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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第10章、力を求めた貴族
111/138

111、神器と救出

「これでどうだ?」

「わあ……! 凄い! ありがとうございます、シノンさん!」


 騎士王国スフィンの王城でパーティーが行われてから3日。シノン達一行の姿は街道の脇にある草原の中にあった。

 そこでの休憩中、ゆうきがシノンに髪を切ってほしいと頼んだため、彼女の髪型をショートボブにしたのだった。


「あ、これ使えよ」

「いいんですか?」

「俺は使わないしな」

「ありがとうございます!」


 シノンが渡したのはオレンジ色の髪留めだった。

 これを右側の耳の上の辺りに付けて、少し恥ずかしそうにしながらシノンを見る。


「ど、どうですか?」

「良いんじゃないか? ゆうきは元から顔が整ってるんだから、そんなに恥ずかしがることない。ほら、アリュスフィア達にも見せてこいよ」

「は、はい!」


 現在、馬車の裏で食事の支度をしている3人のもとへ、ゆうきは歩いていった。

 その後すぐに3人が感心して彼女を褒める言葉が出てきたのを聞きながら、シノンはゆうきの髪の毛を片付け始めた。


「白金の髪……か」


 なにかに使えるかもしれないと思い、シノンはゆうきの髪の毛を捨てずに収納魔法で回収した。

 そして食事の支度をしている――今はゆうきを褒めているのだが――4人のものへと向かった。


「おいこら。溢れてるぞ」

「え? ああ!」


 カルナが慌てて鍋を持ち上げると、沸騰していた湯はすぐに治まり、鍋を地面に置いて蓋を開ける。


「具は……無事か。ふぅ……」

「まったく……ゆうきを褒めるのはいいが、ちゃんとやってくれ。ほら」

「おお、ありがとうシノン!」


 シノンが沸騰してこぼれた分の水を元の温度に戻しゴミも取り除いて鍋へと戻す。するとカルナがシノンにそう言った。


「へえ、魔法じゃないな。これも聖族の能力ってやつか?」

「まあな。俺は水を司っているから、世界中にある水は俺の体の一部のようなものだし、魔力を使わなくても命を繫ぐ飲料水にしたり武器にしたり、色々と自由だよ。ほら、早く食べようぜ」

「そうね。カルナ、食器持っていくから、盛り付けお願いできる?」

「わかった」


 カルナはスープの入った鍋を持ってテーブルへと向かう。

 そしてアリュスフィアと協力して昼食分の盛り付けを開始するのだった。


「肉は……あ、良いんじゃないか?」

「お、そうだな……美味そうだ」

「シノンさん、アルファさん、これお皿です」

「おう、ありがとうな、ゆうき」

「いいえ!」


 アルファがゆうきから皿を受け取り、シノンがへらを使って肉と生野菜を盛り付けていく。

 そしてテーブルへと運び、準備ができたのでそれぞれが席に座った。


「じゃ、いただこうか」


 アルファの言葉に全員がうなずき、両手を合わせる。


『いただきます』






「ああー………美味かったなー」


 アルファが呟き、シノンが同意するようにうなずく。


「確かにな。ていうか、作ったのお前もだろう?」

「いや、俺は食器を用意したり材料を切ったりしただけだ。主に料理をしたのは、カルナとフィアさ」

「へえ」

「シノンには負けるけどね」

「そうよ。私たちなんてシノンには到底及ばないって」


 食休みをしながら、彼らはそんな会話をする。

 そしてシノンは立ち上がり、剣を抜きながらカルナに話しかけた。


「さて、カルナ。久々に体を動かすぞ。お前はまだその神器を使いこなしてないし、魔物との戦いがあった時使えなかったら大変だしな。アルファ達はしばらく休んでてくれ」

「ああ、わかった。頑張れよ」

「私も了解だよー」


 シノンはうなずくと、カルナを伴って少し離れたところへ向かっていった。

 そしてカルナも腰の左右に収められていた双剣を抜き、構える。しかしシノンは右手に黒刃だけを持っており、白刃を抜く気配はない。


「……シノン? 白刃は抜かないの?」

「いや、まださすがにな。お前は紅刃と蒼刃の能力を使えないだろうと思って」

「何言ってるの? 初回でも使えたのに、今更使えないなんてこと……」

「あるんだよ。それはお前の一部だから、相性が悪いなんてことはない。むしろ最高なはずだ。けど、それでも武器というのは使いこなせるようになるまで練習しなければならない。その証拠に……やってごらん?」


