103、冒険者と貴族
「ぐぅっ!?」
「ぐ……くそ――……ごわぁっ!?」
シノンが吹き飛ばした冒険者達は地面に転がり、周りの注目を集める。
偽装の腕輪により髪の色を誤魔化しているとはいえ、カルナやゆうき、それにアリュスフィアは目立つ。
特に成人した女性の体を持つカルナは誰もが惚れてしまうような美貌を持っているので、その仲間であるシノンやアルファに嫉妬の視線が送られるわけだ。
まだ子供とはいえゆうきとアリュスフィアも美人に変わりはないので、シノンとアルファも整った顔立ちではあるのだが居心地の悪い時を過ごしていた。
特にシノンは悪目立ちするのが気に食わず『視線逸脱』を使おうとした所で今の冒険者達に絡まれた、というわけだ。
見かけならシノンはどちらかと言えば小柄だし、あまり強そうには見えない。と言うより、駆け出しの冒険者にしか見えないだろう。
アルファもまた同じで、筋肉はある程度あるのだがそれでも普通の戦士の男と力比べとなれば勝つことは出来ないだろう。
そんな2人故に、力自慢の冒険者に絡まれるのは当然とも言えた。シノンはそれなりに有名な白の魔術師という異名があるのだが、まさかそれを今ここで公開するつもりも必要もない。
「く、くそ! 何なんだよお前!」
「は? なんなんだ? 笑わせんなよ。手を出してきたのはそっちなのに何なんだよはないだろうが。……なんか文句あるのかよ」
「……………い、いや……」
シノンが殺気を込めた視線で男を睨みつけてやると、男はそれ以上声を出すことができず黙り込む。
シノンは軽くため息を吐きながら、カルナ達のもとへと戻っていった。
「さすがだね」
「雑魚倒したってなんの自慢にもならねえよ」
小さく肩を竦めながら、シノンはそう言った。
騎士王国では王都周辺の魔物退治はほとんど騎士が行うため、高ランクの冒険者は儲けがないので滅多にいない。
いるとすればシノン達のように訳ありか、あるいは馬鹿だけである。
とはいえ、後者の場合は世界でも数人程度しかいないだろう。
高ランクの冒険者はそれなりに経験を積んでおり、金儲けに関してはある程度知識というものがついてもおかしくないからだ。
時々難しいことは考えない主義の冒険者がいるが、そういう者の類にはパーティの中にほとんど世話役がいるので、そういった者達はあまりいない。
そういう訳もあって、この国に集まる冒険者は自然とF級からD級辺りになってしまうのである。
すなわち、シノン達5人ならばこの街にいる冒険者程度はどうとなってしまうということだ。
一応、ちゃんとギルドはある。
しかしD級ではほとんどこなせないC級の依頼や、不可能なB級の依頼などはほとんど騎士団へと回す傾向がある。
ギルドとしては冒険者に街へ来てもらった方が素材を売ってもらえるので利益が大きいため、高ランク冒険者になんとかこの国に留まってもらおうと色々と努力しているらしい。
しかしそれは国家直属である騎士団の存在が許さず、物事の進み方がぎくしゃくしている。
そんな事情を知っていたシノンだからこそ言えた台詞だった。……どちらにしろ、人間にはシノンに敵う相手などいないのだろうが。
「わあ、広いね」
「……国立公園だしな」
「自然が綺麗ね。ここで休憩していきましょうよ」
「ボクも賛成です!」
「俺も賛成だ」
「そうだな。カルナもいいか?」
「もちろん!」
アリュスフィアの提案に全員が了承し、住民や冒険者たちが休憩をしている芝生へと向かう。
その際、先ほども街の中で冒険者に絡まれのだから、当然と言うべきか人が多い公園に来れば同じようなことは起こる。
「なあ、兄ちゃん達。かわい子ちゃん3人も連れてんなら、1人俺に分けてくれや。……そうだなあ、じゃあそこの水色の髪の姉ちゃん、俺んとこ来ないか? これでもD級冒険者なんだぜ?」
背中にバトルアックスを背負った体格の良い男が話しかけてきた瞬間、シノンがカルナの前に立ち塞がって殺気を込めた視線を送る。
自分の恋人が狙われているのだから当然と言えば当然だが。
「……なんだお前、1人くらい良いだろう? D級冒険者の俺に逆らうってのか、ああん!?」
