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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第9章、騎士魔人
108/138

108、騎士王子と王女

「父上、ただいま戻りました」

「エクエス! 無事だったか!」


 騎士王国スフィンの王宮で、そういった声が響く。

 謁見の間にて豪奢な服を着た中年の男が、エクエスと呼ばれたボロボロの服を纏っている若い男に抱きつく。


 そう、この中年の男こそが騎士王国スフィンの国王、カーディ・フォン・スフィンである。

 そして彼に抱きつかれている若い男はエクエス・フォン・スフィン。騎士王国スフィンの王太子である。


「ち、父上、苦しい、です……!」

「何を言う! 心配をかけた罰じゃ!」

「うぐっ……!」

「で、殿下! 陛下、どうかおやめになってください!」

「ええいくどい! 余の息子が、この国の王太子が無事に戻ってきたというのに嬉しくないわけがなかろうが!」


 カーディは息子を解放し、メイドたちに指示を出す。


「おい! エクエスを着替えさせよ!」

『はい!』

「それから、魔人の討伐が完了したようだな!?」

「ええ。怪我人がおりますが、命に別状はないとのことです」

「よし、彼らは王宮で手厚く接待せよ。無礼な真似は許さぬぞ! エクエス、着替えたならば母上と妹に顔を見せよ。良いな?」

「はい。わかりました。それと」


 エクエスは一歩下がり、カーディに向かって頭を下げた。

 従者たちはその彼の行動に思わず呆然とする。カーディがその行動に対して何か言おうとした時にエクエスが先に口を開いた。


「この度はご心配をおかけして、大変申し訳ございませんでした」


 エクエスがそういった瞬間、謁見の間には沈黙が降りた。しかし数秒たった後にはその沈黙を作った本人が口を開いた。


「衣替えをする前に、ご報告したきことがございます」


 エクエスは顔を上げて、視線を鋭く父へと向ける。それは父親に向ける視線ではなく、国王に向ける視線だった。


「私の率いていた騎士が2人、魔物化してしまいました。その責は私にあります。申し訳ございませんでした。どんな罰でも受け入れる覚悟はあります」


 エクエスは再び頭を下げ、カーディはそんな息子の脳天を厳しい顔でしばらく見つめた。


 しかし。


「面をあげよ。お主のせいではない」


 エクエスはゆっくりと頭をあげる。そしてすかさずカーディが抱きつき、言った。


「魔人とは負の感情が溢れ出し、魔力が暴走することで生まれると聞く。それはお主の責ではなく、魔物化するという騎士としての失態をした彼ら自身の自業自得じゃ。故に……」


