101、騎士王国スフィンと王都
「本当か!?」
狭いリビングの中に、アルファの興奮した声が響く。
それは喜びの声であり、脇に座っていた妹のアリュスフィアや、娘や息子の命が狙われていたと知った母親であるサナも同様に笑顔と安堵の表情が浮かぶ。
「嘘ついてどうするんだよ……それより、これからどうする?」
聖族を派遣すると決まった以上、人間はおろか影による襲撃も心配しなくても良くなる。
サナがいない場で2人には伝えてあるので彼らもそれを理解しているはずなのだか……。
「……シノン、やっぱり、俺達も連れて行って欲しい。ラスカ帝国のこともあるし迷惑はかけると思うが、それでも……」
アルファやアリュスフィアにとっても、このパーティにはすでに愛着ができてしまった。故に、数ヶ月程度しか付き合いがないとは言っても別れるのは当然惜しかった。
もしここで自分達が集落に残ってしまえば、2度と彼らに出会うことはなくなるかもしれない。そういった思いから告げた言葉だったのだが……。
「いいけど?」
あっさりと答えを出すのだった。
「本当かっ!?」
再度同じことを口にするアルファ。アリュスフィアも歓喜の色を浮かべ、そして2人はつい先日も同じやりとりをしていたことを思い出し苦笑を浮かべる。
「そう言えば、前にも同じやりとりをしたか」
「ふふっ、これからもよろしくね」
「よろしくっ!」
「よろしく頼む」
アルファとアリュスフィアが再び頭を下げる。サナも同じように、向かい側に座っているシノンたちへと視線を向け、頭を下げた。
「色々とお世話になると思うけれど、息子と娘をよろしくね」
「任せてください、サナさん」
こうして、然濃族の騒動は幕を閉じるのだった。
その後は彼らは集落に留まることなく、翌日には馬車に乗って移動を開始していた。然濃族の者達に見送られ、北を目指して進んでいくのだった。
「時間を取らせてすまなかったな。それで、目的地はラトス皇国だったか」
色々なことが重なりすぎたせいなのか、目的地を確認するアルファ。それに、しっかり振り向いてシノンは返事を返した。
「ああ。俺が聖族であることを話した以上、目的を話すのも悪いわけじゃないが……」
「どうかしたか?」
「いや、何でもない。向こうについたら話すさ」
「お、おう……」
以前よりも暖かい対応をするようになったシノンに戸惑いつつ、アルファはそう返事をした。
アリュスフィアも同じことを思ったのか小首を傾げ、兄妹は顔を見合わせるのだった。
然濃族の集落に到着した時点でチグアム王国とレラン王国の国境線をすでに通り越していたので、森を抜ければチグアム王国だった。
森を抜けてから3日ほどで小さな村にたどり着き、一泊。それから大きな街に寄るでもなくそのまま山脈を回避し西へ。スフィン王国の王都リージスに、5日ほどかけてやって来るのだった。
王都の門で身分証明書を提示し割とすぐに中に入れた一行。ある意味で予想通りの光景に感嘆の息を漏らしていた。
「さすがに騎士王国だけあって街の徘徊も騎士なんですね」
「……まあ、騎士の王国だからね」
ゆうきの呟きに、カルナが答える。それをアリュスフィアが苦笑して更に付け加えた。
「逆に騎士王国に警備兵しかいなかったら違和感しかないわよ」
「まあ、確かにな」
昼間ということもあり、街には住民や騎士の姿が多く見られた。特に騎士に関しては、街の住民と合わせると人口は3分の1といったところだろう。
道の両脇には屋台やら店やらが並んでおり、食べ物のいい匂いが漂ってきている。
昼なので5人の食欲を掻き立てるのに充分だった。
「とりあえず数日くらいはここに滞在する予定だが?」
言外に、何がしたいかなどの希望を訊ねるシノン。それに馬車に乗っていた面々は目を輝かせ、各々が意見を考え始める。
「とりあえず、街を回ってみるのはどう?」
「そうだな。俺もスフィン王国に関してはあまりよく知らないし、母さん達の土産は……買っても渡すのが随分先になりそうだし」
「なら、タヤックっていう王都の名物があるんだけど」
シノンとの2人旅で何度か訪れたことのあるスフィン王国の名物を挙げるカルナ。
