107、魔人戦と神器
私達は今、騎士王国スフィンの王都リージス付近の森の中にいる。
ただし普通の状態ではなく、人間が魔物化した姿と言われる魔人と対峙して、だ。
その魔物は人型で、体格も大人の男性と同じ大きさ。今までに何度か見てきた化身と似たような姿をしている。
全身真っ黒で、目だけが赤く輝いている。
しかしそこからは憎悪や怒りが感じ取れる。思わず後退ってしまいそうなほどに、恐ろしい負の感情が。
その恐怖を振り払うように、私は剣を鞘から抜き、魔力を通して構える。
シノンに作ってもらった、『炎雷』。名前の通り、炎と雷の魔力が付与してある魔剣だ。
炎の魔力を使うと殺傷能力が上がるし、雷を付与すると斬れ味が上がる。
他にも能力はあるけれど、今は割愛する。
とにかく目の前にいる魔人をせめて足止めしなければ、森を飛び出して今度は王都を狙うだろうから。
「グルルルルルルル………」
出来るだろうか。シノンも冷や汗をかくほどに強い魔人に、人間の私が。
けどシノンは向こうですでに戦闘を開始している。それを横目で確認してから、炎雷を構え直して地面を蹴った。
七龍たちもそれを合図にして半分ほどの3匹は同じように私の後に続き、残りの4匹は後ろで魔法の準備をしている。
「やあっ!」
「グルアァッ!」
「くっ……!」
互いに持っていた武器がぶつかり合い、ギンッ! という金属同士のぶつかる音が響いた。
しかし、魔人に突っ込んできたのは私だけではなく。
『ドラッ!!』
「ガアァッ!?」
私の従魔でもある七龍の内の3匹、ラー、シィ、ハウと、後ろで待機して魔法を放つ準備をしていたタム、ヤク、ラチ、カムがいる。
3匹の、小さいながらも鋭い手足の爪や牙を受けて声を上げる魔人。そして後ろから飛んできた水、念、霊、闇属性の攻撃が更に追い打ちをかけるべく向かってきたので、私達は一旦退いた。
「ガアアッ!」
タム達の魔法も見事に当たり、更に魔人は声を上げた。
……低い声だった。まるで人間ではないような、不気味な声。
「オ……オ、ノレェ……許サン……許サンゾ!!」
「くっ!」
魔人が叫びながら私に槍を振り下ろしてきた。黒く禍々しい魔力を纏い、それが剣身に侵食してくる。
「っ!?」
「ククク……ソノ魔力……頂クゾッ!」
『ドラッ!』
「ナッ……!?」
黒い魔力が炎雷に食い込んでくるのを感じ取った七龍たちが咄嗟に魔法を放ち、魔人を私から引き離してくれた。
「っ!? な、これは……!?」
この感覚はなんだろう? 炎雷から、何かが……。
『カルナ! 炎雷から手を離せ!』
「えっ!?」
その声はシノンが戦っている方向から聞こえた。私はそう言われて咄嗟に炎雷を手放した。
炎雷は地面に突き刺さり、その瞬間剣身から黒い煙のようなものが立ち上ってきた。そして剣全体が黒く染まり、最終的には朽ちたように崩れ去った。
「何……これ……?」
『魔人の特殊能力だ。あと一瞬遅れていれば、危なかった』
私の隣に来たのは、シノンの従魔である白夜だった。体長1メートルほどの黄金の九尾狐が、私にその目を向けてくる。
『私があなた達を一時的にサポートする。主の方は今のところ何とか間に合っているが、こちらはその七龍だけでは足りないからな。あなたは武器を失っているし』
「大丈夫。とりあえずまだ短剣があるから、シノンのところに戻ってあげて」
