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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第9章、騎士魔人
104/138

104、貴族とパーティリーダー

「この街のギルドに拠点を移せ」

「断る」

「何故だ? ここに拠点を移すだけで毎日金貨10枚の報酬をやるというのに」

「金には困ってない」

「なら、女はどうだ?」

「間に合ってる」

「じゃあ、高価な宝石や魔道具はどうだ?」

「いらない。必要なら自分の伝手でどうとでもなる」


 広い会議室の中に、貴族の老人とシノンの声が響く。

 部屋は十数秒……下手をすれば数十秒ほどの沈黙が続くと、突然老人が噴き出すようにして貴族とは思えないほどの大声で笑い出した。


 シノンは数回の瞬きのあと、目の前にいる老人を見据えた。数秒ほど大笑いしたあと、老人は息を整えて今度は好意的な視線をシノンへと送る。


「ふむふむ、聞いていたとおりの人物のようだな。ユウ=ネロヴァッサーだったか」

「っ?」

「ははは、混乱しているようだな。安心しろ。別にこの街に拠点を移せと、無理には言わない」

「………なるほど」

「気づいたようだな」


 目の前にいるこの老人は自分を試したのだと、少なくとも本気で拠点を移せと言っている訳ではないのだと納得するシノン。

 なぜなら、簡単には所属ギルドを移すことが出来ない、それをこの老人は理解しているということに気づいたからだ。

 傲慢な貴族はそういった無茶な提案を執拗にしてくることはあるが、それには複雑な手続きが必要となり、かなりの時間も要する。


 老人が目の前で大笑いをした時点でシノンが最初に受けた傲慢そうな貴族という印象は薄れ、短い演技をしていたことに気がついたのだ。


「さて、最後に確認だが、本当にここに拠点を移してはくれないのかね?」

「無理だ。そもそも、すでに俺の正体に気づいてんだったら、俺のランクだってわかるだろうが」

「ふん。まあ、貴様ほどのランクなら、向こうの団長も移動を許さぬ、か」


 ギルドの移動というのは、文字通り所属のギルドを解約し、別のギルドの入団試験、あるいは入団手続きをして移すといったことである。

 ただし解約と別のギルドへの再入団の場合、どんな理由でギルドを解約し移動するのか、犯罪履歴はないかなどを調べる。更に入団試験もその者だけ少し難易度が高かったり及第点が高かったりと色々と厳しくなってしまい、とにかく面倒なことが多い。


 それに最大の面倒は、元々所属していたギルドのマスターあるいは団長の許可が出なければ解約は不可能なことである。

 つまり、シノンのように高ランクの冒険者は相応の理由が必要となるため――もっとも、リアナの場合はどんな理由でもシノンを解約させるつもりは決してないだろうが――、それを理解している老人はあっさり諦めるのだった。


「はあ……まあ、いい。仕方ないだろう」

「で、本題は?」

「ほう、それにも気づいたか」

「当たり前だろう。短いとはいえ演技で俺を試したんなら、本命の用事があるんだろうに。それに、断られるとわかってたんなら、わざわざ呼び出す必要も時間もないだろうしな。回りくどいことしないでさっさとしてくれ」

「ふん。そこはまあ、さすがに高ランク冒険者と言ったところか」


 老人は軽くため息を吐き、立ち上がった。そしてシノンの前に来ると、右手を差し出しながら言った。


「俺はアドルフォ=フォン=ネングリーブ。ネングリーブ侯爵家の当主だ」

「はあ……ユウ=ネロヴァッサー。一応、白の魔術師って呼ばれてるSS級冒険者だ」

「ほう……SS級か。世界初のSS級か。そうかそうか」


 シノンがアドルフォと名乗った老人の手を握り、互いに自己紹介をした。

 シノンの態度にもまったく表情を動かすことなく、相変わらず好意的に接するアドルフォの評価が、シノンの中で1つ上がった。


 確かにシノンは世界でも初めてのSS級だ。そういった情報は闘士連盟、あるいはギルドでは基本公開しないので、まだ世界にその情報は浸透しきっていない。

 だが世界初ということもあり、おそらく数ヶ月としないうちに世界中に広まることだろう。


 それを理解しているアドルフォは感心したようにうなずき、シノンの手を離す。そして手前の席に座り、シノンへ向かい側の席に座るよう促した。


 それに従い、シノンもアドルフォの向かいの席に座る。


「さて、本題に入ろうか。ギルドからも許可をもらっての指名依頼だ」

「……それは国にも影響すること、と考えてもいいのか?」

「うむ。これには国王陛下にも承認していただいている。それで内容なのだが……魔人というのを知っているか?」

「ああ」

「その魔人が、最近この騎士王国で出没するらしいのだ。もうすでに何度か目撃情報がある。まだ公開されてはいないが、実際に2つの町と村が壊滅しているからな」

「それが魔人の仕業だという根拠は?」

「魔人特有の、黒い魔力がそこら中に漂っているという宮廷魔術師の1人が証言したからな。他の何人かの宮廷魔術師や魔力を感じ取れる、腕のいい魔術師を派遣したところ、同じように証言したのだ。そのため、魔人の出没が確定したのだ」


