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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第9章、騎士魔人
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106、魔人と可能性

「おお、来ているな」


 貴族とは思えない気さくな声でシノン達に話しかけてきたのは、彼らに指名依頼を出した人物でもあるアドルフォだった。

 乗ってきた馬車から降りて、早速彼らへと歩み寄る。


 それなりに多くの強者との面識がある故にアドルフォは、自身に戦いの才能はなくてもシノン以外のメンバーを一目見ただけで、彼らがただの冒険者ではないことを悟った。


「初めまして。晧月千里こうげつせんりのリーダーをやっているアルファといいます。よろしくお願いします」


 緊張しながら堅い挨拶をするアルファ。しかし気さくな性格であるアドルフォはその様子を見て笑い、明るい笑顔のまま言った。


「堅くなるな。俺はお堅い貴族とは違うからな。普段通りの話し方で構わない」

「は、はあ……」

「それよりも、パーティのリーダーはユウではないのか?」

「あ、はい。その……実は俺達は元々パーティを組んでなかったんですけど、昨日正式にパーティを組むということになって、俺がリーダーを任されました」

「ほう……ん? パーティを組んでいなかった? どういうことだ?」

「いや……周りが勝手に思い込んでただけで、訂正するのも難しいのでそういうことにしてたんです」


 アドルフォに普段通りの話し方でいいと言われてはいるが、そうそう簡単に貴族に対して普段通りに話すことなどできない。

 そもそもアルファは貴族と話すことにすら慣れていない。普段から相手にしているシノンやカルナこそ身分の高い生まれではあるが、それを知らなかった頃から普通に話をしていたので慣れというものがあった。


「なるほど。俺達は勘違いしていたのか。まあ、昨日パーティを組んだのならもう勘違いではあるまい。して、パーティ名は晧月千里か。良い名だな」

「あ、ありがとうございます」


 いきなり褒められたことに困惑しているのか嬉しがっているのか、アルファは後頭部を掻きながらうつむく。


 ちなみに、王国側が討伐隊という大規模な行動を起こしてはいたものの国民が騒ぎ立てることがないのは、すべて秘密裏に、それも国の上層部しか魔人のことを知らないからだ。

 騎士団の討伐隊は人々が寝静まった夜に派遣され、翌朝に討伐が行われていた。


 そのため王都の人々の耳に魔人のことが入ることはなく、ある意味で平和に暮らしていたのだった。


 照れた様子のアルファを眺めていたアドルフォはすっと真剣な顔つきになり、低めの声で告げた。


「さて、今回お前達には魔人を相手にしてもらうわけだが……そんな装備で大丈夫なのか?」


 シノンとカルナは普段と同じく外套の下は動きやすい格好である。シノンは薄手の黒いシャツにサルエルパンツ、丈の短いブーツで、カルナは薄手の白いシャツに太股の半ばまでの朱色のスカート、そして膝上の黒いハイソックスにシノンと同じ丈の短いブーツだ。


 お洒落、という程ではないのだが私服と言われても納得できる格好で、一般の冒険者が見ればふざけるなと言われてもおかしくはない。


 アルファの防具はシノンによって隠蔽付与をされた魔法金属製の胸当てと、同じ素材でできた肩と腕を守る籠手、それに膝当てのみだ。


 アリュスフィアは動きやすさを重視したレーザーアーマーのみで、ゆうきは基本後衛なので魔法師の使う黒いローブのみ。腰に短剣が入っているが、防具は一切なかった。

 2人ともカルナと同じように朱色のスカートに膝下の白いハイソックスを履いている。


 これから魔人という上位の魔物と戦うというのに、防具の類をほとんどしていない彼らを見れば、誰もが突っ込みたくなるのも当然だった。

 シノンとカルナに至っては前衛なのにも関わらず盾も防具も身につけていないのだから、アドルフォが心配になるのは無理もない。


「ああ、問題ない」


 気さくなアドルフォと接するのは問題ないのか、アルファの代わりに大丈夫だと伝えるシノン。

 しかし返ってくるのは、眉を顰め訝しそうな表情をするアドルフォの反応だけだった。


 しかし今相手にしているのは世界でもトップクラスとも言えるだろうパーティなので、本当に問題はないのだろうと判断する。


「そう、か。まあ、そういうのは個人の自由か」


 軽くため息を吐き、アドルフォは早速彼らと共に馬車に乗って例の森へと向かっていった。


「……今回の魔人の数は2。元の人物が誰なのかは不明だ。ただ、目撃者の情報から、体格的には2体とも男らしい。それで……だな」

「ふむ……それで?」

「……実は、王太子殿下の遠征部隊が、予定の日になっても帰ってきておらぬのだ。その遠征先というのが、一番最初に壊滅させられた町でな」

「えっ……じゃあ……」

「ああ。死んでる可能性が高いってことか」

「お、おい、ユウ!」

「良い良い。国王陛下もご承知の上だ……正直、俺も殿下が無事でいらっしゃるとは……」


 アドルフォは苦虫を噛んだような顔で、拳を強く握った。しかし更に続ける者がいた。


「だが、あくまで可能性だ」


 それは当然と言うべきかシノンで、王子が生きていると確信したような声だった。


「……何?」

「あの王太子が魔人になるとも、負けるとも思わない。まあ、あの人が魔人化したらこの世の終わりだが。それほどの実力者に、おそらくはどっかの騎士の成れの果てが勝てるはずもない。たぶん、怪我か何かをして動けないんだと思う。俺達が森に着いたら、すぐにその町へ迎えを寄越すといい。どこかに隠れているかもしれないからな」

