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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第9章、騎士魔人
105/138

105、不安と緊張

 翌日の朝早く。正式にパーティを組んだシノン達5人は、指名依頼の受諾をするためにギルドへと来た。

 中に入ると、そこにいた冒険者達の視線が入口へと集まる。早朝ということもあって冒険者の数は少ないが、それでも目立つことに変わりはなかった。


『視線逸脱』を使ってもよかったのだが、意外にも早朝に弱いシノンが魔法を使えるわけもなくそのままとなっている。

 今も欠伸を噛み殺しながら、アルファの後ろについて受付カウンターへと歩いている。


 冒険者も、5人とも頭巾を被っていたのでやがて興味がなくなったのか、視線を逸らして自分たちの会話へと戻った。


「……昨日、魔人討伐の指名依頼を受けた者だが」

「……ユウさんですか?」

「……まあそうだ。後ろにいるこいつがユウ。依頼の受諾をしたい」

「わかりました。では、こちらにパーティ名とサインをお願いします」


 受付嬢は1枚の書類を取り出し、アルファへとペンとともに差し出した。

 パーティ名とサインを書き終わるとアルファは書類を受付嬢に渡し、彼女はそれを確認した。


「……へえ、『晧月千里こうげつせんり』っていうんですね。魔人討伐、頑張ってください」


 周りに聞こえないように小声で会話していた2人だが、他より聴覚の鋭いシノンやゆうきにはしっかりと聞こえていた。

 水狼エクロスにも聞こえていたはずだが、シノン同様早朝には弱いこともあってシノンの肩の上でうたた寝している。


「では、依頼の受諾は完了です。王都の北門で、6時頃にネングリーブ様がお待ちしているそうです。それでは、お気をつけて」

「ああ、ありがとう」


 S級パーティということで特に心配はしていないのか――むしろ期待しているのか――笑顔で見送る受付嬢。

 アルファと話をしながらわずかに頬を赤らめて声が若干高くなっていたのは、ここを拠点としているわけではない彼らにはわからなかったことだろう。


 その後すぐにギルドを出、晧月千里の面々は早速とばかりに街の北門へと向かう。


 晧月千里とは明るく輝く月が遠くまで照りわたるさまを表している言葉で、昨夜宿で話し合った結果これに決まったのだ。

 人助けをすることが多いアルファとしては、くらい地上を柔らかく月光が照らすように、困っている人に優しい光を与えるように手を差し伸べたいという単純な理由だった。


 面倒事が嫌いなシノンでも、リーダーの決定に反対する意思はないつもりらしく躊躇なくそれには賛成していた。

 アルファは人を助けるということを出来るだけ優先するつもりらしく、それを聞いた上での賛成だったが。


 パーティ結成について報告するためレラン王国のリアナにシノンが連絡を入れると、物凄く意外そうな顔、物珍しそうな顔、そして最後にからかわれたこともあり、それに関してはシノンにとっては不満しかなかった。

 しかしそれでも拗ねたりしないあたり、アルファの決定に彼に対する評価がまた1つ上がったと言うことが窺えるだろう。


 もともとシノンもケチではないのだから、どうしても面倒事が嫌い、というわけでもないのだ。人間は嫌いでも行動せずに後悔するよりは行動して後悔した方がまだマシというのもある。

 それ故の賛成でもあるのだった。


「はあ……」

「どうした?」


 ため息を吐いたアルファに、シノンが問う。その顔は相変わらず真顔――頭巾を被っていてよくは見えないが、少なくともアルファにはそう思えた――だが、すぐにどこかからかうような色が混ざっているのを感じて少し不満げに漏らす。