 魔人は人が魔物化したものだ。魔族の亜種、とも言われているのだが、魔族側は、あくまで人間が魔物化したものだと忌み嫌っている。

 それは人間も同じで、魔人には心が乱れた人間がなると云われているため余計に情けがなくなる。


 実際、強い怒りや憎しみ、あるいは妬みや恨みなどの負の感情から、溢れ出した黒い魔力の影響で魔人と化している例が多い。

 多い、と言うからにはほとんどがそうなのだが、時々魔物化の原因が不明なことがある。それは今回のように、どこからともなく出没した魔人は誰が魔物化したのかがわからないので原因も不明、となるのである。


「……要するに、俺にそれを討伐しろという事だな」


 魔物に情けはいらない。それは魔人も同じで、元々は同じ人間とは言えど命を断つ以外に魔人を止める方法などない。

 魔人にはある程度知能が残っているので会話は少しなら可能だが、話の通じる相手なら人間と魔人はすでに共存していただろう。


「もちろんだ。SS級のお前を雇うなら相応の金を払うさ。魔人という魔物の中でも上位に位置するモノを相手にしてもらうのだから、そこに更に上乗せさせてもらうがな」

「そうか。ちなみにいくらになる?」

「成功報酬で白金貨50枚、失敗した場合でも白金貨10枚だ」


 以前淼竜(びょうりゅう)が暴れて指名依頼で王金貨3枚という依頼があったが、神龍と魔人は同じく一般の冒険者では太刀打ちできない相手でも比べるまでもなく淼竜の方が手ごわいので報酬にもこれだけの差が出るのは当然といったところだろう。


「……悪くはいない、か。それと、戦闘への参加はパーティメンバーも入れてもいいのか?」

「もちろんだ。今回はS級パーティに頼んでいるのだからな」

「……なるほど」


 つまり、これはシノン個人に対しての指名ではなく、シノン率いるパーティへの指名だったのだ。

 それに対して納得の声を上げ、次にはまた疑問符を浮かべる。


「俺達は明日には出発する予定だったんだが。魔人の場所がわかってないとしたら、滞在期間を延長しなきゃいけないっていう手間はどうしてくれるんだ?」

「それに関しては……1日延ばしてくれとしか言えんな。滞在費は俺が払おう。それから場所ならわかっている。王都付近の森の中に、結界が張ってあってな。その中に閉じ込めているのだ。結界もいつまで持つかわからないので、早めに対処したいが高ランク冒険者もおらず、騎士でも倒せないといったところにお前が来たわけだ」

「……騎士を派遣したのか?」

「ああ。2度ほどな。だが2度とも返り討ちだ」


 アドルフォは苦虫を噛んだような顔になる。それだけ痛手を負ったということなのだろう。


「……わかった。俺は受けてもいいが、他の奴らに聞かなきゃな。返事は、あんたの護衛騎士の中から1人連れてきてくれれば良いよ」

「そうか。では、良い返事を待っているぞ。よし、ならお前、この者について行き、返事を持って来い」

「かしこまりました」


 1人の騎士を指名し、シノンは用事は済んだとばかりに立ち上がった。


「じゃあ、もういいな?」

「ああ。わざわざ呼んで悪かったな。ではまた」


 シノンはうなずき、さっさと用事を済ませたいがために会議室から出ていった。





「……にしても、魔人かぁ」


 そう呟きながら寝台に仰向けに寝転がったのはアリュスフィアだった。それに同意するようにゆうきがうなずき、更にシノンを見る。


「けど、今回はシノンさんに危険がなくて良かったですよ。魔人の討伐の話はともかく、貴族関係になるとシノンさんって無茶しますし」

「俺をなんだと思ってるんだ……」

「ははっ。まあ、俺達も旅に出てから幾度となく貴族が絡んできてるしな。やっぱり、サニーズの上位冒険者が街を訪れれば上に報告しないわけにもいかないんだろうよ。それ故、その情報も一般の人たちはともかく、王族や貴族には伝わるわけだ」