「……だが、それで王国側を動かせるのか?」


 強面であるアドルフォが少し心配そうな顔をするのはどこか違和感があったが、シノンは特に気にした様子もなくうなずく。


「俺の名前を使え。すでに俺がこの国に来ていることを国王は知ってるんだろう?なら、俺が行動してみないことにはわからないと言っていた、とでも伝えてくれ」


 アドルフォは少しの間渋っていたが、やがて決断したのかうなずき、そして言った。


「わかった。どうやらお前は王太子殿下の事を知っているようだからな。俺に出来ることならやってみよう」

「ああ、頼む」

「……それにしても、王子殿が魔人とねぇ……」

「なあ、お前達、王族と知り合いなのか?」


 カルナが呟いた瞬間、アルファが疑問に思っていたことを尋ねる。

 そしてそれに躊躇なく答えたのはシノンだった。


「ああ。何度か訪れた時に王宮に呼び出されてな」


 カルナは王女だった時に外交でスフィンに来たことがあり、その際にも縁談があったのだがすでに婚約していたということもありそれもなくなったことがあるのだ。

 ……もっとも、カルナにとってその婚約は不幸以外の何物でもなかったので、出来ればその場でスフィン王国の王子と婚約したかったのだが。


 だがそれを今ここで口にするわけにはいかず、シノンが代わりに答えたことで勘違いを誘うようにしたのだ。

 そんなシノンに感謝しつつ、カルナは別の話題へ逸らす。


「とりあえず、王子殿……いや、王子様はお願いします。魔人討伐、必ず成功させますので」

「うむ、よろしく頼む」


 そうして話し続けること約30分。

 やがて森の端が見えてきた頃、シノンとカルナの顔がまた厳しくなる。魔力でできた結界の存在に気づいたからだ。

 数秒後に、魔力反応に敏感なゆうき、アルファ、アリュスフィアの3人もまた、そこに何かがあるのを感じて眉を顰める。


「もしかしてあれが結界……なのか?」

「らしいな。森は危険だから封鎖しているようだが、中に結界を張っている人はいるのか?」

「いや、強力な魔道具を使っている。まあ、遠隔魔法で魔力を注ぎ続けているのは事実だが。この国でも五本指にも入る錬金術師と付与師が作った最上級の結界魔導具だ」

「へえ……なるほど。その効力も弱まっているらしいな。この辺で止めてくれ」

「む? 良いのか?」

「ああ。そっちはそっちで急がなきゃいけないだろ。こっちは歩いて行けるから、構わず行ってくれ」

「…………わかった。ただ、あの魔道具の停止の仕方を教えないとな」


 数秒ほど悩んだアドルフォだったが、やがてそう返事をして馬車を止める。

 シノン達5人は馬車を降り、アドルフォから魔道具の扱いについて説明を受け、彼と別れてからアルファを先頭に森へと歩き始めた。


「さて、シノン。魔道具に関しては頼めるか?」

「ああ、任せろ」


 魔道具とはこの世界においてとても貴重なものであるのは事実なので、実際に扱ったことのある人物でなければ操作をすることすらできない。


 扱う、というのは、魔力を流して使用する扱いのことではなく修理や製作などの扱いのことである。

 そういう意味では、この中で魔道具を実際に扱ったことがあるのはシノンだけで、それを知ったアドルフォからシノンが魔道具の停止をするよう念押しされたのだ。


 そういう訳もあり、やけに出番の多いシノンはため息を吐きながらも躊躇なくうなずいた。


水狼エクロス、先行を頼む。魔人の様子について詳しく報告してくれ」


 水狼は無言でうなずくとシノンの左肩から飛び立ち、その辺の魔物とは比べ物にならないほどのスピードで森の上空へと向かっていった。


「じゃあ、俺達も行こう」


 アルファの指示で、全員が決意を固めたようにうなずき、集中力をあげるためにその後は一言も話すことな森へと到着した。

 何せ、普段から冷静でほとんど完璧と言ってもいいほどに有能なシノンが、冷静を保っていられず恐慌状態になったのだ。油断するはずがない。


 しかしそのシノンも今では落ち着きを取り戻しており、多少の緊張はあれど何があっても仲間の安全を優先するという決意をしていた。


「早いな」

「シノン?」


 シノンが呟くと、カルナが聞き返した。他の3人も興味を持ったのか、シノンへと視線を向ける。しかし数秒後には納得の表情が浮かんだ。


「なるほど、水狼エクロスか」

「おかえり。どうだった?」


 シノンが右肩を差し出し、水狼はそこにゆっくりと着地してシノンの後頭部から反対側の左肩へと移動する。