 魔人と戦った時には魔力を通して炎や水を纏った紅刃と蒼刃だ。

 カルナは今回も使えると確信していたために、シノンの言葉に首を傾げるのだった。


 しかし論より証拠とばかりに魔力を通し、魔人戦の時と同じ能力を使ってみることにする。


こう・業火、そう・激流!」

「……………………………」


 魔力は流れた。シノンが作った炎雷はカルナの魔力を使って制作したため他の武器よりは彼女の魔力が通しやすかった。

 しかし紅刃と蒼刃は完全にシノンとカルナの魔力なので、魔力の通りは最高と言ってもいいほどに良い。今回もそれに関しては例外ではなくよく通ったのだが。


「…………出ない?」

「当たり前だ。魔人と戦った時は神器がお前に直接能力についての情報を送ったから体も無意識のうちに動いたが、今はそれがない。神器はお前に慣れろと言っているからだ」

「なるほど。……やっぱり練習しないと双剣としての能力は発揮できない……か。それにしても思ったけど、なんで双剣?」

「そりゃあお前が俺の恋人レイアルだからだよ。簡単な話だろう?」

「………え?」


 カルナは本当にわからないと言うような惚けた顔をする。彼女が何を疑問に思っているのか察したシノンは、苦笑を浮かべて言った。


「実はこの白刃と黒刃、完全に俺の魔力でできてるんだよ。つまりこれも神器。素材はともかく昔作ったやつで、記憶を失った時にどっかに飛ばされたんだな。俺の手元に戻ってきたのは偶然」

「……ああ、なるほど。だから双剣か」

「わかったか?」


 カルナはそれでやっと納得したのか、黙ってうなずいた。

 つまりシノンの魔力で作られた神器が双剣なら、その恋人レイアルであるカルナの魔力も交えて神器を作れば同じ武器になるのだということだ。


「じゃあ、まずは座学から行こうか」


 カルナはぱっと笑顔になり、うなずいた。


「そもそも神器とは何か。俺たちの言う神器ってのは、名前の通り神より与えられた神聖な道具のことだ。まあ、俺達は自分の魔力で作るんだがな。神器は、それぞれ固有の能力をいくつか持つ。作ることも出来るな。例えばカルナの紅刃と蒼刃は炎と水をそれぞれ鞭にしたり、炎と水を剣身に纏わせて切れ味を増したり、とか」


 シノンの説明を聞きながら、カルナは幾度となく相槌を打つ。

 白刃と黒刃の能力は光と闇を纏わせて切れ味を増すというものと、魔法発動体で、魔力の使用効率を7割も上げるというものがある。


 彼の双剣は普通の双剣と違い、近距離、中距離、遠距離、超遠距離と更に幅広い戦闘ができる。


 カルナの紅刃と蒼刃も本来は同じことができるのだが、今の彼女ではせいぜい近距離が精一杯だろう。

 そうすると何が不利かと言われれば物理的には特に問題は無い。

 しかしカルナが完全に双剣を使いこなすことが出来なければシノンの魔力をも使ってしまうことがあるのだ。


 そうすると、戦闘時にシノンの動きを妨げることがある。完全に使いこなすというのは、紅刃と蒼刃を完全にカルナの魔力で制御する、ということだ。

 当たり前のことなのだが、これが相当に難しい。


 何が難しいかと言えば、この神器は3分の2がカルナ、残りがシノンの魔力でできているため、双剣が少しでもシノンの魔力を求めるように働いてしまうのでカルナの魔力を少しだけ妨げるようになっている。