 カーディは息子から離れ、更に続ける。


「気にすることではない。それに、罰ならば先ほど与えたじゃろうに! がはは!」


 大声で笑うカーディ。エクエスはそれを呆然と見つめたが、やがて我に返る。


「い、いえ! しかし……!」

「エクエス」

「は、はい……?」

「お前のその覚悟は素晴らしいものだ。しかし、あまり自分を粗末にするでない。お前には罪も責任もない。そうだな!」

『はい!』


 周りにいた臣下たちにそう叫び、その彼らも間髪入れずに同意の声を上げる。


「反する者はおらぬ。ほれ、さっさと着替えて母上と妹に顔を合わせてこい。それから、魔人の討伐をしてくれた者達にも会ってこい。会えば驚くぞ?」

「え? あ、はい……」

「それでは殿下、こちらへ」

「ああ、わかった。では、父上。失礼致します」


 再度頭を下げ、謁見の間から出ていくのだった。





「兄上!」

「エクエス!」


 再び抱きつかれるエクエス。

 先ほどと違うのは、抱きつかれた人数が2人であることと、その2人が女性であることだろう。


 エクエスは今年で21歳で、その妹は現在14歳。

 その妹はともかく、母親との身長差もあるので2人に埋もれるなどということは何とか避けられた。


 エクエスに抱きついたのは、この国の王妃でもあるハルデリナ・フォン・スフィンと、王女でもあるカヴァリエーレ・フォン・スフィンの2人である。


「は、母上、エーレ……」

「無事で良かった……本当に、良かった……」

「兄上、お怪我はないのですか!?」


 心配症なのは2人ともそっくりで、エクエスに構わず体をペタペタ触る。


「怪我なら既に手当してもらっています。それに全て軽いもの故、気にせずともすでに治っております」

「本当ですか!? けど、無理をしてはなりませんからね!」


 エクエスの母親は心底心配そうな表情でそう言う。そして。


「私からも同じことを言わせていただきます。兄上は、しばらくお部屋で休まれてください!」

「カヴァリエーレ。私は大丈夫だ。それに、この後は行かねばならぬ所が……」

『なりませーん!』


 部屋の中に、ハルデリナとカヴァリエーレの声が響くのだった。





 過保護な母親と妹からの拘束を何とか抜け、エクエスが魔人討伐者のもとへ向かっている頃。

 王城の一室では二つの寝息が聞こえていた。


「カルナってば……街に入った瞬間気を失っちゃうんだから……」

「まあ、あれだけ暴れたんですから、仕方ないですよ」


 アリュスフィアとゆうきの短いやり取りを聞きながら、アルファは苦笑した。

 広い寝台で眠っているのはシノンとカルナで、それぞれ怪我の手当は済ませてある。


「……にしてもこの2人、本当にそっくりだよな」

「ええ、たしかに」

「双子みたいですよね」

「たしか、ダンジル王国の王族には双子の王子と王女がいたって話じゃなかったか?」

「たしかルミナ王女は、現在行方不明と聞いたが?」

『っ!?』


 アルファ達3人が入口を見ると、そこには若い男が立っていた。

 赤い髪に整った顔立ちをしており豪華な鎧を着て剣を持っていることから、この国の騎士であることが窺える。

 だが、戦闘能力に秀でており他の者達よりも五感の鋭いアルファ達が気づかないうちに入口に立っていたのだから、相当な腕利きであるということがわかるだろう。


「これは、失礼した」


 若い男は扉を閉め、アルファ達の前へとやって来て頭を下げた。


「お初にお目にかかる。私は騎士王国スフィン王太子、エクエス・フォン・スフィン。以後、お見知り置きを。そして、2体……いや、2人の魔人を倒してくれたこと、感謝する」


