第7話 戦いの記憶
「えいっ、やーっ‼」
ぱぁんっ、となにかが弾ける音。
リュアの背後に展開されていた火の粉が、一気に破裂したのだ。ここまで届く熱風に乗って、リュアは槍を振りかざしながら跳びかかってくる。
両端から炎を吹き出し、異能の槍を持って。
「っ、ノエル! つかまってろ!」
「う、うん!」
ノエルが蓑にしがみついたのを確認するや否や、俺は思い切りその場で跳ねた。
すると狙い通り、俺の身体まで熱風に煽られて、後方へ飛んでいく。ぶぉんっ、と不穏な音を立て、リュアの槍は空を切った。
「ノエル、しっかりつかまっててくれよ!」
返事の代わりに、身体にしがみつく力が一層強まったのが分かる。
――――さて、どうするか。
分が悪いのはこっちだ。なにせ俺は、この世界にやってきて一〇年経つが、その一〇年間、ロクに動けやしなかったかかしなのだ。魔術、なんて概念があることさえ、ついさっき聞いたばかりだ。
魔術を用いた戦闘なんて、そんなのつい寸前まで、お伽話でしかなかったのに。
「どうやら知能は高いみたいだね。あたいも、手加減なしの本気で行くよ!『プロスエッダ』!」
リュアがなにやら呪文のようなものを唱える。
すると、またリュアの周囲に種火たちが展開される。さっきよりも数は少ない。一つ一つが大きくなっている、ということもなさそうだ。
もしかして、今みたいな移動専用の魔術なのか?
それとも、連発するほどに威力が弱まっていくとか…………それならまだ、勝機はあるかもしれない。勝機というか、説得する時間だ。向こうがバテてくれれば、俺たちが魔物なんかじゃないことを説明できる。
ダークドラゴン相手には、あんな魔術(だったのか?)を使えたけど。
あの時は無我夢中だったし、どうやったかなんて覚えてない。っていうか、もし覚えていたとしても、あんな規模の魔術を、たった一人の女の子相手に打てるものか。
「人間様が! いつまでも騙されっ放しだと思わないことだねぇっ‼『プロミネンス』!」
叫ぶと。
火の粉の一つ一つが、巨大な炎の鞭となって、俺めがけて襲い掛かってきた!
「なぁっ⁉」
地面をぴょんぴょん跳ねながら、予測しづらい炎の鞭の攻撃をなんとか避けていく。
っていうかなんだこれ! 全然弱まってねぇじゃねーかっ!
しかもこの対面、なにが不味いって相性が最悪だ!
相手は炎使い。対して俺はかかし! 木製!
木は火で燃える!
一撃でも、いやかすりでもした瞬間にアウトだぞ!
「く、そぉっ!」
一瞬の隙をついて、炎の鞭の猛攻を抜け出す。
だが、リュアが攻撃の手を緩めることはなかった。
「へ?」
気が付けば、目の前に火の粉が一個、飛んできていた。
そしてつい眼前で、じゅんっ、と収縮し――――直後に破裂した!
「う、わぁっ⁉」
「『ブラックポイント』ってね……へへぇっ! よく避けるじゃん、かかしのくせに生意気だよっ!」
見ると、渾身のストレートを打ち終わったような姿勢で、リュアが不敵に笑っていた。
嘘だろ……まさか、火の粉を殴り飛ばして俺の方まで飛ばしてきたのか⁉
っつーか今のはマジで危なかった! 反応して背を反らすのが遅ければ、顔の布から全身に引火していただろう。
冗談じゃねぇ! 俺が燃えちまったら、誰がノエルを守るんだ!
っ……もう一度、使うしかねぇのか? あの時、ダークドラゴンを倒した魔術を。
どうやるのかも、分からねぇのに……⁉
「ふわぁ~ぁ……あたい、夜は苦手なんだよ。だから――――さっさと済ましちまおうかっ‼」
言うと、『プロスエッダ』と叫ぶ度に飛び出していた火の粉が、リュアの槍へと集まっていく。
槍を囲うように集まっていった火の粉は、やがて巨大な炎となり――――まるでリュアが、炎でできた巨大な槍を持っているかのようだった。
不味い、あれはいくらなんでも不味い!