予備の短剣が腰の鞘に刺さっていたので、それを抜きながら私は言う。しかし白夜の答えは、首を横に振ることだった。
『どちらにしろただの武器では無理だ。主は主自身が作った神器だから問題ない。どうやら今回の魔人は、『神器』でなければ無理なようだからな』
「神器……? けど、私そんなの持ってないよ?」
『これを使いなさい』
そう言って、白夜は9本の尻尾の内1本にかかった深い青色の宝石を差し出してきた。
「え? これが、神器?」
『うむ。主が自らの魔力を削って作った特殊な宝石だ……七龍、私と一緒に来い!』
『ギャウッ!!』
白夜は身を沈めると、地面を蹴って魔人へ襲いかかった。七龍も白夜に従い、魔人へと突っ込んでいった。
え、ちょっと待って。
「ちょっと! 私はどうすれば……!」
『同化しなさい! その宝石には主がとある付与をしてある。っ……それは、神の眷属にしかできない特殊な付与だ!』
「ちょっ、同化って……!?」
白夜が炎や氷を吐いたり七龍が魔法での援護や物理攻撃をしたりと、まさに多勢に無勢が実現された戦いの中で、私は白夜の話を聞いていた。
武器のない私にはどうしようもないけれど、白夜の言っていたことが本当なら私にもまだチャンスがある……ということだろう。
『早く! 私も主も、そう長くは持たない!』
「っ……!?」
シノンの方を見ると、かなり苦戦しているようだった。おそらく、私のことを気にして白夜を送ったのだろうと思った。
そして私がこの宝石と同化して戦闘を開始しなければ、魔人には勝てない。
アルファやアリュスフィアはまだ復活できそうにないから、早く、しなきゃ。
「けど……どうすれば……?」
同化しなさいと言われても、どうすれば同化ができるかわからない。この宝石からはシノンの魔力を感じて、更には水のように少し冷たくて気持ちがいい。
「違う! 今はそうじゃなくて!」
考えろ。シノンの付与がかかっているこれは神器。シノンの魔力が少なからず感じられるということは、やはり白夜が言っていたように彼が魔力を削って作ったのは本当なのだろう。
けど、これの正体を確定させたところで、どうにもならない。
「ぐあっ!!」
「し、シノン!?」
シノンとアルファの声が聞こえた。咄嗟に私もそちらに視線を送ると、フィアとゆうきも声が出ないような表情でシノンのいた方向に呆然と視線を向けている。
私もそちらに視線を移すと、少し離れた木の下にシノンがいた。
頭と右目と、口から血を流して。
「シノン!」
「来んなっ! 早く神器を取り出せ!」
「そんな事言われても……!」
「焦るな。心を落ち着けて、自分の中の強い想いをその宝石に込めれば……ちぃっ!」
「グルゥゥ……」
舌打ちをしながら一瞬で近づいてきた魔人の攻撃を受け止めるシノン。そして……。
「はあああっ!」
「ガッ!?」
「アルファ……」
「悪かったな。……迷惑をかけた」
アルファが剣を抜いて魔人に切りかかった。そして水狼と極夜も戻ってきて、再び魔人との戦闘が開始された。
更に。
「やあああっ!」
「グッ……!」
「フィア!」
「早くしなさいよね! カルナ、あなたがいないと魔人は倒せないんだから!」
「ボクもサポートします! カルナさん、急いで!」
フィアも復活して、ゆうきはこちらのフォローに回ってくれている。
……こんな、私のために……?
