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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第10章、力を求めた貴族
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112、レイヴァとレイヴァ

 シノンとアルファ、そして水狼エクロスが3人の冒険者を助けた後、5人と1匹はカルナ達3人が待っている馬車へと向かっていた。


「俺は、ムック。夜空の星のリーダーをやっている。よろしくな」

「僕はアベル。よろしく」

「私の名前はマナよ。よろしくね」

「俺はアルファ。晧月千里というパーティのリーダーをやっている。こっちはシノン。さっきも言ったがウチの最大戦力で、俺の補佐をしてくれている」


 アルファがシノンを紹介するが、彼は興味が無いとばかりに水狼エクロスと周囲の警戒をするべく先頭を歩いている。

 しかしムック達は特に気にした様子もなくうなずき、アルファと握手をしていた。


「ああ、よろしく。……えっと、ウチのアベルも人見知りだから、そこんとこは了承しておいてくれ」

「ちょっ、ムック……」

「本当の事じゃないの。アベルってば人見知りばっかりして」

「うっ……仕方ないじゃないか。初対面の人は慣れないんだから。……レイヴァならまだ別だけど……」


 最後の言葉は口の中で呟いたものだったが、シノンとアルファ、水狼エクロスにはしっかり聞こえていた。

 アルファはそれに反応して反射的にシノンを見てしまったが、彼らの正体がわからない今はシノンがレイヴァだとは言えなかった。


 その後数十分ほどで馬車へと到着し、ムック達3人にカルナ、アリュスフィア、ゆうきを紹介する。


 ムックとアベルは少しの間、晧月千里の女性陣3人に見惚れていたが、マナによって我に返るのだった。


 カルナは準備が良く、すでに腕輪をつけて髪の色を偽装させていた。

 実際はシノンがカルナに『通達ノティフィケーション』で伝えていたのだが、アルファがそんなことを知るはずもなくムック達3人を休ませる。


「食事まで貰ってしまって……なんてお礼をすれば……」

「美味しい……これ、美味しいわよ!?」

「…………………………」


 アベルとマナが口々にそう言うが、ムックは言葉もなくただ食べ物を口に入れていた。

 それに倣って2人も腹の虫がなり、貪り食い始める。


「よく食べるねー」

「本当ですねー」

「お腹空いてたのよきっと」


 女性陣3人もそう言いながら、夕食を口に運ぶ。

 アルファは苦笑し夜空の星の面々を見ながら、シノンは相も変わらず興味が無いとばかりにただ夕食をそれぞれ口に運んでいた。


 戦闘時に頭巾を被ったのは兵士達に目をつけられないようにするためだったのだが、シノンは戦闘が終わってここに戻ってきた今でも頭巾は被りっぱなしである。


 それをアルファが疑問に思わないはずもなく。


「シノン、頭巾は取らないのか?」

「ん? ああ、忘れてた」

「え、おい」


 まさかのこれである。シノンは右手首に嵌っている腕輪に魔力を通し髪の色を偽装すると、頭巾を外した。

 食事に夢中だったはずのムック達3人もシノンの顔が気になったのか、一旦手を止めてその様子を見ていた。それに構わずシノンは頭巾を取ると、再び食事を始めるのだった。


「……にしても、貴方達綺麗な人揃いなのね。ウチの男どもとは違って整った人ばっかりだし。女性の方もそうよね。羨ましいわ」

「あ……ありがとう……でも、マナちゃんも可愛いと思うけど?」

「何よ。口元しか見てないくせに……そうね。貴方達なら信頼できるかしら。ね、ムック?」

「そうだな。いつまでも顔を隠してるのは失礼だしな」


 その言葉で、彼らは頭巾を外した。そこで彼らは目を見開くことになる。何故なら頭巾を外した3人は全員、白銀の髪を持つレイヴァだったからだ。

 シノンとカルナは特に驚いたような様子を見せなかったが、それでも内心では驚いていた。