 つまり、シノンの魔力を求めなくなるまでカルナだけの魔力に慣れさせなければならないということだ。


「……つまり、双剣に私の魔力しか吸収しないようにしなくちゃいけない……ということなんだね」

「そう。何度も繰り返しその双剣に魔力を通す必要があるが、そのうち慣れてくれるよ。仲良くなれば会話もどきができるようになって、こんなことも出来るしな」


 シノンは右手に持っていた黒刃を手放す。しかし黒刃は落ちることなく浮かび上がり、そのまま停止する。


「そう言えば、それどうなってるの?」

「ん? ああ、そう言えば言ってなかったか……白刃と黒刃は俺の一部だから、意思の疎通ができるんだ。武器だけど、半分生き物のようなものでな」

「へえ……凄いね」

「自分で判断して自分で動いてくれるから、俺が動けない時でもちゃんと動いてくれる。そこらの人間よりは頭良いと思うぞ?」

「何それもっと凄い」

「ははっ、お前もその双剣と仲良くなればここまで来るさ。な」


 そう言って、シノンは鞘に収まっいる白刃を軽く叩く。

 すると白刃が自ら鞘から抜け、シノンの体の周りを一周してから彼の左側についた。シノンは呆れ顔で、白刃に向かって話しかけた。


「ああ……俺が双剣を両方使ったらって話聞いてたか?」

「抜けた……鞘から抜けた……!?」

「あー、はいはい。わかったよ。カルナ、驚いてないでさっさとやるぞ」

「あ、うん」






「で? 双剣の方はどうなんだ?」


 アルファが御者をしながらシノンに尋ねる。カルナは現在魔力切れで撃沈中である。

 彼女の要望でシノンは膝枕をしながら、アルファの質問に答えるべく口を開いた。


「まだ慣れるまで時間がかかるよ。そんなすぐにできるもんじゃないしな」

「そりゃあそうよね。ま、カルナも必死になってやってるんだし、きっとその努力は報われるわよ」


 そんなふうに穏やかな会話をしながら、だだっ広い平原の中の街道を進む一行。アルファはまだ覚えたての御者をやっていて少し精神的な疲労があったが、やっている内に慣れてきたのかしばらくすると体を楽にしていた。