いや、違う。みんなは魔人を倒すため、後ろにいる王都の人々を守るため、そして、自分達のために戦ってるんだ。
そんな単純なこと、考えるまでもなかったよね。
「ガアアッ!」
「ぐっ!」
「はあ……はあっ!」
「グルオォッ!」
でも……シノンがあれだけ苦戦している。
………そうだ。私は何のために強くなりたかったのか……思い出せ。
シノンに守られっぱなしなのが嫌だった私は、彼が私を庇って怪我をする度に責任を感じていた。
そしてその度に、私はシノンに励まされて、怒られて……そして、私がいるからこそ自分は生きているんだとまで言われた。
私の存在が自分の生きる理由だと、私がいるからこそ生きようと思ったんだと、いつも傍にいてくれてありがとうと、シノンはただ笑顔でそう言った。
けれどその笑顔はどこか儚げで、触れれば消えてしまいそうな……君は、いつもそんな所にいた。
恋人となって婚約した今でも、時々そんなふうに感じる。
何故だろう。
美しく晴れ渡った空の下で立っている君を見ると、その青い空に飛んで消えていってしまいそうな気がする。
出会ったばかりの頃はそんなふうに感じていた。
シノンと出会ったことが、夢だったんじゃないかと思うほどに君が愛おしくて、離れたくないと思う。
強い者を相手に傷を負ったシノンを久しぶりに見て、私はそういったことを不意に思い出す。
瞑っていた目を開けて、目の前の光景を見た。
私が戦っていた魔人とは七龍と白夜、そして前衛のフィアと後衛のゆうきが。もう片方の魔人とは水狼と極夜、そして前衛のシノンとアルファがそれぞれ激しい戦闘を繰り広げている。
ゆうき以外のみんなは身体のどこかに傷を負っているし、体力も限界のようだ。ゆうきの場合はそろそろ魔力が切れそうな様子で、額にやや大粒の汗をかいている。
手の中にある宝石を強く握りしめ、そして、耳にある言葉が聞こえてくる。
「………………………」
「カルナ、まだ!? 早くして……くっ!」
「どうしたんですか、カルナさん!」
フィアとゆうきの言葉の意味を頭の端で聞きながら、私は耳に響いてきた言葉を紡ぐ。
「我が愛しき人の魔力と我の魔力を糧とし、敵を貫く刃と化せ。我らが母は大地、我らが父は天。世界を覆う闇にも負けぬ器は竜をも容易く神器となれ。紅刃、蒼刃、我が手に宿れ。そして我が敵を制する手足となれ!」
ドクン。
心臓が、そう、強く脈打ったような気がした。
すると私の手の中にあった宝石が青く光る。
宝石は砕けて散り、両手から流れてくるシノンの魔力を感じながら、私の魔力はその彼の魔力とともに外へ出て行く。
「これって……」
次の瞬間には、両子の中に双剣が握られていた。
「双剣……?」
「カルナさん!」
「っ!」
鞘に収まっていた剣を咄嗟に抜き、魔人が放ったと思われる黒い球を縦に一閃させる。するとその球は私の両脇を抜けていき、後ろで爆発した。
それを確認するでもなく、もう一つの剣を鞘から抜いて地面に放り、両手に剣を持って魔人に突っ込んだ。
そして。
「紅・業火!」
右手に持った真っ赤な剣身を持つ剣が炎に包まれ、魔人を横薙ぎに一閃させる。そして次に、左手の青い剣身を持つ剣を続けて一閃。
「蒼・激流!」
青い剣は水を纏い、魔人へと更にダメージを与えた。
「グルオオォォォォ!!」
「はあああああっ!」
ギンッ! という激しい金属音が鳴り響き、魔人が防御のために出した槍はいとも簡単に折られ、その下にあった魔人の頭から胴体まで左右に分けられた。
「グ……ル……ァ?」
何をやっていたかなんて分からない。
ただ、身体が勝手に、激しく動いていたような気がする。
気がついた時には、目の前には何も無かった。黒い灰のようなものは残っているのに、それ以外は何も無い。
そしてシノン達の方も決着はついていて、そちらにも同じように灰のようなものしか残っていない。
「まったく……遅いぞ、カルナ」
「シノン……」
シノンが両手には双剣を持ったまま歩み寄ってきて、笑顔でそう言う。