「まあそんな所だろうな」


 再びため息を吐くと、シノンも寝台に身を投げる。


 ギルドの会議室を出てカルナ達が待っている公園へと向かった後、アドルフォと話をした通り彼女らに魔人への討伐の話をした。

 魔物の中でも上位に位置する存在であるため、ランクはA。S級パーティとはいえAランクの魔物が手ごわいことに変わりはなく、当然それに伴って危険もある。


 それ故に全員の了承が得られるかどうかと言うのは正直な話、シノンにも不安というものはあった。

 魔人は放っておけば一つの国を滅ぼすこともあり、断れば後味が悪いとも感じていたからである。


 だがそれも杞憂に終わり、パーティの中でももっともランクの低いゆうきすらも躊躇なくうなずいたのだ。


「とりあえず、明日の朝はこの街を発つわけではなく森へ魔人の討伐に行くわけだが……」


 シノンが起き上がりながら問うと、アルファがそれに答えた。


「作戦だろう?」

「そうだ。……その前に、アルファ」

「ん、なんだ?」

「お前に頼みがある」

「……? シノンが、か?」

「ああ」


 シノンが自分に頼み事をするなどという珍しい光景に少し驚きつつ、アルファはうなずいて続きを促した。


「一応俺達はパーティを組んでいる……ということにはなってるが、実際は違う。そうだろ?」

「そうだな。周りが勘違いしているから、それを面倒事を避けるために利用して誤魔化しているわけだが……それがどうした?」

「正式に、ちゃんとしたパーティを組みたいと思っている」

「え……ああ、いいんじゃ、ないのか? なんでそれを俺に?」


 周りはシノン達5人がパーティを組んでいると勘違いしている。それを訂正するでもなく放っておき、むしろパーティを組んでいるということにしていたのだ。

 それはシノンの面倒臭がりな性格もあったのだが、何よりも訂正する気力がなかった。


 ならば、訂正するよりは勘違いしてもらったままそういうことにしておいた方が面倒はないと判断し、そのままにしていたのだった。

 しかし、シノンはここで正式に自分たちでパーティを組もう、ということをみんな……と言うよりはアルファに伝えた。


 だがそれを全員が揃っているこの場で、アルファに言う、というようなことはしないでも、みんなに伝える、という形にすれば良かったはずなのだ。

 それでもシノンがそれをしなかったのは。


「お前に、そのパーティリーダーをやって欲しくてな」

「………………はあ?」


 さすがに予想外だったようで、アルファ以外の女性陣3人も目を軽く見開いてシノンを呆然と見ていた。

 この中で一番経験のあるシノンがパーティリーダーをやった方が絶対に効率がいいのに、何故アルファに頼むのか。


「い、いや、なんで?」

「なんでって。単に俺がアルファを信頼してるからだ。それに、俺はリーダーなんてのは向いてない。どちらかと言えば1人で機動力を活かした方が断然効率がいいんだ。それに比べてお前は集団戦に慣れていて、実際に然濃族の集落で魔物に襲われていたらしい時にも結構指示を出してたようだしな。まだ経験は浅くても、そのうち慣れるだろ。ま、俺も脇で補佐的な役割はさせてもらうがな」


 当然、とでもいうように言うシノンを、アルファは呆然と眺めている。

 少しして我に返ると、更に言い募る。


「いや、しかしだな。指示を出してたって言っても、あれは戦闘に慣れた、それも身体能力の高い然濃族だったからであって、このパーティは……」


 そこで、アルファは言葉を止めて仲間を見回す。

 自分と妹のアリュスフィアは然濃族で、戦闘に関してはまったく問題なし。

 ゆうきはハイヒューマンで他の種族よりも断然身体能力や魔法に長けている。経験を積めばS級も望める。

 シノンとカルナに至ってはレイヴァという戦闘民族の末裔。シノンはそもそも人間ではなく聖族という神の眷属だ。


 このメンバーでパーティを組めば、その実力を見れば世界でもトップと言われても誰もが納得出来るであろう精鋭揃いだ。


 それを理解したアルファは次の言葉を口にし。


「なら、カルナは? カルナだって前に迷宮区に潜った時、戦闘前の指示で協力して、強い魔物を倒せたんだが?」

「その強力な魔物がなんだかは知らんが、カルナがリーダーなんてやっても集団戦の指示は無理だし、それは最初に作戦を決めた時だけなんだろう? 彼女ほどの美貌を持った奴がリーダーなんかやってみろ。変なことを考える奴が出ないとも限らない」

「そ、それは、別にリーダーをやっていてもやっていなくても変わらないだろう」

「そうじゃない。女がリーダーをやってると、俺達男が侮られて面倒なんだよ。俺がリーダーに向いてないのはさっき説明したな?」

「……………」


 あっさり言い負かされるのだった。それこそやはり人生経験の差なのだろう。

 この世界では、たしかに男性がいると女性がリーダーをやっているパーティは極めて少ない。


 女性がリーダーのパーティは、たいていの場合は女性だけのパーティか中でも立場的に上にいる者などが多い。

 女性リーダーのパーティの中に男性が混じっている場合この世界では侮られることが多く、特にその女性の顔が整っていたりすると周囲の冒険者から嫉妬の念を抱かれ、悪い意味で絡まれることも少なくない。


 そういう意味では、シノンの中では危険、ではなく面倒ということで、少しでもその面倒を減らそうとアルファに頼み込んでいるのだ。


 いくら『視線逸脱ガイズアポーキシ』に頼ろうと、周囲から目立たなくなるだけで一応冒険者の目には留まるのだから、カルナやゆうき、アリュスフィアに目をつけられてもおかしくはない。


 シノンとしては、自惚れではないが自分たちの実力を理解している。正式にパーティを組めばそれなりに有名になることは確信していた。

 そうすれば、当然リーダーの顔や名前、性別などは一番有名になるだろう。


 それがもしカルナであれば、彼女目当てで絡んでくる者も少なくないだろうとシノンは予想をしているのだ。


「はあ……なんで……こうなった……」

「悪いが、アルファもそのうち慣れるよ。まあ、頑張れ」


 相変わらず真顔で言ってくるシノンだが、アルファは渋々ながらもパーティリーダーを引き受けるのだった。

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