109、歓迎パーティーとダンス
翌日には、一般市民にも魔人の出現についての出来事が公式発表された。
2つもの町と村が壊滅したことの説明が付けられないし、何よりも国王が隠し事が苦手だからである。
魔人の出現には国民は驚いていたが、シノン達5人のS級パーティが討伐したと話せば皆喜んでいた。
それだけ国王は民からの信頼を寄せていることの証であろう。
そしてこの日の夜、国の恩人として迎えられ祝いのパーティーを王宮で催されることになり、王都中の貴族達が彼らを一目見ようと集まるのだった。
「んー……」
「どうした?」
「いや、タキシードとか久しぶりすぎてな」
「あー……いや、俺は初めてなんだが。と言うか、貴族と上手くいくかどうか緊張しすぎて……」
「騎士王国の貴族は傲慢な者の方が少ない。気安く接すればいいさ」
「そう、か……」
メイドに着替えを手伝ってもらいながら、シノンとアルファはそういった会話をする。
「そう言えば、頭の傷は? 大丈夫なのか?」
「ああ、もう瘡蓋ができてるし、ぶつけなきゃ問題はない」
「そうか。無理はするなよ」
「ああ、わかってる」
「ユウ様、アルファ様、そろそろお願いします」
「ああ、はい! 行こう」
シノンはうなずき、2人は部屋の外に出た。
「すぅー……はあー……ああ、緊張してきた」
「ほらほら、落ちつけっ!」
「いってぇ!?」
シノンはアルファの背中を叩く。
パァーン! と、人の体を叩いた音とは思えないような音を響かせ、メイドたちやシノン達を呼びに来た男も驚いて呆然としている。
「な、何すんだ……!?」
背中をおさえてしゃがみ込むアルファ。彼は目を潤ませながらシノンを見上げてそう言った。
「何って。緊張しすぎだと言ってるだろう。ほら。肩の力を抜いて、堂々としてりゃいい」
シノンは手を伸ばし、アルファはそれをとって立ち上がった。
「あ、ああ……うん。ありがとう。お陰で緊張がほぐれた」
まだ背中が痛むのか、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「……よ、よろしいですか? 女性の方々はまだ準備が整っていらっしゃらないようなので、先に参りましょう」
「あ、はい。すみません」
「いえいえ。では、こちらです」
若い男に案内され、数分ほど歩くと一つの扉の前に立つ。
「こちらからお入りください」
「あれ? パーティー会場だから、もっと大きな扉だと思ってたのに」
「こちらは裏口でございます。表から入りますとどうしても目立ってしまうので、挨拶をされる前に目立ってはならぬと陛下が仰せでして」
「……なるほど」
男が扉を開けて脇に避けたので、礼を言ってから2人は中へと入っていった。
「おお、ユウ。久しいな。傷はどうだ?」
そう言って話しかけてきたのはこの国の国王であるカーディだった。隣には王妃であるハルデリナもいる。
「お久しぶりです、陛下。傷はもう大丈夫ですよ、ご心配なく」
「……こ、こんにちは……」
「ははは、そこまで堅くなるでない。まあ、少しずつ慣れれば良いか」
「……アルファ、俺に任せとけ」
「ああ、頼む」
短い会話で、アルファが慣れるまでシノンが話をすることにした2人。それをカーディもハルデリナも理解しているのか、特に何も言わずに笑顔で2人を見ていた。
「この度は我々のためにこのような催しをしていただき、誠にありがとうございます」
「ふむ、まあ、楽しんでくれ」
「はい。私達共々、楽しませていただきます」
広いパーティー会場には豪華な衣装を着た貴族達がいくつものグループに分かれて会話をしており、とても賑やかな声が絶え間なく続いていた。
しばらくカーディやハルデリナと話をし、時々アルファも彼らの質問に答えたりして少しずつこの場の空気に慣れ始めた頃。
『おお!』
先ほどシノンとアルファが入ってきた裏口の辺りが騒がしくなるのだった。
「なんと、美しい……」
「彼女らがこの国の英雄か……!」
「是非、我が妻に!」
「まあまあ、羨ましい限りですわ」
「本当ね。素晴らしいわ」
その時数人のメイドを伴ってシノンとアルファの2人の方に向かって来たのは、言うまでもなくカルナ、アリュスフィア、ゆうきの3人だった。
「なっ……!?」
「……………………」
それぞれが髪の色と同じ色のパーティードレスを着ており、肩と腕の肌は露出している。