「れ……レイヴァ!? しかも3人!?」

「嘘でしょ? 1度に2人なら見たことはあるけど、さすがに3人も見たのは初めてね」

「けど、なんで3人も……?」

「レイヴァの集落から出てきたからね。場所まではさすがに言えないが、俺達は冒険者になって旅をしているんだ」

「……なあ、シノン?」

「ん?」


 シノンはすでに食事に戻っていた。それにアルファはある意味で驚いてはいたが、すぐに切り替えて言う。


「……どうする?」

「何が?」

「いや、お前がだよ。……仲間だろう?」


 最後の方は彼に聞こえるように耳元で囁くが、シノンは首を横に振る。


「……嫌だ。カルナも仲間に会えて興奮はしてるが、腕輪の魔力は通ったままだろう?」

「……そうか」

「どうした、アルファ?」

「いや、何でもない。ああ、取り乱して悪かった」


 アルファがそう謝ると、再び食事が再開される。そしてカルナが少し思い詰めたように3人に訊ねた。


「レイヴァの集落……あるの、そんな所が?」

「ああ、あるさ。人数はかなり少ないんだけどな」

「みんな仲良く暮らしてるのよね。レイヴァには美男美女が多いけれど、集落じゃそうはいかなかったのよ。例えば、ムックみたいにね」

「おい、失礼だな」


 確かにレイヴァには顔立ちの整った者が多い。ただし少数ではあるがそうでない者もいる。

 それでも普通よりは多少美形ではあるので異性に人気がないわけでもないのだ。

 しかし同じレイヴァからの視線で言わせればそれは『ブサイク』というものである。からかわれることはあれども、レイヴァは皆優しい性格なので差別されることはないのだが。


「まあ、集落で一番の美女も、カルナには敵わないのよね。美男の方もアルファとシノンには到底及んでないわ」

「そ、それは、どうも……」


 アルファは戸惑いながらそう言うが、シノンは会話すらもあまり聞いていないようで、淡々と食べ物を口に運んでいた。


「………なあ、もしかしてシノンって……」

『ご馳走さま』


 ムックの言葉を遮るようにして、シノンとカルナが同時にそう言った。


「会話に入らず食べていたシノンはともかくカルナ、お前早いな」

「片付けしなきゃいけないしね」


 カルナは笑顔でそう言う。

 そして立ち上がり、シノンとともに空の皿を回収して洗い始めた。


「で、ムック。さっき何か言いかけたか?」

「え……あ、いや。何でもない」

「そうか?」


 アルファは少し気になったが、特に深追いはせずに食事に戻るのだった。





「シノン、本当に良いのか?」

「何が?」

「何がって、レイヴァであるということをなぜ教えない? もしかしたら、仲間に会えるかもしれないってのに」

「そうだな。確かに、俺とカルナがレイヴァであるということを伝えれば集落とやらには行けるだろうな」


 みんなが寝静まり、シノンとアルファで見張りをしている時。アルファがシノンへと小声で話しかける。


「だったら何故?」

「レイヴァは部外者を嫌う。けど仲間を大事にするレイヴァが、外から来たレイヴァを歓迎するのはわかるだろ?」

「ああ」


 確認するようなシノンの言葉に、アルファは躊躇なくうなずく。


「そこに俺達が行ってみろ。外から来たレイヴァはわざわざ危険な外の世界に行かなくてもって外に出るのを止めるよ。青目なんだから余計にさ。それじゃあ、俺の目的が果たせないんだよ」

「なるほど……目的?」


 アルファが聞き返すと、シノンは黙ってうなずいた。

 聞きたいか? ということを視線で訊ねると、アルファは間髪入れずにうなずいた。

 するとシノンは防音結界を張り、静かに話し始めた。


「そもそも俺が旅を続ける理由は、カルナなんだ」

「カルナ?」


 アルファが反射的に返す。シノンは無言でうなずき、数秒だけ間を置いて再び口を開いた。


「カルナは恋人レイアルといって、聖族の中では2番目の地位にいる存在なんだが、あいつはまだ完全じゃないんだ。完全な聖族になるにはあるものが必要で、それを求めて世界を旅しているんだ」

