を集める。
「さて、今日はこの街で1泊、明日の朝には発つ。それでいいか?」
アルファがシノンへと確認を取ると、彼もうなずく。女性陣にも視線を送るが、誰ひとりとして反論する者はいなかった。
「よし、じゃあ宿を取ったら、少し街を散策して時間を潰すか」
『やったー!』
現在は昼なので、夕方までは時間があるが故のアルファの判断だった。
その判断に感謝しつつ喜んだのは女性陣の3人。ラクシルの街は王都ほどではないがある程度大きな街で、それなりに人気のある街でもあるからだ。
「シノン、早く行こう。街を回る時間がなくなるからな」
「そうだな。ほら、みんな乗れ」
『はーい』
シノンの言葉で、カルナ達3人も馬車へと乗り込んだ。
「宿を頼みたい。大人3人と子供2人、従魔が1匹。それから馬車が1台に馬が1匹だが、空いてるか?」
「ああ、空いてるよ」
「じゃあ、1泊。夕食と朝食込みで」
「はいよ。銀貨10枚に銅貨10枚ね」
「……高いな」
「最近は税金が高くなってるからね。それなりに需要が高くなるのさ。嫌ならいいよ」
「いや、それくらいは構わないが」
「そうかい。じゃあここに書名を頼むよ」
シノンは銀貨と銅貨をそれぞれ10枚ずつ取り出してカウンターに置き、出された紙に名前を書いた。
「2人部屋と3人部屋が1つずつで頼む」
「はいよ。ほら、これが鍵。2人部屋は、2階に上がって右側に曲がって行くと左側に見えてくる。3人部屋は3階に上がって左側のすぐ手前」
「ありがとう。行こうか」
シノンの言葉に全員がうなずき、奥の階段を上って……行く前に。
「……シノン」
カルナがシノンの外套を引っ張り、上目遣いで彼に何かを訴える。
それが何なのかを察したシノンは彼女の目に負けてため息を吐き、アルファに問うた。
「悪いアルファ。1人部屋でもいいか?」
「ああ、俺は構わないぞ」
躊躇なくうなずいてくれたアルファに感謝しつつ微笑むと、カルナを伴って先ほどカウンターにいた中年の男に再び話しかけた。
「すまない、部屋割りの変更をしても構わないか?」
「む? ああ、構わないが」
「2人部屋を2つと、1人部屋を1つで頼む」
「ああ、追加料金銅貨3枚を貰うよ?」
「構わない」
シノンは銅貨を3枚カウンターに置くと、3人部屋の鍵を渡し1人部屋と2人部屋の鍵を受け取って再びアルファ達のもとへ戻る。
「1人部屋は1階だそうだ」
「そうか、わかった」
「ごめんねアルファ。その……私の我儘で」
「はは、構わないよ。……カルナがどれだけシノンが好きかってことは知ってるしな」
後半はシノン達だけに聞こえるように呟くが、カルナはそれを聞いて顔を真っ赤に染める。そしてシノンの右腕に抱きついて顔を伏せた。
「もう、カルナってば羨ましすぎるわ」
「ふ、フィア、そんな顔しなくても……」
「ははっ。まあとにかく、荷物をまとめたらここに集合な。それでいいか?」
アルファのその言葉に全員がうなずき、アルファは1階、その他の面々は2階へと上がっていった。
「……おい、いつまでくっついてんだ」
「……熱が冷めるまで」
「それいつになるんだよ?」
「知らない!」
「はあ……」
軽くため息を吐きながら部屋を探すシノン。ゆうきとアリュスフィアとはすでに分かれており、部屋は階段からそれなりに離れているらしく鍵に書かれた番号の部屋はまだ見つからなかった。
「まあ、しばらく時間はかかるか……」
呟き、ようやく目的の部屋を見つけるシノン。右腕にはカルナが抱きついているので、左手で鍵を差し込んで捻る。
扉を開けてそのまま入るが、カルナは離れずにそのままシノンに抱きついたままだった。
仕方ないとばかりにため息を吐くと、シノンはそのまま寝台のある部屋へと向かい、アルファに少しだけ遅くなるかもしれないと『通達』を送ってから、カルナを半ば強引に引き剥がして寝台へと押し倒す。
「わっ!?」
「静かにしろ、馬鹿」
「ちょ、シノン!? 何を?」
カルナの問いに悪戯っぽい笑みを浮かべながら、シノンは彼女の両手を押さえ込んだ。
「え? ……ええ? ちょっと?」
困惑した声で言うカルナ。顔の熱は多少は冷めたようだが、まだ頬が紅潮している。
シノンの突然の行動に少し困惑はしたが、すぐに落ち着いて来たのか冷静になり、シノンの目を正面から見つめる。
「……ね」
「ん、なんだ? 落ち着いたか?」
「……うん、まあ」
「そうか」
シノンがカルナから離れようとすると、カルナは慌てて声をかけた。
「待って。その……キス、して」
「は? 今か?」
カルナのその問いに一瞬迷ったが、やがて首を横に振った。