頭と右目からはまだ血が流れたままだ。口元にも吐血したのであろう血が残っている。
「ははっ……やってくれるぜ……」
「シノン!?」
ドサッ、という音を立てて、シノンは地面に倒れた。
私は剣を地面に放って、彼を抱え起こした。脈はあるし呼吸もしていたので、私は安堵の息を吐く。
「シノン!?」
「おい、大丈夫か!」
「しっかりしてください!」
アルファ達3人と、私とシノンの従魔達が駆け寄ってくる。
「大丈夫……気絶しただけみたい」
「そう、か。けど、カルナ。あれはいったい……?」
『神器だ』
アルファの問いに答えたのは水狼だった。白夜と極夜もうなずき、更に続ける。
『カルナは恋人という、聖族の仲間だ。恋人にのみ作れる、そして使うことの出来る専用器なのだ』
「専用器?」
『うむ。これらの名は『紅刃』と『蒼刃』。主の持つ白刃と黒刃のいとこのような存在だ』
「いとこ……か。なるほど」
「カルナ専用の武器ね……この剣みたいに魔人に侵食されなかったってことは、やっぱり普通の武器じゃないのね?」
フィアが所々黒くなり欠けてしまっている自らの剣を出して言うと、水狼も白夜も極夜もうなずく。
『もちろん。神の眷属とそれに認められた者の魔力を使って作られたのだから、魔物ごときに壊せるような代物ではないわ』
当然、と胸を張って白夜がそう言う。
あの時シノンの魔力を感じたのは、そういう事だったのか。
それにしても……。
「シノンの右目、どうしたの?」
彼の右目は、よく見ると少し薄くなっていた。瞼を開けて見てみると、間違いなく若干薄くなっているのがわかった。
『ああ、それは一時的に魔力が薄くなっているのだ。あなたがこの双剣を使いこなすことが出来れば、元に戻る』
「本当に? 視力が落ちてるとかはない?」
『右目で遠視は出来ぬが、視力はそこら辺の獣よりは高いままだから安心しろ』
極夜の一言で、私は安堵の息を吐いて、アルファに言った。
「とりあえず、帰ろう。魔人の討伐は済んだし、討伐証明部位は……」
『魔人の討伐を証明するものは、この黒い魔石だ』
水狼が咥えて持ってきたのは、2つの真っ黒な魔石だった。
でもこれってすごい見覚えがあるんだけど。
「水狼、これ……」
『うむ。シノンの黒刃の素材の一つにもなっている黒い魔石だ。魔人を倒した時にのみ現れる貴重品だ』
「え? なんで? 前に黒い魔石と白い魔石は異界の物だってシノンが言ってなかった?」
『それは、魔人は異界の魔物が干渉して初めて出来上がるからだ。魔人に埋められるこの黒い魔石は、その異界の魔物が作り出したものなのだ』
「な、なるほど……」
私は最後にそう呟いてシノンを地面に一度横たわらせると、先ほど地面に放ってきた剣の鞘と紅刃と蒼刃を拾ってそれぞれ仕舞う。
「……炎雷、大事にしてたんだけどなあ」
私はため息を吐いて、アルファ達のもとに戻る。
「ごめん、お待たせ」
「ああ。シノンは俺が背負っていくよ。フィアはシノンの双剣を、ゆうきは魔石を頼めるか?」
「ええ、わかったわ」
「任せてください」
「カルナ、お前は何も持たなくていいよ。少しでも体力を休めた方がいい」
「え、でも……」
『アルファの言う通りだ。私に乗れ』
「ああ、うん……」
渋々だが、私はアルファ達の厚意に甘えることにした。今回の戦いは短かったとはいえ苦戦したのは確かだし、正直に言えば私も疲れた。
水狼の背中に座ると、白夜と極夜が言った。
『では、私達はここにいては主の魔力と体力を奪うだけだからな。この辺りで帰らせてもらう』
『うむ、そうだの。今なら魔物の類もおらんし、我らがいたところで邪魔だからの』
「ああ、今回はありがとう。助かったよ」
白夜と極夜はうなずくと、それぞれどこかへ去っていった。
「七龍たちもありがとう。今日はもう休んでいいよ」
『ドラァ〜』
私がそう言うと、お疲れ様とばかりに鳴いてみんなで去っていく。そして、魔人との戦いを終えた私達は王都へと歩いていくのだった。