表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かかしに転生した俺の異世界英雄譚  作者: 緋色友架
第1章 山賊討伐編
8/67

第8話 論より証拠


「きゅう…………」


 恐る恐る近づいて見ると、どうやらリュアは気を失うだけで済んだようだ。すっかり火の失せた、月明かりだけで確認する限り、傷や出血等も認められない。高さも一メートルくらいだったから、気絶だけで済んだらしい。

 よかった。不幸中の幸いだ。

 魔物ならともかく、人の命をどうこうするだなんて、考えただけでも悍ましい。


「ノエル。リュアを俺の背中に乗せることはできるか?」


「ん? んー、分かんないけど、でもがんばってみる」


 ひょいと俺の蓑から出てきて、ノエルはか細い腕でリュアの身体を抱き起こす。

 失神している女の子を見て容姿に言及するのもどうかと思うが、改めて見ると凛々しい顔をしている。それは意識を失っていても同じだ。どこか侵しがたい、静謐な感じさえ漂っている。髪の色が真っ赤だから違和感がないだけで、顔だけだったら水とか氷系の魔術を扱っていてもおかしくなさそうだ。

 そして、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる魅力的なボディ。

 さすがにかかしの身体で欲情なんかしないけれど…………しかし戦闘中は気づかなかったが、いいものを持っている。


「…………アル、どこを見てるのかな?」


「んあ? い、いや別に、なんでもないさ?」


「じー…………」


「……ほ、ほらノエル。早くリュアを俺の背中に乗っけてくれ。それとも、ノエルが運ぶか?」


「……ぷぅ。分かったもん」


 頬を膨らませながらも、ノエルは指示通り、リュアを俺の背中に乗せてくれた。

 流石に腕の木を背後まで反らすことはできないので、腕と胴体、その交差地点に座らせるような形を取る。おんぶというかは、肩車に体勢は近いだろう。少々ガニ股な格好になってしまうが、そうでもしないとかかしの身体で人一人運ぶのはなかなかきつい。

 意識もないことだし、不問に付してもらおう。


「さて、ここか。ステュクス村、って言ってたっけな」


 リュアを担いだまま、ぴょんぴょんと跳ねて数分。

 辿り着いた村は、木の杭で周囲が囲まれ、大きな山に隣接していた。小さいが畑もあり、家畜を取り扱う家もある。ビゾーロが支配していた農園よりは若干狭いが、それでもそこそこの規模がある村だった。

 家々は明かりを消し、死んだように静かだ。

 だが、誰もいない訳じゃないだろう。さっきから視線だけはビンビンと、周囲三六〇度全域から感じる。


「念のため訊くんだが、ノエル、ここが生まれ故郷、ってオチはないよな?」


「違うよー。だってわたし、馬車で一週間近くかけて移動したもん。結構遠いところだと思うから、ここじゃないよ」


 そりゃそうか。

 用心棒を買って出ているリュアも、ノエルの顔は知らないみたいだったし…………まぁ、そんな都合のいい話なんてないってことで。


 それにしても、村中が静かだ。

 この静けさは、夜だということを差し引いたって異常だった。


 ビゾーロの農園でも、夜はなかなかに賑やかだった。酒を食らってビゾーロが先に寝てしまった日など、月が頭上を大きく回るまで子供たちの笑い声が響いていたものだ。それに、まだ夜になってそこまで経っちゃいない。村中が寝静まるには、少し早いタイミングだ。


 ……警戒、されているってことか。


 リュアの奴もそうだったし、それも当然の反応だ。見回してみれば、村の端には物見櫓が建っている。きっと俺とリュアの戦闘は、あそこから眺められて村全域に知れ渡っていることだろう。

 だが、あの位置からじゃ詳しい会話の内容は聞こえないし、内情なんて窺い知れないだろう。

 俺たちを警戒して出てこない、というよりは…………わざわざリュアを背負ってきた俺たちの意図が分からなくて、怖がって、出てこないって感じか?


「……静かな村。みんな寝ちゃってるの?」


「こんな時間に寝てんなら、どいつもこいつも後期高齢者だろうよ」


「こーきこーれーしゃ?」


「あぁいや、うん、なんでもない。…………しっかし、面倒だな」


 まさか一軒一軒訪ねて、詳しい事情を話す訳にもいくまい。そもそもこちらは怖がられているのだ。居留守を使うのが常套だろうし、下手をすればリュアの時のように魔術で攻撃されるかもしれない。

 さて、どうするか…………。

 手っ取り早く、村中の人間に話を聴いてもらう……権力者を通して説明すんのが一番だが、一定以上の発言権を持っていそうな奴は今、俺の背中でお寝んね中だ。


 なら、仕方ない。



「すーいーまーせーんーっ‼ ステュクス村の皆さーんっ! 聴いてくれますかーっ⁉」



 俺は村の中央、やや開けた広場に立ち。

 あらん限りの声を振り絞り、大声で叫んだ。


「わわっ! び、びっくりした…………アル、夜にうるさくしちゃダメなんだよ?」


「そりゃいつもの時だ。今は非常事態だからいいんだよ。また一つ賢くなったな」


 唇に指を当てるノエルに、俺は屁理屈を返して黙ってもらう。

 家々から向けられる視線は、より一層強くなる。よし、掴みはオッケー。やっぱ固有名詞を出したことが利いたか? なんにせよ、少しでも聞いてもらえるなら、この機を逃す手はない。