「後でな。さすがに今それをやったら遅れちまうよ。ただでさえ遅れてんだから」
「あ……そうだった。うん、わかったよ」
そう納得しつつも、カルナは笑顔を浮かべてシノンへと後ろから抱きつく。
「一緒に回ろ、街」
「ああ、いいぞ」
カルナの長い買い物にも慣れたのか、あっさりイェスの答えを出すシノン。
そしてカルナが今度はシノンの左腕に抱きつくと、そのままの状態で下へと降りていったのだった。
「あ、シノン、カルナ」
「こっちですよ!」
階段を降りるとそこにいたのは何故かゆうきとアリュスフィアだけだった。
「あれ、アルファは?」
「ギルドの使者に呼ばれて行ったわ。何でも、パーティの代表者はすぐに来てくれってね。たぶん、検問の時にでも私たちのことわかったんじゃない?」
「……なるほど」
納得の声を上げるシノン。そこで嫌な予感が頭を過ぎったのはシノンだけではなかっただろう。
このスフィン王国は傲慢な貴族の方が少ないとは言っても、それなりの数はいるのだ。
だからアルファを呼び出すということは貴族絡みでないとは限らないのだ。
もちろんギルドが呼び出した可能性もあるが、シノン達は貴族絡みの騒ぎに幾度となく巻き込まれているために貴族の可能性を捨てきれない。
「お兄ちゃんは、4人で回って来てくれって言ってたわよ」
「そうか。少しなら待ってようと思ったが、仕方ないか」
「じゃ、行こう?」
「待て待て、ってことは男は俺1人か?」
この3人には心を許しているとは言っても、さすがに男1人というのは辛いらしい。そこは若い精神年齢の持ち主なのだろう。
その事情を知っているカルナなのだが、それでもゆうきとアリュスフィアを2人だけで行動させるのもどうかと思っていた。
シノン1人で行かせると、彼と一緒に回れなくなるという究極の選択。だが……。
「いいですよ。ボクたち2人で回って来ます」
「え、良いの?」
「それはこっちのセリフよ。あなた達の邪魔はしたくないしね」
後半は悪戯が成功したかのような笑みを浮かべて言うアリュスフィア。ゆうきはそのアリュスフィアの様子を見て苦笑を浮かべるが、カルナは再び顔を真っ赤に染めてシノンの腕に顔を伏せた。
「じゃ、お2人とも、楽しんでねー」
「ではまた後で」
2人はそう言って、先に宿を出て行った。
「ほら、カルナ。行くぞ。時間が惜しい」
「あ、うん。ごめん……」
「ほらほら、今さら恥ずかしがったって仕方ないだろ?」
シノンが空いている右手でカルナの頭を撫でながら言うと、数秒して落ち着いてきたのかシノンを見上げ、微笑んだ。
「行こうぜ」
「うん」
「わあ、人がたくさんだね」
「……あんまりこういう所には行きたくないんだが……」
シノンとカルナの視線の先にあるのは商店街。昼間だからか人で溢れかえっている。
彼らは昼食を食べる店を探すため食事屋が多くある商店街へとやって来たのだが、目の前の光景を見ればどこも数時間待ちだろう。
「人口が多いし、冒険者の数もそれなりに多いからな。これくらいは仕方ないのかもしれない」
「うん……」
カルナは露骨に残念そうな顔をするが、シノンはそんな彼女の頭を撫でて慰める。
「安心しろ。いい店があるんだ。美味い飯が食える場所があってな、そこで食べよう」
「え? 本当?」
「ああ。嘘なんかついてどうする?」
「あぅっ……だよね」
シノンはそう言うと、商店街とは反対方向へと歩き始める。
そして人気のない路地を曲がり、目立たない看板の立った扉を迷うことなく開いた。
「いらっしゃい。2名様で?」
「ああ、一番のオススメ、頼むよ」
シノンが頭巾の端をめくって顔を見せながら言うと、店の表に出てきた若い料理人の男は軽く目を見開く。しかしすぐに笑顔になり、近くの席に座るよう促した。
「今日のオススメ2つ!」
「はいよー」
厨房の方から女性の声が聞こえると、料理人の男も中に入っていった。
ここは木製の壁や天井そして床である。机や椅子もほとんどが木製で、落ち着きのある雰囲気を放っていた。
所々に花や置物が置かれているのも魅力だろうか。
2人席に向かい合って座ると、カルナが頭巾を外す。もちろん腕輪に魔力を通して、だが。
「へえ、お洒落なお店だね」
「あまり人はいないがな」
「……大丈夫なの?」
カルナはこの店の経営について尋ねる。しかしシノンは大丈夫だとばかりに無言でうなずいた。
「昼間だけさ。夜になると冒険者でいっぱいになる」
「え、本当?」
「ああ。知る人ぞ知る、名店ってやつ。にしても、まだやってたんだな」
そんなふうに話をしていると、先ほどの料理人が彼らのもとへ歩いてきた。
「まさか、ロウさんとこの坊ちゃんか?」