タヤックとはスフィン王国王都の名物であり限定の品である。
王都周辺によく現れる闇狼の肉と野菜などを使ったサンドイッチで、特製のソースをこれでもかとばかりに振りかけた人気の商品だ。
「え、何それ、美味しいの?」
アリュスフィアがどこかで聞いたことのあるような台詞を吐く。もちろんカルナが言っている名物でもあるタヤックは食べ物なので、微笑んでうなずく。
「うん。私が保証するよ」
「はい、ボクは賛成です!」
意外なほどに食べ物が好きなゆうきはカルナの意見に即賛成した。そしてそんな彼女に釣られるように兄妹もうなずき、賛成の意を示した。
「よし、まずは決まりだよ、シノン」
「了解だ。ならあの店か」
「もちろん!」
馴染みの店があるのか2人で相談する。他の3人も何度かこの国を訪れている2人に任せた方が良いと理解しているので特に何を言うでもなく今後の予定はあっさり決定したのだった。
「いらっしゃい」
「子供2人と大人3人、部屋は5人部屋を1つで頼みたい。表に馬車がある。馬は1匹だ。あ、それと従魔が1匹。構わないか?」
シノンはカルナが抱いている水狼に視線を送りながら告げる。
「ああ、あれだけ小さけりゃ構わない。朝食と夕食はつけるかい?」
「頼む。日数は4日。4日目の朝には発つ予定だ」
「わかった。じゃあ馬と従魔の餌代も含めて銀貨20枚と銅貨40枚ね」
受付にいた中年の男に銀貨と銅貨を渡し、鍵を受け取ってカルナに渡した。
「先に部屋へ行っててくれ。俺は馬車を厩舎に入れてくる」
「わかった」
中年の男が奥にいる若い男を厩舎への案内役として呼び、シノンを伴って厩舎へと向かっていった。
「部屋は3階に上がって奥にあるぞ」
「ありがとうございます」
カルナ達4人は男に言われた通り、3階まで上がって奥へと向かっていく。
「随分と高い宿だな」
「確かに。ていうか、シノンあの料金を躊躇なく払ったよね?」
アルファの呟きに答えたカルナは少し困惑したように言うと、他の3人も同感だとばかりに何度もうなずく。
「まあ、1人銀貨4枚と銅貨8枚は払わなきゃいけないわけだけど?」
「まあ大丈夫でしょ。シノンだってS級冒険者なんだし、あれくらいのお金は余裕あるでしょ? 私達だってそれなりに高ランクだし」
「そうだね。ゆうきは大丈夫?」
「はい、銀貨4枚と銅貨8枚なら平気です」
「そっか、ならよかった」
カルナがそう言った時、目的の部屋に到着する。鍵を刺して捻り、扉を開く。すると、4人は目を見開いた。
「うそ……5人部屋にしても広くない?」
「高いわけだ……」
「シノンってばもう……」
「いや、家具? の類もどれも高そうですよ」
中に入り5人分の寝台や絨毯、暖炉、入浴場などを見て口々に言う。
「さて、それぞれ銀貨4枚と銅貨8枚を出そうか」
カルナがそう言った時、各々財布の中から銀貨と銅貨を取り出す。そしてそれを中央にまとめて置き数を確認すると、シノンが戻ってきた。
「あ、シノンおかえり」
「おかえりなさい」
「おう。……何してんだ?」
「何って。シノンだけに持たせるわけにはいかないから、お金の割り勘。ほら、銀貨16枚と、銅貨32枚」
「あ、ああ。ありがとう。銀貨は素直に受け取るが銅貨はいらないよ。ルドはともかく、水狼は俺の従魔だし」
「あー……それを言うとシノンって頑なだしなあ……じゃあせめて16枚」
「お、おう……」
シノンは一度断れば頑なで、それを知っているカルナはシノンにせめてこれだけは、と言い出せば絶対に譲らない。
そういった互いの性格をわかっているが故に、相手の譲歩をあっさり受ける2人。そんな2人の様子を微笑ましく見守る3人にカルナは銅貨4枚を返す。
「さて、とりあえず昼食を食べに行くか」
「そうだね。あ、さっき言った店ここと近いから、タヤック食べに行かない?」
「本当に? 行く行く!」
「ボクも賛成です!」
そういうわけで、5人は宿の近くにあるシノンとカルナお勧めの店へと直行することになり、宿を出発した。
騎士王国と言えど王都なのに違いはないので、冒険者の中には荒くれ者が多い。そのため、彼らは武装を解除することなく街へと繰り出していくのだった。