カルナはシノンが買った宝石の首飾りを当然のようにつけており、赤い宝石のついた2センチほどの耳飾りと青い宝石のついたチョーカーを主に身につけている。
日焼けのしていない美しく白い肌が光に反射して光っているように見え、周りの注目を集めていた。
髪はいつものポニーテールではなく、全て三つ編みにして右肩にかけてあり、イメージが違うために特にシノンが注目している所だった。
アリュスフィアはカルナと同じく赤い宝石のついた首飾りと耳飾り、更には金色の腕輪が嵌められている。
こちらも肌の露出度が高く、子供だというのに色気が放たれている。髪はまたいつもと違って背中に降ろされており、胸を張って腰に両手を当てている。
美形であるのに変わりはないので、こちらもまた視線を集めていた。
ゆうきも緑色の宝石のついた首飾りと耳飾り、更には額飾りをつけており、頭の右側には銀色の蝶の形をした髪飾りまでつけられている。
髪はアリュスフィアと同じように降ろされており、いつもとは違って女らしさが引き出されている。
どこか恥ずかしそうな顔をしながら落ち着きなくキョロキョロしている姿が愛らしく、アリュスフィアとは違った意味での視線を浴びていた。
「お兄ちゃん! どう?」
「え……ど、どうって?」
「もうー! 似合ってるかどうかを訊いてるのよ!」
「え? あ、うん。似合ってるよ……?」
「反応うすーい!!」
「いたっ!?」
「ああ、フィア、落ち着いてくださいぃ!」
少し騒がしくしても、パーティー会場は広く未だに人々の話し声は止んでいないのであまり響くことはなかった。
そして、一部ではまったくの沈黙が続いている場所もあり……。
「……あの、シノン。どう、かな?」
「……………………あ、ああ。悪い、見惚れてた……」
カルナは顔を真っ赤にして、両手で顔を覆った。そして珍しくシノンも彼女から視線を逸らして頬を掻く。
「ほれ、全員揃ったな? 舞台に上がりなさい。挨拶をせねば」
「はい。………シノン、カルナ? 大丈夫か?」
「……あ、ああ。悪い」
互いに呆然としていたのかアルファの声で我に返る2人。
そしてカーディの案内で舞台に上がり、アルファを先頭にして横に並ぶ。そして。
「ん、んんっ。皆の者、聞け!」
咳払いをして貴族の注目を集め、会場が静まった頃を見計らって、続ける。
「ここにおる者達が、今回の魔人討伐者である冒険者パーテイ、晧月千里だ」
『おおー!』
貴族の者達から声が上がり、彼らに拍手が送られる。それをカーディが手で制し、治まった頃に再び告げる。
「今回はよく集まってくれた。今晩のパーティーは彼らの歓迎会だ。存分に楽しんでほしい」
カーディがそう言った時、再び拍手が起こる。そして今度はそのまま、大声で言った。
「では、晧月千里のパーティリーダー、アルファから挨拶を一言頂こう」
『おお!』
「………えっ!? 俺ですか!?」
当然だろう、とばかりにうなずくカーディ。アルファはシノンに助けを求め視線を送るが、彼は仕方ないとばかりに首を横に振る。
「……じゃあ、俺が念話を送るから、そのまま喋れ」
「悪いな、助かるよ」
アルファは咳払いをし、そしてシノンから頭に直接送られてきた言葉をそのまま話す。
「えー、はじめまして。先ほどご紹介に預かりました、私はこの晧月千里を率いているリーダーで、アルファと申します。今回は私たちのために、このような素晴らしいパーティーを開催していただき、そして私たちのためにこうして集まっていただき、誠にありがとうございます。まだこのような場は不慣れですので、失礼な事がいくつかあるかもしれませんが、そちらの方はご容赦いただきたいと存じております。そしてどうか、我々晧月千里をよろしくお願いします」
アルファが最後にペコリと頭を下げると、再び拍手が起こった。すると堅い動きでシノンを振り返った。
「あり、がとう、シノン……」
「おう。……大丈夫か?」
「いや、大丈夫、じゃ、ない」
ぎこちない喋り方でアルファが言うので、シノンはもう一度、先ほどより弱めに背中を叩く。
「いって……!」
「どうだ?」
「ああ、ありがとう。助かった……」
「そりゃあ良かった」
そうして、歓迎パーティーは始まるのだった。
このパーティーは立食式で、自由に食べ歩きながら貴族の勧誘を断ったり、貴族の勧誘を断ったり、貴族と会話をしたりしていた。
シノンとカルナは当然のように一緒におり、時々シノンを体を使って墜とそうとしてきたりカルナを口説こうとしてくる輩はすぐにシノンによって切り落とされていた。