「は? 自分の実力を弁えろ。相手の実力もわからない雑魚にしては随分と度胸があるようだな」
「んだとこら! 俺様に逆らった罰を与えてやらあ!」
バトルアックスを抜くことをしないのはさすがにD級冒険者と言ったところだろう。シノンも剣などの武器を抜くことなく、男の鳩尾を殴って瞬時に気絶させた。
男が武器を抜かなかったのは、単にシノンを侮っていたことと周りへと被害を考えてのことだったのだが、シノンの場合は被害のことなどを考えるまでもなく男には素手で充分だと判断していたことが男とシノンの違いだろう。
そして男にとって不幸だったのは、絡んだ相手が最低でもC級、最高が殴りかかった相手でもあるSS級のシノンだったことであろう。
もはや戦いと言っても納得出来ないほどの一方的な攻撃とすら言えた小さな騒動の一部始終を見ていた住民や冒険者達は、彼らに関わってはいけないとばかりに噂し始めた。
シノンとカルナは基本、冒険者として依頼をこなす時でも防具を着用しないので単に動きやすい服装である。しかしアルファ、アリュスフィア、ゆうきの3人は明らかに冒険者がする服装――防具などを身につけている――だ。
そのため周囲は、彼らは冒険者としてのパーティではないか、パーティではなく冒険者と思しき3人はシノンとカルナの護衛ではないか、しかしD級冒険者を軽くあしらえる者が護衛を雇うのもおかしい等々、色々とおかしな噂が流れ始める。
しかし彼らはそんなことは気にもせず、むしろ最終的にはシノンが『視線逸脱』で周りの視線を逸らした。
「すまないな、シノン」
「いや、騒ぎの元凶は俺だし。ああいう視線は面倒だし、これ以上絡まれないためにもこれがベストだろう。幸い、明日には出発予定だし」
言外にこれ以上騒ぎに巻き込まれることはないだろうと伝えるシノン。
その彼の言葉に全員がうなずく。そして、その間にシノンが収納魔法で取り出した弁当からサンドイッチをつまみ、口に放り込んだ。
釣られて他のメンバーもサンドイッチや串焼きなどの食べ物に手を伸ばし、口の中に運んでいった。
こうして穏やかに時間は過ぎ、1時間ほど休憩したところで出発の準備を始めた……その時。
「すいません、ちょっとよろしいですか?」
立ち上がってすでに出発できる時になって、1人の10代後半くらいの女性が話しかけてきたのだった。
「どなたですか?」
必要最低限しか人と話しをしないシノンの代わりに、アルファが出た。
そのアルファをパーティのリーダーだと思ったのか、女性はアルファへと向き、頭を下げた。
「初めまして。私はこの王都のギルドで受付嬢をしております、ティカと申します。えーっと、そちらの方をお呼びしている方がいらっしゃるので、ギルドまでついてきて頂けますか?」
ティカと名乗った女性はシノンを示しながらそう言ってきた。
「その、呼んでる人ってのは?」
アルファが重要な部分について問うが、ティカは首を横に振る。
「残念ですが、それについては今は言えません。そのお方はもうギルドにてお待ちしておりますし、相手が相手なので、私はこれに応じた方が良いと思うのですが……」
渋っている様子でティカは言う。
しかしアルファは自分だけでは決められないとシノンに視線を向けるが、心底嫌そうな顔で当然と言うべきか首を横に振る。
アルファはため息を吐き、ティカに申し訳なさそうに言った。
「申し訳ないが、ウチのリーダーは思いっきり嫌がってるんで、そっちの指示には従えない」
「え? あなたがリーダーではないのですか?」
ティカの戸惑ったような言葉に、アルファは肩を竦める。
「残念だが、俺はリーダーではないのでな。決定権はない」
「で、ですが……」
「悪いが断るよ。本人の意思が第一だしな」
ティカはまだ何か言いたそうにしていたが、ギルドとしては冒険者の行動を拘束するような真似は出来ないためそれ以上何も言うことなくシノン達の背中を見送った。
「……………………」
「……あー、シノン? あまり機嫌悪くしないでくれよ?」
「ああ、悪い」
「絶対貴族関係だよね。シノンがあんな顔するってことは」
「それ以外ないだろう」