「こ、これは、素晴らしいですね! 美味しいです!」
「ああ、俺も同感だ」
「本当ね。一口食べたら止まらないわ」
タヤックの売られている店を訪れ、昼食を食べる5人。それを初めて食べた3人の感想はこれだった。
普通のサンドイッチよりも少し大きめのパンに挟んだ肉と、野菜、あるいはハムやチーズの組み合わせは、肉による独特な風味がその味を引き出す。
闇狼は魔力が高いので、その肉に含まれる魔力密度も高い。そのため、割と高級食材の部類に入る。だがこの王都周辺では闇狼の数が他より多いので、それほど物価は高くないのである。
「だから街の名物なんだな」
「ああ。だけど、魔力が高くて体が小さいってのは便利だよな。魔力密度が高けりゃ高いほど肉は美味いんだから」
普通、生き物は死んでも魔力をその体に宿したままである。
魔物や魔獣、もしくは動物といったものの肉は、魔力の密度が高ければ高いほど美味と言われている。魔力が体全体を巡っているからだ。
例えば普通の人間と同じくらいの魔力を持った犬と巨人獅子がいるとすれば、密度の高い犬の肉の方が美味ということになる。
しかし例えは例えであり、犬の魔力は獣人ほどもないし、巨人獅子は標準の人間の魔力量を遥かに超えているものが多い。そのため基本的には巨人獅子の肉の方が物価が高い。
とは言っても犬の肉、もしくは巨人獅子の肉を食べる国の文化は様々であり、滅多に売られていないというのは実情である。
「とはいえ、闇狼にはあまり良い思い出がないんだよなあ……」
「そうなの?」
「あ、気にしないでくれ」
カルナが思わずと言ったふうに呟くが、決して良い思い出ではないのは事実なのでシノンがフォローを入れる。
訊ね返したアリュスフィアも含め3人は小首を傾げたが、シノンとカルナの2人は苦笑するのみだった。
軽めに昼食を済ませ、今度は商店街へと繰り出す5人だった。
「……欲しいのか?」
「えっ!? あ、えっと……うん………」
「お姉さん、これ頂戴」
「……はいよ、銀貨10枚ね」
店の中に座っていたのは中年女性だったが、シノンからすれば若い女性も同然なので言った言葉だった。それに対して女性は嬉しそうな顔をしながら、こっそり2枚ほどサービスをするのだった。
「えっ!? ちょっと!?」
「いいから、ほらほら」
「あ……ありがとう……」
カルナが装飾品店で買おうかどうか迷っていただけのアクセサリーをシノンに買ってもらい、恥ずかしさで頬が赤くなっている。
そんな2人の様子を、店の中にいた中年の女性が微笑ましい表情で見ていた。
カルナはシノンに渡された、小指の爪ほどの大きさの青い宝石がついた首飾りをさっそく付けてみた。
「へえ……似合ってんじゃん」
「……ほ、ほんと?」
「ああもちろん。……惚れ直しちゃったかも」
また悪戯っぽい笑みを浮かべてシノンが言うと、カルナは爆発しそうなほどに顔を真っ赤に染めながら叫んだ。
「シノンって最近ドSだよね!」
「おっと、そんなつもりないんだけど」
カルナが繰り出した拳を左手で受け止め、更には自分へと引き寄せて肩を抱く。
「さて、アルファ達も待ってるし、行くぞー」
「えっ……? え? ちょっと!」
あらかじめ『視線逸脱』で周りの視線を逸らしていたので、色んな人から羨望や嫉妬などの視線を受けることなく彼らはアルファ達の下へと向かう。
しばらく暴れていたカルナだが、シノンは気にせず彼女を抑えているとやがて勘弁したのか大人しくなった。
そんな中アルファ達3人の下へと向かった彼らは割と近くの店で合流し、そろそろ宿に戻ろうということで歩き出した。
宿に向かっていると、熱が冷めたカルナにゆうきが問いかけた。
「カルナさん、その首飾り……」
「あら、綺麗ね。シノンに買って貰ったの?」
アリュスフィアまでもが悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。それに対してカルナは頬を赤くしながら視線を逸らし、うなずく。
「ははは、よく似合ってるじゃないか」
「あ、うん。ありがとう……」
そんな会話をしながらも、一行は宿に到着し、夕食をご馳走になるのだった。