 頭を下げながらそう言うエクエス。それに反応し、アルファ達3人も慌てて立ち上がる。


「し、失礼しました! お、俺は、アルファです。よろしくお願いします!」

「アリュスフィアです、よろしくお願いしますっ!」

「ゆ、ゆうきです!」


 緊張した面持ちで彼らがそれぞれ自己紹介をすると、エクエスは頭をあげる。


「そう堅くなるな。この国を救ってくれたも同然のそなた達に、窮屈な思いはしてほしくないのでな」

「え、けど……」

「お久しぶりですね、エクエス王子」

「む?」


 アルファ達が振り向くと、カルナが寝台の上で座りながら笑みを浮かべていた。


「ま、まさか……! ルミナ王女!?」

「はい。あ、しかし、このことは他の方々には口外しないで下さい。国王陛下や王妃殿下、それにエーレになら結構ですが。今の私はカルナ。カルナ=レスティアスです」

「……じ、事情があるようですね。わかりました。それにしても、貴女まで魔人討伐に出ていたとは……行方不明とお聞きしておりましたが?」

「それは解決しておりますよ。事情は話せませんが、どうか深入りなさらぬように」


 カルナが頭を下げると、エクエスはわかっておりますとばかりに微笑みうなずく。


「お体の方はどうですか?」

「もう大丈夫です。ありがとうございます」


 カルナはエクエスのその心遣いに微笑み、再びペコリと頭を下げた。


「そうですか。それは何よりです。それにしても、よろしいので? 以前にお会いした頃は婚約されていたとのことですが……その、ご結婚は……?」

「ああ、あの時の婚約は事情があって破棄しました。今は……」


 そう言って、カルナはシノンを見る。現在は静かに眠っているが、その彼を見てエクエスの目が見開かれる。


「シノンか!?」


 エクエスは取り乱したとばかりに咳払いをし、カルナに向き直った。


「シノンも一緒だったとは。ということは、ロウも……?」

「ロウ?」

「ああ、シノンのお義父さんだよ。ロウさんは最近ずっと会ってないので、ここにはいないんですよ」

「そうですか。にしても、貴女方はどのようなご関係で?」

「婚約者ですよ。同時に……命の恩人でもあります」

「……なるほど」


 カルナがシノンに向ける視線を見て、エクエスも自然と微笑む。そしてアルファ達に向き直り、再び頭を下げた。


「とにかく、この度は本当に感謝します。明日、あなた達に感謝の印を示すための晩餐会が催されます。是非それまでは、自由に寛いでいてほしい」

「あ、は、はい。ありがとうございます……?」


 アルファ達の様子に笑みを浮かべながら、エクエスは再度ペコリと頭を下げると、部屋から出て行った。


「あ、カルナ。大丈夫か?」

「うん。ごめんね、急に倒れちゃったみたいで……なんとなく状況はわかるよ」

「そうだな、助かる。それより、明日の晩餐会……どうする? 俺たち服はここにあるものしか……」

「衣装はお城の方で用意してくれるよ。一時的に借りるっていう形だと思うけど、少なくとも貴族と接しても大丈夫なふうにはしてくれる」

「ほ、本当? ならいいんだけど……」

「はい。ボク達……色々と大丈夫でしょうか?」

「そうだな……ただでさえ貴族と話すのは苦手なのに……シノンも大変だろうに」


 未だに眠っているシノンへと視線を向け、アルファはため息を吐く。


「……まあ、こういうのには全員参加しないと失礼だからね。シノンだってわかってると思うよ。一応、貴族だし」


 一応、という言葉を強調するカルナ。シノンは自分が貴族でも貴族として振舞ったことは一度もない。

 緊急事態でなければ自ら貴族を名乗るつもりはないからだ。


「とにかく、エクエス王子の言ってたように、寛がせてもらおう。怪我は治してもらっても、精神的な疲れとかは取れてないんだし」

「そうね」

「ですね」






 夜。カルナは眠れずに瞑っていた目を開ける。そして身体を左側――シノンが眠っている方向へと向けた。

 一つの寝台の横幅が広いがために、シノンとの距離を長く感じるカルナだった。


 彼女は起き上がり、未だに目を覚まさないシノンの寝台へと潜った。


「……やっぱり、魔力足りてないんだ」


 呟き、彼の前髪を指先で軽く掻き上げる。そのまま下へと手をすべらせ、右手で頬を包む。親指で潤いを常に保つすべすべな肌をスーッとなぞる。

 するとその瞬間、シノンの瞼がピクリと痙攣し、薄らとその瞼が開かれる。


 その間から見える青い目が、月明かりに反射して光って見えた。


「シノン」

「……ん………?」


 小さく声を上げ、シノンはゆっくりとカルナの方へと視線を向け、頭を傾ける。

 寝ぼけているのか、カルナのことが誰なのかわかっていないような目で彼女を見つめていた。


 その様子に苦笑を浮かべ、目を覚まさせるべく更に声をかける。


「おはよ」


 言ってから、シノンの頬に唇をつけた。するとはっきりと目を覚ましたのか目を見開き、薄らと頬を赤く染めるシノン。


「か、カルナ……」

「ふふっ、起きた?」

「ああ……うっ……」

「シノン?」


 シノンは頭を抑え、呻き声をあげる。


「はあ……ここは?」

「スフィン王国の王城。その一室」

「そう、か……なるほどね」


 事情を把握したような顔で苦笑を浮かべるシノン。そしてカルナの方へと体も向け、額と額をくっつけた。


「神器作成の成功、おめでとう」

「あ、ありがとう……」


 唐突に祝いの言葉を受け戸惑いながらもカルナは返事をする。

 シノンはカルナから顔を離すと、彼女の首に手を回して唇を奪った。


「はむっ……ぅ………んっ」


 さすがにもう慣れてきたのか、カルナは特に抵抗することはなくそのまま彼の口付けを受け入れた。

 目を閉じ、頬を赤く染めながら、寝台の上で口付けを交わす2人。


 1分ほどじっとしていたが、やがてシノンから顔を離した。しかしまだ離れたくないカルナは彼を追うようにして再び唇を押しつけるのだった。


「むぐっ……!?」


 さすがに予想外だったのか、シノンも口の中で戸惑ったような声を出す。悪戯が成功したかのような笑みを浮かべ、カルナはシノンに抱きつき、足を胴体に絡めて彼の動きを封じる。