シノンとしては、相手が貴族だから冒険者が必ず応じると思うなよと言ってやりたいところであった。
しかし相手はあくまで貴族であり、そんなことを言っては余計な面倒事を引き起こしかねないため無視するしかない。
しかしそれは向こう側が執拗に絡んでこなかった場合だけであり……。
「ちょっと待った」
突然、シノン達の前に40代ほどの騎士が立ち塞がるのだった。
「貴様に拒否権はない。何としてもついてきてもらう」
背の高い騎士の男がそう言うと、数人の騎士がシノンを囲むように立ち塞がった。
相手が何もしてこない限りは反撃すればむしろこちらも何も言えなくなる、と判断したシノンは、わざとらしく溜息を吐いて言った。
「……要件は?」
「向こうで我が主が話してくださる。貴様は黙ってついて来るんだ」
もう一度溜息を吐き、視線でカルナ達に確認をすると全員がうなずいたので、シノンも意を決してうなずく。
「……わかった。だが妙な真似をすれば当然叩く」
騎士たちはうなずくと、彼を逃がさんとばかりに囲みながら歩き出した。
シノンもすでに抵抗する気はなく、大人しく先頭の騎士に続いた。
「ああ、ついてくるのはそこの狼の奴だけだ。他は来なくていい」
「は? 何言ってんだ。俺達は……」
「悪いが、呼んでいるのはこいつだけだ。余計な奴らは連れてくるなと言われてるのでな」
アルファの言葉を遮り、騎士の男は強めの口調でそう言った。
「悪い、アルファ。ここで待っててくれ。お前らもだ。俺は大丈夫だから、心配するな」
「…………お前がそう言うなら、別にいい、けど……」
カルナが心配そうな目をしてシノンの袖を掴み、そっと告げた。
「………気をつけて」
「ああ。ありがとうな。じゃ、行ってくるよ」
カルナ達に見送られ、シノンは騎士達に囲まれる形で歩き始めるのだった。
……若干、面倒臭そうな表情をしながら。
しばらく歩いて行くと、ギルドが見えてくる。だが正面から入ることなく裏へと周り、裏口から入っていった。
昼間なので冒険者の数は少ないが、それでも少数はいるのでシノンにはギルド内で目立たないためだと思えた。
そのまま3階へと上がっていき、会議室の前に到着する。
騎士の男は扉を軽く叩き、声をかけた。すると中から男の声が聞こえ、扉を開いた。そして中に入れられ、入口は騎士達によって塞がれる。
だがシノンは気にした様子もなく会議室を視線だけで見回した。
中央に会議に使う細長い机に椅子、そして両脇の壁には護衛と思しき冒険者や騎士達。そして奥に座る豪奢な服を着た老人の後ろには更に腕利きの騎士が2人。
僅かな気配と音、臭いなどを聞き取り壁や天井にも人が何人かいるのを感じ取ったシノンの心情には呆れや面倒などといった感情が湧き出てくる。
「……ほう。噂通りの腕のようだな、白の魔術師?」
「っ!?」
彼の足運びや立ち振る舞い、更には部屋の様子を一瞬で把握するといった行動を見た老人が、瞬時にシノンの腕を読み取ったのかそう告げる。
シノンは驚きから瞬きを1つし、武器をいつでも抜けるよう準備をする。しかしその体はまったく動いておらず、自然体そのものであった。
奥にいた豪奢な服を着た老人がそう言い、その青い目をギラギラと光らせてシノンを見ている。
「……何故、そう思う」
シノンの目の前にいる老人はどう見ても貴族階級で、そんな男に敬語を使うなどという気持ちの悪いことをしたくないため敢えてタメ口で話すシノン。
だが男にしても、シノンの情報を調べて彼の貴族嫌いを知っていたため、多少頬をピクリと動かすが表情を変えずに続けた。
「何故か? 簡単だ。お前のその右手に着けられている腕輪。特殊な魔道具だろう? それも、変装するためのな」
「それがどうした? 俺は白の魔術師を名乗るつもりはないぞ」
まったく表情を変えずに言ったシノンだったが、男も鼻を鳴らし。
「ふん。まあいい。それより、おい。お前、この街で活動する気はないか? と言うより、活動しろ。拠点のギルドをこちらに移せ」
「断る」
広い会議室に、特に傘下に入ったわけでもない1人の冒険者であるシノンに命令形で言ってくる貴族に対し、即座に断ったシノンの声が響くのだった。