「なんだよ。俺は周りからの視線に疲れたんだよ」

「ああ、嫉妬や羨望の視線か?」

「そうだ。……ていうか、その視線を向けられていたのは俺だけのはずなのに、気付いてたのか?」

「当然だろう」


 シノンは基本、今までの経験から周りの視線に非常に敏感である。それをまだ知らないアルファは、やはり経験の違いか、と予想するのであった。


 受付嬢とはギルドの顔なので、都会の受付嬢はそれなりに整った顔立ちの女性を雇っている。

 それ故冒険者たちからの人気が高いのは当然であり、アルファが話をしていた受付嬢の声が若干高くなっていたのを思えばそれも当然であった。


 シノンはだいたいそんな所だろう、と半ば予想はついていたが、まだまだ経験の浅いアルファからすれば疑問が多かった。


「ねえ、シノ――……ああ違った。ユウは魔人と戦ったことあるの?」

「まあ何度もあるな」

「魔人って……どんな感じ?」


 カルナの問いかけに反応し、やはり興味を持つのか他の3人もシノンへと視線を向けていた。


「色々と卑怯な手段を使ってくるよ。魔物とはいえ元は人間だから、それなりに知能がある。こちらが有利に働けば命乞いをしたり取引なんかを持ちかけてきたりすることがあるから、その場合は気をつけろ。完全に倒すまでは気を抜かずにな。戦術に関しては単純だ。黒魔法を使ってきたり、武器に魔力を流し込んできたり。ただし回復とかは使えないから長期戦にはならないと思うぞ」

「なるほど。武器に魔力を流し込むと言っていたが、相手の武器は魔道具か何かなのか?」

「いや、普通の武器だ。黒魔法は普通の武器さえ魔道具のように扱うことを可能にすることがある。特に魔人は黒魔法しか使えないが、それだけにほぼ確実に武器を『黒魔道具』に変えて来るからな」

「黒魔道具? 何よ、それ?」

「黒魔法を付与された、元は普通の武器だ。基本魔道具ってのは黒魔法じゃ使えない。だから、武器に黒魔法を付与して使ってくる。魔人になると本能でそれくらいの知識がついてしまうから、結構厄介だ」


 シノン以外の全員が魔人とは初対戦なので、彼の言葉をしっかりと聞きうなずく。そしてそれを見たシノンは、更に付け足した。


「それと、元の人間の技能によっては魔人の能力もまた違ってくるぞ」

「え? 魔人はみんな同じじゃないの?」

「人や魔物、ついでに獣たちにもそれぞれ個性があるように、魔人にも個人差はある。更に言えば元は人間だ。個性があったっておかしくはないだろう」

「た、たしかに……」

「それに、この国には騎士が多いからな。騎士の心得とやらを考えると可能性は低いかも知れないが、騎士が魔人化した可能性が俺は高いと思う。少なくともこの国の農民や平民、あるいは冒険者ではないと思う」


 少し表情を引き締めて告げたシノンへと、アルファが問うた。


「何故、そう思うんだ?」

「町と村、小さいとはいえ騎士団がいるはずの場所を2つも壊滅させられるとなると、それなりの強者が魔人化したんだと思う。だがこの国には低ランク冒険者しかいないからな。D級までの冒険者が魔人化したんなら、それこそ頑張ってもBランク程度の強さしかない。それに訓練も受けていない平民や農民が魔人化した所で、Dランクに届くかと言ったところだしな。Bランクの魔物と魔人はだいたい同程度の強さをもっているが、騎士団のいる町や村を壊滅、更には2度にも渡る騎士団と討伐隊を返り討ちにさせられると思うか?」

「なるほど。じゃあ、そうなると今回の魔人は、元が騎士である可能性が高い……ということなの?」

「ああ。まあ、その魔人が他国から流れてきた元高ランク冒険者だってんなら、話は別だが。………はああー、疲れた」


 珍しく表情を引き締めて言うシノン。しかし久しぶりに長く喋ったために精神的な体力を消費してしまったためか大きく息を吐いた。


「お、おい。戦闘前から疲れたとか、やめてくれよ」

「はいはい、大丈夫だよ。リーダー」

「……その呼び方やめてくれ」

「へーい」


 軽く言い合う2人を笑顔で見守るカルナとゆうき。

 シノンも最初はアルファやアリュスフィアへと自分から話しかける事は無く、話しかけられても一言二言だけしか会話をしなかったのだが、然濃族の集落を訪れてから自然と男同士仲良く2人で会話をしている。