「俺はー! この娘の家族を探す旅をしている、かかしのアルレッキーノっていいまーすっ! 皆さんに、危害を加えるつもりはありまっせーんっ! この娘、リュア=ステンノを無傷で連れて帰ってきたのが、その証拠になりませんかーっ⁉」


 叫んでも、返ってくるのは無反応だけだ。

 くそっ、これでも足りないか。この村、警戒のレベルが異様に高いんだよな。

 そういえば、リュアは俺と戦う直前、『ただでさえ今、この村は面倒事に巻き込まれてる』って言ってたな…………過剰にも思える警戒はその所為か?


「えー、俺は魔物じゃないし、この娘も人間でーっす! 人を食う気も、村を襲う気もありませーっん! 俺の魔術を見ていたら分かるでしょーっ⁉ その気になったら、こうやって皆さんの油断誘うまでもなく、やりたい放題できるんですからーっ! それをやってないっつーのが、逆に証拠になりませんかねーぇっ‼」


 理屈としては、大分筋が通っていると思うんだがなぁ。

 まぁ、後半はハッタリだ。俺が大地を操る魔術を使えるのは、さっきのでなんとなく分かったが、まだまだどうすればいいのかよく分からん。制御が上手く利かないのだ。でも、そんなの遠目に見ただけじゃ分かるまい。


 やがて、俺の言葉に信憑性を感じてくれたのか、僅かに家々に明かりが灯り始めた。


 村の最奥部にある、一際大きな家。そこから、長い髭を蓄えた老人が、杖をついて現れた。


「……お主の言うことは、真実か? それとも、我らを謀るための嘘八百か?」


「あんた、村長さんか? 言っとくが、俺たちが言ったことは誓って全て本当だ。嘘なんか吐かねぇ。どこの世界に嘘を吐くかかしがいるってんだ」


「……なにをするつもりだ。目的は」


「目的。目的、なぁ……」


 村長と思しき老人の、疑いに満ちた眼差しに少し気圧されてしまう。

 まるでこのステュクス村自体に目的があるような物言いだが、俺とノエルにとって、この場所は通過点に過ぎない。二股の道で曲がる方向が違えば、寄る予定さえなかった村だ。


「さっきも言ったけど、俺はこの娘――ノエルっていうんだが――こいつの生まれ故郷を探しているんだ。もしこの娘のことを知っているんなら教えてもらいたいっていうのと、あとそうだな、地図かなにかがあれば貰い受けたい。そのくらいかな。分かんないんなら、それはそれで全然構わないんだけど」


「本当に、それだけか」


「……欲を言わせてもらえば、この娘に食糧を分けてほしいかな。俺は見ての通りのかかしだから、寝食なんざいらねぇが、この娘はそういう訳にはいかねぇからさ。もう一つ贅沢を言わせてもらえるなら、こいつを――――リュアを、介抱してやりたい。本当に、それだけさ」


「本当か。誓って真のことしか言っておらんな?」


「しつけぇなぁ。本当だってば。背中のこいつが、なによりの証拠だろう?」


 じーっと、腰の曲がった爺さんとの睨み合いが続くこと数十秒。

 長老っぽい老人は根負けした様子で溜息を吐き、くるりと振り返った。そしてそのまま、自分の家へ向かって歩き出した。


「……リュアの、その娘の家は、正面左の山沿いの小屋だ。いいか、くれぐれも妙な考えを起こすでないぞ。少しでも怪しいと思えば…………我ら非力とて、容赦はせぬぞ」


「へいへい。分かってるっつーの」


 ふぅ、やっと終わった。

 率先して出てきて、俺の危険度を確かめた辺り、やっぱりあの老人は長老かなにかなのだろう。だったら、この村では少し動きやすくなるな。動いて喋るかかしがどれだけ受け入れられるかはさて置いて。


「……みんな、酷いよ」


 と。

 今にも泣きそうな湿った声で、ノエルがぼそりと呟いた。


「アルは……アルレッキーノは、わたしのことを助けてくれた、すごい、すっごい魔術師なんだよ。かかしさんなのに歩けて喋れて、すっごいかかしさんなんだよ? なのに……」


「……気にすんなよ、ノエル。俺も気にしてねぇし」


「うー…………でもぉ……」


「ほら、さっさとこいつの家に行こうぜ? 腹減ったろ? 少しはこの娘のご相伴に預からせてもらおうぜ」


 不満げに唇を尖らせながらも、食欲の誘惑には勝てなかったようで、ノエルはとてとてと俺についてきた。

 まぁ、リュアの家の食糧事情なんて、俺の知るところじゃないから、保証はできないんだけどな。


 俺も、歩きっ放しには多少疲れた。そろそろ、立ちっ放しが恋しい時間だ。


 冷静に考えると、喋るかかしって怖いですよね、みたいな話。

 次の更新も30分後! お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