「坊ちゃんはやめてくれ。まあ、そうだが」
「うおー、急にでかくなったなー。前に会った時はこんなだったのに……いや待て、あれから10年も経ってんだ、小さい方か?」
「気にしてんだから触れないでくれ」
「はははっ、ま、長命種族なんてそんなもんだろ? ところで、ロウさんは?」
「さあな、ここ数年会ってない」
「ふうん。そりゃあ残念だ。にしても、本当久しぶりだなあ」
そう言って、男は椅子を持ってきてシノンの隣に座った。
「まだ旅を続けてたんだな。闘級はいくつになった?」
「そりゃさすがに言えないな」
「なんだよ、冷たいじゃないか」
「個人情報だ」
「はあ……まあ仕方ねえ。で、そっちのべっぴんさんは?」
「俺の婚約者だ」
「へえ…………はあ!?」
男はいきなり大声を出したかと思うと、椅子から立ち上がって驚愕の色に染める。
「だっ……だって、お前まだ21……だろ? 何もそんなに急がなくったって……」
「いやいや、俺にとっては遅い方なんだよ。というか、遅すぎ」
「何言ってんだ。まさか貴族子女じゃあるまいし……」
そのまさかなんだが、という言葉がシノンの頭をよぎる。しかしそれをここで言っては余計に混乱するのは明らかなため、特に何を言うでもなく受け流した。
「ま、どうでもいいさ。こいつはカルナ。さっきも言ったが俺の婚約者。で、カルナ、こいつはアドル。昔ここに来たことがあって、その時に知り合った。この店の店主の息子だよ」
「よろしくな、嬢ちゃん」
「は、はあ……どうも……」
「いやー、にしても本当に綺麗だな。な、俺と結婚しない?」
「……はい?」
「おいこら、さり気なく口説いてんじゃねーぞ」
「いててててて! ……痛えよ!」
シノンがアドルの耳を引っ張りカルナから離れさせると、頭を平手で叩く。
「シノン……お前そこまで意地悪だったか?」
「あ? 10年も経ってんだ、そりゃあ色々と変わるだろうが」
「くそっ、そのまま返してきやがった」
「はい、お待たせ。今日のオススメは、バイコーン肉を使ったクリームシチューだよ。それからダンジョン産の生野菜サラダ、国産の小麦粉とミルクを使った白パン。これは選んでサラダにかけて食べな。さ、どうぞ」
「いただきます」
「い、いただきます」
2人で手を合わせて挨拶をし、目の前に出された料理を口に運んでいく。
まずカルナが最初に手をつけたのはクリームシチュー。バイコーンの肉特有の香りが混ざっていてコクがあり、その肉を口の中に入れると柔らかい肉と共にクリームが溶け込んだ。
パンをちぎってシチューにつけてから食べると、ふわっとしたパンにクリームが染み込み、これはまたカルナの舌を楽しませるに充分だった。
「これ……」
「美味いだろ、母さんの料理は最高だろう?」
「柔らかくて、コクがあって、最高です」
アドルがカルナの言葉を聞いて満足そうにうなずく。
バイコーンはCランクの魔物だが魔力密度が高く肉は煮込むと柔らかくなる。
そのため調理がしやすく、値段は高いが人気も高い。
スープなどに入れるとコクが増すので、こうしてシチューやカレーなどに入れるのも人気な調理法なのである。
そして次に口に入れたのは生野菜サラダ。
迷宮区で採れた野菜だけあり魔力が籠っているので、新鮮さがある。ソースは故郷のダンジル王国でもよく食べていたトマトとマヨネーズを使ったものをかけ、フォークで刺して優雅に口へと運ぶ。
「へえ、あんたら、綺麗な食べ方するね。アドルも見習って欲しいものさ」
「ちょっ、母さん! 酷くない!?」
「そ、育ちが育ちですからね……」
苦笑を浮かべながら話すカルナ。しかしそこで自分は王族生まれだと言わないあたり、面倒ごとは御免なのだろう。
カルナは13年間王族として暮らしていたが、8年間は平民として過ごしている。王族の作法と平民の食べ方が混ざってしまっているために、平民よりは少し綺麗な食べ方になってしまっているのだ。
シノンの場合は昔からの癖で、平民よりは綺麗な食べ方をするが貴族の作法などは全くないといった形だ。
だが色々と鈍感な親子は育ちの良い令嬢だとすら思わず、アドルの母親は豪快に笑ったあと厨房へ戻っていった。
『ごちそうさまでした』
「はいよ、またいらっしゃいな」
「そうですね。また機会があったら来ますよ」
「美味しかったです。絶対来ますね、また」
「じゃあな、シノン、カルナちゃん」
「は、はい……」
「触んなこら!」
「うえー、こえーこえー。なあ、やっぱりシノンじゃなくて俺と結婚しようよ」
「ご遠慮します」
「こらアドル!」
「すいませんっ!」
なんとも騒がしい昼食だった。