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逃げる片思い  作者: 森永マリ
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まだ蕾の片思い

水曜日の6時限目はロングホームルームだ。司会は奏羽、書記は花輪さんだ。

「本日の議題は、緑化週間についてです」

 と、教壇で奏羽が話し始めると、

「おい、金山。書記やってくれ」

 先生に指示された。

「あの、花輪さんは」

「具合が悪くて早退したんだ。金山、おまえやたらとノート取るの早いよな。今日のホームルームは、おまえがまとめてくれ」

 ぽん、とホームルーム用のノートを渡された。

「ホワイトボードには先生が書くから。ノートの方、頼むな」

 奏羽の声音や仕草を余すことなく書きとめようと準備していたのに、と私はこぶしをグーにして、奏羽ノートに書記用ノートを重ねた。

 5月という季節は薄荷の匂いがしそうで、風も水色のゼリーみたいで、私はこの教室が草原だったらと想像してみる。フィギュアスケートの衣装みたいな服を着た奏羽。「緑化週間には各クラスで花壇に植物を植えることになっていますが」奏羽が前髪をかきあげる。奏羽にはカラーが似合うけれど、カラーを植えるわけにはいかない。

 チューリップ、パンジー、コスモス。つまらない意見がホワイトボードに羅列されていく。私はノートにカラーと書いた。カラー、白バラ、クチナシ。

「おい、金山。ちゃんと書いてるか」

 先生の矛先が私に向くと、奏羽も私に視線を投げた。

 目が合った。入学式以来だ。トランクスかブリーフか。ばか。私は首を横に振った。

 奏羽が私を見つめる目は、無色透明だった。侮蔑も軽蔑もない。興味もない。私の胸はすうっと寒くなった。昨夜は奏羽の態度がどうであれ、私の心はいっさいぶれない、などと奏羽ノートで宣言したのに、いざとなると奏羽のリアクションにいちいち翻弄されている。奏羽の眼中に私がなくてもさみしくなかったのに、奏羽の目に映った私が、ただの物、であることが、つらいというのだ。なんてわがままなのだろう。だったら、こんりんざい奏羽に触れずに、妄想の世界の女王でいた方がいい。でも。

 私は顔を上げた。奏羽がいる。少し癖のあるふわっとした髪、黒目がちの大きな目、陶器みたいな肌、長い手足。あの手で、うちの野菜を食べている。うちの野菜おいしい? と聞いてみたい。百面相をひとりじめしたい。妄想だけではできないこと。

 足元から崩れそうになった。妄想を超えるしあわせは、なんて厳しい砦なのだろう。たとえば奏羽と私が、セックス、するとしたら。

 それはなんて危険で恐くて、しあわせなことだろう。

 涙がにじんだ。ホワイトボードを睨みつめ、涙を乾かそうとした。

 教壇がステージに思える。時間だけじゃない、距離も伸び縮みするのだ。ほんの数メートル先が蜃気楼のようにぼやけている。私なんて、と私は奏羽ノートに書いた。私なんて愛でも恋でもない、それ以前だ。奏羽という冠をかぶった民のない国の女王だ。孤高と孤独は天と地ほども違う。

「多数決によりパンジーに決まりました」

 孤高な奏羽がホームルームをまとめる。私はホームルーム用ノートにパンジーと書き、奏羽ノートのカラー、白バラ、クチナシ、を二重線で消した。

 奏羽は私にふれもせずに、私を潤わせたり枯らせたりする。ずるいな、と思った。奏羽ノートに、神様、と書いた。


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