 日が暮れてようやくカルナも魔力が回復してきて、みんなで夕飯を作ろうとした時。


「………ん?」

「どうした、シノン?」

「あれ、水狼エクロスも?」


 シノンと水狼は耳を澄まし、どこからか聞こえてくる小さな音を拾うべく他の4人を手で制して沈黙を作る。

 次にその音に気づいたのはゆうき。その次にカルナ、そしてアルファとアリュスフィアだ。


水狼エクロス、偵察」

『了解』


 水狼はシノンの肩から飛び上がり、音がする方向へと向かっていった。カルナが不安な表情でシノンを見、尋ねる。


「ねえ、これって……」

「敵意と恐怖、それから絶望を感じる。誰かが追われているらしい」

「何に?」


 そこで尋ねたのはアルファ。シノンは首を横に振り、わからないと態度で示す。

 しかし、アルファの問いの答えは数分後にはっきりした。


『シノン、3人の冒険者が10人くらいの鎧の男達に追われてる。どっかの国の兵士っぽいね。少なくともこの国の騎士や兵士じゃない。奴ら、欲望に満ちた顔をしてた』

「………………決まりだな」

「ああ。リーダー、判断はあんたに任せる」

「もちろん助けるさ。パーティ名でもあるんだしな。俺とシノンで救出に行ってくる。カルナ、フィア、ゆうきはここで待機。水狼エクロス、怪我人は?」

『全員傷があるみたいだよ』

「ありがとう。ゆうきとカルナは彼らを休ませるための環境を作っていてくれ。終わったらフィアと共に馬車の護衛。できるな?」

「ええ、任せて」

「わかった」

「わかりました!」


 アルファは素早く指示を出し、シノンに視線を向けて互いにうなずきあう。


「行こう」

「おう」

「2人とも、気をつけて!」

「いってらっしゃい!」


 女性陣の声を背に受け、2人は草原へと飛び出した。

 水狼エクロスを先頭にして走ること数分。やがて頭巾を被って顔を隠している冒険者が見えてきて、アルファがシノンへと指示を出した。


「シノン、まずは冒険者達の安全を確保してくれ! 俺は後ろの兵士どもをどうにかする!」

「了解だ。俺は必要なら援護にでも回るよ」

「ああ、助かる」


 短く会話をすると、向こうもこちらに気づいたのか両手をあげて叫ぶ。


「おーい! た、助けてくれ!」

「お願い! 私達、命を狙われてるの!」

「頼む、助けてくれー!」

「だ、そうだ。そういうわけで、行きますか」

「ああ。シノンも頼むぞ!」


 シノンは頭巾を被って顔を隠し、アルファが更にスピードをあげて冒険者達を通り過ぎる。3人の冒険者は驚いたのか、足を止めてアルファを振り返った。


「ばっ! 1人なんて無茶だ!」

「待って、1人じゃ、ないぞ……?」


 2人の男の視線の先にいるのはアルファと水狼エクロス

 体長2メートルほどの白翼狼を見て、彼らは呆然とする。


 アルファは鎧の男達に駆け寄り、王都で新たに買った武器を試すように切り裂いていく。

 水狼も手伝って、男達を牙で噛み切り、爪で切り裂き、尻尾で薙ぎ払い、あるいは前足の一撃で頭を吹き飛ばす。


 男達は10人ほどしかいなかったので、アルファと水狼エクロスの戦闘とは呼べない蹂躙はあっという間に終わった。

 シノンは呆然としている冒険者達に近づき、まずは話しかけた。


「あんたら、ちょっと傷見せろ」

「は? あ、ああ……」


 槍を携えたリーダー格の男はシノンの声に振り返り、他の2人も同じようにシノンに傷を見せた。

 するとシノンはわざと詠唱をして無詠唱を誤魔化し、回復魔法を放つ。


 幸い深い傷はなかったため、光属性の魔法で彼らの傷は治った。しかし疲労を回復させないのは、シノンがそれだけの使い手だということを少しでも広めないためだ。


 本来『状態異常回復リカバリー』は魔術師にしか使えない。それをシノンが使えば、彼が魔法師ではなく魔術師だと彼らにわかってしまう。

 それを避けるための行動だった。


 それに、疲労回復は魔法で治すよりも自分で休んで回復させた方がより体に良いというのもある。

 昔、1人の魔術師が状態異常回復を使い続けて何ヶ月も眠らずに魔法の研究をしていたら、ある日突然、研究所の中で孤独死をしていたという実例がある。


 つまりそれだけ魔法での体力回復は体によろしくないということである。


「すごい……あんた、魔法師だったんだな。しかも結構詠唱を省略できる……」

「ライルが聞いたら、飛びつきそうなネタよね」


 剣士の女が呟くと、彼らは暗い顔になりうつむく。


「とにかく、助けてくれたようで、ありがとう。あんたらは命の恩人だ」

「私からも。本当にありがとう」

「しかも怪我まで治してもらって……感謝してもしきれないほどに感謝してるよ」


 槍の男、剣の女、そしてもう1人弓を持った男という順番で頭を下げ、シノンに礼を言う。


「……いや、礼ならあいつに言ってやれよ。俺はお前達の傷を治しただけだし」

「……ああ。けど、あんたにも言わせて欲しいんだ」


 リーダー格の男は再度シノンに頭を下げると、剣についた血を振り払って近づいてくるアルファに全員で頭を下げた。


「助けてくれてありがとう。申し訳ないんだが、俺たちは今何か礼をできるようなものがなくて……」

「いや、いい。俺たちは別に礼が欲しくて助けたんじゃない。無事ならそれでいいさ」


 アルファは柔らかい笑顔で3人の冒険者を見る。シノンはその脇で、生活魔法で水狼についた血を洗い流している。

 それを見た冒険者達は本当に申し訳なさそうな顔をして再度頭を下げるのだった。


「まずは馬車の方へ行こう。こいつらはもう追ってこないし、ゆっくりしていていい」

「いや、その、良いのか? ただでさえ助けてもらったのに……」

「そ、そうよ。私達何も出来ないんだから、後は私達でやるわ。貴方達にも申し訳ないし……ね?」

「うん。僕もマナに賛成だ」

「だそうだ。ここでお別れだな。本当に、助かったよ。ありがとう」


 そう言って、リーダー格の男と他の2人も再度頭を下げるのだった。


「待て待て待て、こっちの意見を少しは聞いたらどうだ。俺たちは別に礼の品を求めてたわけじゃないし、人助けをすることは、俺は当たり前だと思ってる。だから遠慮せず、何でも言ってくれ。出来れば、何か手伝えることがあれば手伝うぞ、な?」


 アルファに話を振られ、シノンは躊躇なくうなずいた。

 ただ、初対面の相手なだけに無口になるのを理解しているアルファはそんなシノンに満足し、更に続けた。


「ほら、ウチ一番の戦力もそう言ってるぞ」

「え? 一番の戦力? 魔法師が?」

「……あー、そこについてはあとで。とにかく、ほら、行こうぜ。体力も万全じゃないだろうに」

「……すまない。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」

「ああ、そうしろそうしろ」


 そういうことで、3人の冒険者は渋々だがアルファの厚意に甘えることになったのだった。

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