しかしそれでも諦めないような者は最終的に貴族に対する態度ではなくシノンも敬語を使わなくなる。
そうしたら逆ギレしてどこかへ去っていくし、それは少数派だったのである意味で助かったのだろう。
しばらくすると今度はダンスが始まった。
カルナはダンジル王国にいた頃レッスンを受け実際にダンスパーティーでは踊っていたし、シノンも同じく貴族の所にいた頃や仕事でパーティーに潜入する事があったために2人とも踊れる。
そういうわけで。
「じゃあ……」
シノンが1歩前に出て、カルナへと手を差し出す。
「私と踊ってくれますか、王女様」
「っ!?」
ボッ、と音が出そうな程に急激にカルナの顔が赤くなる。
恥ずかしさから顔を下に向け、小さく返事をしながらシノンの手を取る。
「……はい、もちろんです……」
シノンの手に触れ、そして彼に先導されながら体を動かす。久々のダンスだが、シノンの先導が完璧で、カルナも迷うことなく踊ることが出来ていた。
しかし心臓が大きく鳴っており、少し……否、かなり緊張気味であった。
「ほう……これは」
「ええ。素晴らしいですわね」
「晧月千里のお2人か。お似合いだな」
そうして周りが噂話をし始め、カルナは恥ずかしさで少し下を向く。
「ほら、俺の顔見てな。落ち着いて、ゆっくり呼吸してごらん」
「……うん」
カルナは言われた通りに、シノンの顔を見ながらゆっくりと深呼吸をする。
しばらくすると次第に落ち着いてきて、心臓の音も小さくなっていった。
「ほら、ずれてるぞ」
「あ、ごめん」
シノンは微笑み、カルナはその笑顔を呆然と眺めながら、しばらくして1曲目が終わるのだった。
その後3曲ほど踊ってから、また貴族からの勧誘を受けた。だが今回の場合は少し違う。
「先ほどのダンス、素晴らしかったですね。私と踊ってくれませんか、レディ?」
「わたくしと踊ってくださいな。是非」
「嗚呼、なんと美しい……貴方のような美女と1曲だけでも踊れたら、私はこれ以上ないほどに幸せだ!」
という感じの勧誘だった。もちろんシノンとしてもカルナ以外と踊るのは御免だし、カルナを別の男と踊らせるのも断固御免だった。それはカルナも同様である。
そんなふうにして時間はあっという間に流れ、シノンとカルナは風に当たるためにバルコニーに出ていた。
「はあー……疲れたー」
「おいおい、慣れてるんじゃなかったのか?」
「さすがに数年ぶりにこういうのに出れば慣れとか関係なく疲れるよ。……それより、シノン」
「ん?」
「……ダンス、楽しかった。もう1曲踊らない?」
「……そうだなあ。陛下によると、最後に長めの1曲があるって言ってたな。その時に踊るか。まだ時間はあるが」
「本当に? うん、もちろん!」
満面の笑みでそう言うカルナ。シノンもその笑顔を見て数秒ほど見惚れていたが、すぐに我に返って防音結界を張った。
「……シノン?」
「……俺さ」
「ん?」
「………女が嫌いだ」
唐突に言われた言葉。
カルナは数秒間何も言わなかったが、やがてシノンに聞き返す。
「お、女が、嫌い? どうして? 私は?」
「お前は別だ。あと、アリュスフィアやゆうき、団長、リアス。それと……ああ、れいな。それから聖族の奴らも。マガネス師やリズミ師はまた別として……」
「ちょっと待った。なんか知らない名前が出てきたけど?」
「ああ、うん。だって言ってないからな」
「えっと……れいなちゃん? 誰、その子?」
「幼馴染み……かな。まあ、10年近く会ってないけど」
そう言って、シノンは寂しそうに微笑む。しかしそれは一瞬で、カルナはそれに気づきながらも突っ込むことはなかった。
「話が逸れたな。昨日、お前は言ったな。なんで恥ずかしくないのか、と」
「うん。言った」
「それが理由だよ。俺は女が嫌いだ。だから今まであまり性欲がなかったし、実際のところ女の知り合いが少ないし交流もない。全くではないけど、信頼のできる人じゃなきゃ関わったことがないしな」
「……何故、と訊いても?」
渋った様子でカルナが尋ねる。するとシノンは苦笑を浮かべて、手に持っていたコップの中身である茶を一口飲む。
「じゃあ、ちょっとした昔話をするか。……昔、とある女がいた。そいつは、俺が“レイヴァ狩り”に追われていたところを助けてくれたいわゆる恩人だったんだ。今じゃ顔も名前も覚えてないけど……綺麗な人だったことは覚えてる」
そうして、シノンの女性事情についてカルナは聞くことになったのだった。