「あるもの……か。それは?」

「水珠。お前の言っていた、水神の財宝だよ」

「えっ?」


 アルファは驚きのあまり、シノンを見て固まる。しかし数秒後には我に返って首を横に振る。


「まて、水神様の財宝だって?」

「ああ。で、水神ってのは俺のことだ」

「はっ?」


 再び固まるアルファ。聖族についてはあまり詳しいことは聞いていないため、シノンが水神であるということは知らなかったからだ。


「聖族ってのは世界を構成するための柱。1人でも欠けたら建物が壊れるみたいに、世界も崩れるんだ。昼間に俺は水を司っていると言っただろう?」

「ああ、たしかに。そういう事だったのか?」

「そういう事だ。まあ、神とは言うがあくまで眷属だけどな。で、その恋人になると、神の力を多少だが得ることが出来る。カルナが神器を作れたのはそれが理由だ」

「なるほどな。にしても、お前らつくづく凄いよな。大貴族の息子だったり、王国の王女だったり。で、聞けば神の眷属だろ?」


 アルファがそう呟くが、シノンはジト目のまま嫌そうな顔をする。


「ああ、悪かったよ。悪かったってば。拗ねんな」

「そういう所褒められても嬉しくないんだがな。ダグリス家は聖族の家だ。四大貴族も聖族も同じなんだよ」

「そ、そうか。わかったよ。わかったから機嫌直せ」


 数十億年単位で生きているとは言っても、聖族は自殺防止のためか精神年齢が成長しない。

 聖族は自分の体をある程度調節……つまり成長したり幼児化したりできるのだが、シノンは6歳から15歳の範囲が限界なので精神年齢が子供のままなのだ。


 その若さ故か、口を軽く尖らせてアルファを睨みつける。

 とは言っても本気で睨んでるわけではないので恐怖というよりはむしろ可愛さを覚えるだろう。


「……お前、その顔すると可愛いな」


 アルファも例外ではなかった。シノンは自分が童顔であることを少し気にしており、時々性別を間違えられるのも悩みの種だった。


「いつまで俺をからかう気だ、こら」

「あはは、悪い悪い」


 冗談ぽく笑ったあと、すぐに真剣な顔になってアルファは言う。


「……で、カルナが、どうしたって?」

「ああ。水珠に、カルナの魔力を注ぐ必要があるんだが……1つ質問だ、アルファ」

「ん? なんだ?」

「異性にできた大切な人……一生添い遂げると誓った相手、つまり恋人なわけだが、もしそんな相手ができたら。お前はどうする?」

「どうする? ……どういうことだ?」


 シノンは予想通り、と言ったふうに笑うと、空に広がる星を見上げながら言った。


「守る、幸せにする、辛い思いをさせない、傷つけない、自分にだけ夢中にさせる。色々あるだろうな。けど俺はあいつと、辛いことも、楽しいことも、大変なことも、怖いことも、全部共有したい。同情じゃなくて、俺はただあいつと一緒でいたい。それだけだ」


 視線を目の前の焚き火まで降ろし、シノンは優しい頬笑みを浮かべたまま更に続けた。


「こんな気持ちになったのは、今の時代が初めてなんだ。俺は女が嫌いなんだが、カルナがいたから、女も含めて人との交流がまた増えてきてな。だから感謝してる。だからこそ、カルナのことを水珠に刻み込まさせたいんだ。水珠にカルナのことを刻み込ませることで、彼女は完璧な聖族になることができるからな」