 そのまま更に1分ほど。カルナはシノンから顔を離し、右手の人差し指を彼の唇につける。


「好きだよ」

「は……? お、おう……」

「何、その反応? 仕掛けてきたのはそっちじゃん」

「いや、唐突になんだよ。ていうかお前、なんで俺が寝ている寝台にいる? 夜這いか?」

「なっ!? ち、違うよ! その、し、シノンが、遠かった、気がしたから……」


 シノンはそんな彼女の様子を見てニヤリと悪戯っぽく笑うと、彼女に言う。


「ん? 最後の方は聞こえなかったが?」

「な……!? 狼のくせに!」

「おいこら。俺は狼じゃないぞ」

「っ……狼以上の聴力持ってるくせに!」

「あーはいはい。で? 最後なんて言った?」

「ぐっ………し、シノンが……」

「俺が?」

「遠かった気がしたから! ほら、もういいでしょ!」


 赤くなった顔を隠すようにシノンの胸に自らの顔をうずめる。しかしシノンはそれを許さず、カルナの肩を持って無理矢理引き剥がし、彼女の目をじっと見つめる。


「っ!」

「おい、こら。逃げるなバカ」

「そ、そんなこと……」


 幸いと言うべきか、アルファ、アリュスフィアとゆうきとはギルドでの部屋割りと同じく別々だったので、この部屋でイチャつく2人を見ている者はいない。


 それを承知での2人の会話だったのだが、もしこの場に独り身の者がいたならば2人ともある意味で恨みを買っていただろう。


 カルナはしばらくシノンに見つめられて恥ずかしさで静かに悶えていたが、やがて耐えられなくなったのか彼へと不意に尋ねる。


「……ねえ、シノン。聞いてもいい?」

「ん?」

「なんで恥ずかしくないの?」

「………何が?」

「その……き、キス、した時とか、こういう時とか」


 こういう時、というのは、互いに見つめ合うことだろう。カルナはシノンにじっと見つめられると次第に恥ずかしくなっていき、最終的にはこうしてそれを誤魔化そうとしているのだから。


「…………さてな。俺にもわからん」

「わからないって。それはないでしょ。あ、もしかして、昔にも好きな人いたの?」

「いないよ。……いや、正確には1人いたけど、今はもうどうでもいい。顔も名前も覚えてない」

「っ…………」


 彼の目には本当にどうでもいいとでも言うような光があった。嘘はついていないのだと、カルナはそう思った。しかし……。


「嘘」

「何言ってんだ。俺は嘘なんかついてないぞ」

「嘘。わからないんじゃなくて、本当に何かあるんじゃないの?」

「…………………」


 シノンは黙り込む。それに対して追い討ちでもかけるようにカルナは続ける。


「教えて。私、シノンのこともっと知りたい。それとも……私のこと、信用してな――……っ!?」

「良い冗談だな。お前を信用してない? 俺が? 冗談でもそんなことはないさ、決してな。けど、悪い。今は……話したくない」


 カルナの言葉を遮ってシノンは彼女を抱き寄せながらそう言う。 カルナは再び頬を赤く染め、彼の胸にギュッと抱きつく。そしてシノンの片足に自分の足を絡めて、力を入れた。


「……わかった。でも、約束して。いつか必ず、話して。全部。私は……シノンのこと、全部知りたい。過去も、シノンの心も、そして未来も」


 そのまま数秒間沈黙が降りたが、シノンはやがて小さくうなずいた。


「ああ、もちろん。いつか……な」


 カルナはシノンの胸の中で小さく笑い、そして目を閉じて意識を闇の中へと落とした。

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