 そしてパーティを組んで1日も経っていないというのに、リーダーにしっかりと補佐役として魔人の知識を与えるシノン。

 それが、カルナが以前より予想していたこの2人の関係であった。

 さすがにパーティリーダーがアルファであるというのには驚いたのだが、彼らがこうして友人として話をしている姿は想像通りだった。


 2人が仲良くなって、パーティ間でぎこちない関係がなくなりそうなのはカルナとゆうきの2人にとってはとても嬉しいことであった。


 シノンもアルファと軽く言い合いをした後、すぐに表情を引き締めてパーティメンバーにだけ聞こえるよう防音結界を張ってから告げた。


「……森の中で結界を張って魔人を閉じ込めてはいるということなんだが……当時の討伐隊の規模はわからないが、精鋭を派遣したとのことだ。それを跳ね返すほどの魔人ということは、最悪SSランクをつけられるかもしれない。その場合は俺が何とかするから、お前達は逃げてほしい」

「そんな、なんでだよ? 俺達もパーティメンバーだろう。逃げるなんてこと……」

「駄目だ。俺が今まで戦ってきた魔人の中で一番強かった魔人はSSランクでも足りないほどに強い奴だった。そこまでは行かないまでも、そいつと戦う直前の頃と同じような、嫌な予感がするんだ。だから、頼む」

『…………………………』


 シノン以外の4人はアルファと同意見だ。しかし珍しく緊張している彼の顔を見て、仕方ないとうなずく。

 それに対してシノンは微笑み、ありがとう、と言った。


 その数分後には王都の北門に到着し、あとは約束の時間まで待つのみだ。


「シノン、今何時かわかるか?」

「5時半くらいだ。あと30分」

「そうか。じゃあ、しばらく待つか」

『はーい』


 相変わらずシノンは緊張したような面持ちだったので、アルファが張り詰めた糸を緩くしようとシノンの頬に拳を軽くぶつける。


「おいこら。ウチの最大戦力であるお前が緊張してたら、俺まで緊張しちまうよ。少しでもいいから、肩の荷をおろせ」

「……あ、ああ。悪いな」

「……はあ。お前な、第六感とも言えるとても鋭い感覚があるのはわかる。お前の勘もよく当たるし、それを俺達も頼りにしている。それが逆に嫌な予感を感じ過ぎるせいで不安になるのもわかる。だが、だからこそ、お前だけがその不安を背負う必要は無いんだぞ? 何かあるんなら、遠慮なく相談してくれ」


 アルファの言葉を聞き、シノンも肩の力をわずかに抜きつつ、頭巾の下で微笑んだ。

 そして再び防音結界を張り、街の防壁である壁に背を預けて腕を組む。


「そうだな、たしかに。……今回の魔人の件、誰かの悪意を感じてならないんだ」

「誰かの悪意?」

「ああ。通常、人間が魔物化するということは滅多にない。それは、お前もわかるだろう?」

「もちろんだ。人間は魔力のコントロールがある程度できるから、魔力の暴走はないしな」


 基本、生き物が魔物化する原因は魔力の暴走が1つの原因となっている。それはもちろん人間も例外ではなく、魔力量が多ければ多いほど使用してくる黒魔法の威力の倍数も上がる。


 つまりそれだけ強力になるということなのだが、やはりそれでも魔法を使いこなせるかどうかにも関わってくる。

 あくまでも魔人の強弱を決めるのは魔力量ではなく技術力で、魔力はなくても魔人になれば魔術師並みの魔力量は手に入るので武器を黒魔道具に変えられてしまえば厄介極まりない。


「俺の仲間……つまり聖族の奴らだが、昨日調べたところ、彼らの報告では魔人の出没回数が例年に比べて急激に増えているらしいことがわかった。これは今までにない……いや、1万年ぶりくらいだ。……まあ、暗黒大戦が近いからか……」