「………なるほどな。お前が人見知りなのは知っていたが、あれで人との交流が増えた方ならカルナと出会う前のお前はどうだったんだかな」

「義父さんとしか話さなかったな。人がいる場所では自分から義父さんに話しかけることもなかった」

「うわ。それ本当かよ?」

「ああ」


 シノンは躊躇うことなくうなずき、アルファを見る。自信に満ちた笑みで、全て本気でものを言っているのだということを証明しているかのようだった。


「……なあ、シノン」

「なんだ?」

「お前のお父さんって、どんな人だ?」

「そう、だな……ひと言で言うなら、真っ直ぐな人だ」


 シノンは再び焚き火に視線を送りながら、もう何年も顔を合わせていない自分の養父を思い出す。


「俺の養父……ロウは、記憶を失くした俺を拾ってくれた人でな。死にかけで、回復魔法も碌に効かない俺でも、ちゃんと手当して看病してくれて……息子として育ててくれた。過ごした時間は6年程度だったが、人を殺して気が狂ってた時でも捨てずにいてくれたんだよな。むしろ、慰めてくれてばっかだった」


 シノンは懐かしそうに目を細めて、その様子をアルファも微笑ましく見つめる。


「へえ。……言い方が酷いが、売ってしまえばひと財産ほども稼げるレイヴァでも受け入れてくれたってことだよな、それ」

「ああ。まあ、でも、当時白髪はどうも疎まれてたんだ。頭の色素を失った亜人だ、ってな」

「え? そうなのか?」

「ああ。確かに俺達レイヴァは珍しい。自慢じゃないが美形ぞろいなのも事実だ。そして貴族どもが白銀の髪は美しい、なんて言い始めるから、レイヴァは疎むべきものの対象ではなく商売の対象となってしまった。そのお陰で俺は余計に迷惑をかけちまった、とそんな感じなんだ」


 苛立ちを隠そうともせず、シノンは声を若干低くして話し始める。アルファは時々質問を返しながらも、シノンの話に聞き入っていた。


「まあ、疎まれていた時代でも街の中では頭巾を被る癖があったし、ロウも俺もそれなりに戦闘能力が高かったから問題はなかった。……トラブルは何度もあったがな」

「トラブル? どんな?」

「そうだなあ……宿に着いて夕食を部屋で食べてたら、毒を盛られたのかいつの間にか眠ってて気がついたら他国にいたこともあったし……」

「えっ……」


 シノンの何でもないというふうに呟かれた言葉に、アルファは間の抜けた声を出す。


「毒を盛られてしばらく動けなくて売られそうになり、結局ロウに助けられたこともあったし……」

「………は?」


 再び発せられる声。それはもう間の抜けた声というよりは、困惑した声と言う方が正しいほどだった。


「ああ、ロンムを仕込まれたナイフを投擲されたこともあったな。実際腕を掠って、3日くらい寝込んだし」

「………よく死ななかったな。お前、どれだけ波乱な人生を送ってるんだ?」

「さあな。これはあくまで一部でしかない。ロウと旅をしていた間はもっと色んな騒ぎが……」

「いや、もういい。充分だ」


 シノンの人生話に同情を覚えたのか、アルファは少し後悔の表情をしながら彼の話を遮る。


「同情しなくていいさ」

「え?」


 アルファがシノンの顔を見ると、嬉しいような、寂しいような、そんな微笑みが浮かんでいた。


「ロウと旅をしていて、記憶がなかった俺は情緒不安定になっていたんだ。それでロウに当たったり、自分から逃げ出したりとそんなことを何度もしたさ。けど、それでも、ロウは俺を見捨てないでくれた。それは俺が何度死にかけても同じだったんだ。何故そこまでしてくれていたかはわからないけど、俺は今でもロウに感謝してる。……今、どこにいるんだかな」


 寂しそうな微笑を浮かべながら、シノンは再び空を見上げた。


「……大変だな」

「ああ。大変だ」


 最後に短く会話をすると、彼らはしばらく何も話すことは無かった。

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