こちとらかすった時点でアウトなんだぞ⁉
なのにあんな巨大な槍――――どうやって避けろと⁉ 飛べってか⁉ 今この場で⁉
「食らいなぁっ! 超必殺『ゴルゴネイオン』っ‼」
巨大な槍は、周囲を一斉に薙ぐように振るわれた。
眼前に迫りくる炎の槍――――それに俺は、反射的に倒れ込んだ。
姿勢が低くなり、膨大な炎が身体の上を通り過ぎていく。
「なぁっ⁉」
素早く体勢を立て直し、俺はリュアから一層の距離を取った。
あ、危なかった……! 今のは本気で危なかった。かかしなのに、冷や汗を掻くかと思った。
あの面積で、突くように来られたら、それこそ避けられなかっただろう。横に飛んで逃げようにも、跳躍力不足だ。そもそもかかしの身体は、動くこと前提に作られていないのだから。
「……ぬぐぐっ、まさか『ゴルゴネイオン』まで躱すなんて…………忌々しい奴っ! だったら、文字通りあたいの最大火力で、骨の髄まで焼き払ってあげるっ!」
物騒な宣言をすると、火の粉たちは今度は槍の先端へと集まっていった。
槍の持ち手の方から炎は消え失せており、まるで筒の先端部に炎が集まっていくような――――って、まさか。
「こりぇかりゃは逃ぎぇりゃりぇにゃいれしょっ! 食りゃえっ!『クリューシャーオーリュ』っ‼」
筒の反対側に口をつけながら、リュアは大声で叫ぶ。
そして、かまどの火の勢いを強めるように――――筒に思い切り、空気を送り込んだ!
先端部に集まっていた火の粉たちは、巨大な炎の渦となって迫ってきた!
「な、こ、これは……!」
さすがに、避けられない。しゃがんでも無意味だ。
どうする? どうすればいい? っていうかどうにかできんのか?
ここで炎に巻かれて、終わっちまうのか?
「アル……!」
「…………ってやんよぉっ!」
背中に背負う、小さな少女のことを思い起こす。
この娘を守るために、この娘の家族を探すために、孤独を埋めてくれた恩を返すために!
負けられない。負ける訳には、いかねぇんだよっ!
だから、もういい、なんでもいい! 奇跡でもご都合主義でもなんでもいいから!
つい数時間前に、あのダークドラゴンをも打倒した魔術を!
この場だけでいい! まぐれでいい! 運任せでも構わない!
なんでもいい! なんでもいいから!
「っ、壁ぇっ‼ 出ろ、出ろ、出ろ出ろ出ろ出ろっ‼ 俺たちを、守りやがれぇっ‼」
必死に、無い喉が裂けるほどに声を出す!
それくらいしか、俺にできることはないじゃねぇかっ!
今、この瞬間だけだって、なんならいいさ! とにかく、今すぐこの場でだ!
「俺の魔術よ! あるなら俺たちを――――ノエルを、守りやがれクソがぁああああああああああああああっ‼」
瞬間。
地面そのものが、一気に数メートルも盛り上がった。
あの巨大な炎の渦を、まとめて呑み込むほどに。
「へ? な、え、あ、う、嘘ぉっ⁉」
リュアの声が、上空から聞こえた。
俺が出現させたのであろう、この巨大な土壁。
間違いない、リュアはその壁の上に乗ってしまっている!
「ちょ、待て! タイム! 魔術やめ! お、下ろせバカっ! 俺は危害を加えるつもりはないんだよっ‼」
ガンガンと、土壁を叩きながら訴える。
すると、まるで意思が通じたかのように土壁は一気に平坦な道に戻った。
中空に、リュアを置き去りにしたままで。
「って、きゃぁああああああああああっ⁉」
絹を裂くような悲鳴。
次いで、ドサッ、という地面との衝突音が響いた。大した高度じゃなかったが、打ちどころが不味かったらヤバい! 俺は慌てて、リュアの下へ駆け寄っていった。
「お、おいリュア! おいって! 大丈夫かっ⁉」
バトル、決着……?
次の投稿も30分後! お楽しみに!