「ん? なんか言ったか?」

「いや、何でもない」

「そうか。それで……1万年ぶりってことは、前にも同じようなことが?」

「ああ、何度もあるさ。そして今回のようなことが起こったその場合、魔人は通常よりも強力になる。つまり、強者が魔人化しやすいということだ。それこそ、Sランクほどレベルにはなる」


 アルファはそれを聞いて、目を見開いた。2人の会話を何となく聞いていた女性陣3人も驚いたのか唖然としていた。


「だから不安なんだよ。誰かの陰謀かとも思うのだが……魔人はSランクになればAランクとは比べ物にならないくらいの差があるというのは理解していると思うが、Sランクになると、魔物と魔人では差が大きすぎる……いくらアルファとカルナがS級で、Sランクの魔物には個人でも対応できる実力があっても、Sランクの魔人には――……」

「シノン!」


 ピクリ、とシノンは身体を震わせる。非常に珍しい情緒不安定なシノンを見て、アルファが咄嗟に肩を持って叫んだのだ。

 頭巾の下から覗く青い目が、わずかに揺れた。


「わ、悪い……」

「シノン、大丈夫?」

「どうする? やっぱり明日にするか?」


 心配そうに問うカルナとアルファ。しかしシノンはうつむき、首を横に振る。


「いや、いい」

「……そう、か。なんか悪いな。余計に不安にさせたみたいで……」


 アルファの言葉に、シノンはもう一度首を横に振った。


「シノン、いったいどうしたんだ? 今日はなんだかおかしいぞ?」

「……わからない。だけど、何かがおかしいんだ。違和感……というか、とにかく何かが違う。よく考えてみれば……」


 そう呟き、シノンは周りを見渡す。そうしてしばらく経った後、眉を潜めてアルファの目を正面から見て言った。


「黒い魔力がここまで侵入してきている。ここから出ていくということは、魔人が閉じ込められている森はそんなに離れていない位置にある森だ。だがある程度の距離はある。少なくとも10キロくらいは。それなのに黒い魔力がここに流れてきているということは、奴はそれなりに魔力のある正真正銘のバケモノだ。町と村を壊滅させたところを見ると、おそらくかなり強力な魔人だ。……それでも、お前達は行くか?」


 今度は冷静になったのか、シノンはアルファの目を正面から見据えて忠告する。

 しかしため息を吐いて呆れたように最初に言ったのは、やはり当然と言うべきかアルファであった。


「あのな。お前の忠告だから無視する訳にはいかないが、その言い方だと、俺達が行かなきゃお前だけで行きそうだからな。俺は行くぞ?」

「そうそう。シノンってば絶対に無茶するって。何を言われても、私も行くからね」

「もちろん私もよ。かなり強力だからって何なのよ。このメンバーなら勝てるって、私確信してるからね」

「ぼ、ボクもです。正直足で纏いにはなりそうだし魔人は怖いですけど……それでも、ボクだけ行かないのは申し訳ないし、それにボクだって戦いたいんです!」


 嘘を言っていないことはシノンにはわかっている。数ヶ月と共に過ごした仲間だが、パーティ結成から1日も経たないうちにこんな恐慌状態に陥るとはシノンとしては思ってもいなかった。


 そんな中で仲間から励まされるようなことを言われては止める気力もなく、ただ自然と笑顔が浮かぶだけだった。


「わかった、わかったよ。そんな必死にならなくても、元から俺は止める気なんてない」

「え? シノン? お前まさか……」

「いや、正直不安や緊張はまだあるさ。……けど、仲間を信じないのもちょっとな」


 シノンとしては、出来れば彼らと今回の魔人とは戦ってほしくない。しかしそれは、仲間を信じていないということにもなる。

 だからこそ彼らを信じて共に戦いたい、けれど戦ったとして人間にどうにかなるか。そういった正反対の気持ちがあるのだが、やがて前者を選択する。


「ああ、わかった。ありがとう、みんな。絶対に勝とうぜ」


 すでに不安と緊張の欠片もない笑顔で、シノンはそうはっきりと告げるのだった。

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