『間違いなく確認したのは魔人2体、男性。結界の効果なのか、中央に纏まって立ってる。というか、怯んでる』

「怯んでいる?」

「どういうこと?」


 カルナ、アリュスフィアが問うが、水狼は肩を竦めるのみだった。


「ま、行ってみりゃわかるだろ」

「そうですね。とにかく、早くなんとかしましょう」

「ああ。じゃあ、今度こそ行こう。みんな、勝つぞ!」

「おう」

「うん!」

「ええ!」

「はいっ!」


 アルファの言葉にそれぞれが返事をし、気合を入れ直して魔道具の魔力が感じられる場所へと移動していった。


「これか」

「どうだ、シノン?」


 アルファの言葉に返事をするでもなくしゃがみこみ、金色の箱型の魔道具の上を掌で抑えながら持ち上げて、箱のそこにある丸いスイッチを押して魔道具の活動を停止させる。


「武器!」


 勢いよく振り向きながら叫んだシノンの声。それに咄嗟に反応し、それぞれが隊列を整えながら己の武器を構えた。

 その瞬間、武器を手に取って素早く立ち上がったシノンの正面から黒い何かが飛んできて、それを咄嗟に防ぐ。


「くっ!」

「シノン!?」


 双剣をクロスさせて直径30センチほどの玉を押し返し、力の働く方向をずらして地面へと受け流す。

 すると地面が抉れて深くまで潜っていき、魔力が尽きたのかその存在自体が霞のように消えた。


「警戒しろ!」


 アルファの言葉で全員が周囲の警戒をする。攻撃が向かってきた方向を凝視し、やがて2つの影が奥から姿を現した。

 そしてその存在を、シノンはよく知っていた。昔から何度も戦ってきた、負の感情を溢れさせ魔力を暴走させた人間の成れの果て。即ち。


「魔人」

「あれが……」

「ものすごい魔力だな。……くっ……!?」

「なに、これ……?」

「どうしました!?」

「っ!?」


 嫌な予感が頭をよぎり、シノンはアルファとアリュスフィアを振り返った。

 魔力はないが魔力反応には普通の人間よりも敏感すぎるためか、魔人の放つ魔力の量についていけなかったのだろう。


 それを悟ったシノンは、アルファとアリュスフィアには慣れるまで戦わせない方が妥当だと瞬時に判断し、ゆうきに言った。


「ゆうき、頼みがある」

「は、はい!」

「アルファとアリュスフィアは今、おそらく魔力に敏感すぎて、魔人の放つ魔力量についていけていないんだと思う。慣れないうちは戦わない方が良い。その間、2人を護衛していてくれ。……あいつらは俺とカルナで何とかする」

「え……けど!」

「シノン、無茶よ……!」

「そうだ! 俺達は、大丈夫、だから……! 気にする――……」

「駄目だ。今のお前達じゃはっきり言って足で纏いだからな。不幸中の幸いか、この辺りは魔人がいるために魔物はいないからゆうきを護衛として残すぞ。体調が完全に治ったら、参戦してくれりゃいいさ。……カルナ」


 カルナはシノンに名前を呼ばれ言われずともわかっているとばかりにうなずくと、改めて剣に魔力を通し、構える。そして。


「白夜、極夜! 来い!」


 シノンは聖族であるため、召喚獣を呼び出すのにも呪文は必要がなくその呼び掛けだけで召喚ができるようになっている。


「ピイィィィ――――――ッ!!」


 数秒経つと、上空からそんな猛禽類の鳴き声が。


「グルルルッ!」


 そして地上からはそんな獣の鳴き声がそれぞれ聞こえ、その猛禽類はシノンの右腕へと留まり、獣はシノンの右側へとつく。左肩から飛び上がって地面へと着地した水狼もまた本来の姿である体長2メートルほどの狼へと姿を変える。

 それを見てアルファ達3人は少し驚きの表情をするが、すぐにそれどころではないと表情を引き締める。


「我が呼びかけに答えよ、七龍しちりゅう!」

『ドラッ!』


 カルナの前に薄紫色の複雑な魔法陣が現れ、そこから姿を現したのはそれぞれ七色の鱗を持つ仔竜たちだった。

 仔竜と言えど竜種は竜種なので、戦闘能力は高い。カルナの、そう判断しての召喚だった。


「総戦力で戦うぞ。こいつら、やっぱり普通じゃないからな。カルナ、左の奴を頼む。……俺は右をやる」

「わかった。みんな、行くよ!」

『ドラッ!』


 ほぼ同時に地面を蹴り、シノンとカルナ、そしてそれぞれの召喚獣たちが魔人との戦闘を開始した。

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